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乱 江梨

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第三章 穢れた愛、それでも遺したもの

穢れた愛、それでも遺したもの15

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 時を遡ること約数分前。取調室を監視できるマジックミラー越しに圭一を観察していた慧馬と武井。すると慧馬のスマートフォンに透巳からのメッセージが届き、それを一瞥した慧馬は顔を顰めてしまう。


「あー……武井さん。俺が見とくんで、戻ってもらって大丈夫ですよ」
「ん?あぁ、そうか。それなら頼んだぞ」


 貼りついた様な笑みを向けながら退出する武井を見送った慧馬は、その姿が見えなくなると深いため息をつく。わざわざ武井をここから追い出したのは、透巳からの連絡が原因だったからだ。

 武井が退出してから数十秒経つと、扉が開けられひょっこりと透巳が顔を見せる。


「ありがとう。兄ちゃん」
「さっさと済ませろよ?バレたら俺が叱られるんだからな」
「叱られるだけで済むんだね」


 恨めし気に透巳の方へ視線を向けた慧馬の発言に、透巳は逆の意味で驚いてしまう。透巳が慧馬に頼んだのは、取調室で容疑者である圭一と話すというものだったので、バレれば一巻の終わりだた思っていたのだ。

 慧馬が透巳のお願いを快く聞き入れることが出来ない理由はそれだけではない。そもそも慧馬は透巳のことを殺そうと企てた相手と透巳を接触させたくないのだ。だがもしここで拒否すれば、透巳は慧馬の目の無いところで実行してしまうので、それよりは自身の監視下でしてもらった方がいいのだ。

 ********

「というわけで、今の気分はどうかな?ロリコン親父さん」
「……そんなことを言うためにわざわざ来たのか?」


 感情の全く読めない笑顔を浮かべながら圭一を罵倒してくる透巳に、彼はそんな返ししかすることが出来ない。透巳に完全にしてやられた圭一には毒づく気力も無いのだ。


「……?そうだけど」
「……は?」
「あ、勘違いしないで欲しいんだけど、これだけが目的じゃないから」


 絞り出した皮肉をまさか肯定されるとは思わなかったのか、圭一は呆けた様な声を漏らしてしまう。そんな圭一に誤解が無い様に釈明した透巳だったが、彼を揶揄うことも目的の一つであることには変わりないのであまり意味はなかった。


「それより俺に聞きたいこととか湧くようにあるんじゃない?」
「……どうして、俺が首謀者だと思った?そもそも、どこに証拠が……」


 透巳に図星を突かれてしまった圭一は一瞬躊躇ったが、今更プライドなど何の意味もなさないので素直に尋ねた。

 圭一は念入りに証拠を消したうえ、透巳は圭一のことなど一切知らないはずなので、どうして動機もあやふやな今回の事件の犯人が圭一であると思ったのかが不明だった。そしてもし何らかの理由で圭一を首謀者だと特定できたとしても、逮捕できる程の証拠を残していない圭一の困惑は深まるばかりなのだ。


「その二つの問いに関する答えは一つだよ」
「なに?」
「アンタに発信器をつけてるんだ。俺」
「…………はっ?」


 圭一は茫然自失としてしまう。透巳が何を言っているのかも、どうやってそんな荒唐無稽なことをやってのけたのかも分からなかったのだ。

 だがそれは圭一の問いに対する答えとしては合格点だった。もし透巳が圭一に発信器をつけていたのなら、圭一が証拠を消すために全ての事件現場に向かった情報が手に入るので、彼が犯人であることは一目瞭然だからである。同時にそれは証拠にもなりうるのだ。


「発信器?そんなもの付いていたらすぐに気づく……でたらめを言うな。そもそも何で発信器をつけようだなんて思うんだ?俺とお前は初対面のはずだ」


 だがやはり圭一には理解が出来なかった。発信器を衣服につけていた場合、その効果は良くて一日だ。それでは今回圭一を逮捕できる程の証拠にはなり得ない。例え身体につけることが出来たとしても、そんな異物が身体についていれば誰でも気づく。スマホにそういったアプリを入れた場合も同じである。圭一は用心深い為、すぐに気づくだろう。

 そもそも透巳が圭一に発信器を取り付けようと思う理由が無いのだ。発信器が事件の証拠になったのなら、第一の殺人事件現場へ向かった圭一の動向も記録出来ていた可能性が高い。そうなると今回の連続殺人事件が発生する以前から発信器をとりつけていたということだ。なので圭一からすれば全く意味が分からず、透巳が口から出まかせを言っているのではないかと思ったのだ。


