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第1章
#02
しおりを挟む辿り着いた厨房は静かだった。
昨夜は職人達も船のあれやこれやに駆り出されたのだろう。もしかしたら今も船の片付けに追われているのかも知れないが。いずれも各地を回って時間と労力をかけて集めてきた腕の良い職人だ。誰が欠けても成り立たない。
怪我などしていなければ良いのだが。
厨房の隅に取り付けられた賄い棚から薄くスライスされた堅パンとチーズの塊を取り出した。塩漬け肉も小さなトングでつまみ出し、パンに乗せて失敬する。豪華なランチとはいかないが、寝起きの腹をとりあえず満たすのには何の問題も無い。
パンをかじりながら厨房内を見回せば、たった一人、くるりと筒状に焼かれたクッキーに黙々とクリームを流し込む職人の姿があった。
「よぅ、キッシュ」
「……ん?」
職人はちらりとだけ目を上げ、視線を戻して、そして。
「……はわわわわわわ?!ガレットさん!あっ、おはようございますっ!」
文字通り飛び上がった。
「今日納品有ったっけ?」
「ありませんっ!」
かしこまらなくて良いからと作業の続きを促すと、職人はひとつ頭を下げてからクリーム絞りを再開した。
このキッシュという職人、いつまで経っても低過ぎる腰が上がってこないが腕は良いのだ。得意分野はペーストやコンフィチュールを使った菓子。今日のクッキーもまた、一絞りで綺麗に詰め込まれた艶やかなナッツクリームがクッキー生地から完璧に食欲をそそる割合ではみ出した芸術品だった。
「修行中?ひとつ貰って良いか?」
「あっ、あっ、そっちはまだクリームが落ち着いてなくて……包んであるほうが完成品なので……あの、皆にって船長が」
確かに葉巻型の菓子は手軽に配ることができ、甘く香ばしいナッツのクリームは心身共に疲労を回復させるだろう。
菓子の包み紙を解き、有り難く頂戴して口に放り込む。予想通り疲れの残る身体に染み渡る味だ。
「ん、美味い。船長達は?」
「あっ、魔除けです。嵐のあとだからこまめにって」
…ということは甲板か。
軽く礼を言い、厨房を出る。厨房が普通に使えていたことや現時点で労いの菓子が作られていることから考えても船体に大したダメージは無いのだろう。階段にも経年的な軋みは有るがガタつきは無い。
見上げた先、開け放たれた第1甲板へのハッチから微かな音楽が聞こえていた。船長が歌う船守唄だ。
キャンディストライク号に自身を守る装備は無い。今にも宙に舞いそうな大きな翼の意匠が有るが防衛の為に誂えられたものではないし、大砲も大弓も積んでいない。
そのかわり魔力のこもった歌声で魔物や悪意を遠去け周囲の動植物に助力を頼むのだ。
これをクルー達は『魔除け』と呼ぶ。
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