さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第二章 魔王と勇者、世界消失の謎

勇者アラン

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 前創造主の魂が転生した人間は類稀なる魔力を保持し、魔法を行使する才能もずば抜けていた。その才能は周りの人間がその者を〝勇者〟と呼び、讃える程偉大で特質しているものだったのだ。



 その勇者の名前はアラン。孤児という身分だったがその魔法の実力で多くの実績や名声を得ていた。



 そんなアランが住まう世界――ヒューズドはまさにアランのために創られたような世界だった。



 ヒューズドにおいて絶対的な力にも権力にもなりうる存在こそが魔法なのだ。魔法の才能さえ持っていればどんな身分の人間でも成り上がることが出来る。そして反対に、どんなに高貴な身分の者でも魔法の才が無ければ、成人してすぐにその権利を剥奪されてしまうのだ。



 そんな魔法至上主義のヒューズドだが、魔法の才能があればそれだけで優遇されるわけではない。ヒューズドにおいて差別されるのは魔法の才を持たない者と、とある種族だけだ。



 そのとある種族というのは、〝魔人〟である。



 魔人は人間や、個人差はあるがエルフよりも魔法に秀でている種族で、魔法至上主義のこの世界においては至宝と呼んでいい程の種族だ。



 にも拘らず、何故魔人はこの世界において差別の対象になりうるのか?



 それは人間が魔人のことを全く知らないからである。



 魔人は人間とは比べ物にならない程の魔力を有している……人間が知っているのはこの程度なのだ。元々魔人とそれ以外の種族はあまり交流をしてこなかった。そのせいで他種族は魔人に関する知識をあまり持っておらず、最初の頃は魔法の才能に秀でた畏怖すべき存在という認識だった。



 だがいつしかそれが恐怖に変わり、他種族はその怖いという感情を都合よく変換し、嫌悪していると思い込んだのだ。恐怖を感じるというのは、自分たちが劣っていることを認めることになるからだ。



 そんな理不尽な理由で魔人は魔法の才に恵まれない者同様に差別の対象になったのだ。



 ヒューズドには大きく六つの国が存在するが、その内の一つは魔人が住まう国で、その国の者は他の五つの国の国境をまたぐことも許されていない。



 もちろんそのほかの国の者がわざわざ魔人の国へ向かうこともない。



 そんな中、今ヒューズドではが起こっていた……。























 現在命は創造主としてのオーラを抑え、ヒューズドを訪れていた。理由は簡単。前創造主の魂の器であるアランと接触を図るためだ。



 アランが前世の記憶を取り戻せば、何故命が人間として生きていた頃の世界は消滅したのか、その謎が解ける。命はその為にわざわざ天界から世界に降り立ったのだ。



 命は現在、ヒューズドの国の一つ、サルマサトラン共和国の市場を訪れていた。その場所にアランがいることを事前に調べていたからだ。



「うーん!美味しぃぃぃぃぃぃ」



 命はその市場で呑気にも買い食いを楽しんでいる最中である。



 命はこのヒューズドを訪れてから、かれこれ二時間食べ続けているのだが、創造主である命の胃袋は無限だったらしく全く腹も膨れていなかった。



 だがここまで命が食事を楽しんでいるのには理由があった。命は創造主になってからというもの、食事をとっていなかったのだ。



 創造主である命にとって三大欲求など欲求ではない。満たす必要が無いのだ。満たしたところでそれは命の自己満足にしかならない。



 だが人間として生きていた頃はその欲求を満たさなければ簡単に死んでしまう日常を送っていた為、欲求を満たす幸福を知らない訳でもない。



 だからこうして長い年月を置いて、その欲求に少しでも足を踏み入れたら最後。命はストッパーが利かなくなるのだ。



 つまり命は睡眠の時と同じ過ちを犯していることになる。今回の被害は神々ではなく市場の食材たちだったが。



「チーズって素晴らしいよね!ね!おじさん」

「お嬢ちゃん……さっきからチーズドッグばかり食べてるけど、大丈夫か?」

「んふふふふふ」

「聞いてないな……」



 命はどうやらチーズがお気に召したらしく、チーズドッグから伸びるチーズを恍惚とした目で見つめていて店主の話など聞いていなかった。



 因みに店主が自分のことを女と間違えていることも、いつものこと過ぎて気づいてすらいなかった。



 命がチーズドッグに魅了されていると、市場のどこからか何やら騒がしい音が聞こえてきた。



「おい姉ちゃん!この大魔法使いである俺の誘いを受けられないのか?」

「黙りなさい下衆。私はお前如きに時間を割いている暇など無いのです。そもそも大魔法使いなんて言っていますが、お前の魔力量は他者との区別がつかない程度…………それを大魔法使いだなんて笑わせてくれます。私はあなたの数百倍強い男を知っています。分かったらさっさと立ち去りなさい下衆」



 男女が口論しているのは命の耳にも入り、命はチーズドッグを食す手を止めていた。どうやら男の方は女性の方をナンパしたが、あっさり断られてしまいそのことで言い争っているらしい。



