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乱 江梨

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第一章 学園改革のメソッド

学園改革のメソッド17

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「お、おい。暁……う、後ろ」
「ん?……って痛っ!」


 明日歌の後ろを震える指で差した鷹雪に明日歌は思わず首を傾げるが、突如自身の頭に走った痛みのせいでその疑問について考える余裕も無くなってしまう。

 明日歌が振り向くと、そこには呆れと怒りが入り混じった様な相好で明日歌を見下ろす遥音の姿があった。そんな遥音の手には鷹雪が読んでいたであろう新聞(武器)があり、皺くちゃになるほど力強く握りしめられている。


「お前は毎度毎度単刀直入過ぎるんだ馬鹿め。俺の勧誘時と何も変わっていないではないか馬鹿め。お前には学習能力というものが備わっていないのか馬鹿め」
「そんな馬鹿馬鹿言う必要なくない!?」


 息継ぎすることなく捲し立てた遥音の怒り心頭の理由は、明日歌の無茶苦茶な勧誘文句だったらしい。確かに鷹雪は明日歌の言葉の意味を十分に理解できず当惑していたが、自分よりも先に脅威的な遥音に指摘されたことで鷹雪は何も言えなくなってしまう。

 一方、叩かれた頭を両手で押さえた明日歌は涙目で遥音に猛抗議をした。


「えーっと、それで……結局俺にどーして欲しいわけ?」
「あぁ、すいません。コイツが話すと理解できるものも出来なくなるので俺が説明します」


 当惑したまま尋ねた鷹雪に遥音は陳謝する。説明の最中明日歌に邪魔されることを恐れた遥音は、一体どこから取り出したんだとツッコまれても仕方がない様なガムテープで明日歌の口と身動きを封じた。

 身体の自由を奪われ、口のガムテープを外すことのできない明日歌は必死に藻掻いたが、途中で諦めて不満気な相好で遥音に視線を送り続けるに止めた。


「説明の前に聞きたいんですが、鷹雪先生はどうやってここの生徒たちを庇ったんですか?」
「……ったく暁。変なこと吹き込んだな?」
「むむむーっ!」


 遥音が保健室登校の生徒たちについて尋ねると、鷹雪は鬱陶しそうに明日歌にジト目を向ける。だが口を塞がれている明日歌にまともな反論をすることは出来ず、鷹雪はため息を零す。


「お前何か勘違いしてるみたいだから言うが、俺は哀れなガキ心配してこんなことする様な善人じゃねぇんだよ。何企んでるのかは知らねぇが、俺に何か期待してるなら無駄足だぞ」


 鋭い瞳でどこか影のある笑みを浮かべた鷹雪は、普段よりも強い口調で言い放った。その雰囲気は今までののらりくらりとしたものとは一線を画していて、遥音たちは思わずその真意を探る様に真剣な相好になる。


「それを決めるのは俺たちだ。今は黙って俺の質問に答えろ」
「お前……肝据わってんな」


 だが鷹雪の豹変ぶりに動揺することもなく、遥音は淡々と質問を続ける。その姿に鷹雪は目を瞠り、一方の明日歌は遥音が取り調べをしたらこんな感じなのだろうと、興味深そうに眺めていた。


「はぁ……別に。特別なことはしてねぇよ。ただ、責任は俺がとるってアイツらに言っただけだ」
「……どういうことだ?」


 観念したように白状した鷹雪の答えに、遥音は思わず眉を顰めて尋ねる。

 遥音が抱いた疑問は大きく分けて二つ。まずそんなことで他の教師が生徒の保健室登校を承諾するだろうかという点だ。教師たちが苛めを黙認する理由は未だ不明だが、教師がそうせざるを得ない何かが必ず存在するはず。それが前提としてある現状、簡単に教師たちが首を縦に振るとはとても思えなかったのだ。

 そして二つ目は、手段はどうであれ実際明日歌含む生徒たちは保健室登校が出来ている。責任は自分が取ると言った以上、鷹雪の身に何らかの変化が起きてもおかしくないはずだ。他の教師たちが苛めを黙認せざるを得ない何らかの理由によって。

