54 / 93
第三章 穢れた愛、それでも遺したもの
穢れた愛、それでも遺したもの15
しおりを挟む
時を遡ること約数分前。取調室を監視できるマジックミラー越しに圭一を観察していた慧馬と武井。すると慧馬のスマートフォンに透巳からのメッセージが届き、それを一瞥した慧馬は顔を顰めてしまう。
「あー……武井さん。俺が見とくんで、戻ってもらって大丈夫ですよ」
「ん?あぁ、そうか。それなら頼んだぞ」
貼りついた様な笑みを向けながら退出する武井を見送った慧馬は、その姿が見えなくなると深いため息をつく。わざわざ武井をここから追い出したのは、透巳からの連絡が原因だったからだ。
武井が退出してから数十秒経つと、扉が開けられひょっこりと透巳が顔を見せる。
「ありがとう。兄ちゃん」
「さっさと済ませろよ?バレたら俺が叱られるんだからな」
「叱られるだけで済むんだね」
恨めし気に透巳の方へ視線を向けた慧馬の発言に、透巳は逆の意味で驚いてしまう。透巳が慧馬に頼んだのは、取調室で容疑者である圭一と話すというものだったので、バレれば一巻の終わりだた思っていたのだ。
慧馬が透巳のお願いを快く聞き入れることが出来ない理由はそれだけではない。そもそも慧馬は透巳のことを殺そうと企てた相手と透巳を接触させたくないのだ。だがもしここで拒否すれば、透巳は慧馬の目の無いところで実行してしまうので、それよりは自身の監視下でしてもらった方がいいのだ。
********
「というわけで、今の気分はどうかな?ロリコン親父さん」
「……そんなことを言うためにわざわざ来たのか?」
感情の全く読めない笑顔を浮かべながら圭一を罵倒してくる透巳に、彼はそんな返ししかすることが出来ない。透巳に完全にしてやられた圭一には毒づく気力も無いのだ。
「……?そうだけど」
「……は?」
「あ、勘違いしないで欲しいんだけど、これだけが目的じゃないから」
絞り出した皮肉をまさか肯定されるとは思わなかったのか、圭一は呆けた様な声を漏らしてしまう。そんな圭一に誤解が無い様に釈明した透巳だったが、彼を揶揄うことも目的の一つであることには変わりないのであまり意味はなかった。
「それより俺に聞きたいこととか湧くようにあるんじゃない?」
「……どうして、俺が首謀者だと思った?そもそも、どこに証拠が……」
透巳に図星を突かれてしまった圭一は一瞬躊躇ったが、今更プライドなど何の意味もなさないので素直に尋ねた。
圭一は念入りに証拠を消したうえ、透巳は圭一のことなど一切知らないはずなので、どうして動機もあやふやな今回の事件の犯人が圭一であると思ったのかが不明だった。そしてもし何らかの理由で圭一を首謀者だと特定できたとしても、逮捕できる程の証拠を残していない圭一の困惑は深まるばかりなのだ。
「その二つの問いに関する答えは一つだよ」
「なに?」
「アンタに発信器をつけてるんだ。俺」
「…………はっ?」
圭一は茫然自失としてしまう。透巳が何を言っているのかも、どうやってそんな荒唐無稽なことをやってのけたのかも分からなかったのだ。
だがそれは圭一の問いに対する答えとしては合格点だった。もし透巳が圭一に発信器をつけていたのなら、圭一が証拠を消すために全ての事件現場に向かった情報が手に入るので、彼が犯人であることは一目瞭然だからである。同時にそれは証拠にもなりうるのだ。
「発信器?そんなもの付いていたらすぐに気づく……でたらめを言うな。そもそも何で発信器をつけようだなんて思うんだ?俺とお前は初対面のはずだ」
だがやはり圭一には理解が出来なかった。発信器を衣服につけていた場合、その効果は良くて一日だ。それでは今回圭一を逮捕できる程の証拠にはなり得ない。例え身体につけることが出来たとしても、そんな異物が身体についていれば誰でも気づく。スマホにそういったアプリを入れた場合も同じである。圭一は用心深い為、すぐに気づくだろう。
