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第一章 悪魔討伐編
8、修行
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「普通の人間は体内のジルを生命活動維持、雀の涙程度の自然治癒に使っている。そしてジルを操ることのできる人間に限って言えば、術としてジルを利用する。だけど人間はジルを体内で生成することが出来ない。悪魔が生み出すジルを呼吸によって吸収することで、人間はジルを得るんだ。だけど君は違う」
呼吸できなければ人は死ぬ。この世界においてこの常識は、呼吸しなければジルを得ることが出来ないから存在している。
「アデル。君は自分の意志さえあれば簡単に体内でジルを生み出すことが出来るんだ。まぁ、今の君にはそのジルを、悪魔のように世界中に行き渡らせることは出来ないけど。だから君は自然治癒が異常に早い。呼吸でしか治癒のためのジルを得ることが出来ない普通の人間とは違い、自分でそのジルを生み出して治癒に回すことが出来るからね」
アデルはここ最近気づき始めた自身の異常さの理由。その詳しいからくりを知り、大きな理解と納得に目を見開いた。
「師匠……我は以前、伯爵に左腕を切断されたことがあるのだが……」
「何そのグロい過去」
「その際、苦痛に耐えられずに左腕を治療しようと意識し、一瞬でその腕が再生したのだ。これもその、ジルを生み出すという特性が原因なのであるか?」
アデルは今まで抱いていた疑問に対する一つの答えを見つけ、それが正しい認識であるのかをエルに確認した。
「そうだね。ただ、それは君が泉のようにジルを生み出すことが出来るという理由だけで出来た芸当じゃない」
「?」
「言っただろ?四割の人間は僕みたいにジルを操ることが出来るって。当然君もそうだ。君は知らず知らずのうちに、自分の意思でジルを生み出して、それを腕の再生に使えるように操ったのさ」
エルの説明で、アデルはもう一つの謎を解くことが出来た。自然治癒のスピードでさえ他人とは雲泥の差を誇っていたアデルだが、自身で治癒しようとした際には一瞬で再生してしまった。その速度の差の理由が、アデルがジルを無意識のうちに操っていたからなのだと、アデルはようやく知ることが出来たのだ。
「いいかい?君はその特性から、怪我も病気もすぐに治療することが出来る。なんてたってジルを無制限に生み出すことが出来るからね。そして老いや寿命も病などと同じ扱いになって、ジルで無かったことにされてしまう。もちろんジルでの治癒が追い付かない程のスピードと強い衝撃によって瞬殺されれば君とて死んでしまうが、君が成長すればその可能性も薄まっていく。つまりね、アデル。君はほぼ不老不死なんだよ」
「……不老不死?」
「絶対に死なないし、絶対に老いたりしないってこと」
エルから告げられた真実にアデルは身体や表情筋を硬直させてしまう。エルの言葉を解釈すればそれはつまり、基本的に死ぬことの無い悪魔と全く同じであることになるからだ。
愛し子が悪魔の力を譲渡される存在だとは聞いていたアデルだが、それでもここまで悪魔と体質が同じであるとは思っていなかったのだ。その類似性は、悪魔が嫌悪されるこの世界で、愛し子が同じように忌み嫌われるのが自然なことだと思えてしまう程に。
「でもそれは君自身が死なないというだけの話だ」
「……?」
「これからアデルには大事な人がたくさんできるかもしれないだろう?そういう人たちを守る力が無ければ、君は一人ぼっちになってしまう。だから力をつけるために修行をするのさ。大事な人を守れるぐらいにね」
「……我は、師匠を守れるぐらいに強くなるのであるか?」
今現在において、アデルの大事な存在はティンベルとエルだ。だがエルは、アデルの想像だけでかなりの強者であることは明らかであった。そんなエルよりも強い存在が目の前に現れた時に、エルを守れるようになるということは、最低でもアデルがエルよりも強くなる必要があった。