 だが鷹雪の周辺に特に変化はなく、その理由を垣間見ることは出来ていない。


「それが俺にもよく分からねぇんだよな」
「分からない?それは、鷹雪先生にもここの教師がおかしくなった理由に見当がつかないということですか?養護教諭の癖に?」


 遥音の質問に困ったように後頭部を掻いた鷹雪。養護教諭と言っても鷹雪はれっきとした教師だ。にも拘らず、他の教師たちが例外なく苛めを黙認している原因を鷹雪だけが知らないというのはおかしな話なので、遥音の怪訝そうな声も仕方のないものだった。


「あぁ。教師共に聞いても何かはぐらかされるし、最近は俺のこと見る度に何故か死人目の当たりにしたような表情すんだよなぁ」
「……理由は分からないが、教師たちが恐れている何かに、鷹雪先生は該当しない……もしくは見逃されているということか?」


 事実と鷹雪の証言を踏まえて整理し、突き詰めて言ってしまうと、鷹雪も明日歌たちも置かれている状況はほぼ同じということになる。

 鷹雪は養護教諭でありながら学園の変化の理由を知らず、その上生徒たちを保健室に匿っているにも拘らず特に何かが起きている訳でもない。そのせいで教師たちが何を恐れているのか理解できずにいる。

 鷹雪から有益な情報を手に入れようとしたというのに、逆に謎が深まってしまったことで遥音は難しい相好を見せる。


「ま、そういうことになるだろうよ。ほんっとに訳分かんねぇ…………あぁ、そういえば暁の言ってたのは一体何だ?」
「あぁ……明日歌はこの学園の悪い状態を変えようとしていて、俺はそれに協力していて……鷹雪先生の教師としての力を貸して欲しいということなんです」
「……お前頭いい癖に結構アホだな」


 遥音の理路整然とした説明に明日歌はその通りだと言わんばかりに激しく頷く。一方の鷹雪は明日歌の掲げている目標を無謀だと感じたのか、遥音に思わず苦言を呈した。


「まぁ、こんな馬鹿丸出しの計画に賭ろうだなんて、俺自身も焼きが回ったかと思ったよ……だがな、鷹雪先生…………アンタはコイツがどれだけ馬鹿かまだ理解できていない」
「んんんんんん!!(訳、なんだとー!!)」


 てっきり明日歌と彼女の目標を擁護するのかと思いきや、遥音にそんな期待をしても無駄だったようだ。鷹雪は面食らったように瞬きし、明日歌は聞き取れなくても文句内容が分かるような声で猛抗議をしている。


「明日歌はな、この学園を変えられると本気で信じ切っているんだ。頭の先からつま先まで少しも疑うことなく、信じているんだ。底抜けの馬鹿だろ?」


 破顔しながら明日歌のことを語る遥音に鷹雪も明日歌も思わず目を瞠った。遥音と明日歌は出会ってまだ三日しか経過していない。そんな遥音が暁明日歌と言う人間の性質を理解し、信じ、堂々と言い放つ姿は明日歌にとって何者にも代えがたい精悍さを物語っていたのだ。


「……はぁぁぁ、ったく…………話は聞いてやってもいいぞ」
「だそうだ。よかったな、明日歌」


 遥音の言葉で明日歌たちがお遊びではなく、本気でこの学園を変えようとしていることを実感した鷹雪は深い深いため息をついた。鷹雪から肯定的な返事が貰えたことで、遥音はようやく明日歌の拘束を解いてやった。


「はぁ、はぁ……遥音め、まさか私を抹殺する気なの?」
「これぐらいで人は死なん。あと抹殺の使い方を間違っているぞ」


 何事もなかったかのようにガムテープをゴミ箱に捨てた遥音に、明日歌は恨めし気な相好を向ける。芝居がかった恐れを露わにした明日歌に、遥音は呆れ返ったような態度を見せた。


「んふふ……ま、今の私は機嫌がいいので許してあげる……よっ!」
「は?……ちょ、おい……何してる?この馬鹿」


 だがすぐに全く隠しきれていない嬉々とした雰囲気を滲ませた明日歌は、何故か遥音の背後に回り込むとその背中に飛び乗った。突如自身の背中に圧し掛かった重みに遥音は吃驚しつつ、明日歌を落とさないように何とか踏ん張る。