そもそも透巳が圭一に発信器を取り付けようと思う理由が無いのだ。発信器が事件の証拠になったのなら、第一の殺人事件現場へ向かった圭一の動向も記録出来ていた可能性が高い。そうなると今回の連続殺人事件が発生する以前から発信器をとりつけていたということだ。なので圭一からすれば全く意味が分からず、透巳が口から出まかせを言っているのではないかと思ったのだ。
「気づくわけないじゃん。そういうところに仕掛けたんだから」
「なに……?」
「首の後ろんとこ触ってみて」
「……?」
訳も分からぬまま、圭一は透巳に言われるがまま項部分に手を這わせる。その時は透巳が何を言いたいのか分からなかったが、項よりほんの少し下に手を移動させると、圭一は目を見開き鳥肌を立たせた。
圭一の手に伝わる感触は、一瞬のうちに彼の冷や汗を大量に吹き出させる。その感触は圭一の知るただの肌ではなく、だが生きていく上で一度は経験したことのある感触だった。
圭一も良い大人なので、これまでに何針か縫う程度の怪我をしたことが数回ある。傷を負った肌の治療後の歪な感触。それが怪我などしたことの無いはずの首の後ろにあったのだ。
「なんだ……これ?」
「何だと思う?その残念な頭で必死に考えてよ」
震える声で尋ねた圭一に透巳は不気味な笑みを浮かべるばかりで答えを与えない。圭一はグルグルと上手く回らない思考を働かせるが、その嫌な予感を口にすることが出来ず俯くばかりだ。
「はぁ……分かんないの?だから要するにさ……アンタの首んとこ掻っ捌いて発信器埋め込んだんだよね」
「っ……!」
圭一は恐怖と驚きで思わず立ち上がる。圭一が座っていた椅子はその勢いで床に転がり、ガシャーンと大きな音が取調室に鳴り響く。
圭一は首の後ろを押さえたまま、ガタガタと歯が鳴るほど震えてしまう。あり得ない、そんなわけが無いと思っていても、首の感触が現実だと主張してくる。
「おっ……おまっ……どうやって……!」
「そんなのいくらでも方法あるだろ?アンタの家に忍び込んで寝ている間に切るもよし。きっつい睡眠薬飲ませて気を失ってもらってその間に切るのもよし。何でもありだろ?事実発信器はアンタの身体の中にあるんだから。現実見ろよ」
透巳は慌てるばかりで現実を受け入れない圭一に苛ついたような反応を返す。透巳がどうやって圭一の身体にそんな仕掛けをしたかなんてどうでも良いと思っているからだ。大事なのは圭一の身体に発信器が仕掛けられていて、本人はそれに気づくことが出来なかったという事実だけなのだから。
「首の後ろのそんな微妙な感触、普通は気づかないから丁度良かったんだ。まぁ俺は医者じゃないからちょっと歪かもしれないけど、ちゃんと閉じたんだから文句言うなよ?」
「こんなことしてただで済むと……」
「あのさぁ。何がそんなに不満なわけ?別に命に関わるわけじゃないだろ?それにこのことは兄ちゃん……じゃなくて刑事さんも知ってるから」
「なっ!」
恐怖から徐々に怒りが沸いてきた圭一は透巳を睨みつけたが、透巳がそれに怯むわけも無かった。透巳が圭一に発信器をとりつけたのは慧馬も知っていて、圭一は刑事である慧馬がそれを黙認している事実が信じられなかった。
慧馬が透巳のことをおっかないと称したのはこれが原因だった。慧馬は透巳がやってのけた狂気じみた行為を知っていて、今回ばかりは目を瞑ることにしたのだ。
透巳がこんな強行をしたのは小麦のためであると理解していた上、透巳自身が今回は狙われたので正当防衛だろうと自身に言い聞かせたのだ。
とはいえ、自身の知らない間に身体を切り開かれて無機質な物体を埋め込まれた犯人に若干の同情をしてしまうのは仕方のないことだった。
「…………」
「ん?もしもーし。どうかした?」
唐突に告げられた信じがたい真実に、圭一は言葉を失ってしまう。それでも圭一には分からなかった。何故透巳がここまでして圭一の動向を探ろうとしたのかが不明なのだ。
「どうして俺の動向を探ろうとした?」
「あぁ……アンタの娘に良い情報を貰ったんだ」
「………………なん、だと?」
それは先刻抱えた恐怖とは違う衝撃だった。驚きという点で言えば先刻よりも強烈で、ガツンとした衝撃だった。
圭一に娘は一人しかいない。なので圭一は自身がこんなところに閉じ込められている最初の元凶の正体に気づき、開いた口が塞がらなくなってしまう。
