お菓子の船と迷子の鳩

第1章

#01

さあさ皆様おいでませ
甘ーいお船が来ましたよ
こころ潤うお菓子の商船
その名はキャンディストライク
ただひとときの休息に
幸せ満たしてみせましょう

紳士淑女の皆々さまの
休まる入り江になれますように




──夢見が悪かったらしい。
内容はうすらぼんやりと脳裏に張り付いている程度なのだけれど、起きた瞬間には反射的に腕を嗅いで嗅ぎ慣れない煙の臭いが無いことに安堵した。
聞き慣れた船の軋みと波の音が日常を自覚させる。
もやもやと脳の奥底に蟠る不快感はよく見る夢の残滓なのだが、なぜ煙なのかは判らない。休憩の友である紙巻きの煙草とは違う、けれども思い出そうとすればするほど遠退く嗅覚の記憶。『戦場』という言葉が一番しっくりくるような気もするがいかんせん生まれてこのかた戦場に立ったことなど無く、乏しい想像力に付随するふわふわと不定形な予測にしかならなかった。
見回しても何の変哲も無いいつもの居室だ。よくサイドテーブルに置きっぱなしにしてしまう水瓶が嵐の揺れで転がらないよう、きっちりと片付けられている以外は。

そう、嵐。

とある港町にて、東方に有るという未知の大陸へと各国調査隊が派遣されている旨の噂を聞いた我等が商船キャンディストライク号は、新たなる販路を求めて集った海運隊商の中に居た。
大きな船ではないが菓子の製造、販売を船上で担うが故、海上では貴重な甘味を得られることからそれなりに重宝されているという自負はある。いや、どちらかといえば子供が可愛がられる感覚に似ているような気もするが。

まぁ、ともかく、そんなこんなで周囲の船の御厄介にもなりつつ長期航行を続けていたわけなのだが、昨夜は嵐に巻き込まれてしまい上を下への大騒ぎだったのだ。
この船は規模の割にクルーが少ない。特殊な動力を使うため普段の操船は数体のオートマタで事足りている。故に主な自分の仕事は材料の探索や交渉ごと、船上に居るときは行商用に使う騎乗動物の世話などであるのだが、いざ嵐となれば操船にも協力せねばならなかった。

慣れない仕事で疲れたのかも知れない。

腕に巻いたカラクリ時計を見れば、もう朝というより昼のほうが近かった。この時間まで誰も起こしてくれなかったというやつか。どいつもこいつも薄情者め。
ぶつぶつと軽い愚痴を吐きながら身支度を整える。鏡に映るのはいつもと同じ、紫の眼に金の巻き毛を頭の後ろで括った中年男、ガレット・スパイラルだ。
拭き清めたばかりの頬をぺちりと叩く。寝惚けた頭を働かせるため、先ずは腹拵えをせねばなるまい。自分の船室からほど近い厨房へと足を運ぶ。