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賢者は真白き居城にて遠く翠の夢を見る
#03 異国からの来訪者2
しおりを挟む通信に対する対価は基本的に成功報酬となっている。事前準備の必要経費は先に支払われ、条件を満たした書簡や荷物が相手に届けば届け物に応じた報酬が支払われる仕組みだ。
ただし、共通の報酬額を設定できる地域的な範囲には限界があり、報酬の価値にも地域差が有る。故に、幾つも離れたオアシスから何かが届く際には商売慣れした大規模なキャラバンが一括で持ってくることが多かった。
しかし今回は恐らく例外だ。
「お待たせして申し訳ありません」
厨房から貰ってきた軽食とともに室から持ち出した発酵酒を注ぎ、見事ここまで書簡を運んできてくれた旅人──ライトに勧める。
「遠いところを有難うございます。報酬はこちらに」
ライトは袋の中身を確認し、頷いて懐にしまい込んだ。共に差し出した書類にサインを施してこちらに視線を向ける。
「……で、君はどうするつもりなんだ?」
「……どう……とは」
質問の意図をはかりかねて尋ねかえせば、小さな溜息が返ってきた。
「このままではオアシスの防御システムが止まるんだろう?」
ぴくりと指先が震えた。この男は書簡の内容を知っている。
書簡の封が開けられた形跡は無かった。そもそも重要な手紙を入れる筒は各地の魔法士たちが協力して作った特別製、開封にはそれなりの手順と組織印が必要なのだ。自分は手順を知り、この身に聖なる印章を宿しているから苦労無く開けているように見えるだろう。しかし、ただの旅人においそれと開けられるような代物ではない……筈なのだが。
「……心配しなくていい」
返答に躊躇するも、答はすぐに示された。
「俺は学者だ。システムの件は俺が調べて進言したものが元になっている」
「……そう、だったんですか」
ライトが胸元から取り出した印章に安堵の息を吐く。赤岩原の地域に有る学院の長から出される割符だ。地域外任務を行う者に身分を保証するものとして出されている。使者や研究者がキャラバンと共に訪れることもあるので自分も何度か見たことがあった。
「失礼しました。ウィンディ=ロイズ学院長の発行された通行手形ですね」
頷き、水の入った自分の盃を握り締める。
「……先ほどのご質問ですが、ここで私個人の考えを申し上げることはできません……お手紙の内容が本当なら、私一人で何かを決めることなどできないでしょう。少なくとも神官たちや魔法院の皆様とは話し合いが必要です」
「……そうだな、困らせた」
すまない、と言葉が続く。
「俺としては大賢者の子孫がどんな采配を下すのか興味が湧いただけなんだ。深く考えなくていい」
そうですか、と言いかけて言葉が止まる。
今、何て?
思考が止まる。平焼きのパンを開いて具材を詰めた軽食に大きな口がかぶりつくのを眺め、視線に気づいた口の主が大皿を寄せてくれた音に我に返ってぱたぱたと手を振った。
「いくらなんでも畏れ多い冗談ですよ」
「冗談を言ったつもりは無いが」
ライトは少し困惑したようだった。
「大賢者の直系と聞いている」
「では、恐らく何か間違って伝わってしまったのでしょう……赤岩原は遠いですしキャラバンの皆様には色々な地域の方々がおいでですから通じの悪い言葉もございます」
「……そうか……そういうこともあるか……ふぅむ、それは残念だ」
少々申し訳ない気持ちにはなるが……やむを得まい。冗談であるにしろないにしろ、『大地の大釜』を封じた大賢者の直系を名乗る度胸は流石に無かった。
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