だがエルは〝大事な人〟に自身を含んでいなかったので、アデルの問いに思わず目を見開いてしまう。
「……そうだね。いつか僕を……その力で守っておくれよ?」
「心得た」
どこか悲しそうな笑みを浮かべて頼んだエルに、アデルは少し跳ねた声で了承した。その時見せたエルの表情を、アデルがこの先忘れることは無い。それ程までに強烈に、アデルの目に焼き付いたのだ。
********
それから三か月の月日が経過した。エルは有言実行主義なのか、本当にアデルに様々なことを教え込んでいる。
常識、知識、読み書き、ジルの利用方法、戦い方、etc……。その全てを毎日アデルに叩きこんでいるので、スパルタも良いところだった。
季節はすっかり春真っ盛りになっており、この日は森の中での剣術修行に勤しんでいた。最初は木刀でやっていたのだが、アデルは怪我をしてもすぐに回復できるからという理由で、修行開始一週間でエルは真剣をアデルに手渡していた。
もちろん開始一週間でアデルがエルと良い戦いなど出来る訳も無いので、アデルは普通の人間であれば即死レベルの怪我を何度も負った。
驚くことにアデルの鬼師匠は、〝みねうち〟ないし〝手加減〟という言葉を知らないらしい。
真剣での修業を始めて間もない頃は――
「ぐぁっ!」
「ほらほらー。早くその怪我回復しないとぉ、死んじゃうよー?敵は君の回復を待ってくれないんだから。ほらほらほらほら」
「ぐ……あぁ!」
腹を掻っ捌いた上で地面に倒れ込んだアデルの手足にブスブスと剣を沈めてくるエルのおかげで、アデルは苦悶の声を漏らして怪我の治療に集中することが出来ない。
それでもこれは本当の戦場であればという危機感を、常にアデルに抱いてもらうためにやっていることである。当然アデル自身もそれは理解しているので、必死に食らいつくしかなかった。
そして現在。
以前よりは対抗できるようになったアデルなのだが、それでもエルに勝てることは未だできない。その上、剣術と言っても近頃アデルたちがしているのは体術、ジルの術による攻撃も含めた戦闘なので、アデルはいつも目を回しながらそんな修行に励んでいるのだ。
「はぁっ!」
「甘い甘い。剣なんてぶっちゃけ結界で防げちゃうんだから、結界対策しとかないと」
高く跳躍して剣を振り下ろしたアデルだったが、その攻撃はジルの術の一つである結界によって阻まれてしまった。
アデルが振り下ろしたエルの肩のほんの少し上に、小さな正方形型の結界が現れ、それが剣撃を受け止めたのだ。
エルはアデルが空中にいる隙を狙い、彼の腹にそっと手を当てると、ニヤリと悪い顔で笑い、
「冷たいよー」
「?……っ!」
アデルの体内から氷の棘花を咲かせた。
腹の皮膚を突き破り、刺々しい氷が花咲かせたことで、アデルは口と腹から血を噴き出し、その強烈な痛みの様な、今まで抱いたことの無い感覚に倒れ込む。
「ごほっ……」
「ほらほら。ジル術の応用編ですよー。早く氷を溶かして治療しないと。僕手加減しないから本当に死んじゃいますよー」
何故かエルは修行になると敬語になることが多々あり、余計にそれがアデルにとっては不気味で恐ろしかった。
呑気な声で指導する間にも、エルは攻撃を止めずにアデルにダメージを与えてくる。
それでもアデルは何とか腹に咲いた氷の花を溶かすべくジルを操り、やっと溶けたかと思うとエルの剣がアデルの心臓を貫いた。
「っっ……!」
「…………あれ?死んだ?」
「……」
「やばいやばい。本当に死ぬのは不味い」
意識を失ってしまったアデルを目の当たりにしたエルは、途端に慌て始めるとアデルに治癒の術をかけ始める。
しばらくするとアデルは目を覚ましたが、それでも完治したわけでは無かった。
「お。起きたならさっさと自分で治療しな。死んじゃうぞ?」
「師匠……お手数、かけた」
