レディバグの改変<L>

乱 江梨

文字の大きさ
上 下
79 / 100
第二章 仲間探求編

78、戦場の再会2

しおりを挟む
「では、早速向かうとするか」
「ねぇアデルん」
「ん?」


 林の元へ向かおうとした矢先、それを遮るようにリオが声をかけてきたので、アデルはキョトンと首を傾げた。


「リンリンの家族を探すんなら、ナツメっち連れてきた方が効率良いんじゃない?」
「………………はっ!確かにそうであるな!」


 素朴な疑問をぶつけられ、数秒間硬直していたアデルだったが、自身の失態に気づくと唖然とし、思わず大声を上げた。

 ナツメの視力をもってすれば、様々な障害を透かしながら探すことが出来るので、上手くいけばあちこちを探索せずとも見つけることが出来るのだ。


「もうー、アデルんってばうっかりさんなんだから」
「すまぬ。気づいてくれて感謝するのだ、リオ」


 リオはツンとアデルのおでこを突くと、楽し気に彼のミスを注意した。


「すぐにナツメを連れてくる故、少し待っていてくれ。アマノを頼むのだ」
「おっけー」


 おぶっていたアマノを地面に下ろすと、早速アデルは転移術を行使してリオたちの前から姿を消した。二人の様子を傍観していたメイリーンは、唐突に苦笑いを浮かべる。


「何だかアデル様、今日は色んな人を迎えに行っているような……」
「あははっ、アデルんタクシーね」
「「?」」


 華位道国の者たちを気絶させるためにメイリーンと合流し、そのすぐ後に林を華位道国まで送り届け、そして今はナツメを迎えに行っているので、彼女の気づきは勘違いなどでは無かった。

 転移術を行使できる者の宿命でもあるが、タクシー呼ばわりは流石にアデルが哀れである。それでもリオの〝前世こっちの話〟を正確に理解できる者はいないので、全員が首を傾げるのだった。

 ********

 それから避難所付近にいたナツメを迎えに行ったアデルは経緯を説明すると、すぐさま華位道国へとんぼ返りした。リオたちと再度合流すると、彼らは兵士たちが行き倒れている不気味な道を進みつつ、林の元へと急いだ。

 林が現在どこを捜索しているのか分からなかったので、アデルたちは取り敢えず城の目の前までやって来た。華位道国の城は、目一杯首を動かしても見渡せない程大きく聳え立っており、流石は世界一の人口を誇る国と言ったところである。

 周囲の人間全てが気絶していることもあり、辺りは風の音を除けばほぼ無音状態で非常に不気味でもある。

 どうやって林と合流したものかと頭を捻るアデルは何を思ったのか、唐突にその口を大きく開くと、


「りーーん!!!」


 腹の底から出したその大声で林の名前を呼んだ。耳の良いナギカはその轟音に、思わずビクッと肩を震わせる。だがそれを遥かに上回る衝撃が訪れることを、この時のリオたちは想像もしていなかった。


「アデルん、急に大声出すとおどろ……」


 思わずアデルに苦言を呈そうとしたリオだが、その言葉はある理由から遮られる。アデルが大声を上げてから数秒後、城の中から物騒な破壊音が聞こえてきたのだ。

 何かが物凄い勢いで壊されているようなその音はどんどん膨れ上がり、音の正体が近づいて来ることを意味していた。

 ドシャン!!と、その轟音が彼女の来訪の合図になった。


「「…………」」


 アデルたちの視界の端、城の壁が人一人分程崩れ落ちたかと思うと、その穴の向こう側に物々しく佇んでいる林の姿が見えたのだ。

 林は力強く拳を突き出しており、彼女が壁を殴って破壊したことは明らかであった。それはつまり、先刻からの破壊音全てが林によるものということでもある。

 その馬鹿力を初めて目の当たりにしたリオたちは、何が起きているのか瞬時に理解できず目を点にしてしまう。


「よぉ、遅かったな」
「林……あまり壁を壊すと崩落するぞ。林の家族が下敷きになったらどうするのだ」
「あ゛?……このうぜぇ城はこんぐらいで崩れねぇよ」
「なら良いのであるが……」


 自分たちの元へ走り寄ってきた林に、アデルは眉を顰めつつ話しかけた。悪魔の愛し子であるアデルに対して乱暴な物言いをする林はケロッとしており、思わずリオたちは目を点にしたままマジマジと見つめてしまう。

