さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第二章 魔王と勇者、世界消失の謎

魔王の魂が世界にもたらす影響

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 命がアランの頭を撫でていると、デグネフからの報告が届いた。命はデグネフの話に耳を傾けしきりに頷くと、次の瞬間ぱぁっと明るい表情を見せた。



「それじゃあその子たちは記憶を改ざんしただけなんだね」

『はい。首謀者である幹部の男たちに騙されていただけだと、命様が仰っていたので』

「偉い!よくできました!」

『ありがとうございます』



 アランのパーティーメンバーであるシリオスのように、組織の幹部たちに家族を殺され、その犯人が魔人であるという嘘を吹き込まれた組織のメンバーたちの処理を、組織に関する記憶改ざんだけにしたことを聞いた命は、的確な判断を下したデグネフたちを褒め称えた。



 デグネフと会話している命の発言だけでは、シリオスがどのような状態なのか窺い知ることが出来なかったアランは、あからさまにそわそわとした不安そうな表情を見せた。



「勇者くん、シリオスちゃんの死んでないよ」

「本当か!?」



 命の口からシリオスの無事を確認したアランは、ほっとしたのか大声を上げてしまった。例え自分を裏切っていたとしても、アランはパーティーメンバーであるシリオスの無事を願わないような男ではなかったのだ。



 アランは命の〝君にとっては裏切り者〟という単語より、〝もう死んでるかもしれない〟という一言によって生きた心地がしていなかったのだ。



「うん。でも組織に関する記憶を神が消したから、君のことを裏切っていた自覚もないシリオスちゃんに変わっていると思う。記憶がない分、以前の……勇者くんの知るシリオスちゃんはもうこの世にいないよ。ごめんね」

「……そうか」



 そう。命が言っていたことは間違いではなかったのだ。確かにシリオスの身体は死んでいない。だが記憶を改ざんされた以上、これからのシリオスがアランの知る人物と何ら変わらないなんてことは無いのだ。確実に組織の一員だったこれまでの彼女は死んでしまったのだから。



 命の言葉の意味を理解したアランは、何と返せばいいのか分からずその一言だけを呟いた。



「さ、魔王くん。君の危惧していることは消えてなくなったよ。どうする?」

「…………アラン」

「はいっ」

「前向きに検討する。もっと詳しい話を聞かせろ」



 命がザグナンを揶揄う様に答えをせつくと、ザグナンはアランに前向きに検討することを約束した。その返事にアランは口を開いたまま嬉々とした表情で固まってしまった。



「はい!」



 ようやく我に返り、大きな声で肯定の返事をしたアランを見たザグナンは、僅かに顔を綻ばせた。自分たち魔人のためだと分かっていても、息子のようなアランの望みを叶えることが出来た喜びをザグナンは感じているのだ。





 最終的にアランの提案を魔王であるザグナンが承諾したことにより、アランの目的である魔人の差別撤廃の第一歩を踏み出すことは成功した。



 周りの魔人たちの中にはこの計画が上手くいくのか半信半疑の者もいた。だがこの世界で最も敵に回してはいけない存在である魔王と勇者、そしてそんな規模で測ることのできない命が味方である現状では、何か異議を唱える者はいなかった。



 この三人を敵に回すより怖いことなどどこにも存在しないだろうと、魔人たちはきちんと理解しているのだ。



「さーて。勇者くんのお話終わったみたいだし、今度はさっきの魔王くんの質問に命が答える番かな?」



 傍観をしていた命は、アランとザグナンの話が終わったところを見計らって発言を始めた。魔人との問題や、組織のことなどですっかり頭がパンクしてしまい、一番重大な命のことがおざなりになっていたことに気づいたアランは、すぐにその視線を命に向けた。



「どうして命が勇者くんとここに来たのか?だったよね。理由は三つある」



 命はザグナンに向けて指を三の形にして見せた。ザグナンたちは理由が三つもあることに少々驚きつつ、命の話を聞くことにした。



「まず一つはもちろん勇者くんのため。まぁ、世界の均衡を崩しかねないあの組織のことはどのみち処理しなくちゃいけなかったし、勇者くんのためっていうのは耳障りの良い言い訳だけどね」



 命は自分を卑下したが、アランにとって命は恩人以外の何者でもなかった。魔人の差別撤廃の障害となる組織を潰し、仲間であるシリオスに神々の寛大な処置が施されるように手筈を整えたのだから。



「残りの二つはちょっとここでは話せない。悪いけど、三人だけになれるところに案内してくれない?」

「分かった。すぐに用意する」



 命の頼みを聞いたザグナンはすぐにそれを了承した。するとザグナンは席を立ち、何やら魔法を発動し始めた。



 その魔法が何なのか分かったのは、おそらく常にザグナンの傍にいる魔人たちと命だけ。つまりアラン以外の全員だった。



 ザグナンのそれを見た命は、自分の中で勝手にその魔法を〝異空間魔法〟と名付けた。その魔法はこの世界に存在しない異空間を作り出し、その中にいれば中の様子を外から覗かれることも、会話を盗み聞きされることもないという便利なものだった。



 どうやらザグナンはその異空間で命の話の続きを聞くことにしたようだ。



「すごいね!流石は魔王くん、ありがとう」

「貴殿にならこんなもの、簡単に造れるのだろう?」

「そりゃあ、命は創造主だから当たり前だよ。でも君の力は君自身の魂の力だ。ただ創造主という立場としての力を持っているだけの命とは違うんだよ」



 何の含みもなくザグナンの力を褒め称えた命に、ザグナンは僅かな疑問を覚えた。自分では想像しえない程の力を有しているはずの命が、何故この程度の魔法でそこまでの反応を見せるのか。ザグナンには理解できなかったのだ。