消え入りそうな声でアデルは陳謝すると、ジルを操って治癒を始めた。ここまでの重傷を負わせたエルが悪いので、アデルが謝る必要はないと思うかもしれないが、戦闘中に負った傷は自分で治癒すると約束していたので、それを破らざるを得ない状況を作り出してしまったアデルは自己嫌悪していたのだ。
そんな約束を交わした理由は、アデルがジルを操る感覚を一刻も早く覚えられるようにするためである。まるで呼吸をするように、当たり前にジルを操れるようになるまでが目標なのだ。
********
修行に一段落をつけ、昼食を取ることになったアデルたち。森で狩った動物の肉を丸焼きにしたものにかぶりつくアデルは、先刻死にかけたことなどすっかり忘れているように目の前の食事に夢中である。
そんなアデルを見つめるエルは苦笑いを浮かべていたが、ボロボロになった彼の服に視線を移すと、途端にその表情を暗くする。
「さっきはごめんね。殺しかけて」
「何故謝るのであるか?師匠が厳しくするのは我を強くする為であろう?」
唐突に謝ってきたエルに、アデルは思わず首を傾げた。
「それにしたって、君がほぼ不老不死なことに甘えて、僕は手厳しくしすぎたかもしれない。これじゃあ、君を傷つけていた伯爵と一緒かな」
自嘲の様な笑みを浮かべて言ったエルを目の当たりにし、アデルは思わず、
「違う!」
立ち上がって大声で否定してしまった。初めて声を荒げたアデルに、エルは驚きのあまり呆然としてしまう。アデルの表情で、その怒りと悲しみははっきりとエルにも伝わってきた。
「何故、そんなことを言うのであるか?……師匠は、あんな奴らとは全然……違う。師匠は我のために……初めて……」
「……」
エルはアデルに様々な初めてを与えてくれた存在だ。自分の為に敢えて厳しくされるというのも、アデルにとっては初めての経験だった。
アデルはエルに心酔し始めている。そんなエルのことを、エル自身が貶めたという事実がアデルには受け入れがたかったのだ。
「それに。我はまだ、全く強くなっていないであろう?……このままでは、師匠を守れるほど強くなれないのではないのか?もっと厳しても良いのだ!いや、してほしいのだ!」
「……君、何をそんなに焦っているんだい?」
珍しく感情的になって希望を主張してきたアデルに、エルは思わずそんな印象を抱いた。
「師匠が、言ったのではないか……我が死ななくとも、我に守る力が無ければ大事な人を失ってしまうと」
「……確かに僕はいつか守ってくれとは言ったけれど、今の君にそこまで心配させるほど僕はひ弱に見えるのかい?」
「そうではない……が」
「だろう?だって僕強いもん」
アデルが焦っている理由を察したエルは、彼の不安を拭えるように尋ねた。アデルもエルも、本当は分かっているのだ。エルがとんでもなく強いということも、アデルが強くなるのはもっと先の話だということも、最強のエルでも敵わない存在がいるかもしれないということも。
それでもエルはそんな例え話ではなく、純粋な事実のみで彼に問いかけた。
「まだアデルは修行を始めて三か月だろう?そんなんで焦るなんて傲慢だね。そんな短期間で強くなれるだなんて本気で思っているのかい?戦士を舐めるな。……それに、君は今いくつだい?」
「……八つである」
「そう。君はまだ八年しか生きていない。つまりまだまだ子供、発展途上、ひよっ子。……対してこの大師匠様である僕がいくつか、君は知っているかい?」
「……何歳なのであるか?」
エルの意見にぐうの音も出なかったアデルは、エルの年を知らないということに気づいた。
「六二歳」
「…………なんと。師匠は童顔なのであるな」
「何か失礼な勘違いをしていないかい?」
エルの見た目は上に見積もっても二十代前半と言ったところで、アデルは驚きのあまり、思わずポカンと口を開けてしまう。老人と言っても過言では無い年齢だったので、アデルはエルがとんでもない童顔なのだと思ったのだが、どうやらそれは違うようだった。
「前に言っただろ?僕は亜人だって。亜人は人間よりも寿命が長いから、老いも遅いんだ」
