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第三章 神界編
88、神2
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上下とも真っ黒なダボっとしたジャージに、純白の白衣という奇妙な組み合わせ。白衣はともかく、ジャージはこの世界に存在しない衣服なので、それを目の前の存在が着用している事実にリオは混乱してしまう。
だがそんな事情など他の者は知らないので、アデルたちは彼の不機嫌そうな表情に疑問を抱いていた。
口をへの字に曲げ、明らかに面倒臭そうな、そのやる気の無い表情の理由が、彼らには分からなかったのだ。
「……困る、とは……どういう意味であるか?」
「このダンジョン……人間が攻略できる前提で作ってないんだよね。だからこうも簡単に攻略されると、主に俺が迷惑というか……まぁ攻略しちゃったものはしょうがないけどさ……」
俯きがちにボソボソと答える彼だったが、その説明では不十分で、アデルたちはイマイチ状況が掴めていない。確かに今回のダンジョンは、普通に戦えばこんなにも楽に進める様な難易度ではなく、アデルというイレギュラーが無ければ、ダンジョン攻略はかなりの苦戦を強いられるはずだった。
「作った、ということは……貴殿がこのダンジョンを造った〝ミコト〟なのか?」
「……は?」
「「っ」」
尋ねた刹那、想像を絶するほどの威圧感が放たれ、アデルたちは恐怖のあまりひゅっと息を呑む。何が彼の怒りの琴線に触れてしまったのかは分からないが、彼がその〝ミコト〟という人物で無いことだけは明らかであった。
「……俺がミコトな訳ないじゃん…………今回は許すけど、二度目は無いから。もう二度と、そんなふざけたこと聞いてこないで」
色々と気になる点はあったものの、彼の威圧感を前にして反論できる者はいなかった。
「すまぬ……ならば貴殿は、一体何者なのだ?」
「俺は静由……ただの、男神」
「ただの男神って…………えっ?神、様?」
「「…………」」
リオが当惑気味に疑問を露わにすると、他の面々も漸く彼――静由の言葉の意味を理解したのか、驚きのあまり目を見開いた。
それもそのはず、いきなり自分は神だと言われて信じる様な間抜けはそうそういない。だがその一方で、彼を神だと仮定すると、納得のいくことがいくつかあった。
まず、戦えば一切の勝ち目が無いと思える程のオーラ。実力を見ずとも、彼の雰囲気だけで、彼が尋常では無いほどの――敵に回した時点で全てが終わってしまう様な力を所持していることを、アデルたちは本能で察知していた。
そして、天界への道が開かれると噂されるダンジョンを攻略した途端、彼が現れたという事実。それは、彼が天界の住人であることを示唆していた。
つまり――神ということである。
「……静由、殿」
「なに?」
「人間が攻略できる前提で作っていないと言っていたが、貴殿がミコトなる人物で無いのなら、入り口に書かれていた〝ミコトのダンジョンへようこそ〟という文言に矛盾が生じるのではないか?」
「……あぁ。えっとね……」
あのウェルカムボードの内容を鵜呑みにするのであれば、静由の発言には齟齬が生じているのではとアデルは考えた。静由がこのダンジョンの制作者で無いのであれば、「作っていない」ではなく、「作られていない」というのが正しい表現なので、アデルの疑問は的を得ていた。
「このダンジョンを造ったのはミコトなんだけど、俺が少し手を加えたんだ。ミコトが造ったのだと、攻略される可能性があったから……うんと難しくしようと思って…………そもそもあの時当たりくじなんて引かなければこんなことには……」
「し、静由殿?」
説明がいつの間にか、独り言の愚痴に変わってしまい、アデルたちは当惑してしまう。その口ぶりから考えるに、彼はこのダンジョンを攻略されたくなかったにも拘らず、アデルというイレギュラーがあっさりと突破してしまったせいで、当初機嫌が悪かったようだ。
「あぁ、ごめん…………じゃあ取り敢えず……行く?」
「行く……とは?」
「あれ?天界行きたいから、ダンジョン攻略に挑んだんじゃないの?」
「っ!」
唐突に提案されたせいで思考が定まっておらず、アデルは一瞬どこへ行くのかと首を傾げてしまうが、すぐに理解し、驚きと期待に目を見開く。
