さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第一章 世界の終わり、世界の始まり

鬼神

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 鬼神――鬼の男神以外の神々は困惑していた。



 理由は簡単。鬼神の行動の意味がまるで理解できなかったからだ。



 鬼神は先刻、確かに創造主に対して反抗的な発言をした。それは神々にとっては本当に無意味な行為だったのだ。



 神々は創造された際、少年によって世界や自分、創造主に関するある程度の知識を与えられていた。それ故創造主という存在がいかに尊く、いかに偉大な存在であるかということを嫌という程理解しているのだ。



 確かに神々たちは神と呼ばれるにふさわしい程の力を与えられる。その力は神によって種類は違えど、確実に普通の生物には実現不可能なこの世ならざる力だ。



 だがそんな超人的な力を持つ神々でも勝てない、敵わない存在が創造主である少年なのだ。



 そうでなければ少年が創造主と名乗る意味がないからである。



 少年は云わば全ての世界のルールだ。少年が正と言えばそれは正しく、少年が悪と言えばそれは間違っている。何故なら少年が神を、世界を創造できる唯一の存在だからである。



 もっと言ってしまえば、少年には創造主として力で様々な事象を実現できるため、新たな世界の一般ルールを創造することもできてしまうのだ。



 ここで一つ考えてみる。もし誰かが創造主である少年に戦いを挑んだ場合、勝敗はどうなるか?



 答えは一つ。“少年が望んだ結果になる〟である。



 少年が勝つことを望めば相手は負けるし、少年が負けることを望めば相手は勝つ。そして引き分けの場合も同じである。



 つまりはこの創造主相手に戦いなど無意味以外の何物でもないということだ。勝とうが負けようが、それは創造主が望んだ結果でしかなく、創造主に戦いを挑んだ時点で相手は勝負に負けているのだから。



 だからこそ神々は鬼神のことを頭が悪い残念な神としか思えなかった。こんな無意味な戦いを本気で行おうとしているその神経が、神々には考えられない愚かなものだったからだ。



 それだけでは無い。世界の基盤でもある創造主に対してあんな不遜な態度をとった鬼神に対する怒りを持つ神もいたのだ。それとは逆に鬼神の身を案じる者も。



(あの鬼神……創造主様に対してなんと無礼な態度!我々を生んでくださった恩も忘れ、あんな申し出をするなど……創造主様に消されても文句など言えないぞ)



 デグネフは鬼神の、神としてあるまじき行為に怒りを覚え、拳を握りしめ顔を顰めた。



(あの鬼さん……あんなこと言って創造主様が怒ったらどうなさるのかしら……創造主様に消されなければいいのだけれど……)



 先刻まで自分の美しい金色の瞳に釘付けだった祈世も、さすがに鬼神の行動には反応したのか、鬼神の身を案じて不安そうな表情になった。



「つの……」



 神々たちは様々な感情を抱きながらも、全員が創造主の反応を気にしていた。鬼神の姿を捉えた時からその言葉しか発しず、鬼神の頭部にばかり注目している創造主の様子がおかしいことは神々にも分かっていたのだ。



「つの………………カッコいいね!!」

「「……え?」」



 少年の口から出た予想外過ぎる発言に神々たちは間の抜けた声を上げた。まさか鬼神の角に注目しすぎて鬼神の発言を聞いていなかったのだろうか?などという疑問を浮かべる神々たちを余所に、鬼神と少年は会話を始めた。



「そ……そうだろう!そうだろう!吾輩の角はカッコいいだろう!」

「うん!カッコいい!漢の中の漢だねっ」

「この角の素晴らしさに気づく点だけは認めてやってもいいな」



 少年の賛美とキラキラした視線に気をよくした鬼神は豪快に笑うと、少年に対して多少認めたような発言をした。





 その時この場にいた少年を含めた全員が気付いた。この鬼神がチョロいということを。



 少年は鬼神のあまりのチョロさに、どこぞの六つ子の三男坊の名前を付けてやりたいとさえ思った。それ程までに鬼神はチョロチョロだったのだ。



(創造主様の意図が分からない……本気であの鬼神の角について語りたいのか、それともあの鬼神のチョロさを利用して自分に対する反抗心を消そうとしているのか……)



