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賢者は真白き居城にて遠く翠の夢を見る
#01 大神官クリスと大魔法師チュリア
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風のカーテンを強化する儀式は滞りなく済んだ。
翠の珠を掲げた神像を中心として床に彫られた魔法陣は、部屋の壁を超えてその向こうまで続いていた。魔法陣から伸びた術式回路はいくつかの中継点を経ながら城壁へと力を運んでくれる。運ばれた力は城壁に彫り込まれた通りの術式でその上に渦巻く風のカーテンをかけ、砂や外敵の侵入を防ぐのだ。
このシステムは世界が白砂に覆われ始めた頃、或る賢者が古の技術書を元に作ったと言われている。神殿の持ち物であれば神々の遺物と喧伝されるであろうところではあるが、いかんせんこのシステムは神力だけでなく魔法力も欲した。故に魔法院と神殿が定期的に、また、有事には集まりその力を注ぐのだ。
魔法院と神殿。幸いにもこのオアシスで互いの関係は良好だったが、神像を取り合った結果その加護を受けられなくなったオアシスもあるという。人が全く住めなくなるなるわけではないが、暮らしにくさは相当なものだろう。
魔法陣を流れる光が壁に吸い込まれていくのを見守っていると、どすんと背中に衝撃が走った。
「ク・リ・ス・くぅ~ん?」
「……だ……大魔法師殿」
危うく転びそうになるのを踏み留まり、引き攣っているのが自覚できる笑みを刻んで振り返る。
「ご……ごきげんよう……強化の儀、お疲れ様です」
クリスというのは自分の愛称だ。正しくはクリソプレイズ。姓は知らない。
返答すると、背中に突っ込んできた人物はからからと快活な笑い声をあげた。
「あっはははっ、クリス君もお疲れさまやで~?どや、このあと甘椰子エイドでも一杯」
まるで仕事帰りの壮年男性ででもあるかのような誘いを向けてくる人物は、しかし少なくとも見た目は少女であり、誘われているのは甘ーいジュースだ。
名はチュリア。大魔法師の任に就いている。
ゆるりと束ねた長いふわふわ髪は艶やかな黒、大きな瞳は夕告鴉の羽にも似て、黒い中にも緑や茜色の遊色が見てとれた。人の美醜に興味は薄いが、多分愛らしい顔立ちなのだと思う。
「先約があるので」
気の休まらない相手なので謹んでお断りすることも多いのだが……今日は本当に先約が有った。ふぅん、と自分の周囲をひと回りし、覗き込んでくる黒い瞳にごくりと喉を鳴らす。
ふむ、と、考え込んだ少女は、次の瞬間にポンと手を打った。
「あ、そっかぁ。クリス君、誕生日やん。毎年神官長はんと正餐やったね」
「あれ?覚えててくれたんですか?」
目つきからてっきりゴリ押しされる流れかと思っていたのだが、どうやら自分の誕生日と習慣は彼女の頭に記録されていたらしい。
「あー、今思い出したんやわ。堪忍な」
ししし、と歯を剥き出して少しだけバツ悪そうに笑う少女。奔放で明け透けだがいつだって悪意は無いのだ。
「クリスくんも大人の階段をまた一段登ったんやなぁ……なんや感慨深いもんがあるわ。そっかそっか。
あー……ウチも何かええもんプレゼントしたいんやけどなぁ……」
ぞろりと長いローブのあちこちを探る少女にお気遣い無くと声をかけるが、どうしても何か寄越したいらしい。コレは毒だしアレは爆発するしと物騒な呟きを聞いていれば、何を寄越してくるのか大変不安になるのだが。
「……あった、コレなんてどうや?」
暫く続いたゴソゴソの後、少女は白い石を差し出した。
蓄光石にとてもよく似ているが、蓄光石がうっすらと緑色を帯びるのに対してこの石は混じり気の無い乳白色だ。層の薄い縁部分は半透明に見えるが、石自体は向こうが透けて見えたりはしない透明度だった。
「……ただの蓄光石とちゃうで」
自慢げに人差し指をふりふりする少女に、蓄光石は蓄光石なんだなと思いつつ頷く。
「なんとこの蓄光石はなぁ……白いんや」
「……はぁ」
確かに白いが。石を受け取りひっくり返してみる。裏も白い。
「ちゃうちゃう、ちゃうねん。白いのは石そのものの話やあらへん。光が白いんや」
光が、白い。
「緑の光やないから、夜でも色が見えるんやで?」
胸が高鳴る。それは即ち、宝物である神殿画集の色が夜も楽しめるということだ。画集とは名ばかりの小さな薄い絵本だが、彩色が美しく絵の傍には短い物語が載っているのが堪らなく好きなのだった。育ての親である神官長が誕生日のたびに取り寄せてくれるので全部で十五冊有る。この誕生日で十六冊になる予定だ。
しかし昼間は執務に忙殺されてのんびり絵を眺める時間は取れず、ようやく時間の取れる夜は蝋燭か蓄光石が主な光源で、あまり元の色を楽しむことはできていない。
「……えっ、そんな貴重なもの……貰っちゃって良いんですか……?」
「ええってええって。それな、普通の蓄光石をウチが作った魔法薬に浸けて作ったもんや。量産はでけへんけど手に入らんもんでもあらへんから」
少女がぱたぱたと手を振りながら、夜ふかし大神官にはピッタリの品やろ、と続けて笑う。それが見えているということは彼女も同程度に夜ふかしをしているということなのだが。