「……その、亜人というのはどういった種族なのだ?」
以前、エルが無性であることを話した過程で、エルが人間ではなく亜人であることをアデルは知った。だが亜人の詳しい説明をされていなかったので、アデルはそれについて尋ねた。
エルはそんなアデルの疑問を解消するべく、亜人についての説明を始めるために口を開くのだった。
呼吸できなければ人は死ぬ。この世界においてこの常識は、呼吸しなければジルを得ることが出来ないから存在している。
「アデル。君は自分の意志さえあれば簡単に体内でジルを生み出すことが出来るんだ。まぁ、今の君にはそのジルを、悪魔のように世界中に行き渡らせることは出来ないけど。だから君は自然治癒が異常に早い。呼吸でしか治癒のためのジルを得ることが出来ない普通の人間とは違い、自分でそのジルを生み出して治癒に回すことが出来るからね」
アデルはここ最近気づき始めた自身の異常さの理由。その詳しいからくりを知り、大きな理解と納得に目を見開いた。
「師匠……我は以前、伯爵に左腕を切断されたことがあるのだが……」
「何そのグロい過去」
「その際、苦痛に耐えられずに左腕を治療しようと意識し、一瞬でその腕が再生したのだ。これもその、ジルを生み出すという特性が原因なのであるか?」
アデルは今まで抱いていた疑問に対する一つの答えを見つけ、それが正しい認識であるのかをエルに確認した。
「そうだね。ただ、それは君が泉のようにジルを生み出すことが出来るという理由だけで出来た芸当じゃない」
「?」
「言っただろ?四割の人間は僕みたいにジルを操ることが出来るって。当然君もそうだ。君は知らず知らずのうちに、自分の意思でジルを生み出して、それを腕の再生に使えるように操ったのさ」
エルの説明で、アデルはもう一つの謎を解くことが出来た。自然治癒のスピードでさえ他人とは雲泥の差を誇っていたアデルだが、自身で治癒しようとした際には一瞬で再生してしまった。その速度の差の理由が、アデルがジルを無意識のうちに操っていたからなのだと、アデルはようやく知ることが出来たのだ。
「いいかい?君はその特性から、怪我も病気もすぐに治療することが出来る。なんてたってジルを無制限に生み出すことが出来るからね。そして老いや寿命も病などと同じ扱いになって、ジルで無かったことにされてしまう。もちろんジルでの治癒が追い付かない程のスピードと強い衝撃によって瞬殺されれば君とて死んでしまうが、君が成長すればその可能性も薄まっていく。つまりね、アデル。君はほぼ不老不死なんだよ」
「……不老不死?」
「絶対に死なないし、絶対に老いたりしないってこと」
エルから告げられた真実にアデルは身体や表情筋を硬直させてしまう。エルの言葉を解釈すればそれはつまり、基本的に死ぬことの無い悪魔と全く同じであることになるからだ。
愛し子が悪魔の力を譲渡される存在だとは聞いていたアデルだが、それでもここまで悪魔と体質が同じであるとは思っていなかったのだ。その類似性は、悪魔が嫌悪されるこの世界で、愛し子が同じように忌み嫌われるのが自然なことだと思えてしまう程に。
「でもそれは君自身が死なないというだけの話だ」
「……?」
「これからアデルには大事な人がたくさんできるかもしれないだろう?そういう人たちを守る力が無ければ、君は一人ぼっちになってしまう。だから力をつけるために修行をするのさ。大事な人を守れるぐらいにね」
「……我は、師匠を守れるぐらいに強くなるのであるか?」
今現在において、アデルの大事な存在はティンベルとエルだ。だがエルは、アデルの想像だけでかなりの強者であることは明らかであった。そんなエルよりも強い存在が目の前に現れた時に、エルを守れるようになるということは、最低でもアデルがエルよりも強くなる必要があった。
だがエルは〝大事な人〟に自身を含んでいなかったので、アデルの問いに思わず目を見開いてしまう。
「……そうだね。いつか僕を……その力で守っておくれよ?」
「心得た」
