さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第二章 魔王と勇者、世界消失の謎

二人の女神の冷徹

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 アランと命が酒場でザグナシア王国への訪問について話していた頃、シリオスは寝息を立てる振りをしつつ、二人の会話に聞き耳を立てていた。



 目的はもちろん、これからのアランの動向を探るため。シリオスは魔人の根絶を目的とした組織の一員で、魔人への差別撤廃を目指しているアランを監視する役目を組織から与えられているのだ。



 組織にこれといった名称はない。なのでこの組織の存在を知る者になら〝組織〟というだけで通じてしまうのだ。



 シリオスがこの組織の一員となったのには訳がある。それはシリオスが魔人という存在に恨みを持っているからだ。



 シリオスは幼少の頃、何者かに両親を殺害された。シリオスが家に帰った時には既に両親の息は無く、シリオスは絶望の淵に立たされたのだ。



 そんなある日、シリオスは組織のメンバーである男に出会った。その男はシリオスの両親を殺したのは魔人だと告げた。両親への復讐を果たすために躍起になっていたシリオスは、それをそのまま鵜呑みにした。



 そしてシリオスは魔人への恨みをその内に燃やしながら、魔人の血を根絶やしにするために組織の一員となったのだ。









 翌朝、酒場でのアランたちの会話を組織に報告するため、シリオスは組織のアジトへと向かった。事前にシリオスは組織に重大な報告があると伝えていたので、今回は普段他国で生活している組織のメンバーも集まる大規模な集会が行われることになった。



 アジトはとある地下にその本拠地を構えていて、かなりの広さを持ってはいるが薄暗い場所である。



 シリオスがアジトに到着すると、既に組織のメンバーはほとんど集まっていた。シリオスが到着して数分経つと、組織のメンバー全員がアジト内に着き、およそ五〇人の大所帯になった。



「シリオス。今回は貴方の報告のためにわざわざ組織に一斉招集をかけたのだ。早く勇者アランについての報告を始めなさい」



 組織の幹部の一人である男に促され、シリオスは席を立った。全員がシリオスに視線を向けたが、シリオスは怯むことなく発言を始めた。



「はい。勇者アランは今日、魔人の国――ザグナシア王国へ向かい、ザグナシア王国の魔王にこの国や他国の法改正についての承諾を得るつもりです」

「なんだと?」

「もし承諾されれば面倒なことに……」



 シリオスの報告を聞いたメンバーたちは事の重大さに気づいたのか、あからさまに慌て始めた。魔人の根絶を望む組織にとって、魔人への差別撤廃などもってのほかなので、これは何としても避けなければならない事案だったのだ。



「落ち着きなさい。よく考えてみなさい。これは危機ではなく、むしろチャンスだ」

「チャンス?」



 幹部の男はメンバーを宥めるようにそんな発言をした。この危機的状況をチャンスだと言ってのける男の発言が理解できず、シリオスは思わず聞き返した。



「あぁ。今日ザグナシア王国に向かうのであれば、勇者アランが帰る時間を見計らって我々も魔人の国へ向かえばいい。こちらにも転移魔道具はあるのだから」



 ニヤリと破顔した幹部の男は自分たちもザグナシア王国に向かうことを提案した。確かにこの組織には以前ダンジョン攻略した際に手に入れた転移魔道具があった為、アランたち同様ザグナシア王国を訪れることが出来た。



 だがザグナシア王国に向かって一体何をするのかまだ理解できなかったメンバーたちは、幹部の男の説明の続きを聞くことにした。



「ザグナシア王国に到着したら魔人共に気づかれぬよう、勇者アランを暗殺すればいいのだ」

「!アランを殺すのですか!?アランは人間ですよ!」



 幹部の男の提案にシリオスは思わず声を荒らげた。魔人の根絶を目的とした組織が人間であるアランを殺すのは確かに矛盾しているため、シリオスの意見は決しておかしいものではなかった。



 だがシリオスの言葉の中には、潜入のために加入したパーティーでの戦いで湧いてしまった、アランへの情が確かに存在していた。そんなアランを殺すことはシリオスにとって苦行でしかなかったのだ。