 命は敬語を使っているにも拘らず言葉使いが荒く聞こえる女性の話し方が気に入ったのか、声のする方へ向かっていった。



「っ随分貶してくれるじゃねぇか……いいのか?そんな口きいて。アンタ一人をどうこうするなんて俺たちにかかれば簡単なんだぜ?」



 どうやら男には連れがいたらしい。多数で一人の女性を脅すなんて、命からすればゴミのすることだ。だが何故だか周りには大勢の人がいるのに誰も女性を助けようとはしていなかった。



 その理由を命は知っていた。この魔法至上主義のヒューズドにおいて、身に降りかかる火の粉を掃うのは全て自分の力で、というのが常識だからだ。魔法の才の無い者が差別されるこの世界では、この程度でその命を散らす無能を助ける価値はないという考えなのだ。そして実力があれば助ける必要もないので、誰も何もしないのである。



 命が言い争いの現場に辿り着くと、三人のガタイの良い男が女性一人を取り囲んでいる場面が目に入った。



 女性は綺麗な赤のロングヘアーに黒い大きな瞳を持った美少女で、着ている服装からして冒険者であることが分かった。そして頭には魔法使いの象徴でもあるとんがり帽子をかぶっていた。



「悪いがしばらくの間気を失ってもらうぜぇ、姉ちゃん。…………あ?」



 リーダー格の男が女性に攻撃をしようとすると、男は自分の服を引っ張る感覚に気づき、後ろを振り返った。そこにいたのは命で、男は訳が分からず思わず間の抜けた声を出した。



「おじさん、やめなよ。可愛い女の子に男三人がかりで勝ったって、おじさんたちの器が知れるだけだよ?」

「はぁ!?何ならお前から片付けてもいいんだぞ?嬢ちゃん」

「無理だと思うよ」



 男は蟀谷に青筋を浮かべながら怒鳴っているというのに、命の方は実に冷静沈着でその温度差が男たちを更に苛立たせた。



 事実命がこのレベルの人間に負けるわけがないので、そういう対応になるのは仕方のないことなのだが、そんなことは男たちの知るところでは無い為、男たちは無駄なあがきを始めた。



「このガキっ…………アイスクラッシュ!!」



 リーダー格の男は我慢の限界が来たのか、命に向かってその手を向けると簡単な詠唱と共に魔法を放った。その名の通りその魔法は氷による攻撃魔法で、普通の人間が普通に食らえば即死レベルのものだった。



 だがそんな攻撃が命に通じるわけもなく。



 命は魔法攻撃を身のこなしだけで全てかわすと、男の顔部分まで高く跳躍し回し蹴りを食らわせた。



「ぐはっ……!」

「詠唱ダサ」



 命の蹴りで男の身体は遠くに飛ばされてしまった。蹴りを受けた左頬は深くめり込み、歯が数本折れ血も大量に流れていた。命は蹴る瞬間、男の魔法の詠唱を批評したが、攻撃による衝撃音でそんな命の声は誰の耳にも入っていなかった。



「な!コイツ!……え?」



 残り二人の男が命に魔法を放とうとしたが、詠唱する暇を与えるほど命は優しくなかった。そもそも命は中二病感満載の詠唱など聞きたくないのだ。



 命は一人の男の顎を狙って下から蹴り上げると、すぐさま最後の男の元まで行き、その男の象徴を狙って強く蹴り上げた。



「うっwぐ#*えあ!!」



 自分も一応男だというのに迷いなく男のそこを狙った攻撃に、無関心だった野次馬も思わず呆けてしまった。



 三人とも一瞬で気絶してしまい、女性はそんな荒業をやってのけた命を凝視した。



「大丈夫?お姉さん」

「え……えぇ。ありがとうございます。まさかこんな小さなお嬢さんに助けてもらうとは…………それにしても魔法を一切使わずあの三人を撃退してしまうとは……あなたは一体?」

「一つ違うよ。命は……」

「おーい!エリン!大丈夫かー!」



 戸惑いながらも命にお礼を言った女性は例の如く命の性別を勘違いしていた。



 魔法が絶対的な力だとされているこの世界で、魔法を使わず男三人を一瞬で倒してしまうということがいかに非常識であるか。それは命が想像していたよりも大きかったのだ。しかも女性が命のことを女だと勘違いしていたのなら、尚更今起きた現象への衝撃は強かったのだろう。



 命がそれについて訂正しようとすると、どこからか恐らく目の前の女性の名前を呼ぶ男性の声がしてきた。命にはその声の主が誰なのか最初から分かっていた。



 何故なら命が目の前の女性を助けた理由の一つには、この女性がその声の主と親しい間柄であるという事実があったからだ。



 もう一つの理由はただ単にあの三人の男の行動が気に入らなかったなのだが。



 創造主である命が世界に住まう者を無闇に助けることはあまり良いことではないが、目的を達成するためにも必要なことだと、命は開き直ることにしたのだ。そもそも創造主である命の考えこそが、世界のルールなので然程問題はないのだが。





 声の主に呼ばれたエリンは急いでその声のする方角を探した。その様子と表情から、エリンがその声の主に少なからず好意を抱いているのは明確だった。



「アラン様!」

「エリン!なんか絡まれてたみたいだけど大丈夫だったか?……ってその子は?」



 一連の騒動を聞いていたらしく、エリンの身を案じていたように駆け寄った声の主は、エリンの横にいた命の存在に気づいた。



 そう。命に視線を向けたその声の主こそが、前創造主の魂を持つ勇者アランだったのだ。





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