さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第一章 世界の終わり、世界の始まり

閑話:一万年間の神々2

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 この日、少年が安らかに寝息を立てている少年の部屋の中は、神々の重々しい空気に包まれていた。



 何故少年の部屋に神全員が集まっているかというと、今回の神議会が少年の部屋で行われることになったからだ。



 重々しい空気の理由は今回の神議会の議題と深く関係していた。



「なぁ……」

「何ですか?」

「コイツさ…………起きなさすぎじゃねぇか?」

「……そうですね。そもそも今回この神議会を開くことになったのは、それについていろいろと話し合う事項が出来たからなのですが……」



 武尽とデグネフは、今自分たちが直面している大問題について語り始めた。まるで現実逃避をしているかのような死んだ表情で。





 そう。今回の神議会の議題はこうだった。



〝創造主である少年が眠り始めて早一〇〇〇年。全く起きる気配が無いのだがどうしたものだろうか?〟である。





 神々は完全に油断していたのだ。



 少年が眠り始めた頃、神々は少年がかなり長期間の睡眠をするのではないかと予想を立てていた。約五〇〇年の間眠らずに創造主としての生を積み上げてきた少年からすれば、一年などすぐに過ぎて行くような年数だ。



 そんな少年が五〇〇年ぶりに眠るのだから、長くて数年、数十年の間眠り続けるかもしれないと神々は考えた。



 だがそれは大きな誤算だった。



 この創造主、いつまで経っても、何年経っても、全く起きなかったのである。





 神々がおかしいと思い始めたのは、少年が眠り始めて一〇〇年ほど経ったときである。



 少年が長い間眠り続けることを予想していた神々でも流石に頭をよぎった。「この創造主、寝過ぎではないか?」と。



 だが何か緊急の事態が起こった訳でもないのに、気持ちよさそうに眠る少年を邪魔しては失礼だろうと、内心抱えるもやもやを残したまま、神々はその問題を保留にすることにした。



 そしてその保留状態が何百年も続き、とうとう少年が眠り始めて一〇〇〇年経ってしまった今日、神々は意を決してこの問題に向き合うことにしたのだ。



 一方、神々が自分のことで思い悩んでいることなど、露程も知らない少年は呑気に寝息を立てている。しかもその隣では神生の三分の二を睡眠に捧げている静由も寝息を立てている。



「それではこれから第二回神議会を開幕したいと思います。今回主に話し合うのは創造主様が一〇〇〇年眠られている現状、創造主様を起こすべきか、否かという問題です」

「「…………」」



 正直、誰かを起こすか起こさないかという些細な問題で議会を開くことに、物凄い違和感を神々は感じていた。だが年数が年数なのでそうは言っていられないことも神々は理解していた。



 だから何も言えなかったのだ。



「あの……とりあえず、起こしてみてはいかがでしょうか?」



 最初に発言したのは千歳だった。この重苦しい沈黙を破ってくれた千歳に神々は感謝しつつ、その意見を聞くことにした。



「創造主様が眠られてからもう一〇〇〇年が経ちました。創造主様もまさか自分がこんなに長く眠っているとは思っていないはずです。確かに創造主様は〝緊急事態などが起きれば叩き起こすように〟と仰られました。だから私たちは今まで創造主様を起こそうとしなかった。ですが創造主様は私たちの不安が原因でその睡眠を中断されても、それに対して気分を害することは無いと思うのです。それなら試しに起こしてみてもよいのではないかと思うのですが」



 千歳はその萎れた声でゆっくりと自分の考えを話した。



 〝緊急事態などが起きれば叩き起こすように〟それはつまり言い換えれば、〝緊急事態が起きていない時は起こさなくて構わない〟ということでもある。



 だから神々はこれまで少年を起こそうとしなかった。だが起こすなとも言われていない。



 それならばこうしていつまでも思い悩むより、一度試しに起こしてみてはどうだろうか?と千歳は提案したのだ。



 するといつの間にか目を覚ましていた静由が千歳の話を聞いていたらしく、すぐさま少年の身体を揺すってその眠りから覚まそうとした。



「創造主……起きて」

「…………」

「…………起きませんね」



 静由が起床を促すものの、少年はその目を開けることは無かった。デグネフは何の変化も起きない少年の様子に頭を抱えてしまった。



 そもそも起こすことが出来ないのであれば、こんな議論をする意味がないからだ。自分たちの力でどうこうできる問題でないのなら、少年自らが起きるのを待つしかない。



 〝だがもし少年がいつまで経っても起きなかったら?〟



 そんな最悪の事態を考えられずにはいられなかった。少年の言う緊急事態が起こっても、少年が目を覚まさなかったら。緊急事態など起きず世界が平和であり続けたとしても、少年が目を覚まさなければ、神々は生きているのにどこか満たされない生き地獄を味わうことになる。