「魔人への差別撤廃を訴える輩など人間ではない!勇者アランをザグナシア王国で殺せば、魔人共にその罪を着せることもできる。そうなれば魔人への差別撤廃の計画など、簡単に消え失せるだろう」



 そう、幹部の男の本当の目的はそれだった。この世界で勇者と称えられるアランがザグナシア王国で死んだとなれば、魔人への差別意識の強いこの世界の住人たちは、簡単に魔人が殺したと思い込んでくれる。幹部の男はそう踏んだのだ。



 例え勇者であるアランでも、五〇人を相手にすることはできないだろうと幹部の男は考えているのだ。何故ならこの組織にはアランとパーティーを組めるほどの実力者である、シリオスレベルのメンバーが何人もいるからだ。



 その為組織のすることは簡単だった。五〇人がかりでアランの暗殺を成し遂げたら、勇者アランをザグナシア王国が殺したという噂をでっちあげればいいだけなのだから。





 幹部の男の意見に他のメンバーたちが賛成の声を次々と上げる中、シリオスはその拳を握り締めることしかできなかった。



 シリオスは困惑する頭で必死に考えた。



 何故魔人の根絶を目指すこの組織が人間を殺さなくてはならないのか。もっと他に方法は無いのか。両親を魔人に殺された恨みでこの組織に加入したというのに、何故自分たちがその殺しを偽装するのか。



 最初から分かっていたのかもしれない。分からない振りをしていたのかもしれない。シリオスは愚かな真実に気づけても、今自分が何をすべきなのか分からず、ただ立ち尽くすことしかできずにいた。





「だ、誰だ貴様ら!」



 シリオスが思い悩んでいると、組織のメンバーの一人の怒鳴り声が響いた。シリオスが顔を上げると、そこにはこの世のものとは思えない程の美女二人がいた。



 一人は緑色の髪を持つエルフ。大人びた印象のまさしく美女だ。もう一人は小麦色の肌を持つ人間で、こちらは美女というよりは美少女といった感じだった。



 そう、デグネフとクランである。



 二人が神であることなどもちろん知らない組織の者たちは、突然の侵入者に慌てふためいた。だがほとんどが二人に武器を向けていて、敵対心丸出しだった。



「喚き立てるな。貴様ら如きに私たちのことを知る必要はない。貴様らは今から私たちに殺されるのだから」

「そうです!聞いたところで無意味です!」



 世界の住人に対してだからか、デグネフは普段より口が悪かった。デグネフの態度の違いにクランは少々困惑しつつ、デグネフに続いて発言した。



「はっ!この人数相手に何を言っているんだ……やれ!」



 幹部の男の合図でメンバーは一斉に様々な攻撃を二人にした。だが神である二人にそんな攻撃が通じるはずもなく、全ての攻撃は二人の結界魔法によって封じられていた。



「なっ……!」

「愚か者が。偉大なる命様に造られたこの身が、貴様ら如きに傷つけられるわけがない」



 無傷の二人を目の当たりにした幹部の男は思わず声を失った。デグネフは心底失望したといった表情でため息をつくと、まるで虫を見るような目で幹部の男を見下ろした。



 組織のメンバーたちほとんどは、二人の異常さに腰を抜かしてしまった。



「デグネフ、どうするんですか?この人たち皆殺しでいいんですか?」



 クランの可愛らしいとぼけた顔から随分と物騒な単語が出てきたせいで、組織のメンバーたちは震えあがり顔を青ざめさせた。



「いえ。命様の話によると、この組織の幹部たちは実力のある子どもを見繕っては、その子供の家族を殺し、その犯人が魔人であるというほらを吹いて、子供たちを組織に引き入れたらしいので、その子供たちは記憶を改ざんする程度でいいでしょう」

