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Prologue

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 薄く割れる石を丹念に積み重ねた石壁は、夜が一番美しい。枯草色の長い髪を夜風に揺らしながら、少年は緑の瞳を細めた。
 こぅん、と大砂蟲避けの鐘が鳴る。そろそろ夜半どきだった。
 昼日中であれば蒼く煌く湖水は夜空の色に暗く澱み、手前に見える鐘撞堂かねつきどうの石壁とは対照的な色合いだけれど、どちらも夜の光を浴びてささやかに輝きを散らしている。
 空には月と呼ばれる明るい天体がひとつ。丸芋を割ったような断面から白い角結晶群──或いはそれに見えるもの──が生えた半球型の天体。
 遠く、そこから降りる光の柱が見えるのは、砂粒を含んだ靄が立っている所為だろう。光柱は美しいが、近いうちに強い風が吹くかも知れない。
 来るかも知れない砂嵐を憂い、少年は夜着を纏ってなお外すことの無い聖印を握り締めた。
 世界は砂に覆われている。
 オアシスと呼ばれる街には湖も畑も土も有るが、オアシスを出ればすぐに真っ白な大砂原が広がっている。そこでは風が砂を運ぶのだ。
 物理的な城壁と術式による『風のカーテン』がオアシスを守ってはいるものの、砂嵐に巻き上げられる砂を全て防げるわけではない。風の荒れる季節には畑の保護、及び砂を噛む機械類の収納や整備が課題となっていた。
「明日には儀式かな……?」
 夜景を見るために下ろしていたカンテラのシャッターを上げる。出口の無い鳥籠にも似たカンテラの中から、蓄光石が放つ薄緑色の光が柔らかく広がった。
 きびすを返す少年の動きに呼応するように揺れた大ぶりの聖印は──

──クラウン──大神官の位を表していた。
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