どこか悲しそうな笑みを浮かべて頼んだエルに、アデルは少し跳ねた声で了承した。その時見せたエルの表情を、アデルがこの先忘れることは無い。それ程までに強烈に、アデルの目に焼き付いたのだ。
********
それから三か月の月日が経過した。エルは有言実行主義なのか、本当にアデルに様々なことを教え込んでいる。
常識、知識、読み書き、ジルの利用方法、戦い方、etc……。その全てを毎日アデルに叩きこんでいるので、スパルタも良いところだった。
季節はすっかり春真っ盛りになっており、この日は森の中での剣術修行に勤しんでいた。最初は木刀でやっていたのだが、アデルは怪我をしてもすぐに回復できるからという理由で、修行開始一週間でエルは真剣をアデルに手渡していた。
もちろん開始一週間でアデルがエルと良い戦いなど出来る訳も無いので、アデルは普通の人間であれば即死レベルの怪我を何度も負った。
驚くことにアデルの鬼師匠は、〝みねうち〟ないし〝手加減〟という言葉を知らないらしい。
真剣での修業を始めて間もない頃は――
「ぐぁっ!」
「ほらほらー。早くその怪我回復しないとぉ、死んじゃうよー?敵は君の回復を待ってくれないんだから。ほらほらほらほら」
「ぐ……あぁ!」
腹を掻っ捌いた上で地面に倒れ込んだアデルの手足にブスブスと剣を沈めてくるエルのおかげで、アデルは苦悶の声を漏らして怪我の治療に集中することが出来ない。
それでもこれは本当の戦場であればという危機感を、常にアデルに抱いてもらうためにやっていることである。当然アデル自身もそれは理解しているので、必死に食らいつくしかなかった。
そして現在。
以前よりは対抗できるようになったアデルなのだが、それでもエルに勝てることは未だできない。その上、剣術と言っても近頃アデルたちがしているのは体術、ジルの術による攻撃も含めた戦闘なので、アデルはいつも目を回しながらそんな修行に励んでいるのだ。
「はぁっ!」
「甘い甘い。剣なんてぶっちゃけ結界で防げちゃうんだから、結界対策しとかないと」
高く跳躍して剣を振り下ろしたアデルだったが、その攻撃はジルの術の一つである結界によって阻まれてしまった。
アデルが振り下ろしたエルの肩のほんの少し上に、小さな正方形型の結界が現れ、それが剣撃を受け止めたのだ。
エルはアデルが空中にいる隙を狙い、彼の腹にそっと手を当てると、ニヤリと悪い顔で笑い、
「冷たいよー」
「?……っ!」
アデルの体内から氷の棘花を咲かせた。
腹の皮膚を突き破り、刺々しい氷が花咲かせたことで、アデルは口と腹から血を噴き出し、その強烈な痛みの様な、今まで抱いたことの無い感覚に倒れ込む。
「ごほっ……」
「ほらほら。ジル術の応用編ですよー。早く氷を溶かして治療しないと。僕手加減しないから本当に死んじゃいますよー」
何故かエルは修行になると敬語になることが多々あり、余計にそれがアデルにとっては不気味で恐ろしかった。
呑気な声で指導する間にも、エルは攻撃を止めずにアデルにダメージを与えてくる。
それでもアデルは何とか腹に咲いた氷の花を溶かすべくジルを操り、やっと溶けたかと思うとエルの剣がアデルの心臓を貫いた。
「っっ……!」
「…………あれ?死んだ?」
「……」
「やばいやばい。本当に死ぬのは不味い」
意識を失ってしまったアデルを目の当たりにしたエルは、途端に慌て始めるとアデルに治癒の術をかけ始める。
しばらくするとアデルは目を覚ましたが、それでも完治したわけでは無かった。
「お。起きたならさっさと自分で治療しな。死んじゃうぞ?」
「師匠……お手数、かけた」
消え入りそうな声でアデルは陳謝すると、ジルを操って治癒を始めた。ここまでの重傷を負わせたエルが悪いので、アデルが謝る必要はないと思うかもしれないが、戦闘中に負った傷は自分で治癒すると約束していたので、それを破らざるを得ない状況を作り出してしまったアデルは自己嫌悪していたのだ。