 二人の行動に呆気に取られていたデグネフは少年の真意が分からず頭を悩ませた。普通の創造主であれば、絶対的君主である創造主に逆らった神など不要と即座に切り捨てるはずだが、少年はそうではない。



 自分と神々は家族だという認識を持っている少年の真意は神であるデグネフにも測れない事項だったのだ。



「それで、僕と戦いたいんだっけ?」



 突然緊張感のある面差しで不敵な笑みを浮かべた少年に、神々たちは鳥肌が立つのを抑えることが出来なかった。それは少年が創造主として持っている〝オーラ〟が深く関わっていた。



 創造主という存在は尊く、本来普通の生物ではその姿を見ることなどできない。できたとしてもその神々しい出で立ちや、創造主としての圧倒的なオーラ――つまりは生物が本能的に感じることのできる雰囲気で、普通の生物は身体的な死を迎えてしまうのだ。



 目が潰れる、と言えば分かりやすいかもしれない。創造主という圧倒的強者を拝顔できるような目を、普通の生物は持っておらず、神レベルの上位種になって漸くその姿を見ることが出来る程なのだ。



 だがそれは創造主としてのオーラを一切制限していない時に限る。



 創造主にはできないことを探す方が難しいので、己のオーラを抑え込む事だって少年にはできてしまうのだ。



 要するに少年は神を創造してから抑えていた自分のオーラを今解放したのだ。ただそれだけのことだが、神々たちはすぐにそれを察知した。事実、少年の顔の左側には創造主の証でもある紋章が再び現れていた。



 この時神々たちは漸く実感させられたのだ。目の前にいるこの存在が、ただの能天気な少年ではなく、森羅万象における絶対君主であることを。



 多くの神々が息を呑む中、鬼神だけがその強者だけが持つオーラに喜びを抑えることが出来ず、精悍な笑みを浮かべていた。



「そうだ……それだよ……そうでなくちゃ面白くねぇからな。ガキ」

「口を慎みなさい、鬼神。創造主様に対して……」

「まぁまぁデグネフ。僕は確かにガキだよ。まだ一四歳だし、創造主としての歳は君たちと同じ赤子なんだから、ガキという鬼神くんの意見は正しい」



 鬼神の少年に対する失礼な呼びかけに苦言を呈したデグネフを制止したのは少年だった。デグネフは表情や声音こそ冷静だったが、内心では鬼神に対する苛立ちを募らせていた。



 だが一方の少年は全く気にしていないように鬼神の発言を擁護した。



「ただ……鬼神くんもガキだということを、忘れないでね!」

「あぁ?」



 満面の笑みで僅かな毒を吐いた少年に対して鬼神は苛立ちの表情を見せた。だが少年に感情的な何かを感じ取ることは神々にはできなかった。



 鬼神は少年の挑発じみた発言にまんまと乗せられたのだ。流石はチョロ〇くんである。



 上げて下げる――今まさに鬼神の感情はジェットコースターの真っ最中なのだ。



 それが余計に鬼神の癇に障ったのか、鬼神は神としての力を若干暴走させた。それにより、少年が創造した空間が地震のような現象に襲われたが、創造主の力で創造した空間なのでそう簡単に崩れることは無かった。



 何人かの神がその現象で足元をふらつかせる中、少年は何故かとてつもなくキラキラした眼差しで鬼神の顔を凝視していた。



「いいね、いいね……反抗期!かわいい!」

「「は?」」



 少年の突拍子もない、理解しがたい発言に神々は間の抜けた声を上げた。鬼神の力の暴走による振動を反抗期という言葉で収めてしまうところも、それを可愛いと表現する部分も神々には訳の分からないことだったのだ。



 流石の鬼神もこの発言は予想外だったのか、どういう反応をすればいいのか悩み果て固まってしまった。



「いいよね、反抗期……家族って感じで!」

「「……………………」」



 この場合どういう反応を示せばいいのかなんて、数多の知識を持つ神々でも分からない問題だった。いつの間にか鬼神の力の暴走も収まっており、しばらく間神々たちは、曇り一つない少年の嬉しそうな笑顔を見つめることしかできなかった。