「……すごく嬉しい……有難うございます、チュリア」
白い蓄光石を胸に抱えて心からの礼を述べれば、大魔法師チュリアは満足げに笑って頷いた。
翠の珠を掲げた神像を中心として床に彫られた魔法陣は、部屋の壁を超えてその向こうまで続いていた。魔法陣から伸びた術式回路はいくつかの中継点を経ながら城壁へと力を運んでくれる。運ばれた力は城壁に彫り込まれた通りの術式でその上に渦巻く風のカーテンをかけ、砂や外敵の侵入を防ぐのだ。
このシステムは世界が白砂に覆われ始めた頃、或る賢者が古の技術書を元に作ったと言われている。神殿の持ち物であれば神々の遺物と喧伝されるであろうところではあるが、いかんせんこのシステムは神力だけでなく魔法力も欲した。故に魔法院と神殿が定期的に、また、有事には集まりその力を注ぐのだ。
魔法院と神殿。幸いにもこのオアシスで互いの関係は良好だったが、神像を取り合った結果その加護を受けられなくなったオアシスもあるという。人が全く住めなくなるなるわけではないが、暮らしにくさは相当なものだろう。
魔法陣を流れる光が壁に吸い込まれていくのを見守っていると、どすんと背中に衝撃が走った。
「ク・リ・ス・くぅ~ん?」
「……だ……大魔法師殿」
危うく転びそうになるのを踏み留まり、引き攣っているのが自覚できる笑みを刻んで振り返る。
「ご……ごきげんよう……強化の儀、お疲れ様です」
クリスというのは自分の愛称だ。正しくはクリソプレイズ。姓は知らない。
返答すると、背中に突っ込んできた人物はからからと快活な笑い声をあげた。
「あっはははっ、クリス君もお疲れさまやで~?どや、このあと甘椰子エイドでも一杯」
まるで仕事帰りの壮年男性ででもあるかのような誘いを向けてくる人物は、しかし少なくとも見た目は少女であり、誘われているのは甘ーいジュースだ。
名はチュリア。大魔法師の任に就いている。
ゆるりと束ねた長いふわふわ髪は艶やかな黒、大きな瞳は夕告鴉の羽にも似て、黒い中にも緑や茜色の遊色が見てとれた。人の美醜に興味は薄いが、多分愛らしい顔立ちなのだと思う。
「先約があるので」
気の休まらない相手なので謹んでお断りすることも多いのだが……今日は本当に先約が有った。ふぅん、と自分の周囲をひと回りし、覗き込んでくる黒い瞳にごくりと喉を鳴らす。
ふむ、と、考え込んだ少女は、次の瞬間にポンと手を打った。
「あ、そっかぁ。クリス君、誕生日やん。毎年神官長はんと正餐やったね」
「あれ?覚えててくれたんですか?」
目つきからてっきりゴリ押しされる流れかと思っていたのだが、どうやら自分の誕生日と習慣は彼女の頭に記録されていたらしい。
「あー、今思い出したんやわ。堪忍な」
ししし、と歯を剥き出して少しだけバツ悪そうに笑う少女。奔放で明け透けだがいつだって悪意は無いのだ。
「クリスくんも大人の階段をまた一段登ったんやなぁ……なんや感慨深いもんがあるわ。そっかそっか。
あー……ウチも何かええもんプレゼントしたいんやけどなぁ……」
ぞろりと長いローブのあちこちを探る少女にお気遣い無くと声をかけるが、どうしても何か寄越したいらしい。コレは毒だしアレは爆発するしと物騒な呟きを聞いていれば、何を寄越してくるのか大変不安になるのだが。
「……あった、コレなんてどうや?」
暫く続いたゴソゴソの後、少女は白い石を差し出した。
蓄光石にとてもよく似ているが、蓄光石がうっすらと緑色を帯びるのに対してこの石は混じり気の無い乳白色だ。層の薄い縁部分は半透明に見えるが、石自体は向こうが透けて見えたりはしない透明度だった。
「……ただの蓄光石とちゃうで」
自慢げに人差し指をふりふりする少女に、蓄光石は蓄光石なんだなと思いつつ頷く。
「なんとこの蓄光石はなぁ……白いんや」
「……はぁ」
確かに白いが。石を受け取りひっくり返してみる。裏も白い。
「ちゃうちゃう、ちゃうねん。白いのは石そのものの話やあらへん。光が白いんや」
光が、白い。
「緑の光やないから、夜でも色が見えるんやで?」
胸が高鳴る。それは即ち、宝物である神殿画集の色が夜も楽しめるということだ。画集とは名ばかりの小さな薄い絵本だが、彩色が美しく絵の傍には短い物語が載っているのが堪らなく好きなのだった。育ての親である神官長が誕生日のたびに取り寄せてくれるので全部で十五冊有る。この誕生日で十六冊になる予定だ。
しかし昼間は執務に忙殺されてのんびり絵を眺める時間は取れず、ようやく時間の取れる夜は蝋燭か蓄光石が主な光源で、あまり元の色を楽しむことはできていない。
「……えっ、そんな貴重なもの……貰っちゃって良いんですか……?」
「ええってええって。それな、普通の蓄光石をウチが作った魔法薬に浸けて作ったもんや。量産はでけへんけど手に入らんもんでもあらへんから」
少女がぱたぱたと手を振りながら、夜ふかし大神官にはピッタリの品やろ、と続けて笑う。それが見えているということは彼女も同程度に夜ふかしをしているということなのだが。
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