「い、今から連れて行ってくれるのであるか?」
「うん。別に行きたくないなら無理にとは……」
「行きたいのだ!よろしく頼むっ」
「……そ」
ほんの僅か、アデルが行きたくないと言ってくれるのではないかと、そんな静由の淡い期待は脆く砕け散った。だが、嬉々としたアデルの表情を見た上で拒否できる程、静由も冷徹では無かった。静由は気落ちしつつも、アデルの願いを聞き入れてやることにした。
「あ。でも、そこの悪魔は連れて行けないよ」
「あっ、そっか」
「リオ?」
コノハを指差しながら言った静由に、彼らが当惑する中、リオとルークだけはその理由を察していた。思わずアデルは、尋ねるように首を傾げた。
「コノハちん天界に連れてったら、この世界滅ぶじゃん」
「「あ……」」
その瞬間、全員が自らの見落としに気づき、ハッと目を見開いた。
コノハはこの世界の八割を占めるジルを生み出す悪魔。故に彼がアンレズナと別の次元に転移してしまえば、遠くない内に生物の生命維持に必要となるジルは枯渇してしまう。なので、悪魔であるコノハはどうしてもアンレズナから離れる訳にはいかないのだ。
「コノハ……」
「とと。俺、留守番できるよ?」
「大丈夫か?コノハ一人で待つ必要は無いのだぞ?」
「そうよ。誰か一緒に残っても……」
コノハ一人をこの世界で待たせてしまうことに不安を抱いたアデルは、心配そうな眼差しを向けている。そんなアデルと同じ思いのリオが改善策を提示しようとするが、それを遮るように、コノハは首を横に振った。
「大丈夫」
「……分かったのだ」
意志の強い、真っすぐ精悍なコノハの瞳を目の当たりにしたアデルは、その思いに応えるように了承した。
「だが、我らが天界へ向かったらすぐに、結界を張るのだぞ?張り方は分かるか?」
「分かる」
「ならば、張った後もなるべくジルを込め続けるのだ。コノハが時間をかけて結界を張れば、誰にも破れないものが作れるのでな」
「分かった」
華位道国に向かうまでの船旅の最中、コノハに修行をつけてやった際に、彼は結界の張り方も教わっていたのだ。世界に存在する大半のジルを生み出しているコノハがその気になれば、世界最強の結界を生み出すのも夢では無いので、何らかのイレギュラーでコノハが害される可能性も低くなる。
「話終わった?」
「あぁ。コノハ以外の全員、天界に向かうのだ」
「じゃあ早速」
「「え」」
何の前置きも無いまま静由が呟いた刹那、視界に映る光景が一変する。一度瞬きすると、そこは既にダンジョンではなくなっていた。
あまりにも一瞬の出来事に、彼らは茫然自失としたまましばらく動くことが出来ない。転移術にも似ているが、彼らの身体に一切触れることなく実行した時点で、アデルが行使する転移術と同一の力では無いことは明らかである。
静由は呆けている彼らを急かすことなく、落ち着くまで暫し待ってやることにした。
********
印象は、大きな城のエントランスホールのようである。白を基調とした壁に、大きく聳え立つ階段。進めば数え切れない程の部屋があることは想像に容易い。寧ろ、終わりはあるのだろうかと疑問に思ってしまう程、先の読めない空間である。
基本的にはシンプルな作りで、余分なものが一切ない。それが、アデルたちの今いる場所の印象であった。
ここは天界だ。そう言われてしまえば納得は出来る。だが、違うと言われても、そうだろうなと納得してしまう程度に、この場所が天界である実感はあまりない。
その為、アデルたちは増々混乱してしまうのだが、彼らの困惑は一瞬で吹き飛ぶことになる。アデルたちの目の前を、見知らぬ存在が通りかかったのだ。
「あ、ねぇ……」
「静由……どこに行って…………下界の者が何故ここに?」
静由が声をかけると、通りかかったその女性はアデルたちの存在に気づき、怪訝そうな眼差しを向けてきた。
天界の住人と思われるので、彼女もまた神の一人なのだろう。アデルたちは朧気にそう思った。
「ほら、あれ……ミコトが造ったダンジョンの……」
「あれを下界の者が攻略したのですか!?確か面倒事を嫌ったあなたが、とんでもない難易度に設定したはずでは?」
静由から事情を聞くと、その女神はあっさりと警戒心を解いた。寧ろ、人間ではまず攻略できないあのダンジョンを、見事突破してみせたアデルたちに感嘆の声を漏らしている。