 一方の明日歌はそんな遥音の焦りも苦労も全く目に見えていないようで、心底楽しそうに遥音の背中ではしゃいでいる。


「あはは!私やっぱ遥音のこと好きだわ」
「は!?さっさと下りろ明日歌!」
「お前ら保健室で騒ぐな」


 遥音が先刻明日歌について語ったことが相当嬉しかったのか、恥ずかしげもなく満面の笑みで言い放った明日歌。そのせいで遥音は一瞬にして顔を火照らせると、それを誤魔化すように背中の明日歌に怒鳴りつける。

 保健室内で謎の世界を作りだしている二人に、鷹雪は思いっきり苦い相好を見せる。注意した後は一切口を開いていないというのに、「リア充爆発しろ」という鷹雪の苦言が聞こえてくるようなその様子に気づいた明日歌は、ようやく遥音の背中からひょいと下りた。


「あー、面白かった」
「あとでころす」
「それで?結局俺に何して欲しいんだよ」


 涙を浮かべながら未だに笑い続けている明日歌に、遥音は言葉通り射殺さんばかりの目で睨みつけている。
 一方の鷹雪は行くところまで話が脱線してしまったせいで、再度遥音たちに尋ねる羽目になってしまった。


「あぁ、失礼しました。鷹雪先生に用意して欲しいものは、拠点と、単位です」
「単位……?」
「何でお前がポケ―っとしているんだ?」

 
 遥音が鷹雪に要求しているものを聞いて首を傾げたのは鷹雪ではなく明日歌だった。その様子から激しく嫌な予感を察知した遥音は、明日歌に怪訝そうな視線を向ける。


「単位……」
「〝単位なにそれ美味しいの?〟とか言ったら殴るぞ」
「えーうそ遥音何で分かったの?エスパー?」


 遥音の嫌な予感は大的中しており、呑気に感心している明日歌の頭に遥音は軽い一撃を食らわす。遥音は有言実行の男なのだ。

 一日で二度叩かれてしまった明日歌は涙目で頭を押さえつつ、今回ばかりは自分に非がある自覚があったのか文句を言うことは無かった。


「拠点は何とかなるが、単位っていうのはなぁ……無理難題だっていうのは分かってんだろ?」
「はい。ですがそこをあなたに何とかして欲しいんです」
「ねぇねぇ、遥音ー。単位って高校の話じゃないの?」


 青ノ宮学園は無駄に敷地が広く、使っていない教室がたくさんあるので拠点はそこまで難しい問題ではない。明日歌たちに必要なのは教師からの使用許可だけなので、鷹雪が許可したという事実があればそれだけで解決なのだ。

 単位についてふと疑問に思ったのか、明日歌は遥音に今更な質問をした。明日歌たちは今中学一年生。出席をキチンとし、試験でそれ相応の結果を残していれば問題ないのではと明日歌は疑問に思ったのだ。


「は?お前は高校になったら本来の教室に戻るつもりなのか?」
「あ、そっか。ごめんごめん」


 遥音が単位の件を鷹雪に頼んだのは今後のためだ。明日歌が本気でクラスを作り、この学園を変えるつもりなら、高校の時の問題も見据えた方がいいだろうという遥音なりの考えなのだ。

 中学は何とかなったとしても、義務教育ではない高校はそうはいかない。高校生になってもF組を存続させたいのなら、それ相応の対策を練らなくてはならないのだ。

 
「うーん……あ!良いこと思いついた!ねぇねぇ鷹雪先生、偉い人の弱みとか握ってないの?」
「お前な、そんなうまい話があるわけないだろうが」
「……いや、そうでもないぞ」
「「え?」」


 単位問題をどうやって解決するか少々思考した明日歌は、ハッと顔を上げるとそんなことを言い出した。この学園で上の地位に鎮座している者を脅して単位を手に入れるなど、道徳的に考えて問題ありありだが、そんなことを言い始めてしまったら何もできなくなってしまうので、遥音はそれについて言及することは無かった。

 だが前提として明日歌たちにとってそこまで都合のいいことがあるはずもないと、結局遥音は明日歌に苦言を呈した。だが見計らったような鷹雪の予想外の返答に、遥音だけではなく明日歌も思わず茫然自失としてしまったのは仕方のないことだった。


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