そんな約束を交わした理由は、アデルがジルを操る感覚を一刻も早く覚えられるようにするためである。まるで呼吸をするように、当たり前にジルを操れるようになるまでが目標なのだ。
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修行に一段落をつけ、昼食を取ることになったアデルたち。森で狩った動物の肉を丸焼きにしたものにかぶりつくアデルは、先刻死にかけたことなどすっかり忘れているように目の前の食事に夢中である。
そんなアデルを見つめるエルは苦笑いを浮かべていたが、ボロボロになった彼の服に視線を移すと、途端にその表情を暗くする。
「さっきはごめんね。殺しかけて」
「何故謝るのであるか?師匠が厳しくするのは我を強くする為であろう?」
唐突に謝ってきたエルに、アデルは思わず首を傾げた。
「それにしたって、君がほぼ不老不死なことに甘えて、僕は手厳しくしすぎたかもしれない。これじゃあ、君を傷つけていた伯爵と一緒かな」
自嘲の様な笑みを浮かべて言ったエルを目の当たりにし、アデルは思わず、
「違う!」
立ち上がって大声で否定してしまった。初めて声を荒げたアデルに、エルは驚きのあまり呆然としてしまう。アデルの表情で、その怒りと悲しみははっきりとエルにも伝わってきた。
「何故、そんなことを言うのであるか?……師匠は、あんな奴らとは全然……違う。師匠は我のために……初めて……」
「……」
エルはアデルに様々な初めてを与えてくれた存在だ。自分の為に敢えて厳しくされるというのも、アデルにとっては初めての経験だった。
アデルはエルに心酔し始めている。そんなエルのことを、エル自身が貶めたという事実がアデルには受け入れがたかったのだ。
「それに。我はまだ、全く強くなっていないであろう?……このままでは、師匠を守れるほど強くなれないのではないのか?もっと厳しても良いのだ!いや、してほしいのだ!」
「……君、何をそんなに焦っているんだい?」
珍しく感情的になって希望を主張してきたアデルに、エルは思わずそんな印象を抱いた。
「師匠が、言ったのではないか……我が死ななくとも、我に守る力が無ければ大事な人を失ってしまうと」
「……確かに僕はいつか守ってくれとは言ったけれど、今の君にそこまで心配させるほど僕はひ弱に見えるのかい?」
「そうではない……が」
「だろう?だって僕強いもん」
アデルが焦っている理由を察したエルは、彼の不安を拭えるように尋ねた。アデルもエルも、本当は分かっているのだ。エルがとんでもなく強いということも、アデルが強くなるのはもっと先の話だということも、最強のエルでも敵わない存在がいるかもしれないということも。
それでもエルはそんな例え話ではなく、純粋な事実のみで彼に問いかけた。
「まだアデルは修行を始めて三か月だろう?そんなんで焦るなんて傲慢だね。そんな短期間で強くなれるだなんて本気で思っているのかい?戦士を舐めるな。……それに、君は今いくつだい?」
「……八つである」
「そう。君はまだ八年しか生きていない。つまりまだまだ子供、発展途上、ひよっ子。……対してこの大師匠様である僕がいくつか、君は知っているかい?」
「……何歳なのであるか?」
エルの意見にぐうの音も出なかったアデルは、エルの年を知らないということに気づいた。
「六二歳」
「…………なんと。師匠は童顔なのであるな」
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「前に言っただろ?僕は亜人だって。亜人は人間よりも寿命が長いから、老いも遅いんだ」
「……その、亜人というのはどういった種族なのだ?」
以前、エルが無性であることを話した過程で、エルが人間ではなく亜人であることをアデルは知った。だが亜人の詳しい説明をされていなかったので、アデルはそれについて尋ねた。
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