 リオたち自身もアデルを恐れたり、蔑んだりすることは初対面の頃から無かったが、林の態度はそれすらも飛び越えた、傍若無人と称されても仕方の無いものである。本来差別と恐怖の対象である愛し子に、何の悪意も無くそんな態度をとれる人間などそうそういないので、リオたちは驚きを隠せないのだ。


「リンリンすっごい力強いんだねっ!」
「……おいてめぇ、まさかそれアタシのことじゃねぇだろうな?」


 リオが目をキラキラと輝かせながら称賛すると、林はそのあだ名に反応し、鋭い眼光でギロリと彼を睨み据えた。どうやらリオのあだ名がお気に召さなかったらしい。

 一触即発なその雰囲気に、ナギカたちは思わず冷や汗を流しながら様子を窺っている。


「そだよー」
「誰だか知んねーけどよ、あんまふざけたこと抜かすとシメんぞ」
「あははっ、怖ーい」


 林が怒り心頭に発しているのに対し、リオはヘラヘラと笑い声を上げて飄々としているので、彼女の怒りは増すばかりである。蚊帳の外のナギカたちは、リオが彼女を煽る度に冷や冷やとさせられてしまう。


「でも無理だと思うよ」
「あ?」
「リンリンめっちゃ強いみたいだけど、俺よりは弱いからね」
「…………あ゛?」


 刹那、凍え死んでしまいそうな程冷ややかな空気が林から発せられ、メイリーンたちの相好から血の気が一気に引いてしまう。自分から殺されに行っているとしか思えないリオにほぼ全員が批難の視線を向けるが、当の本人は素知らぬふりをしている。

 とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのか、林はその拳をわなわなと震わせ始めた。


「ほーん……その度胸だけは認めてやってもいいぞ……そこまでほざくなら、今から殺り合うか?」


 そう言った林の声音は酷く落ち着いていて、それが余計に恐ろしい。ギロリと鋭い睨みを向けられるリオは不敵な笑みを浮かべていたが、アデルによってその表情は崩れることになる。

 アデルは不意にリオに近づくと、ポカンっと。その頭を小突いたのだ。


「リオ、いい加減林を揶揄うのはよすのだ」
「「…………は?」」


 アデルから想定外の発言が飛び出たことで、リオ以外の全員が呆けた様な声を漏らしてしまった。今の今までの煽り文句全てが、林を揶揄うためのものだとは誰も予想だにしていなかったのだ。

 一方、アデルに拳骨を落とされたリオは涙目で頭を押さえ、不満気に彼を見上げている。


「むぅ……だってリンリン可愛いんだもん。ちょっとぐらいいいじゃん」
「今はそんなことをしている場合では無いであろう?」
「「…………」」


 ぷくっと頬を膨らませるリオを目の当たりにした林たちは、アデルの発言が全て事実であることを思い知らされ、言葉を失ってしまう。一方のアデルは呆れたように苦言を呈しており、その姿はまるで親子の様であった。


「ごめんね……リンリンが可愛いからつい揶揄っちゃった」
「お、おう……?」
「あ、でも俺の方が強いっていうのは本当だから」
「あ゛?」
「もう良いであろう……今は林の家族を探すことが最優先である」


 リオが要らぬことを漏らしたせいで振り出しに戻るところだったが、アデルが間に入ってくれたおかげで最悪の事態は免れた。
 リオは「はぁい」と中身がスカスカの返事をし、林は鳥肌が立ってしまうような舌打ちで返している。


「ナツメ、早速頼めるだろうか?」
「はい」


 ナツメは目元の包帯を外すと、その零れそうな瞳でジッと城を観察し始める。ナツメが能力者であることを知らない林やギルドニスは怪訝そうにその様子を眺めているが、決して彼女の邪魔をすることは無かった。

 ナツメは城を透視しては視線を動かし、また透視してを繰り返して、城の隅々までを探索する。だがナツメの瞳に映るのは城の中で倒れている大人ばかりで、林の家族と思われる子供はいくら見回しても見つからなかった。


「……あの、この城って地下とかあるのでしょうか?」
「……そんな話は聞いたことねぇけど、無いとは断言できねぇな。アイツらがアタシに本当のことを話すわけもねぇし」


 名前も知らないナツメから唐突に尋ねられた林は、当惑しつつ答えた。林の知らない地下が存在しているのであれば、そこに家族が監禁されている可能性は大いにあった。存在を知らない場所を探索するのは不可能だからだ。

 林の答えを聞くと、ナツメはその視線を地面へと向ける。

 ナツメの瞳は乾いてしまいそうな程見開かれており、その精悍さに思わず引き込まれそうである。壁、城の床をすり抜けると、その先に地下空間が存在していることをナツメの瞳はしっかりと捉えた。