「気づくわけないじゃん。そういうところに仕掛けたんだから」
「なに……?」
「首の後ろんとこ触ってみて」
「……?」


 訳も分からぬまま、圭一は透巳に言われるがままうなじ部分に手を這わせる。その時は透巳が何を言いたいのか分からなかったが、項よりほんの少し下に手を移動させると、圭一は目を見開き鳥肌を立たせた。

 圭一の手に伝わる感触は、一瞬のうちに彼の冷や汗を大量に吹き出させる。その感触は圭一の知るただの肌ではなく、だが生きていく上で一度は経験したことのある感触だった。

 圭一も良い大人なので、これまでに何針か縫う程度の怪我をしたことが数回ある。傷を負った肌の治療後の歪な感触。それが怪我などしたことの無いはずの首の後ろにあったのだ。


「なんだ……これ?」
「何だと思う?その残念な頭で必死に考えてよ」


 震える声で尋ねた圭一に透巳は不気味な笑みを浮かべるばかりで答えを与えない。圭一はグルグルと上手く回らない思考を働かせるが、その嫌な予感を口にすることが出来ず俯くばかりだ。


「はぁ……分かんないの?だから要するにさ……アンタの首んとこ掻っ捌いて発信器埋め込んだんだよね」
「っ……!」


 圭一は恐怖と驚きで思わず立ち上がる。圭一が座っていた椅子はその勢いで床に転がり、ガシャーンと大きな音が取調室に鳴り響く。
 圭一は首の後ろを押さえたまま、ガタガタと歯が鳴るほど震えてしまう。あり得ない、そんなわけが無いと思っていても、首の感触が現実だと主張してくる。


「おっ……おまっ……どうやって……!」
「そんなのいくらでも方法あるだろ?アンタの家に忍び込んで寝ている間に切るもよし。きっつい睡眠薬飲ませて気を失ってもらってその間に切るのもよし。何でもありだろ?事実発信器はアンタの身体の中にあるんだから。現実見ろよ」


 透巳は慌てるばかりで現実を受け入れない圭一に苛ついたような反応を返す。透巳がどうやって圭一の身体にそんな仕掛けをしたかなんてどうでも良いと思っているからだ。大事なのは圭一の身体に発信器が仕掛けられていて、本人はそれに気づくことが出来なかったという事実だけなのだから。


「首の後ろのそんな微妙な感触、普通は気づかないから丁度良かったんだ。まぁ俺は医者じゃないからちょっと歪かもしれないけど、ちゃんと閉じたんだから文句言うなよ?」
「こんなことしてただで済むと……」
「あのさぁ。何がそんなに不満なわけ?別に命に関わるわけじゃないだろ?それにこのことは兄ちゃん……じゃなくて刑事さんも知ってるから」
「なっ!」


 恐怖から徐々に怒りが沸いてきた圭一は透巳を睨みつけたが、透巳がそれに怯むわけも無かった。透巳が圭一に発信器をとりつけたのは慧馬も知っていて、圭一は刑事である慧馬がそれを黙認している事実が信じられなかった。

 慧馬が透巳のことをおっかないと称したのはこれが原因だった。慧馬は透巳がやってのけた狂気じみた行為を知っていて、今回ばかりは目を瞑ることにしたのだ。
 透巳がこんな強行をしたのは小麦のためであると理解していた上、透巳自身が今回は狙われたので正当防衛だろうと自身に言い聞かせたのだ。
 とはいえ、自身の知らない間に身体を切り開かれて無機質な物体を埋め込まれた犯人に若干の同情をしてしまうのは仕方のないことだった。