「そうなんだけどさ……攻略しちゃったんだからしょうがないじゃん。もうやけくそ」
「はは……それは災難でしたね」
項垂れる静由を慰めると、女神は困ったような苦笑いを浮かべた。
「それでさ。ミコト今いる?」
「ミコト様であれば丁度先刻、下界に降りられましたが」
「あぁ……タイミング悪いなぁ……まぁ、すぐ帰ってくるか」
「では、私は仕事が残っていますのでこれで」
「うん。バイバイ」
「「……」」
目の前で繰り広げられた神々の対話を、ただ黙って見る他無かったアデルたちは、立ち去る女神を目で追うことしか出来ない。静由と接している内に慣れてきたとは言え、やはり神々が放つオーラは凄まじく、いつも通りに行動することは困難なのだ。
「……こういう時に使う客間があるから、案内するね」
「あぁ、感謝するのだ」
「うん」
言われるがまま、ゆったりと歩く静由の後をアデルたちはぞろぞろとついて行く。その間アデルたちは、天界という未知の世界を好奇心満載の瞳でキョロキョロと見回すのだった。
********
全くの無音という訳では無いが、比較的静かな通路をしばらく進んだアデルたち。だが、突如天災と聞き間違える程強烈な轟音に襲われることになる。
どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
『**********!』
「「…………」」
激しい爆音の後、男性の嬉々とした大声が遠くから聞こえてきたが、アデルたちの聞き取れる言語ではなく、彼らには状況が一切把握できなかった。
離れたどこかで一体何が起きているのかと、アデルたちが当惑していると、静由は苦虫を噛み潰したような相好でため息をつく。
「はぁ……また武尽馬鹿なことしてる……ミコトに叱られちゃえ」
「「?」」
「あぁ。ごめん……天界ではよくあることだから……無視していいから。うちの馬鹿が、はしゃいでるだけ、だから……」
気にするなと言われてしまえば、アデルたちにそれ以上の追及など出来るはずも無い。右も左も分からないこの天界において、アデルたちが頼れるのは現段階で静由だけなのだから。
「それに、音が大袈裟なだけで……ミコトが壊れないように造ったこの空間が、傷つくわけもないし」
「……静由殿。ずっと気になっているのだが、そのミコトという人物は一体何者なのだ?静由殿と同じ神なのだろうか?」
アデルの問いは、他の面々もずっと頭の隅で疑問に思っていたことで、彼らは心の中で激しく同意を示した。
あのダンジョンを制作した張本人で、先刻鉢合わせた女神が敬称をつけて呼ぶ存在。静由は呼び捨てにしているが、少なくとも先の女神よりは立場が上の存在ということだ。そして静由の口ぶりから、この建物を造り上げたのもミコトなる人物であると推測できる。
「ミコトは、創造主だよ」
「創造主?」
「えっとね……説明が難しいから、ミコトが帰ってきたら本人に聞いてみて。ミコト、おしゃべり好きだから。教えてくれると思う……」
「……了解なのだ」
「俺はただの仲介人だから……君たちのことは全部、ミコトに任せることになってるんだ……だから天界に来た理由もミコトに話してね」
創造主という存在が神とどう違うのかアデルたちには分からず、静由の説明を聞くことしか出来なかった。彼らの疑問を解消するのも、天界を訪れた目的を達成するのも、全てはミコトなる存在に会わない限り、一切進まないことしか彼らには分からない。
ふと、大事なことを唐突に思い出した静由は、不意にその足を止める。
「あ」
「「?」」
「一つ、忠告……ミコトのことを怒らせたら、君たち終わったも同然だから、それだけは気をつけて……まぁ……ミコト優しいから、余程のことが無い限り怒ったりしないけど」
「……了解なのだ」
随分と物騒な忠告をされてしまい、アデルは冷や汗を流しながらコクリと頷いた。〝終わったも同然〟その言葉が死を意味していることを理解できない程能天気な者は、その場にはいなかった。
そんな中、メイリーンは何か言いたげな眼差しで静由のことをチラチラと見つめていた。それを察知したのか、静由は怪訝そうにメイリーンの方を振り向く。
「……なに?」
「あ、あの……一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「いいけど、なに?」
