お菓子の船と迷子の鳩

緋宮閑流

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第1章

#06

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「気をつけてね」
「無理しないで」
とすん、と掌に加わる重み。
「星神のご加護を」
甘い香りのする包は船長達の焼く堅焼きクッキーだ。無事を祈る花言葉をもつハーブが練り込まれ、その実を使ったジャムが挟まれている。押してあるのは星を模した船章。船を降りることができない船長達の、精一杯のはなむけだった。

「居残る船にも星神の加護…を…」
とすっ、と腹に軽い衝撃。眼下に広がる羽の波を追って気付く。その切ない眼差しに。
「どうしたプラリネ」
「……ちゃんと帰ってきて」
「いつもちゃんと帰ってくるだろう」
僅かな動揺を隠して笑顔を作り、少女の頭を撫でてやる。
「なんだ?今日は甘えん坊さんか?」
「……違うよ」
「ガナッシュ?」
陽に焼けることの無い白い腕が、細い指が上着の袖をつまんだ。
「……不安なんだ」
「………………」

「ガレットさん……お願いだから、どうか油断しないで……未知の世界の大陸というだけじゃなくて、多分、この土地には何かある」




停泊地に広げられたキャンプはなんだかんだで活気に満ちていた。他船のクルーと交流や商談をする者、出店を始める者、吟遊詩人を乗せてきた船があるのか小さなステージまでできている。
手綱の先につないだ自分の騎乗動物、飛行闘魚も興奮すること無くご機嫌だ。気配に敏感な宙泳ぐ魚が荒れないということは、ここに集った人間が概ね和やかに過ごしていると思って良いだろう。凪の日が続いたとはいえ、霧の壁内部の嵐を越えたのだからもう少し疲弊しているかと思ったのだが。

嵐といえば、だ。キャンディストライク号が被った被害といえばそこそこ大型の漂流物がいくつか甲板に打ち上げられてしまった(らしい)ことと転がった数人が軽い怪我をしたこと、海錨がひとつ流されてしまったことくらいであり、船体への影響は航行中に片手間で直せるような微々たるものだった。しかし中にはここまで辿り着けなかった船や航路を見失った船もあるとのことで、これはもう運が良かったという、それだけの話だ。星の神に祈りを捧げるしかない。

「俺らんとこは海竜飼ってるから良いけどよ、お前んとこのリトル・レディはよく無事だったな」
「まぁ、小さくても貴婦人なんでね。少々のアクシデントにビクついたりはせんよ」

女性ではない。船の話だ。扱う荷の種類からか愛らしく小さな外見からか少女に例えられることの多いキャンディストライク号は、しかし決して若い船ではなかった。多くのクルーも含めて酸いも甘いも噛み分けた古参の船なのだ。とはいえ。
「クルーは普通の人間だから腹も減るんだよなぁ……港が無いのはキツいぜ……」
「だよなぁ……」
飴玉を口に放り込んだところへ手を出されたのでひとつ分けてやった。
「おぉぅ、何だこれヒンヤリするな」
「海洋薄荷が流れてきたんで引き揚げたんだよ。船酔いに効くぞ」
「今更船酔いなんぞするかよ」
だよなぁ、と暫し笑い合う。

他船のクルーと軽口を叩くのは陸上での日課だ。情報収集の側面もあるが、まぁ楽しいからやっている。

「……あぁ、そうだ、ガレット。貴重な甘味の礼にひとつ教えておいてやるよ」
「ん?」
「アレグロサンセット号の爺さんが遠見眼鏡で地図を作ってる。貰っとけ」
意図を測りかねて首を傾げる。地図なら先行して到着しているプロミネンスウィンディアの調査隊がまさにその遠見眼鏡を使って作成中、調査をしながら地図を広げてゆくことになっている。調査に同行する者には最初の一枚が配られることになっている筈なのだが。

「……もう一個」
「ちゃっかりしてんな」
訝しげなこちらの表情に気付いたか、先回りして掌を出された。苦笑しながら飴玉の包みをもうひとつ乗せてやる。馴染みの水兵だからこそのオトモダチ価格だ。断る理由は無い。
ボリボリと飴を噛み砕く音を聞きながら彼が発するべき次の言葉を待つ。

「……国の調査隊は他に探しているものがあるらしい」
「太古に分かたれたとかいう同胞の街だけじゃなくて…ってことか?」
「ああ。何やらよくないもんだって話もあってな、ヤツ等がどう動くか判らん。別の地図を1枚持っておけ」
別の地図に意味があるのかは判らないが、そこそこ年上であり大店商船のクルーであるこの男の経験値は自分よりも高い筈だ。
「判った。忠告ありがとな」
「良いってコトよ」
再度手を出されたので今度はぺちんとはたいてやる。確かにオトモダチ価格とは言ったがいくつもタダでくれてやるほど安価でもない。船上で上質な砂糖や糖蜜を管理するのも大変なのだ。
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