********
「――最期に良いことを教えてあげる。感謝しなさい」
「いいこと?」
「えぇ。私の父親についてなんだけど、驚くほど私に似ているの」
「へぇ。面倒だね」
自殺する直前、梓紗から聞かされた話は透巳にとって心底どうでも良いことに思えた。梓紗のような人間があと一人もいるのかとため息をつきたくはなったが、透巳にとってはそれだけだった。だが梓紗の次の言葉で、彼は無関心を貫けなくなってしまう。
「本当に面倒なのよ。私に似すぎて、むぎのことを同じような目で見ているんだもの。アイツにむぎを穢されないよう立ち振る舞うのは大変だったわ」
「……なるほどね」
透巳は梓紗がこの情報を〝良いこと〟と称した理由を理解する。今まで梓紗が対処していたが、これから彼女が死ねばその父親が小麦に手を出すかもしれないのだ。その危機を把握しているのと知らないのとでは雲泥の差がある。透巳にとっては必要な情報なのだ。
「何でわざわざ俺に教えてくれるわけ?」
「だって私。あのキモい父親のこと大嫌いだもの。あんなクソ親父にむぎを穢されるぐらいなら、アンタにくれてやる方がまだマシだわ。……同族嫌悪かしらね?とにかくそういうことだから、気をつけておきなさい」
「ふーん。分かった。覚えておく」
梓紗にとって嫌悪の対象であるはずの透巳に何故こんな情報をくれるのか分からず彼は首を傾げたが、梓紗からすれば情報提供を渋って父親に小麦を取られるよりはマシだったのだ。
梓紗からの情報を脳できちんと噛みしめた透巳は、これから取るべき行動をまとめる。
そして梓紗が自殺したすぐ後、透巳は圭一の身体に埋め込むための小型発信器を購入するのだった。
********
「ま。要するにアンタは娘に一度も勝てなかったってことだね」
透巳の言葉に圭一は思わず歯噛みしてしまう。そして透巳を睨み据えるが、図星なので反論することも出来ずわなわなと身体を震わせる。
「あのガキ……やはりアイツのせいか……昔からいつもいつも俺の邪魔をして……。死んでも尚俺を馬鹿にして…………あああああああああああっ!!」
圭一は髪が抜ける程頭を掻きむしると、取調室の外にも聞こえる程の叫び声を上げる。その声のせいで他の刑事が来るのを恐れた透巳はさっさと取調室から退出したかったが、まだ他の用が済んでいなかったので慧馬に丸投げすることにした。
そして圭一が頭を抱える間、透巳は思った。きっと梓紗は地獄からこの光景を心底楽しそうに眺めているのだろうなと。あの梓紗を喜ばせるのは癪だったが、小麦のためなので仕方が無いと透巳は結論付ける。
「さてと。ここから本題だ」
「……?」
両手で頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべた透巳に、圭一は鬼胎の視線を向ける。これまでのことで完全に打ちのめされた圭一に最早抵抗する気力など無かった。
********
「あの野郎、容疑者に何言いやがったんだ?」
マジックミラー越しに透巳たちを観察していた慧馬は、大声を上げている圭一を目の当たりにし冷や冷やとさせられてしまう。取調室の中での会話はそう簡単に聞こえないので、何故圭一が頭を掻きむしっているのかも分からないのだ。
そのおかげで圭一の大声も慧馬の耳には僅かな音にしか聞こえなかったが、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないので油断は禁物である。
「あのぉ、今なんか変な声しませんでした?」
たまたま近くを通った女性警官が扉を開けて覗いてきたので、慧馬は必死にマジックミラーを身体で隠しながら苦笑いを浮かべる。
「あ!それ俺です俺……えっと、そう!……さっきゴキブリが出て驚いて……」
「え!?ゴキブリですか?」
「あぁ、もう退治したので大丈夫ですよ」
「そうですか……ならいいんですけど……」
かなり無理のある言い訳を必死に考えた慧馬だったが、何とか誤魔化せたのでホッと胸を撫で下ろす。そして女性警官の姿が見えなくなると、慧馬は大きすぎるため息をついた。