「……アポロン様という神様は、いらっしゃるのでしょうか?」
「「!」」
尋ねたメイリーンの声は、緊張と不安で震えていた。だが尋ねた瞬間、静由を含めた全員が目を見開くのだった。
だがそんな事情など他の者は知らないので、アデルたちは彼の不機嫌そうな表情に疑問を抱いていた。
口をへの字に曲げ、明らかに面倒臭そうな、そのやる気の無い表情の理由が、彼らには分からなかったのだ。
「……困る、とは……どういう意味であるか?」
「このダンジョン……人間が攻略できる前提で作ってないんだよね。だからこうも簡単に攻略されると、主に俺が迷惑というか……まぁ攻略しちゃったものはしょうがないけどさ……」
俯きがちにボソボソと答える彼だったが、その説明では不十分で、アデルたちはイマイチ状況が掴めていない。確かに今回のダンジョンは、普通に戦えばこんなにも楽に進める様な難易度ではなく、アデルというイレギュラーが無ければ、ダンジョン攻略はかなりの苦戦を強いられるはずだった。
「作った、ということは……貴殿がこのダンジョンを造った〝ミコト〟なのか?」
「……は?」
「「っ」」
尋ねた刹那、想像を絶するほどの威圧感が放たれ、アデルたちは恐怖のあまりひゅっと息を呑む。何が彼の怒りの琴線に触れてしまったのかは分からないが、彼がその〝ミコト〟という人物で無いことだけは明らかであった。
「……俺がミコトな訳ないじゃん…………今回は許すけど、二度目は無いから。もう二度と、そんなふざけたこと聞いてこないで」
色々と気になる点はあったものの、彼の威圧感を前にして反論できる者はいなかった。
「すまぬ……ならば貴殿は、一体何者なのだ?」
「俺は静由……ただの、男神」
「ただの男神って…………えっ?神、様?」
「「…………」」
リオが当惑気味に疑問を露わにすると、他の面々も漸く彼――静由の言葉の意味を理解したのか、驚きのあまり目を見開いた。
それもそのはず、いきなり自分は神だと言われて信じる様な間抜けはそうそういない。だがその一方で、彼を神だと仮定すると、納得のいくことがいくつかあった。
まず、戦えば一切の勝ち目が無いと思える程のオーラ。実力を見ずとも、彼の雰囲気だけで、彼が尋常では無いほどの――敵に回した時点で全てが終わってしまう様な力を所持していることを、アデルたちは本能で察知していた。
そして、天界への道が開かれると噂されるダンジョンを攻略した途端、彼が現れたという事実。それは、彼が天界の住人であることを示唆していた。
つまり――神ということである。
「……静由、殿」
「なに?」
「人間が攻略できる前提で作っていないと言っていたが、貴殿がミコトなる人物で無いのなら、入り口に書かれていた〝ミコトのダンジョンへようこそ〟という文言に矛盾が生じるのではないか?」
「……あぁ。えっとね……」
あのウェルカムボードの内容を鵜呑みにするのであれば、静由の発言には齟齬が生じているのではとアデルは考えた。静由がこのダンジョンの制作者で無いのであれば、「作っていない」ではなく、「作られていない」というのが正しい表現なので、アデルの疑問は的を得ていた。
「このダンジョンを造ったのはミコトなんだけど、俺が少し手を加えたんだ。ミコトが造ったのだと、攻略される可能性があったから……うんと難しくしようと思って…………そもそもあの時当たりくじなんて引かなければこんなことには……」
「し、静由殿?」
説明がいつの間にか、独り言の愚痴に変わってしまい、アデルたちは当惑してしまう。その口ぶりから考えるに、彼はこのダンジョンを攻略されたくなかったにも拘らず、アデルというイレギュラーがあっさりと突破してしまったせいで、当初機嫌が悪かったようだ。
「あぁ、ごめん…………じゃあ取り敢えず……行く?」
「行く……とは?」
「あれ?天界行きたいから、ダンジョン攻略に挑んだんじゃないの?」
「っ!」
唐突に提案されたせいで思考が定まっておらず、アデルは一瞬どこへ行くのかと首を傾げてしまうが、すぐに理解し、驚きと期待に目を見開く。
「い、今から連れて行ってくれるのであるか?」
「うん。別に行きたくないなら無理にとは……」
「行きたいのだ!よろしく頼むっ」
「……そ」