 だが根本的に命とザグナンの価値観には異なる点がある。命は自分に価値があるだなんて一ミリも思っていないのだ。価値があるのは創造主という立場だけ。創造主が存在さえしていれば、それは命でなくてもいいのだと、そう考えているのだ。



 だからこそ、ただの世界の住人であるザグナンが、これまでの行いや鍛錬でここまでの魂を育んだことに対して、命は本当に尊敬の意を示していたのだ。



「だが俺は、貴殿自身にどこか惹きつけられるような魅力があると思うぞ」

「……ありがとう。魔王くんは男前だねっ」

「何故そうなる?」



 ザグナンの言葉に一瞬呆気にとられた命は、その顔を綻ばせるとそんな発言をした。脈絡のない命の言動に振り回され続けるザグナンは首を傾げた。



 命は創造主だからではなく、命自身に魅力があると言ってくれたザグナンの言葉がとても嬉しく、そんな発言を意図せずできるザグナンはさぞかしモテるのだろうと思ったのだ。









 そんな会話をしつつ、ザグナンの作り出した異空間へと移動した三人は、その中に備えてあったソファに腰かけた。



 二人掛けソファが二つあり、一方に命が、もう一方にアランとザグナンが座るという形になった。



「さてと。早速だけど命がここに来た理由の残り二つを話すね。この二つはそれぞれ魔王くんと勇者くん個人が深く関係しているんだ。まずは魔王くん」



 命がこのザグナシア王国を訪れた理由が自分にあることを少々驚いたようで、ザグナンは心して命の話を聞くことにした。



「魔王くんの場合も勇者くんの場合も、命側の勝手な都合だから申し訳ないんだけど、だからといって何もしない訳にもいかないから、命は今日ここに来た。魔王くん、まず大前提として知っておいて欲しいのが、命たちの住む天界での暗黙の了解だ」

「暗黙の了解?」

「そう。それは天界に住む者――つまり命や神々が世界の問題に干渉してはならないというものなんだ。今回みたいなイレギュラーの際までその暗黙の了解を守るつもりはないけど、通常ならそうなんだ。どうして命たちは世界に干渉してはいけないか、分かる?」

「……世界に住まう者たちが、自らの力で行動するのをやめ、堕落するからか?」



 ザグナンの推測に命は頷くことで肯定を示した。命は天界での暗黙の了解の意味をきちんと理解できるザグナンを、心の中でかなり評価した。



 戦争が起きようと、誰かが殺されようと、それを止める力があるのに実行しない天界の者たちの存在を知れば、非難する者も出るだろう。だがザグナンは違う。そうしなければならない理由をきちんと理解できるからだ。



「そう。命たちの力は常軌を逸している。そうでないと森羅万象の頂点なんて務まらないからね。でもその力で世界の住人を甘やかしても意味がない。だから命たちは基本的に世界には不干渉だ」

「あぁ。理解できる」



 ザグナンは頷きつつ、この話と自分に何の関係があるのだろうか?と頭を働かせた。



 命が何故ここに訪れたのか?その理由はザグナンとアラン、それぞれが関係している。その理由を語るうえで天界での暗黙の了解を理解しなければならないということがどういうことなのか、ザグナンには難しい事案だった。



「命が創造主としてのオーラを見せた時、〝流石は神に匹敵するほどの魂だよね〟って言ったことを覚えてる?」

「あぁ、記憶している」



 命がそのオーラを解放した際、ザグナンだけが唯一外傷を負わなかった。アランも苦しんだだけで外傷は負わなかったが、ザグナンはその苦しみさえも感じなかった。



 それはつまり、ザグナンの魂が創造主のオーラを受けても問題ない、神と同等レベルと言っても過言ではないということだ。



「神に匹敵するほどの魂の持ち主。これが何を意味するか、魔王くんには分かる?」

「…………まさか、俺でも?」

「ピンポーン。大正解」



 命の問いかけに何かを勘付いたような表情を見せたザグナンは、命に視線を向けることで自分の中に湧いた推測を確認した。



 その推測を命は落ち着いたトーンで肯定した。一人蚊帳の外状態のアランは、二人の会話の意味を理解することが出来ず、ただ二人の顔を交互に見ることしかできなかった。それを見かねた命は説明を加えることにした。



「魔王くんの魂が神に匹敵するってことは、魔王くんは神という存在と大して変わらないってことなんだ。魔王くんがこれまでたくさんの善行をしてきたから、君の魂はここまで成長した。でもそれは、神と大して変わらない君が、この世界に干渉していることと同義なんだ」

「あ……」



 そこでようやく二人の会話の意味を理解したアランは小さく声を漏らした。



 そう、ザグナンは最早神と戦っても遜色ないような存在で、その違いは創造主である命が力を与えていないという点だけだった。



 そんなザグナンはこの世界の住人なので、もちろん魔人や時にはアランのような人間を救うことがある。そうでなければザグナンの魂がここまで成長することは無かった。



 だがそのせいで、ザグナンがこの世界に干渉することが、神々がこの世界に干渉することと大して変わらない状態になってしまったのだ。



 今回のように放っておいた方が世界にとって悪影響がある場合は別だが、日常的に神と遜色ない存在が世界に干渉するのは、暗黙の了解に反するのだ。



「話は理解した。だが貴殿は俺に一体どうして欲しいんだ?俺にこれ以上世界に干渉するのをやめろとでも言うのか?」



 ザグナンは命がここに来た目的の核心をついた。天界の暗黙の了解を巡る問題を解決するために命がここに来たというのなら、ザグナンに対して何らかの要求があると考えるのは自然だ。ザグナンはそれを命に尋ねた。



「ねぇ、魔王くん。君……神様になる気はない?」



 命の提案にアランとザグナンが呆然としたのは言うまでもない。



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