そしてこの状況を自身に丸投げしてきた透巳に対する恨み言をぶつぶつと呟くのだった。
「あー……武井さん。俺が見とくんで、戻ってもらって大丈夫ですよ」
「ん?あぁ、そうか。それなら頼んだぞ」
貼りついた様な笑みを向けながら退出する武井を見送った慧馬は、その姿が見えなくなると深いため息をつく。わざわざ武井をここから追い出したのは、透巳からの連絡が原因だったからだ。
武井が退出してから数十秒経つと、扉が開けられひょっこりと透巳が顔を見せる。
「ありがとう。兄ちゃん」
「さっさと済ませろよ?バレたら俺が叱られるんだからな」
「叱られるだけで済むんだね」
恨めし気に透巳の方へ視線を向けた慧馬の発言に、透巳は逆の意味で驚いてしまう。透巳が慧馬に頼んだのは、取調室で容疑者である圭一と話すというものだったので、バレれば一巻の終わりだた思っていたのだ。
慧馬が透巳のお願いを快く聞き入れることが出来ない理由はそれだけではない。そもそも慧馬は透巳のことを殺そうと企てた相手と透巳を接触させたくないのだ。だがもしここで拒否すれば、透巳は慧馬の目の無いところで実行してしまうので、それよりは自身の監視下でしてもらった方がいいのだ。
********
「というわけで、今の気分はどうかな?ロリコン親父さん」
「……そんなことを言うためにわざわざ来たのか?」
感情の全く読めない笑顔を浮かべながら圭一を罵倒してくる透巳に、彼はそんな返ししかすることが出来ない。透巳に完全にしてやられた圭一には毒づく気力も無いのだ。
「……?そうだけど」
「……は?」
「あ、勘違いしないで欲しいんだけど、これだけが目的じゃないから」
絞り出した皮肉をまさか肯定されるとは思わなかったのか、圭一は呆けた様な声を漏らしてしまう。そんな圭一に誤解が無い様に釈明した透巳だったが、彼を揶揄うことも目的の一つであることには変わりないのであまり意味はなかった。
「それより俺に聞きたいこととか湧くようにあるんじゃない?」
「……どうして、俺が首謀者だと思った?そもそも、どこに証拠が……」
透巳に図星を突かれてしまった圭一は一瞬躊躇ったが、今更プライドなど何の意味もなさないので素直に尋ねた。
圭一は念入りに証拠を消したうえ、透巳は圭一のことなど一切知らないはずなので、どうして動機もあやふやな今回の事件の犯人が圭一であると思ったのかが不明だった。そしてもし何らかの理由で圭一を首謀者だと特定できたとしても、逮捕できる程の証拠を残していない圭一の困惑は深まるばかりなのだ。
「その二つの問いに関する答えは一つだよ」
「なに?」
「アンタに発信器をつけてるんだ。俺」
「…………はっ?」
圭一は茫然自失としてしまう。透巳が何を言っているのかも、どうやってそんな荒唐無稽なことをやってのけたのかも分からなかったのだ。
だがそれは圭一の問いに対する答えとしては合格点だった。もし透巳が圭一に発信器をつけていたのなら、圭一が証拠を消すために全ての事件現場に向かった情報が手に入るので、彼が犯人であることは一目瞭然だからである。同時にそれは証拠にもなりうるのだ。
「発信器?そんなもの付いていたらすぐに気づく……でたらめを言うな。そもそも何で発信器をつけようだなんて思うんだ?俺とお前は初対面のはずだ」
だがやはり圭一には理解が出来なかった。発信器を衣服につけていた場合、その効果は良くて一日だ。それでは今回圭一を逮捕できる程の証拠にはなり得ない。例え身体につけることが出来たとしても、そんな異物が身体についていれば誰でも気づく。スマホにそういったアプリを入れた場合も同じである。圭一は用心深い為、すぐに気づくだろう。
そもそも透巳が圭一に発信器を取り付けようと思う理由が無いのだ。発信器が事件の証拠になったのなら、第一の殺人事件現場へ向かった圭一の動向も記録出来ていた可能性が高い。そうなると今回の連続殺人事件が発生する以前から発信器をとりつけていたということだ。なので圭一からすれば全く意味が分からず、透巳が口から出まかせを言っているのではないかと思ったのだ。