ほんの僅か、アデルが行きたくないと言ってくれるのではないかと、そんな静由の淡い期待は脆く砕け散った。だが、嬉々としたアデルの表情を見た上で拒否できる程、静由も冷徹では無かった。静由は気落ちしつつも、アデルの願いを聞き入れてやることにした。
「あ。でも、そこの悪魔は連れて行けないよ」
「あっ、そっか」
「リオ?」
コノハを指差しながら言った静由に、彼らが当惑する中、リオとルークだけはその理由を察していた。思わずアデルは、尋ねるように首を傾げた。
「コノハちん天界に連れてったら、この世界滅ぶじゃん」
「「あ……」」
その瞬間、全員が自らの見落としに気づき、ハッと目を見開いた。
コノハはこの世界の八割を占めるジルを生み出す悪魔。故に彼がアンレズナと別の次元に転移してしまえば、遠くない内に生物の生命維持に必要となるジルは枯渇してしまう。なので、悪魔であるコノハはどうしてもアンレズナから離れる訳にはいかないのだ。
「コノハ……」
「とと。俺、留守番できるよ?」
「大丈夫か?コノハ一人で待つ必要は無いのだぞ?」
「そうよ。誰か一緒に残っても……」
コノハ一人をこの世界で待たせてしまうことに不安を抱いたアデルは、心配そうな眼差しを向けている。そんなアデルと同じ思いのリオが改善策を提示しようとするが、それを遮るように、コノハは首を横に振った。
「大丈夫」
「……分かったのだ」
意志の強い、真っすぐ精悍なコノハの瞳を目の当たりにしたアデルは、その思いに応えるように了承した。
「だが、我らが天界へ向かったらすぐに、結界を張るのだぞ?張り方は分かるか?」
「分かる」
「ならば、張った後もなるべくジルを込め続けるのだ。コノハが時間をかけて結界を張れば、誰にも破れないものが作れるのでな」
「分かった」
華位道国に向かうまでの船旅の最中、コノハに修行をつけてやった際に、彼は結界の張り方も教わっていたのだ。世界に存在する大半のジルを生み出しているコノハがその気になれば、世界最強の結界を生み出すのも夢では無いので、何らかのイレギュラーでコノハが害される可能性も低くなる。
「話終わった?」
「あぁ。コノハ以外の全員、天界に向かうのだ」
「じゃあ早速」
「「え」」
何の前置きも無いまま静由が呟いた刹那、視界に映る光景が一変する。一度瞬きすると、そこは既にダンジョンではなくなっていた。
あまりにも一瞬の出来事に、彼らは茫然自失としたまましばらく動くことが出来ない。転移術にも似ているが、彼らの身体に一切触れることなく実行した時点で、アデルが行使する転移術と同一の力では無いことは明らかである。
静由は呆けている彼らを急かすことなく、落ち着くまで暫し待ってやることにした。
********
印象は、大きな城のエントランスホールのようである。白を基調とした壁に、大きく聳え立つ階段。進めば数え切れない程の部屋があることは想像に容易い。寧ろ、終わりはあるのだろうかと疑問に思ってしまう程、先の読めない空間である。
基本的にはシンプルな作りで、余分なものが一切ない。それが、アデルたちの今いる場所の印象であった。
ここは天界だ。そう言われてしまえば納得は出来る。だが、違うと言われても、そうだろうなと納得してしまう程度に、この場所が天界である実感はあまりない。
その為、アデルたちは増々混乱してしまうのだが、彼らの困惑は一瞬で吹き飛ぶことになる。アデルたちの目の前を、見知らぬ存在が通りかかったのだ。
「あ、ねぇ……」
「静由……どこに行って…………下界の者が何故ここに?」
静由が声をかけると、通りかかったその女性はアデルたちの存在に気づき、怪訝そうな眼差しを向けてきた。
天界の住人と思われるので、彼女もまた神の一人なのだろう。アデルたちは朧気にそう思った。
「ほら、あれ……ミコトが造ったダンジョンの……」
「あれを下界の者が攻略したのですか!?確か面倒事を嫌ったあなたが、とんでもない難易度に設定したはずでは?」
静由から事情を聞くと、その女神はあっさりと警戒心を解いた。寧ろ、人間ではまず攻略できないあのダンジョンを、見事突破してみせたアデルたちに感嘆の声を漏らしている。
「そうなんだけどさ……攻略しちゃったんだからしょうがないじゃん。もうやけくそ」
「はは……それは災難でしたね」
項垂れる静由を慰めると、女神は困ったような苦笑いを浮かべた。
「それでさ。ミコト今いる?」
「ミコト様であれば丁度先刻、下界に降りられましたが」