「…………」
「ん?もしもーし。どうかした?」


 唐突に告げられた信じがたい真実に、圭一は言葉を失ってしまう。それでも圭一には分からなかった。何故透巳がここまでして圭一の動向を探ろうとしたのかが不明なのだ。


「どうして俺の動向を探ろうとした?」
「あぁ……アンタの娘に良い情報を貰ったんだ」
「………………なん、だと?」


 それは先刻抱えた恐怖とは違う衝撃だった。驚きという点で言えば先刻よりも強烈で、ガツンとした衝撃だった。

 圭一に娘は一人しかいない。なので圭一は自身がこんなところに閉じ込められている最初の元凶の正体に気づき、開いた口が塞がらなくなってしまう。

 ********

「――最期に良いことを教えてあげる。感謝しなさい」
「いいこと?」
「えぇ。私の父親についてなんだけど、驚くほど私に似ているの」
「へぇ。面倒だね」


 自殺する直前、梓紗から聞かされた話は透巳にとって心底どうでも良いことに思えた。梓紗のような人間があと一人もいるのかとため息をつきたくはなったが、透巳にとってはそれだけだった。だが梓紗の次の言葉で、彼は無関心を貫けなくなってしまう。


「本当に面倒なのよ。私に似すぎて、むぎのことを同じような目で見ているんだもの。アイツにむぎを穢されないよう立ち振る舞うのは大変だったわ」
「……なるほどね」


 透巳は梓紗がこの情報を〝良いこと〟と称した理由を理解する。今まで梓紗が対処していたが、これから彼女が死ねばその父親が小麦に手を出すかもしれないのだ。その危機を把握しているのと知らないのとでは雲泥の差がある。透巳にとっては必要な情報なのだ。


「何でわざわざ俺に教えてくれるわけ?」
「だって私。あのキモい父親のこと大嫌いだもの。あんなクソ親父にむぎを穢されるぐらいなら、アンタにくれてやる方がまだマシだわ。……同族嫌悪かしらね?とにかくそういうことだから、気をつけておきなさい」
「ふーん。分かった。覚えておく」


 梓紗にとって嫌悪の対象であるはずの透巳に何故こんな情報をくれるのか分からず彼は首を傾げたが、梓紗からすれば情報提供を渋って父親に小麦を取られるよりはマシだったのだ。
 梓紗からの情報を脳できちんと噛みしめた透巳は、これから取るべき行動をまとめる。

 そして梓紗が自殺したすぐ後、透巳は圭一の身体に埋め込むための小型発信器を購入するのだった。

 ********

「ま。要するにアンタは娘に一度も勝てなかったってことだね」


 透巳の言葉に圭一は思わず歯噛みしてしまう。そして透巳を睨み据えるが、図星なので反論することも出来ずわなわなと身体を震わせる。


「あのガキ……やはりアイツのせいか……昔からいつもいつも俺の邪魔をして……。死んでも尚俺を馬鹿にして…………あああああああああああっ!!」


 圭一は髪が抜ける程頭を掻きむしると、取調室の外にも聞こえる程の叫び声を上げる。その声のせいで他の刑事が来るのを恐れた透巳はさっさと取調室から退出したかったが、まだ他の用が済んでいなかったので慧馬に丸投げすることにした。

 そして圭一が頭を抱える間、透巳は思った。きっと梓紗は地獄からこの光景を心底楽しそうに眺めているのだろうなと。あの梓紗を喜ばせるのは癪だったが、小麦のためなので仕方が無いと透巳は結論付ける。


「さてと。ここから本題だ」
「……?」


 両手で頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべた透巳に、圭一は鬼胎の視線を向ける。これまでのことで完全に打ちのめされた圭一に最早抵抗する気力など無かった。

 ********

「あの野郎、容疑者に何言いやがったんだ?」


 マジックミラー越しに透巳たちを観察していた慧馬は、大声を上げている圭一を目の当たりにし冷や冷やとさせられてしまう。取調室の中での会話はそう簡単に聞こえないので、何故圭一が頭を掻きむしっているのかも分からないのだ。
 そのおかげで圭一の大声も慧馬の耳には僅かな音にしか聞こえなかったが、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないので油断は禁物である。


「あのぉ、今なんか変な声しませんでした?」


 たまたま近くを通った女性警官が扉を開けて覗いてきたので、慧馬は必死にマジックミラーを身体で隠しながら苦笑いを浮かべる。


「あ!それ俺です俺……えっと、そう!……さっきゴキブリが出て驚いて……」
「え!?ゴキブリですか?」
「あぁ、もう退治したので大丈夫ですよ」
「そうですか……ならいいんですけど……」


 かなり無理のある言い訳を必死に考えた慧馬だったが、何とか誤魔化せたのでホッと胸を撫で下ろす。そして女性警官の姿が見えなくなると、慧馬は大きすぎるため息をついた。
 そしてこの状況を自身に丸投げしてきた透巳に対する恨み言をぶつぶつと呟くのだった。


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