「地下、ありました」
「「っ!」」
「探してみますね」


 全員が驚きで目を見開く中、ナツメは更に目を皿のようにして探索を進めていく。しばらくそれを続けていると、ある方向でナツメの動きがピタッと止まった。


「……男の子が二人と、女の子が一人がいます」
「っ!それだっ!どこにいるんだ!?」


 眉間に皺を寄せながらナツメが呟くと、林は血相を変えて彼女の肩を掴んだ。その迫力を前に思わずナツメは目を見開くが、刹那、目元がそっと優しく覆われ彼女は首を傾げる。


「ナツメ、目は大丈夫であるか?」


 ナツメを背中から支えるようにして、彼女の目元を片手で覆ったアデルは心配そうに尋ねた。これまでナツメはかなり視力を酷使してきたので、彼女の目が異常をきたすことをアデルは危惧していたのだ。ようやく目を閉じることが出来たナツメはホッと一息つくと、包帯で目元を覆い隠す。


「はい……お気遣い頂きありがとうございます。アデル様…………私が案内しますので、皆様はついてきてください」


 先の問いに答えるようにナツメが言うと、林は漸く落ち着きを取り戻し、彼女の肩からその手を離した。

 長時間城を睨み続けたナツメはその構造のほとんどを頭に叩き込んだので、案内するぐらい朝飯前なのである。

 ********

 ナツメの後ろをぞろぞろとついていくアデルたちは、所々林によって破壊された城の中を進んでいった。

 途轍もなく広い城なので、アデルたちは十分以上歩き続ける羽目になったが、ナツメがある地点で唐突にその足を止めたことで、散策は終わりを迎えた。


「地下に通じていそうな場所がここしかありませんでした」
「「?」」


 ナツメが立ち止まった場所に地下に通ずる扉など一切なかったので、アデルたちは首を傾げる。そんな彼らの疑問に答えることなくしゃがみ込んだナツメは、床に敷かれている絨毯に手をかけると、唐突にそれを引っぺがした。


「っ!これは……」


 絨毯に覆い隠されていた先にあったのは、人一人が難なく通れるほどの四角い隠し扉で、アデルは思わず目を見開いた。

 だがその扉には鍵穴があり、ナツメが開こうとしてもビクともしない。どうやら、鍵がかかっているようだった。


「やっぱり開きませんね。どうしますか?」
「どけ」
「えっ……あ、はい……」


 ナツメが見た限り、地下に通ずる扉は他に無かったので、彼女は判断を仰ぐようにアデルたちの方を振り向く。すると林は扉と向かい合う為、ナツメをアデルたちの方へ追いやると、ぶっきら棒に呟いた。

 困惑しているナツメを尻目に、林はまるで不倶戴天の仇を見るような瞳でその扉を捉えている。そのまま林は深く深呼吸をし、拳を構える。


「ふぅぅぅ……っ!どりゃああああああああああ!!」
「「…………」」


 林は目にも止まらぬ速さで次々と拳を打ち込むと、その扉を粉々に粉砕してしまった。扉の向こうには地下への階段が見え、扉の残骸がその階段にポロポロと零れている。

 だがかなり頑丈な扉だったらしく、力強く打ちつけた林の拳は酷く傷つき、真っ赤な鮮血で染まっていた。ポタポタと落ちた血は床に水玉を作り、メイリーンは思わずギョッとしてしまう。


「林様っ、手から血が……」
「あ?こんなの舐めときゃ治る」
「治るわけが無いでしょう?待ってください、今治療を……あっ、林様!」


 メイリーンは林の手を治療しようとするが、彼女はさっさと階段を下り始めてしまった。メイリーンの制止の声も聞かずスタスタと進んでいく林を追う様に、アデルたちもその階段を下りる。

 暗くジメジメとした地下は真っ直ぐな一本道しかなく、林たちは迷いなく目的地へと向かうことが出来た。数分その暗い道を進んでいると漸く曲がり角が現れ、先頭の林はそこを曲がろうとするが、既のところでアデルにそれを阻まれた。


「っ?あんだ……」
「シッ……静かに」


 唐突に腕を掴まれた林は怪訝そうに振り向くと、アデルに口を塞がれてしまい疑問の声を上げることさえ出来ない。林を後ろに下がらせると、アデルは慎重に曲がり角の向こう側を覗く。


「っ」


 嫌な予感が当たり、アデルは思わず顔を顰めた。何故なら彼が視認したのは、監獄の前で佇む二人の兵士の姿だったから。


しおりを挟む

処理中です...