 そんな事態は何が何でも避けたいところだが、それを避ける方法が神々の手の内には現在なかった。



「コイツ寝起きわりぃな……ちょっとそれ貸せ」

「何をするつもりですか?」



 武尽は呆れたようにため息を吐くと、少年の周りに群がる神々を押し退けて少年に近づいた。それとはもちろん少年のことである。



 武尽はデグネフの質問に答えることの無いまま、少年の右足首を片手で掴んだ。すると少年を片手で持ち上げたまま部屋を出ると広間まで向かった。



 神々もそんな武尽を追う様にして広間に向かうと、その目にはとんでもない光景が映った。



 武尽は掴んだ少年を自分の身体を軸にグルグルと回したかと思うと、その勢いそのままに広間の壁の端から端まで投げ飛ばしたのだ。



「「創造主様!」」

「おー、たーまやー」



 少年の身体は激しい轟音とともに壁に激突した。そしてそのまま地面まで落下した。



 神々が慌てて少年の元まで駆け寄ると、少年は身体中から血を流していた。だが創造主の持つ自己回復ですぐにその傷は無かったように消え去った。



 激しい衝撃を受けたはずの少年は元通りの姿に戻った。眠ったままという状態も同様に。



「これでも起きねぇのかよ、困ったな」

「困ったではありません!創造主様を投げ飛ばすなど、創造主様に仕える神のする行動ではありません!」

「コイツが起きねぇのが悪いんだろうが」

「そういう問題ではありません!」



 一足遅れて少年の様子を見た武尽は、眉を下げながら後頭部を掻いた。これ程の衝撃を与えればさすがに起きるのではないかと考えたのだが、この少年相手に常識はやはり通用しなかったようだ。



 一方デグネフは創造主である少年に対して暴力行為に及んだ武尽に目くじらを立てた。例えその攻撃で少年の身が危険に晒されることが無いと分かっていても、神であるデグネフには耐えられない光景だったのだ。



「じゃあ次は一発、とっておきのくれてやるか」



 武尽は何か思いついたように精悍な笑みを浮かべた。その様子から神々は武尽がこれから仕出かすことにある程度の予想をつけ、それについての対策をすぐにとった。



 その対策は、武尽がこれから放つであろう禁忌魔法から身を守るために結界を張ることだった。個人で結界を張る者と、カルマとカルナの超強力な結界に守ってもらう者と分かれ、その衝撃に備えたのだ。



「さっさと起きやがれ、クソ創造主…………絶炎!」



 それは武尽が祈世の分身体を消滅させるために放った禁忌魔法――絶炎だった。



 武尽の言動は明らかに少年を侮辱しているものだったが、その声音からは少年が眠り続けているこの状況を打開したいという、武尽の秘めたる思いが込められているように神々には感じられた。



 絶炎は少年の身体を激しく焼き、その細胞一つまでも逃さぬように燃やし尽くす勢いだった。



 一度すべて灰になった少年の身体は瞬きする内にすぐに元通りになった。元通りと言っても、少年の着ていた服は姿形もなくなってしまったが。



「はぁ……これは無理そうだな」

「創造主……寒そう」



 武尽のせいで真っ裸にされてしまった少年を危惧した静由は、自分の着ていた白衣を少年に着せた。身長一九〇センチの静由の白衣では、少年にはあまりに大きすぎたが無いよりはマシである。



「武尽!創造主様が私たちの手では起きることが無いのはもう分かりましたから、それ以上の攻撃は控えてくださいね!」

「分かってるよ……はぁ、たくっ…………どうすんだよ、こんなに起きねぇで」



 少年への過剰な攻撃をした武尽に対し、溢れそうな怒りを必死で抑えたデグネフは武尽にそう言い含めた。



 全く起きる気配のない少年に対する武尽の嘆きに、他の神々も重苦しい雰囲気で俯いてしまった。



「大丈夫だと思う……」



 その重苦しい雰囲気を壊したのは、意外にも静由だった。少年に白衣をやったせいで黒のジャージ姿だけになった静由に、他の神々の視線が集まる。



「創造主……添い寝するといつも寝言で俺の名前、呼んでくれる。ハクヲの時も、千歳の時も、クランの時も、双子の時も、デグネフの時も、祈世の時も、リンファンの時も……それぞれの名前、呼んでくれる。だから、俺たちの気配とか感情にはすごく敏感。もし俺たちが創造主が起きないせいで本物の不安に駆られたら、起きてくれると思う」



 静由の言ったことは事実だ。



 今まで神々は少年のお願い通り、少年に添い寝をしてきた。添い寝率の八割は静由が占めていて、武尽は一度も添い寝をしたことは無いが。



 少年は神々が少年に添い寝をすると、無意識のうちにその神を認識しているようで、寝言で必ずその神の名を呼ぶのだ。



 因みにその寝言は女神たちの間で可愛いと大好評になっている。可愛いもの好きのデグネフにとっては悶絶級の代物なのだ。



 兎にも角にも少年は確実に神々の気配を感じ取っているのだ。もし本当に神々が少年のいない孤独に、不安に襲われたとすれば、それさえも察して少年は目覚めるのでないかと静由は考えているのだ。



 その意見は他の神々も同意できるものだったらしく、神々は互いに頷き始めた。



「私も創造主様のこと、信じたいです!」



 静由の意見に同調するように、クランもこの空気を変えようと声を上げた。彼女の高く明るい声に他の神々も顔の色を明るくし始めた。



「そうですね。私たちに何もできない以上、私たちは創造主様が目覚めることを、信じて待ちましょう。今回の議題の可決はこれでよろしいでしょうか?」



 デグネフの言葉に神々は頷くことで肯定を示した。神々は決意したのだ。自分たちが仕える少年を信じることを。少年は必ず目覚めると。













 まさかそれから九〇〇〇年ほどの時間を要するとは、流石に思っていなかっただろうが。





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