賢者は真白き居城にて遠く翠の夢を見る

緋宮閑流

文字の大きさ
4 / 12
賢者は真白き居城にて遠く翠の夢を見る

#02 異国からの来訪者1

しおりを挟む

 今頃、城壁外では砂嵐が吹き荒れていることだろう。動力補填の儀式を行なっておいて良かった。
 強い風の音。しかし窓に当たる砂粒の音はさほど大きくはなく、風のカーテンがきちんと作用していることを実感させる。風向きが荒れているのか一瞬だけ、一際大きく窓が鳴った。
 白い光の中、手元の画集に視線を落とす。
 儀式の日から数日が経っていた。あの日プレゼントにとチュリアがくれた蓄光石は癒しのひとときを確かに作ってくれている。乳白色の柔らかな光は天から降り注ぐどの光とも違っていて、それ自体も心を落ち着かせてくれた。
「綺麗だなぁ……」
 手元では金の髪と緑の瞳を持ち赤い鎧を身に付けた聖なる乙女の絵が微笑んでいる。
 聖乙女と同じ緑の瞳はそれだけで神の祝福を受けた者とされた。自分もそうだ。故にか否か、幼い頃に一人で神殿へと迎え入れられた自分は親の顔を知らない。
 そっと、指で絵の緑色をなぞる。
 聖乙女を信仰する者も多いが彼女は比較的新しい聖人だ。風のカーテンを作った大賢者と共に、魔人の発生源である『大地の大釜』を封印した立役者だった。確か先々代の大神官が直接お会いしていた筈だ。
 慈愛に満ちた微笑みを浮かべながらも凛々しく描かれる聖乙女の絵。特に大賢者と共に描かれていると二人の絆に胸が温かくなるのだが、神殿画として適さないのか描画対象として魅力に欠けるのか、残念ながらそういった絵は少なかった。
 ページをめくる。
 画集には美しい景色も描かれていた。どこまでも緑の草地が広がり、木々が繁り、大きな水場が有る古き世界。
 現在では考えられない、あり得ない景色。
 物心ついてからこの街を出たことが無いのは事実だ。世間知らずと言われても仕方ないとは思うが、少なくとも砂原を渡ってくる行商キャラバンはいつも砂にまみれていたし、街で一番高い建物と云われる鐘撞堂からも緑の森が見えたことは無い。白砂原にも限りがあることは識っているが、その先も赤い岩原や黄色い砂漠であると云われている。緑繁る大地の存在など、聞いたことが無い。だから自分にとっては架空の、憧れの景色でしかないのだ。
 本を閉じ、蓄光石に覆いを被せて立ち上がる。
 もっと緑の大地に想いを馳せていたいが、流石に明日の執務に差し支えかねない時間だった。今日はもう眠らねば……

ぼやけた目を閉じて毛布に潜り、再び目を開けたときにはもう朝だった。

朝の祈りが近い。すっかり寝坊してしまった。
食事をしている暇は無い。厨房に立ち寄り、食前の祈りも忙しなく水だけ飲んで聖堂へ向かう。明かり取りの小さな窓から晴れた空が見えるけれど、昨夜の砂嵐で砂はそれなりに積もっているだろう。畑への害が少ないと良いのだが。
そんなことを考えながら聖堂へのカーテンを捲れば、いつもとは違う空気が聖堂に満ちていた。
何かがあったようだ。
歩みを進めれば、神官たちの向こうに一人の見慣れない男が見えた。
「……なにごとですか?このかたは?」
近づいて尋ねれば、事態の対応に当たっていたらしい神官が口を開くより先に当の男が歩み出る。
「……君がここの神官長か?」
老化のそれとは違う銀灰色の髪と、この辺りでは珍しい紫の瞳を持つ大柄な男。厚いマントの下には異国の衣服を身に纏っている。
「このオアシスで大神官を勤めております、クリソプレイズと申します」
「……君が?ずいぶん若いな」
名乗れば片眉を上げて訝しがる異邦人に、何を、と気色ばむ神官を手で制する。
「確かに、若輩者でございます」
微笑めば、男は溜息を吐き改めてこちらに向き直った。
「すまない、侮ったわけではないんだ」
真正面に大きな手が差し出される。
「俺はライト。ただのライトでいい。旅人だ」
「クリスとお呼びください」
これは、握手だ。手を握り返す。
あまり手を握るという習慣は無いが、キャラバンの者たちが挨拶がわりに行うのを知っている。実際に行うことは少ないから、ほんの少し鼓動が早まった。
「……では改めて、クリス殿、早速ではあるのだが、東のオアシスから書簡を預かっている。正確にはいくつか向こうなのだが。受け取ってもらえるか」
「ええ、お預かりします」
ライトと名乗った男から書簡を受け取り、封印を解いて開封する。気をつけてはいても、文字を追うごとに表情が強張っていくのが自分で判った。
最後まで読み進め、深呼吸ひとつ。
「……ご苦労でした。ライトさん」
いつもの顔を作り、ライトを見上げる。
「すぐに報酬をお支払いしたいのですが朝の祈りが控えております。終わり次第参りますので暫しお待ち頂けますでしょうか」
ライトはほんの少しだけ目を見開き、そして静かに頷いた。
「承知した。俺は信徒ではないが神殿の隅を借りても?」
「ええ」
神官の一人に椅子を出すよう指示して教壇へ向かう。背筋を伸ばし歩みを進めながらも書簡の内容が頭の中を支配する。
本当なら一大事だ。
ライトは椅子を拒否したようだが隅の壁に寄り掛かり、ちゃんと待ってくれる姿勢だ。
神官がドアを開放しオアシスの民を受け入れるのを見ながら、厚い経典を開き姿勢を正した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

使い捨て聖女の反乱

あんど もあ
ファンタジー
聖女のアネットは、王子の婚約者となり、瘴気の浄化に忙しい日々だ。 やっと浄化を終えると、案の定アネットは聖女の地位をはく奪されて王都から出ていくよう命じられるが…。 ※タイトルが大げさですがコメディです。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...