「あぁ……タイミング悪いなぁ……まぁ、すぐ帰ってくるか」
「では、私は仕事が残っていますのでこれで」
「うん。バイバイ」
「「……」」
目の前で繰り広げられた神々の対話を、ただ黙って見る他無かったアデルたちは、立ち去る女神を目で追うことしか出来ない。静由と接している内に慣れてきたとは言え、やはり神々が放つオーラは凄まじく、いつも通りに行動することは困難なのだ。
「……こういう時に使う客間があるから、案内するね」
「あぁ、感謝するのだ」
「うん」
言われるがまま、ゆったりと歩く静由の後をアデルたちはぞろぞろとついて行く。その間アデルたちは、天界という未知の世界を好奇心満載の瞳でキョロキョロと見回すのだった。
********
全くの無音という訳では無いが、比較的静かな通路をしばらく進んだアデルたち。だが、突如天災と聞き間違える程強烈な轟音に襲われることになる。
どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
『**********!』
「「…………」」
激しい爆音の後、男性の嬉々とした大声が遠くから聞こえてきたが、アデルたちの聞き取れる言語ではなく、彼らには状況が一切把握できなかった。
離れたどこかで一体何が起きているのかと、アデルたちが当惑していると、静由は苦虫を噛み潰したような相好でため息をつく。
「はぁ……また武尽馬鹿なことしてる……ミコトに叱られちゃえ」
「「?」」
「あぁ。ごめん……天界ではよくあることだから……無視していいから。うちの馬鹿が、はしゃいでるだけ、だから……」
気にするなと言われてしまえば、アデルたちにそれ以上の追及など出来るはずも無い。右も左も分からないこの天界において、アデルたちが頼れるのは現段階で静由だけなのだから。
「それに、音が大袈裟なだけで……ミコトが壊れないように造ったこの空間が、傷つくわけもないし」
「……静由殿。ずっと気になっているのだが、そのミコトという人物は一体何者なのだ?静由殿と同じ神なのだろうか?」
アデルの問いは、他の面々もずっと頭の隅で疑問に思っていたことで、彼らは心の中で激しく同意を示した。
あのダンジョンを制作した張本人で、先刻鉢合わせた女神が敬称をつけて呼ぶ存在。静由は呼び捨てにしているが、少なくとも先の女神よりは立場が上の存在ということだ。そして静由の口ぶりから、この建物を造り上げたのもミコトなる人物であると推測できる。
「ミコトは、創造主だよ」
「創造主?」
「えっとね……説明が難しいから、ミコトが帰ってきたら本人に聞いてみて。ミコト、おしゃべり好きだから。教えてくれると思う……」
「……了解なのだ」
「俺はただの仲介人だから……君たちのことは全部、ミコトに任せることになってるんだ……だから天界に来た理由もミコトに話してね」
創造主という存在が神とどう違うのかアデルたちには分からず、静由の説明を聞くことしか出来なかった。彼らの疑問を解消するのも、天界を訪れた目的を達成するのも、全てはミコトなる存在に会わない限り、一切進まないことしか彼らには分からない。
ふと、大事なことを唐突に思い出した静由は、不意にその足を止める。
「あ」
「「?」」
「一つ、忠告……ミコトのことを怒らせたら、君たち終わったも同然だから、それだけは気をつけて……まぁ……ミコト優しいから、余程のことが無い限り怒ったりしないけど」
「……了解なのだ」
随分と物騒な忠告をされてしまい、アデルは冷や汗を流しながらコクリと頷いた。〝終わったも同然〟その言葉が死を意味していることを理解できない程能天気な者は、その場にはいなかった。
そんな中、メイリーンは何か言いたげな眼差しで静由のことをチラチラと見つめていた。それを察知したのか、静由は怪訝そうにメイリーンの方を振り向く。
「……なに?」
「あ、あの……一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「いいけど、なに?」
「……アポロン様という神様は、いらっしゃるのでしょうか?」
「「!」」
尋ねたメイリーンの声は、緊張と不安で震えていた。だが尋ねた瞬間、静由を含めた全員が目を見開くのだった。
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