さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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最終章 さよなら摂理、ようこそ命の世界

治癒能力の底力

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 炎乱の神子、弥永は目の前で広がる光景に息を呑む。人が、動物が、植物が、大切なものが。何もかもが突如発生した嵐に襲われ、今もなお宙を舞っている。

 その凄まじい暴風に飲み込まれないように弥永は必死に木にしがみついている。目を開けられない程の強風と、身体を容赦なく叩き続ける雨は弥永の視界だけではなく聴覚さえも奪ってしまっている。

 神子である弥永は炎乱に住まう者たちの安否を気にするが、少し気を抜けば二度と脱することのできない嵐の中に引き込まれてしまうので確認することが出来ない。

 炎乱の神子に授けられる力は初代である楓佳の頃から変わらず、豊穣と治癒だ。なので物理的な攻撃手段を持たない弥永は、歯痒そうに奥歯を噛みしめた。

 弥永に出来るのはもう、たった一つだけ。自身の親とも呼べる存在に向かって祈りを捧げることだけなのだ。


「お久しぶりでありんす、弥永」
「っ!ルミカ様!」


 刹那、身体を凍えさせていた雨も風も感じなくなったかと思うと、弥永は目の前で妖艶な笑みを浮かべるルミカの存在に気づいた。これ以上ない救世主の登場に弥永は思わず涙を滲ませつつ破顔した。

 ちなみに弥永の身体が軽くなったのは、武尽に手渡された完全無色アブソリュートスケルと千歳の治癒能力の合わせ技によるものだ。

 ルミカは弥永の身体を傷つけないようにそっと完全無色アブソリュートスケルを触れさせ、千歳はその神力で彼女の身体を温め余計な水分を蒸発させてやったのだ。


「あ、ありがとうございます……えっと」
「千歳ですよ。お嬢さん」
「ありがとうございます、千歳様」

 自身の身体を回復してくれた千歳に礼を言おうとした弥永。だが弥永はあまりこれまで千歳と関わったことが無かったので名前を言い淀んでしまった。弥永は天界を訪れたことがあり、千歳と顔を合わせたこともあったのだが、それでも会話をしたことは無かったのだ。

 皺くちゃな顔に更に皺を寄せて破顔しつつ名乗った千歳に、弥永は再度礼を言った。

「ルミカ様、千歳様……これは一体?」
「実はまだわっちたちにも原因は分かっていないのでありんす」
「ルミカ嬢ちゃん、一刻も早く完全無色アブソリュートスケルでこの嵐を止めなければ……」

 弥永は不安そうな相好で女神二人に尋ねたが、それを一番知りたいのは寧ろルミカたちの方だった。命が原因を探っているので然程心配はないのだが、それでも主を思う気持ちとこの状況に対する不安が拭えることは無い。

 神々は全知全能だとは言わないが、それなりの知識を命から与えられている。
 知に富んだ神だからこそ、彼ら彼女らは無知を恐れる。特に今回の様な原因不明の崩壊現象などは恐怖の対象なのだ。

 千歳に急かされたことで、ルミカは自分の手にある完全無色アブソリュートスケルをじっと見つめた。完全無色アブソリュートスケルはこれだけで何でもありのチート武器なので、弥永が今の状況に対し必要以上に不安を感じることはない。

 だがこの完全無色アブソリュートスケルを使う上でも気をつけなければならないことぐらいはあるので、ルミカはそれについて少々考え込んでいるのだ。

「もしかしてそれがあの最強武神、武尽様の完全無色アブソリュートスケルですか?」
「よく知っていますね」
「命様に以前聞いたことがあるのです」

 キラキラとした瞳で完全無色アブソリュートスケルを眺めた弥永はどうやらこれがどういう武器か知っていたようだ。というのも、時たま炎乱を訪れては弥永に会いに来ている命は、愛する神々に関する話をすることも多く、その過程で弥永は武尽のことも聞いたことがあったのだ。



「とりあえずこの嵐を止めることが先決でありんすが……」
「あの、ルミカ様。もし可能でしたら、今嵐に巻き込まれている人たちにこれ以上負担をかけないようにお願いできますか?」

 話を戻し、嵐の対応について思考し始めたルミカ。

 完全無色アブソリュートスケルは例えるのなら創造主という存在をそのまま武器にしたようなものだ。思うだけで基本的に何でもできてしまう超優れもの。なので完全無色アブソリュートスケルを使う際には想像力が重要になってくる。
 その想像をする上で今回重要なのは嵐を止めることだけではない。今まさに嵐に巻き込まれている人々や物をなるべく慎重に地上に下ろさなくては被害が広がってしまうので、そこも考慮しなければならないのだ。

 誰よりも炎乱の人々の身の安全を考えている弥永の切なる願いに、ルミカと千歳は思わず笑みを零す。

「もちろんでありんす」

 ルミカは早速完全無色アブソリュートスケルを炎乱の大地に突き刺すと、いつも武尽がするようにイメージを固めた。
 嵐の殲滅、炎乱の住人たちの救出、そしてこの嵐の再発防止も付け加えておく。ルミカがこの三つを思い浮かべると、途端に炎乱を包んでいた轟音が鳴り止んだ。

 そして同時に嵐に巻き上げられた住人や物がゆっくりと地上へ降りたことで、弥永は心底安堵したような相好を見せる。

「ありがとうございます。ルミカ様」
「礼ならこの完全無色アブソリュートスケルを貸してくれた武尽にしておくんなし」
「はい。ですがルミカ様たちが来て下さらなかったら、みんなを助けられませんでした。ですので、ありがとうございます」

 弥永は再度ルミカたちに頭を下げ、自身にできる最大限の礼を尽くした。

「ではここからは私の出番ですね」

 嵐が止んだことで本領発揮するのは千歳だ。千歳は神の中で唯一、全く攻撃手段を持たない女神である。戦闘向きではないルミカでさえも多少の攻撃系魔法は使えるのだが、千歳はそれらを一切行使できないのだ。

 千歳の神力は治癒で、それに関して言えば命レベルなのだがそれ以外神らしい力を持っていないので、ある意味では異質な存在だ。

「千歳、よろしくおねがいしなんす」
「はい。私にはこれしか能が無いので」
「千歳は治癒だけで他の神と遜色ない程の能力を有しているでありんすから、気にする必要はござりんせん」

 ルミカの言う様に、千歳は治癒しか使えないもののそれだけでとんでもない力を有しているので、良い言い方ではないが他の神々と釣り合いは取れているのだ。

 千歳は死んだ者を生き返らせることはもちろんだが、魂そのものの死も無かったことにできる。だがこれもほんの序の口で、千歳が本気を出せば前世に負った傷でさえも治すことが出来るのだ。

 どういう意味かというと、相手の魂が前世で負った肉体的な傷。つまり死んだ原因となった傷害や病でさえも治すことが出来、前世での死を無かったことに出来るのだ。

 だがこれは前世での生と、今世での生が同時に存在することになり、たった一つしかないはずの魂が二つ存在するという矛盾を産んでしまう。これは世界のバランスを崩す行為なので出来ても実行することは無いのだ。

「あの、千歳様。私にも治癒を手伝わせてもらっていいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞよろしくお願い致します」

 そんなとんでもない治癒能力を有する千歳に、おずおずと手を挙げた弥永はそんなお願いをした。神子である弥永も常人とは思えない治癒能力を所持しているが、千歳とはとてもではないが比べ物にならない。
 同時に千歳なら一瞬のうちに炎乱に住まう全ての生物の傷や病を治癒することが可能なので、正直言って弥永の手伝いは不要だ。

 だが心優しい千歳は弥永の思いを汲み、彼女の申し出を快く受け入れた。

 少しでも役に立ちたい。その思いは治癒能力しか行使できない千歳も何度となく抱いたことのある気持ちで、弥永に共感できる部分があったからだ。


 弥永は両手を組み、静かに両の目を閉じて祈る。同時に千歳は両手を地上に向けて突き出し治癒のイメージを固める。

 今回の嵐で傷を負った者、命を散らしてしまった者は数え切れないほど多くいる。弥永たちの視界に映る者だけではなく、炎乱中の住人を合わせれば凄まじい数だろう。今回の自然崩壊は采国だけでなく、魔国でも当然のように起こっているのだから。

 それら全ての者の傷が一瞬にして癒される。まるで怪我などしていなかったかのように。今回負った傷だけではなく、その者が持つ古傷なども癒してしまう力は称賛する他ないだろう。

 これが女神千歳と、神子弥永にしか成せない技である。

「ふぅ……終わりましたね」
「流石でありんす。千歳、弥永」
「いえ、千歳様の力がほとんどです」

 炎乱の住人の治癒が終わったことで、漸くこの地にいつもの平穏な日常が戻ってきた。完全無色アブソリュートスケルの力はすさまじく、それからまた嵐が炎乱を襲うことは無かった。弥永は神子として守るべき炎乱の住人を救うことが出来、心底安堵したのだった。


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