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賢者は真白き居城にて遠く翠の夢を見る
#02 異国からの来訪者1
しおりを挟む今頃、城壁外では砂嵐が吹き荒れていることだろう。動力補填の儀式を行なっておいて良かった。
強い風の音。しかし窓に当たる砂粒の音はさほど大きくはなく、風のカーテンがきちんと作用していることを実感させる。風向きが荒れているのか一瞬だけ、一際大きく窓が鳴った。
白い光の中、手元の画集に視線を落とす。
儀式の日から数日が経っていた。あの日プレゼントにとチュリアがくれた蓄光石は癒しのひとときを確かに作ってくれている。乳白色の柔らかな光は天から降り注ぐどの光とも違っていて、それ自体も心を落ち着かせてくれた。
「綺麗だなぁ……」
手元では金の髪と緑の瞳を持ち赤い鎧を身に付けた聖なる乙女の絵が微笑んでいる。
聖乙女と同じ緑の瞳はそれだけで神の祝福を受けた者とされた。自分もそうだ。故にか否か、幼い頃に一人で神殿へと迎え入れられた自分は親の顔を知らない。
そっと、指で絵の緑色をなぞる。
聖乙女を信仰する者も多いが彼女は比較的新しい聖人だ。風のカーテンを作った大賢者と共に、魔人の発生源である『大地の大釜』を封印した立役者だった。確か先々代の大神官が直接お会いしていた筈だ。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべながらも凛々しく描かれる聖乙女の絵。特に大賢者と共に描かれていると二人の絆に胸が温かくなるのだが、神殿画として適さないのか描画対象として魅力に欠けるのか、残念ながらそういった絵は少なかった。
ページをめくる。
画集には美しい景色も描かれていた。どこまでも緑の草地が広がり、木々が繁り、大きな水場が有る古き世界。
現在では考えられない、あり得ない景色。
物心ついてからこの街を出たことが無いのは事実だ。世間知らずと言われても仕方ないとは思うが、少なくとも砂原を渡ってくる行商キャラバンはいつも砂にまみれていたし、街で一番高い建物と云われる鐘撞堂からも緑の森が見えたことは無い。白砂原にも限りがあることは識っているが、その先も赤い岩原や黄色い砂漠であると云われている。緑繁る大地の存在など、聞いたことが無い。だから自分にとっては架空の、憧れの景色でしかないのだ。
本を閉じ、蓄光石に覆いを被せて立ち上がる。
もっと緑の大地に想いを馳せていたいが、流石に明日の執務に差し支えかねない時間だった。今日はもう眠らねば……
ぼやけた目を閉じて毛布に潜り、再び目を開けたときにはもう朝だった。
朝の祈りが近い。すっかり寝坊してしまった。
食事をしている暇は無い。厨房に立ち寄り、食前の祈りも忙しなく水だけ飲んで聖堂へ向かう。明かり取りの小さな窓から晴れた空が見えるけれど、昨夜の砂嵐で砂はそれなりに積もっているだろう。畑への害が少ないと良いのだが。
そんなことを考えながら聖堂へのカーテンを捲れば、いつもとは違う空気が聖堂に満ちていた。
何かがあったようだ。
歩みを進めれば、神官たちの向こうに一人の見慣れない男が見えた。
「……なにごとですか?このかたは?」
近づいて尋ねれば、事態の対応に当たっていたらしい神官が口を開くより先に当の男が歩み出る。
「……君がここの神官長か?」
老化のそれとは違う銀灰色の髪と、この辺りでは珍しい紫の瞳を持つ大柄な男。厚いマントの下には異国の衣服を身に纏っている。
「このオアシスで大神官を勤めております、クリソプレイズと申します」
「……君が?ずいぶん若いな」
名乗れば片眉を上げて訝しがる異邦人に、何を、と気色ばむ神官を手で制する。
「確かに、若輩者でございます」
微笑めば、男は溜息を吐き改めてこちらに向き直った。
「すまない、侮ったわけではないんだ」
真正面に大きな手が差し出される。
「俺はライト。ただのライトでいい。旅人だ」
「クリスとお呼びください」
これは、握手だ。手を握り返す。
あまり手を握るという習慣は無いが、キャラバンの者たちが挨拶がわりに行うのを知っている。実際に行うことは少ないから、ほんの少し鼓動が早まった。
「……では改めて、クリス殿、早速ではあるのだが、東のオアシスから書簡を預かっている。正確にはいくつか向こうなのだが。受け取ってもらえるか」
「ええ、お預かりします」
ライトと名乗った男から書簡を受け取り、封印を解いて開封する。気をつけてはいても、文字を追うごとに表情が強張っていくのが自分で判った。
最後まで読み進め、深呼吸ひとつ。
「……ご苦労でした。ライトさん」
いつもの顔を作り、ライトを見上げる。
「すぐに報酬をお支払いしたいのですが朝の祈りが控えております。終わり次第参りますので暫しお待ち頂けますでしょうか」
ライトはほんの少しだけ目を見開き、そして静かに頷いた。
「承知した。俺は信徒ではないが神殿の隅を借りても?」
「ええ」
神官の一人に椅子を出すよう指示して教壇へ向かう。背筋を伸ばし歩みを進めながらも書簡の内容が頭の中を支配する。
本当なら一大事だ。
ライトは椅子を拒否したようだが隅の壁に寄り掛かり、ちゃんと待ってくれる姿勢だ。
神官がドアを開放しオアシスの民を受け入れるのを見ながら、厚い経典を開き姿勢を正した。
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