「気づくわけないじゃん。そういうところに仕掛けたんだから」
「なに……?」
「首の後ろんとこ触ってみて」
「……?」
訳も分からぬまま、圭一は透巳に言われるがまま項部分に手を這わせる。その時は透巳が何を言いたいのか分からなかったが、項よりほんの少し下に手を移動させると、圭一は目を見開き鳥肌を立たせた。
圭一の手に伝わる感触は、一瞬のうちに彼の冷や汗を大量に吹き出させる。その感触は圭一の知るただの肌ではなく、だが生きていく上で一度は経験したことのある感触だった。
圭一も良い大人なので、これまでに何針か縫う程度の怪我をしたことが数回ある。傷を負った肌の治療後の歪な感触。それが怪我などしたことの無いはずの首の後ろにあったのだ。
「なんだ……これ?」
「何だと思う?その残念な頭で必死に考えてよ」
震える声で尋ねた圭一に透巳は不気味な笑みを浮かべるばかりで答えを与えない。圭一はグルグルと上手く回らない思考を働かせるが、その嫌な予感を口にすることが出来ず俯くばかりだ。
「はぁ……分かんないの?だから要するにさ……アンタの首んとこ掻っ捌いて発信器埋め込んだんだよね」
「っ……!」
圭一は恐怖と驚きで思わず立ち上がる。圭一が座っていた椅子はその勢いで床に転がり、ガシャーンと大きな音が取調室に鳴り響く。
圭一は首の後ろを押さえたまま、ガタガタと歯が鳴るほど震えてしまう。あり得ない、そんなわけが無いと思っていても、首の感触が現実だと主張してくる。
「おっ……おまっ……どうやって……!」
「そんなのいくらでも方法あるだろ?アンタの家に忍び込んで寝ている間に切るもよし。きっつい睡眠薬飲ませて気を失ってもらってその間に切るのもよし。何でもありだろ?事実発信器はアンタの身体の中にあるんだから。現実見ろよ」
透巳は慌てるばかりで現実を受け入れない圭一に苛ついたような反応を返す。透巳がどうやって圭一の身体にそんな仕掛けをしたかなんてどうでも良いと思っているからだ。大事なのは圭一の身体に発信器が仕掛けられていて、本人はそれに気づくことが出来なかったという事実だけなのだから。
「首の後ろのそんな微妙な感触、普通は気づかないから丁度良かったんだ。まぁ俺は医者じゃないからちょっと歪かもしれないけど、ちゃんと閉じたんだから文句言うなよ?」
「こんなことしてただで済むと……」
「あのさぁ。何がそんなに不満なわけ?別に命に関わるわけじゃないだろ?それにこのことは兄ちゃん……じゃなくて刑事さんも知ってるから」
「なっ!」
恐怖から徐々に怒りが沸いてきた圭一は透巳を睨みつけたが、透巳がそれに怯むわけも無かった。透巳が圭一に発信器をとりつけたのは慧馬も知っていて、圭一は刑事である慧馬がそれを黙認している事実が信じられなかった。
慧馬が透巳のことをおっかないと称したのはこれが原因だった。慧馬は透巳がやってのけた狂気じみた行為を知っていて、今回ばかりは目を瞑ることにしたのだ。
透巳がこんな強行をしたのは小麦のためであると理解していた上、透巳自身が今回は狙われたので正当防衛だろうと自身に言い聞かせたのだ。
とはいえ、自身の知らない間に身体を切り開かれて無機質な物体を埋め込まれた犯人に若干の同情をしてしまうのは仕方のないことだった。
「…………」
「ん?もしもーし。どうかした?」
唐突に告げられた信じがたい真実に、圭一は言葉を失ってしまう。それでも圭一には分からなかった。何故透巳がここまでして圭一の動向を探ろうとしたのかが不明なのだ。
「どうして俺の動向を探ろうとした?」
「あぁ……アンタの娘に良い情報を貰ったんだ」
「………………なん、だと?」
それは先刻抱えた恐怖とは違う衝撃だった。驚きという点で言えば先刻よりも強烈で、ガツンとした衝撃だった。
圭一に娘は一人しかいない。なので圭一は自身がこんなところに閉じ込められている最初の元凶の正体に気づき、開いた口が塞がらなくなってしまう。
********
「――最期に良いことを教えてあげる。感謝しなさい」
「いいこと?」
「えぇ。私の父親についてなんだけど、驚くほど私に似ているの」
「へぇ。面倒だね」