「結局、どういう戦いをすればいいのかな?ルール決める?ハンデはつけないと流石に罪悪感あるし……」



 またもや鬼神の申し出に関する話を始めた少年は顎に手を当て考え込んだ。



「そういうことはお前に任せる。吾輩は頭脳労働はしない主義だ」



 鬼神は開き直ったように踏ん反り返ると少年を指さしながらそう言った。最初の少年に対する発言から想定していたことではあったが、この瞬間神々はこの鬼神がバカであることを理解した。〝チョロい〟と〝馬鹿〟という属性が加わったこの鬼神に救いはあるのだろうかと、神々は遠い目をするしかない。



(その指折ってしまおうか……)



 創造主である少年に対して指を向けた鬼神に向けられた怒りは、デグネフの中で静かに湧き上がっていた。だが冷静で周りが良く見えているデグネフは、今己の感情で行動することがいかに無意味か理解している為、その感情を周りに悟られないようにした。



「そう?じゃあ、こうしよう!僕がこれから鬼神くんにぴったりの最強の武器を作る。鬼神くんはその武器を使って僕に攻撃してくる。僕はこの身一つでその攻撃を回避する。相手が戦闘不能か、降参したところで勝敗を決する……で、どうかな?」

「いいだろう」



 鬼に金棒。少年がつけたハンデに名前を付けるとすれば、これが最も適切だ。



 神という存在は森羅万象の頂点に位置する創造主が創造する数少ない生物である。だからこそ神々は創造主によって尋常では無い力を与えられる。



 特にこの鬼神に関しては、戦闘、破壊、暴力という点で他の神々とは比べ物にならない程の力を有している。だからといってこの鬼神が最も優れているというわけではない。



 神々にはその神によって得意とする力が異なる。創造主によって創造されたものに優劣など付けられないのだ。



 とはいっても鬼神の戦闘能力が優れているのも事実。そんな鬼神に創造主によって創造された最強の武器が加われば、文字通り鬼・に金棒というわけだ。



 少年の考えたルールを了承した鬼神。それを確認した少年は早速鬼神のための最強の武器の創造に取り掛かった。





「イメージは……絶対的不滅。鬼神くんの無茶で異次元の力にもついてこれるような、頑丈で順応性の高い、守るための武器」



 少年は静かに目を閉じると、鬼神の武器のイメージを固めた。すると見る見るうちに鬼神の武器は少年の目の前に形作られていった。



 完成した武器は少年の手の中に落ちていき、少年はその重さに一瞬腕を落としたがすぐに胸の辺りにまで上げた。



 少年が創造した武器は剣だった。剣の長さは約一.五メートル、幅は約二〇センチ、重さは五〇キロ。どう考えても常人では扱うことのできない剣だが、神の力をもってすれば赤子の手を捻るようなものである。



 鬼神にはそんな剣の大きさなどより驚愕した部分があった。それは色である。



「……透けてる?」



 その剣は鬼神の呟いたように透明だったのだ。柄の部分は純黒なのだが、その刀身の部分だけは向こう側まで見通せるほど透明だったのだ。



 そこに存在していることは分かるのだけれど、存在していないように透けている剣。それが鬼神がその剣に持った印象だった。



「正確には色が無い、かな。この剣は君がその時望んだとおりの働きを果たしてくれる、君のための剣なんだ」



 少年の説明を聞いた鬼神が柄の部分を掴むと、その刀身の透明は燃えるような赤色へと変貌した。



 “色が無い〟。つまりは何色にも染まることが出来るということだ。この剣は所有者の鬼神の望む通りの色に変わり続ける。



 逆に言えば、今の鬼神の気持ちや志が業火のように燃え盛っているということでもある。



 剣の急激な変貌に鬼神だけではなく、他の神々たちも目を奪われてしまった。その一点の濁りもない炎の色に本当に吸い込まれそうになったのだ。



「いいじゃねぇか、これ」

「気に入ってくれたのなら良かった」



 ギラギラとした瞳で自分の剣を見つめる鬼神の姿に、少年は思わず笑みを零した。少年の瞳に映る鬼神の姿はまるで、初めてのおもちゃを貰った子供のようで、少年にはそれが可愛く思えてしまったのだ。



「……じゃあ、早速始めるか」

「いつでもいいよ」



 鬼神はギラついた表情のまま精悍な笑みを浮かべると、己の剣を片手で握り少年に向けて突き出した。少年はそれに臆することなど当然なく、穏やかな笑みを浮かべるだけだった。



 創造主と神。前代未聞の戦いが始まろうとしていた。





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