「何と外道な、です!どいつですかそれは……私がぶっ殺してやりますです!」



 デグネフの話を聞いたクランは俄然やる気になったようで、組織のメンバーを騙した幹部を懲らしめてやろうと息巻いた。



 一方、今まで組織に騙されていたシリオスのようなメンバーたちは、デグネフの話を聞いたせいで声も出せない程驚愕していた。



 それは当たり前の反応だった。今まで魔人へ向けていた恨みや憎しみは、全て本来自分たちが属していた組織に向けるべきものだったのだから。



「私はその哀れな者たちの記憶を改ざんするので、クランは幹部の息の根を止めてください」

「了解です!」



 魔法が得意なデグネフは、相手の記憶を改ざんすることが出来る魔法も行使できるため、その役目を買って出た。逆にクランはそのような複雑な魔法を行使することはできず、武尽のようにシンプルな戦闘を得意とする武神なので、幹部の殺害を担当することにした。



「命様がお造りになられた世界を不用意に乱そうとするお前らなんて、私が粛清してあげますです」



 クランは以前命に造ってもらった大鎌型の武器を取り出すと、笑顔だというのに冷たい目で幹部の男たちを見下ろした。幹部の男たちはそんなクランの殺気に恐れるばかりで、クランの言っている意味など少しも理解していなかった。



 世界を造った存在――命の手下である神が目の前にいるクランだなんて、男たちは予想だにしていないのだ。



「な、何なんだ貴様ら!我々は、神のお導きによってこの世界の不純物である魔人を滅ぼそうとしているのだぞ!それを止めるというのなら、お前たちは偉大な神に逆らう反逆者だ!」

「は?…………ぶっ……あはははははははははははっ!」

「なっ、何がおかしい!?」



 クランたち神にとってこれほど笑える話はないだろう。目の前にその神がいるというのに、自分勝手に想像した神に、自分たちの行った過ちの責任を負わせようとしているのだから。



 騙されていた組織のメンバーの記憶を改ざんしている最中のデグネフの耳にも入ったのか、彼女までくすくすと笑い始める始末だった。



 だがそんな事情は知る由もない幹部の男は、無遠慮に笑い続けるクランに対して憤った。どうやらこの幹部たちは、得体のしれない魔人への恐怖を紛らわせるための差別行為を、神からの導きなのだと自分たちに言い聞かせていたようだった。



 その嘘をいつしか本当に思い込むようになったのか、それともしらを切っているのか、この愚かな男たちは反省する気が無いようにクランには見えた。



「もういいですよ、お前たちは。この世界にいらないのでさっさと死んで虫にでも世界にでも転生してくださいです」



 いつも笑顔を絶やさないクランから一切の笑みが消えたかと思うと、背筋が凍るほどの無表情が姿を現した。あまりの恐怖で中には失禁する者もいたのだが、もしこの顔を命が目の当たりにしても「ギャップ萌え可愛い!」としか言わないだろう。



 因みに〝世界にでも転生しろ〟というのは神々の間で流行っている侮辱の常套句で、余程魂が穢れ歪んでいないと転生することは無い〝世界〟を取り出すことで、相手の性根の悪さや非道を批判する時に使うのだ。



 クランはクランなりに怒っていたのだ。森羅万象において最も尊い存在である命の造った世界の均衡を崩しかねない行為を犯した、目の前の存在に対して。



「それでも。魂の死を迎えることなく、無事に輪廻転生できることを、命様に感謝してくださいです」

「や、やめ……」



 クランはまた冷たい笑顔に戻ると、魔法を込めた大鎌で幹部の男たちを一瞬で皆殺しにした。男たちの救いを求める声が最後の一文字までクランの耳に届くことは無かった。



 神々にとっては、これだけ世界の安寧を乱しておきながら、魂の死――真実の死を迎えることなく輪廻転生できるなんて、命の慈悲が無ければありえないことだったのだ。



「デグネフー、終わりましたです!」

「ご苦労様です。こちらも終わったので命様にご報告しましょう」



 クランは元の屈託のない笑顔に戻るとデグネフの元に駆け寄った。デグネフが記憶を改ざんした者たちは意識を手放しており、この組織のことに関する記憶だけ綺麗に忘れるようになっていた。



 一瞬で命からの仕事を終わらせた二人は、主である命にその旨を伝えるのだった。





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