自殺する直前、梓紗から聞かされた話は透巳にとって心底どうでも良いことに思えた。梓紗のような人間があと一人もいるのかとため息をつきたくはなったが、透巳にとってはそれだけだった。だが梓紗の次の言葉で、彼は無関心を貫けなくなってしまう。
「本当に面倒なのよ。私に似すぎて、むぎのことを同じような目で見ているんだもの。アイツにむぎを穢されないよう立ち振る舞うのは大変だったわ」
「……なるほどね」
透巳は梓紗がこの情報を〝良いこと〟と称した理由を理解する。今まで梓紗が対処していたが、これから彼女が死ねばその父親が小麦に手を出すかもしれないのだ。その危機を把握しているのと知らないのとでは雲泥の差がある。透巳にとっては必要な情報なのだ。
「何でわざわざ俺に教えてくれるわけ?」
「だって私。あのキモい父親のこと大嫌いだもの。あんなクソ親父にむぎを穢されるぐらいなら、アンタにくれてやる方がまだマシだわ。……同族嫌悪かしらね?とにかくそういうことだから、気をつけておきなさい」
「ふーん。分かった。覚えておく」
梓紗にとって嫌悪の対象であるはずの透巳に何故こんな情報をくれるのか分からず彼は首を傾げたが、梓紗からすれば情報提供を渋って父親に小麦を取られるよりはマシだったのだ。
梓紗からの情報を脳できちんと噛みしめた透巳は、これから取るべき行動をまとめる。
そして梓紗が自殺したすぐ後、透巳は圭一の身体に埋め込むための小型発信器を購入するのだった。
********
「ま。要するにアンタは娘に一度も勝てなかったってことだね」
透巳の言葉に圭一は思わず歯噛みしてしまう。そして透巳を睨み据えるが、図星なので反論することも出来ずわなわなと身体を震わせる。
「あのガキ……やはりアイツのせいか……昔からいつもいつも俺の邪魔をして……。死んでも尚俺を馬鹿にして…………あああああああああああっ!!」
圭一は髪が抜ける程頭を掻きむしると、取調室の外にも聞こえる程の叫び声を上げる。その声のせいで他の刑事が来るのを恐れた透巳はさっさと取調室から退出したかったが、まだ他の用が済んでいなかったので慧馬に丸投げすることにした。
そして圭一が頭を抱える間、透巳は思った。きっと梓紗は地獄からこの光景を心底楽しそうに眺めているのだろうなと。あの梓紗を喜ばせるのは癪だったが、小麦のためなので仕方が無いと透巳は結論付ける。
「さてと。ここから本題だ」
「……?」
両手で頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべた透巳に、圭一は鬼胎の視線を向ける。これまでのことで完全に打ちのめされた圭一に最早抵抗する気力など無かった。
********
「あの野郎、容疑者に何言いやがったんだ?」
マジックミラー越しに透巳たちを観察していた慧馬は、大声を上げている圭一を目の当たりにし冷や冷やとさせられてしまう。取調室の中での会話はそう簡単に聞こえないので、何故圭一が頭を掻きむしっているのかも分からないのだ。
そのおかげで圭一の大声も慧馬の耳には僅かな音にしか聞こえなかったが、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないので油断は禁物である。
「あのぉ、今なんか変な声しませんでした?」
たまたま近くを通った女性警官が扉を開けて覗いてきたので、慧馬は必死にマジックミラーを身体で隠しながら苦笑いを浮かべる。
「あ!それ俺です俺……えっと、そう!……さっきゴキブリが出て驚いて……」
「え!?ゴキブリですか?」
「あぁ、もう退治したので大丈夫ですよ」
「そうですか……ならいいんですけど……」
かなり無理のある言い訳を必死に考えた慧馬だったが、何とか誤魔化せたのでホッと胸を撫で下ろす。そして女性警官の姿が見えなくなると、慧馬は大きすぎるため息をついた。
そしてこの状況を自身に丸投げしてきた透巳に対する恨み言をぶつぶつと呟くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる