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第一章 悪魔討伐編
7、誓い2
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「ティンベル、大事な話があるのだ。我の話を聞いてくれるか?」
「……?おはなし?」
ティンベルの片手を優しく握り、その藍色の瞳を真っすぐ見つめたアデルの表情は穏やかで、ティンベルは思わず首を傾げた。
「我はこの家を出て、我の命を救ってくれた恩人殿の下で暮らすことになったのだ」
「そんな……い、いやですっ!あでるにいさまはどこにもいかないで!」
アデルの話を聞いた途端、ティンベルは止まった涙を再び溢れさせて激しく拒否反応を示した。そんなティンベルの反応は予想できるものではあったが、それでもアデルは困ったように眉を下げてしまう。
「ティンベル。お前は愛されている。だが我のような嫌われ者に肩入れすれば、愛されているお前ですら危険な目に遭ってしまうかもしれない。我はここにいてはいけない人間なのだ。それに、我は恩人殿の下で世界のことを知りたいと思っている」
「あでるにいさま……」
ティンベルは否定したかった。アデルは嫌われてなどいないと。アデルはここにいてもいい人間だと。だが同時にアデルの言葉が事実であることも、ティンベルは知っていた。
使用人たちがいつもアデルの悪口を言っているのを聞いていた。両親がまるで不倶戴天の仇を見るような目で、アデルのことを睨みつけているところを見ていた。
知っていたから、そんな上辺だけの励ましはアデルを傷つけるだけだということを、ティンベルは理解できていた。
「ティンベル。お前が大きくなったら、何故自分が守られているのか、何故自分が愛されているのか、考える時が来るだろう。そしてもしこの家に違和感を覚えた時は、周りの人間をよく見るのだ。そうして、自分にとって一番大事なものは何か、自分を一番大事に考えてくれているのは誰か、キチンと見極めるのだ。この家から逃げたくなった時は、信頼できる人間の元に逃げるがいい。ティンベル、お前は強く良い子だ。この家に、そう易々と呑み込まれないように用心するのだぞ」
「……あでるにいさまのおはなし、むずかしくてよくわからない」
嘘だった。ティンベルは何となく分かっていた。アデルの言葉の意味を。そしてきっと、成長するにつれてどんどん理解していってしまうのだということも、予期していた。
どうしてアデルがそんなことを言うのかも分かっていたが、分からない振りをした。そうすれば、アデルがこの家に残ってくれるのではないかという、淡い期待を抱いたから。
「きっと、分かる時が来るであろう。我の言葉を、忘れるでないぞ?」
「っ……ひっく…………はい……わかりました」
「ティンベル……」
アデルはティンベルをそっと抱きしめると、優しい声でその名を呼んだ。アデルがされて、一番嬉しかったことをティンベルに与えたいと思ったのだ。
アデルは心の中で、ここにはいないエルに再度感謝の言葉を述べた。エルがこの温かさを教えてくれたから、アデルはティンベルを抱きしめようと思った。エルがアデルを穢れてなどいないと断言してくれたから、余計な心配をせずに妹に触れることが出来た。
エルがいなければ、大事な妹にこの温かさを与えることは出来なかったのだ。
「あでるにいさま……どうかおげんきで」
「あぁ。ティンベルも、元気に大きくなるのだぞ」
抱きしめられたまま別れの言葉を呟いたティンベルは、やがて離れて背を向けたアデルを濡れた優しい瞳で見つめた。
夕陽でほんのり赤みがかったアデルの黒髪が、ティンベルの目に妙に焼き付き、その姿を彼女が忘れることは無かった。
********
アデルはエルの元に帰る前に、とある場所に向かった。それはティンベルから聞き出したネオンの居場所――焼却炉であった。
アデルは焼却炉の扉を開けると、視界に広がる酸鼻な光景に顔を顰めた。
燃え盛る業火の中には、今も尚焼かれ続けているネオンの姿があり、もう少しで彼をネオンだと判別できなくなってしまいそうであった。
アデルは躊躇いなく焼却炉に腕を突っ込むと、その死体を引っ張り出して積もった雪の上に置く。アデルの両腕は当然火傷していたが、感覚で治癒を早めてすぐに元の状態に戻した。
アデルは雪とバケツに入った水で死体の火を消すと、火傷まみれのネオンを抱えて歩き出す。
そうしてアデルは、死体という手土産と共にエルの元へ帰るのだった。
********
「随分とグロテスクな土産を持ってきたねぇ、君」
アデルがエルの自宅に辿り着いたのは陽も落ち、辺りが暗くなった頃だった。アデルの両手に抱えられた死体を目の当たりにしても、エルは一切驚くことなくそう言った。
アデル自身、エルは死体を見ても飄々としているのではないかと予想していたので、エルの反応にアデルが驚くことは無かった。
「てか誰?」
「……ネオンだ」
「……なに?君が殺したの?」
「違う……」
「だろうね。冗談だし」
死体自体には驚かなかったエルも、それがネオンだと分かるとほんの少し眉を上げて驚いてみせた。
「どうやら伯爵の命により、殺されたようだ」
「……そ。想像以上に闇は深かったわけだ……それで?何でソイツ持って帰ってきたわけ?」
ネオンは両親からの愛情は受けていなかったが、アデルのように嫌悪されてもいなかった。そんなネオンがこうも簡単に殺されてしまうという事実に、エルはクルシュルージュ家の闇を感じた。
ふと、エルは疑問に思う。アデルを殺さなかったのは、現実的に考えてそれが不可能であると分かっていたからだと予想できるが、何故伯爵家はアデルを捨てなかったのか。
簡単に息子を殺せるような伯爵が、忌み嫌われるアデルを手放さなかった理由。エルにはそれが分からなかったが、今考えることでは無いと思考を飛ばす。
「せめて、墓に入れてやろうと思ったのだ」
「だから何で?」
「……?」
再度尋ねてくるエルに、アデルは思わず首を傾げた。
「ネオンはティンベル嬢を殺そうとした奴だろう?君だってネオンには酷い扱いを受けていたんじゃないかい?」
アデルがネオンに暴言を浴びせられていたのは事実だが、エルの場合はただの想像だ。想像だけで、まるで実際見てきたかのように語ることが出来る。それが悪魔の愛し子というものなのだ。
「……ネオンは、ただの子供なのだ。当たり前の愛情を欲した、子供なのだ。歯車が一つでも違えば、こうはなっていなかっただろう。だから……」
「僕はそういうのあんまり好きじゃないかな。ネオンくんは君にそんな気づかいされても嬉しくないと思うよ。寧ろ今まで散々〝悪魔の愛し子〟って馬鹿にしてきた奴に同情されるなんて屈辱以外の何物でも無いと思うな」
エルの意見は厳しいものだったが、一理あった。アデルは思わず俯いてしまうが、意を決した様にエルに向き合う。
「それでも……我はネオンの兄であるからな。兄弟の死を弔うのは、そんなにおかしいことだろうか?」
「……そこまで言うのなら、好きにしな。でも、ここから離れたところに墓は作ってよね。僕、話を聞くだけでネオンのこと、虫唾が走るぐらい大嫌いだから。そんな奴の墓見たくないし」
「了解した」
アデルの決意を言葉の重みで感じたエルは、ぶっきら棒に彼の意思を尊重した。ネオンの死を弔うことに否定的だったにも拘らず了承してくれたエルに、アデルは心の中で感謝すると、早速森の奥にネオンの墓を作った。
正しい墓の作り方など、アデルは知るわけも無かったが、出来るだけ丹精込めて作って何とか形にした。そんな墓の前で両手を合わせたアデルは、再びエルの家へと戻るのだった。
********
昨日までは地上を埋め尽くしていた雪がすっかり溶け、新しい朝がやって来た。アデルは窓から差し込む光で目を覚まし、眠っていたハンモックから起き上がる。
ふとベッドに視線を向けると、物凄い寝相で何故か静かな寝息を立てているエルの姿がアデルの目に入った。
アデルのせいでベッドのシーツは汚れていたのだが、エルが洗った後にジルによる術で簡単に乾かしてしまったので、こうしてベッドで眠れているのだ。
アデルはまだ眠いのか、どこか呆けたような表情でエルの元へ近づくと、その頬をツンツンと突いてみた。
すると目にも止まらない速さでアデルの右腕は、起きたエルによって掴まれる。殺気さえ感じられるほどの鋭さに、アデルは一瞬にして重たかった目を覚ました。
「……あぁ、なんだ。君か……」
自身の頬を突いたのがアデルだと分かると、エルは鋭い睨みを解いて起き上がった。
「……申し訳ない、エル殿。起こしてしまったか?」
「いや。もう起きる頃合いだし……おはよう」
「……」
エルから朝の挨拶をされたアデルは一瞬茫然自失とすると、何故か自身の頬を手で引っ張ってみた。
「なにそれ?」
「痛い…………先刻は、エル殿が現実の存在か確かめたくて触れたのだ。昨日の出来事は、夢だと思っていたのでな」
「はぁ?割と最初から思ってたけど、君って馬鹿だよね」
夢か現実かはっきりさせるために自身の頬を抓ったアデルに、エルは呆れたような声で毒を吐いた。
そして真剣な相好でアデルを見つめると、エルは不敵な笑みを浮かべる。
「いいかい?君は今日から僕の弟子なんだよ?」
「弟子?」
「そう。君にこの世のありとあらゆる知識、言語、読み書き、常識、生き延びるための術、ジルの術の使い方、戦い方、全てを教えよう。僕のことは親代わり兼、師匠と思うがいいよ」
「……」
エルの言葉を聞き終えると、アデルは茫然自失としたままスーッと涙を流した。
アデルは自身が泣いていることに気づけない程自然と涙を流していて、エルのギョッとした反応でようやくその事実に気づく。
「はっ!?え、なに……急にどうしたんだい?ちょ。あぁ……泣かないでくれよ……も、もしかしてさっき僕が馬鹿って言ったから傷ついたのかい?」
「…………エル殿でも、慌てることがあるのだな」
突然の涙に動揺したエルは、アデルの周りであわあわしながら尋ねた。そんなエルを未だ呆然とした目で見つめるアデルは、ボソッとそんなことを呟いた。
いつでも飄々としているイメージがあったので、アデルはそんな疑問が湧いたのだ。
そして同時に、アデルは言いようのない歓喜に打ち震える。両親からの愛情を知らないアデルにとって、伯爵夫婦は最早赤の他人のようなものだった。そんなアデルの親代わりになると言ってくれたエルは、アデルにとって血の繋がりなどよりもずっと、濃い何かで繋がった家族のように見えた。
「僕は泣かれるのが苦手なんだ……どうすればいいのか途端に分からなくなる」
「……やはり優しいな、エル殿は」
ほんの少し頬を朱に染めながら、その頬を指でポリポリと掻いたエルは照れているようだった。そんなエルを目の当たりにし、アデルは自身の認識が誤っていないことを再確認した。
「そんなことを言うのは君ぐらいだよ。僕はこれでも友達が一人もいないのが自慢なんだ」
「そうなのであるか?」
「ほら僕口が悪いから。って、こんなこと言わせないでくれるかな?」
アデルは今まで自身に優しくしてくれた人物がほとんどいなかった為、エルがとんでもない善人で周りから慕われているのだろうと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
自嘲じみた苦笑いを浮かべたエルをアデルはじっと見つめると、
「では我がずっと師匠の傍にいようではないか」
「……え」
そう言ってエルの呆けた表情を引き出した。
「我は師匠が大好きであるからな。ずっと師匠の傍にいて、師匠が寂しくならないようにしよう」
「……まるでプロポーズだね」
恥ずかしげもなくサラッと言ってのけたアデルを目の当たりにし、エルは破顔するとそう例えた。
「ぷろぽーず?」
「永遠の愛の誓いをすることだよ」
「……では我のもプロポーズでは?」
「ちゃう」
プロポーズの意味を知ったアデルは、先刻自身がエルに誓ったことと同一だと思ったのだが、キッパリとエルに否定されてしまった。そのせいでアデルは首を傾げて頭を悩ませてしまうが、説明が面倒臭かったエルが彼を手助けすることは無かった。
「そうだ。修業を始める前に大事なことを話しておこうかな」
「大事なこと?」
「そ。悪魔の愛し子としての、君の力の話さ」
そもそももう修行などという大層なことを始める予定さえ聞かされていないアデルはツッコもうか迷ったが、エルから与えられる知識を逸早く吸収したいのか、すぐに尋ねた。
今のアデルは当に親鳥から与えられる餌を、懸命に嘴を開けて得ようとする雛鳥状態なのだ。
「……?おはなし?」
ティンベルの片手を優しく握り、その藍色の瞳を真っすぐ見つめたアデルの表情は穏やかで、ティンベルは思わず首を傾げた。
「我はこの家を出て、我の命を救ってくれた恩人殿の下で暮らすことになったのだ」
「そんな……い、いやですっ!あでるにいさまはどこにもいかないで!」
アデルの話を聞いた途端、ティンベルは止まった涙を再び溢れさせて激しく拒否反応を示した。そんなティンベルの反応は予想できるものではあったが、それでもアデルは困ったように眉を下げてしまう。
「ティンベル。お前は愛されている。だが我のような嫌われ者に肩入れすれば、愛されているお前ですら危険な目に遭ってしまうかもしれない。我はここにいてはいけない人間なのだ。それに、我は恩人殿の下で世界のことを知りたいと思っている」
「あでるにいさま……」
ティンベルは否定したかった。アデルは嫌われてなどいないと。アデルはここにいてもいい人間だと。だが同時にアデルの言葉が事実であることも、ティンベルは知っていた。
使用人たちがいつもアデルの悪口を言っているのを聞いていた。両親がまるで不倶戴天の仇を見るような目で、アデルのことを睨みつけているところを見ていた。
知っていたから、そんな上辺だけの励ましはアデルを傷つけるだけだということを、ティンベルは理解できていた。
「ティンベル。お前が大きくなったら、何故自分が守られているのか、何故自分が愛されているのか、考える時が来るだろう。そしてもしこの家に違和感を覚えた時は、周りの人間をよく見るのだ。そうして、自分にとって一番大事なものは何か、自分を一番大事に考えてくれているのは誰か、キチンと見極めるのだ。この家から逃げたくなった時は、信頼できる人間の元に逃げるがいい。ティンベル、お前は強く良い子だ。この家に、そう易々と呑み込まれないように用心するのだぞ」
「……あでるにいさまのおはなし、むずかしくてよくわからない」
嘘だった。ティンベルは何となく分かっていた。アデルの言葉の意味を。そしてきっと、成長するにつれてどんどん理解していってしまうのだということも、予期していた。
どうしてアデルがそんなことを言うのかも分かっていたが、分からない振りをした。そうすれば、アデルがこの家に残ってくれるのではないかという、淡い期待を抱いたから。
「きっと、分かる時が来るであろう。我の言葉を、忘れるでないぞ?」
「っ……ひっく…………はい……わかりました」
「ティンベル……」
アデルはティンベルをそっと抱きしめると、優しい声でその名を呼んだ。アデルがされて、一番嬉しかったことをティンベルに与えたいと思ったのだ。
アデルは心の中で、ここにはいないエルに再度感謝の言葉を述べた。エルがこの温かさを教えてくれたから、アデルはティンベルを抱きしめようと思った。エルがアデルを穢れてなどいないと断言してくれたから、余計な心配をせずに妹に触れることが出来た。
エルがいなければ、大事な妹にこの温かさを与えることは出来なかったのだ。
「あでるにいさま……どうかおげんきで」
「あぁ。ティンベルも、元気に大きくなるのだぞ」
抱きしめられたまま別れの言葉を呟いたティンベルは、やがて離れて背を向けたアデルを濡れた優しい瞳で見つめた。
夕陽でほんのり赤みがかったアデルの黒髪が、ティンベルの目に妙に焼き付き、その姿を彼女が忘れることは無かった。
********
アデルはエルの元に帰る前に、とある場所に向かった。それはティンベルから聞き出したネオンの居場所――焼却炉であった。
アデルは焼却炉の扉を開けると、視界に広がる酸鼻な光景に顔を顰めた。
燃え盛る業火の中には、今も尚焼かれ続けているネオンの姿があり、もう少しで彼をネオンだと判別できなくなってしまいそうであった。
アデルは躊躇いなく焼却炉に腕を突っ込むと、その死体を引っ張り出して積もった雪の上に置く。アデルの両腕は当然火傷していたが、感覚で治癒を早めてすぐに元の状態に戻した。
アデルは雪とバケツに入った水で死体の火を消すと、火傷まみれのネオンを抱えて歩き出す。
そうしてアデルは、死体という手土産と共にエルの元へ帰るのだった。
********
「随分とグロテスクな土産を持ってきたねぇ、君」
アデルがエルの自宅に辿り着いたのは陽も落ち、辺りが暗くなった頃だった。アデルの両手に抱えられた死体を目の当たりにしても、エルは一切驚くことなくそう言った。
アデル自身、エルは死体を見ても飄々としているのではないかと予想していたので、エルの反応にアデルが驚くことは無かった。
「てか誰?」
「……ネオンだ」
「……なに?君が殺したの?」
「違う……」
「だろうね。冗談だし」
死体自体には驚かなかったエルも、それがネオンだと分かるとほんの少し眉を上げて驚いてみせた。
「どうやら伯爵の命により、殺されたようだ」
「……そ。想像以上に闇は深かったわけだ……それで?何でソイツ持って帰ってきたわけ?」
ネオンは両親からの愛情は受けていなかったが、アデルのように嫌悪されてもいなかった。そんなネオンがこうも簡単に殺されてしまうという事実に、エルはクルシュルージュ家の闇を感じた。
ふと、エルは疑問に思う。アデルを殺さなかったのは、現実的に考えてそれが不可能であると分かっていたからだと予想できるが、何故伯爵家はアデルを捨てなかったのか。
簡単に息子を殺せるような伯爵が、忌み嫌われるアデルを手放さなかった理由。エルにはそれが分からなかったが、今考えることでは無いと思考を飛ばす。
「せめて、墓に入れてやろうと思ったのだ」
「だから何で?」
「……?」
再度尋ねてくるエルに、アデルは思わず首を傾げた。
「ネオンはティンベル嬢を殺そうとした奴だろう?君だってネオンには酷い扱いを受けていたんじゃないかい?」
アデルがネオンに暴言を浴びせられていたのは事実だが、エルの場合はただの想像だ。想像だけで、まるで実際見てきたかのように語ることが出来る。それが悪魔の愛し子というものなのだ。
「……ネオンは、ただの子供なのだ。当たり前の愛情を欲した、子供なのだ。歯車が一つでも違えば、こうはなっていなかっただろう。だから……」
「僕はそういうのあんまり好きじゃないかな。ネオンくんは君にそんな気づかいされても嬉しくないと思うよ。寧ろ今まで散々〝悪魔の愛し子〟って馬鹿にしてきた奴に同情されるなんて屈辱以外の何物でも無いと思うな」
エルの意見は厳しいものだったが、一理あった。アデルは思わず俯いてしまうが、意を決した様にエルに向き合う。
「それでも……我はネオンの兄であるからな。兄弟の死を弔うのは、そんなにおかしいことだろうか?」
「……そこまで言うのなら、好きにしな。でも、ここから離れたところに墓は作ってよね。僕、話を聞くだけでネオンのこと、虫唾が走るぐらい大嫌いだから。そんな奴の墓見たくないし」
「了解した」
アデルの決意を言葉の重みで感じたエルは、ぶっきら棒に彼の意思を尊重した。ネオンの死を弔うことに否定的だったにも拘らず了承してくれたエルに、アデルは心の中で感謝すると、早速森の奥にネオンの墓を作った。
正しい墓の作り方など、アデルは知るわけも無かったが、出来るだけ丹精込めて作って何とか形にした。そんな墓の前で両手を合わせたアデルは、再びエルの家へと戻るのだった。
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昨日までは地上を埋め尽くしていた雪がすっかり溶け、新しい朝がやって来た。アデルは窓から差し込む光で目を覚まし、眠っていたハンモックから起き上がる。
ふとベッドに視線を向けると、物凄い寝相で何故か静かな寝息を立てているエルの姿がアデルの目に入った。
アデルのせいでベッドのシーツは汚れていたのだが、エルが洗った後にジルによる術で簡単に乾かしてしまったので、こうしてベッドで眠れているのだ。
アデルはまだ眠いのか、どこか呆けたような表情でエルの元へ近づくと、その頬をツンツンと突いてみた。
すると目にも止まらない速さでアデルの右腕は、起きたエルによって掴まれる。殺気さえ感じられるほどの鋭さに、アデルは一瞬にして重たかった目を覚ました。
「……あぁ、なんだ。君か……」
自身の頬を突いたのがアデルだと分かると、エルは鋭い睨みを解いて起き上がった。
「……申し訳ない、エル殿。起こしてしまったか?」
「いや。もう起きる頃合いだし……おはよう」
「……」
エルから朝の挨拶をされたアデルは一瞬茫然自失とすると、何故か自身の頬を手で引っ張ってみた。
「なにそれ?」
「痛い…………先刻は、エル殿が現実の存在か確かめたくて触れたのだ。昨日の出来事は、夢だと思っていたのでな」
「はぁ?割と最初から思ってたけど、君って馬鹿だよね」
夢か現実かはっきりさせるために自身の頬を抓ったアデルに、エルは呆れたような声で毒を吐いた。
そして真剣な相好でアデルを見つめると、エルは不敵な笑みを浮かべる。
「いいかい?君は今日から僕の弟子なんだよ?」
「弟子?」
「そう。君にこの世のありとあらゆる知識、言語、読み書き、常識、生き延びるための術、ジルの術の使い方、戦い方、全てを教えよう。僕のことは親代わり兼、師匠と思うがいいよ」
「……」
エルの言葉を聞き終えると、アデルは茫然自失としたままスーッと涙を流した。
アデルは自身が泣いていることに気づけない程自然と涙を流していて、エルのギョッとした反応でようやくその事実に気づく。
「はっ!?え、なに……急にどうしたんだい?ちょ。あぁ……泣かないでくれよ……も、もしかしてさっき僕が馬鹿って言ったから傷ついたのかい?」
「…………エル殿でも、慌てることがあるのだな」
突然の涙に動揺したエルは、アデルの周りであわあわしながら尋ねた。そんなエルを未だ呆然とした目で見つめるアデルは、ボソッとそんなことを呟いた。
いつでも飄々としているイメージがあったので、アデルはそんな疑問が湧いたのだ。
そして同時に、アデルは言いようのない歓喜に打ち震える。両親からの愛情を知らないアデルにとって、伯爵夫婦は最早赤の他人のようなものだった。そんなアデルの親代わりになると言ってくれたエルは、アデルにとって血の繋がりなどよりもずっと、濃い何かで繋がった家族のように見えた。
「僕は泣かれるのが苦手なんだ……どうすればいいのか途端に分からなくなる」
「……やはり優しいな、エル殿は」
ほんの少し頬を朱に染めながら、その頬を指でポリポリと掻いたエルは照れているようだった。そんなエルを目の当たりにし、アデルは自身の認識が誤っていないことを再確認した。
「そんなことを言うのは君ぐらいだよ。僕はこれでも友達が一人もいないのが自慢なんだ」
「そうなのであるか?」
「ほら僕口が悪いから。って、こんなこと言わせないでくれるかな?」
アデルは今まで自身に優しくしてくれた人物がほとんどいなかった為、エルがとんでもない善人で周りから慕われているのだろうと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
自嘲じみた苦笑いを浮かべたエルをアデルはじっと見つめると、
「では我がずっと師匠の傍にいようではないか」
「……え」
そう言ってエルの呆けた表情を引き出した。
「我は師匠が大好きであるからな。ずっと師匠の傍にいて、師匠が寂しくならないようにしよう」
「……まるでプロポーズだね」
恥ずかしげもなくサラッと言ってのけたアデルを目の当たりにし、エルは破顔するとそう例えた。
「ぷろぽーず?」
「永遠の愛の誓いをすることだよ」
「……では我のもプロポーズでは?」
「ちゃう」
プロポーズの意味を知ったアデルは、先刻自身がエルに誓ったことと同一だと思ったのだが、キッパリとエルに否定されてしまった。そのせいでアデルは首を傾げて頭を悩ませてしまうが、説明が面倒臭かったエルが彼を手助けすることは無かった。
「そうだ。修業を始める前に大事なことを話しておこうかな」
「大事なこと?」
「そ。悪魔の愛し子としての、君の力の話さ」
そもそももう修行などという大層なことを始める予定さえ聞かされていないアデルはツッコもうか迷ったが、エルから与えられる知識を逸早く吸収したいのか、すぐに尋ねた。
今のアデルは当に親鳥から与えられる餌を、懸命に嘴を開けて得ようとする雛鳥状態なのだ。
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