紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

文字の大きさ
6 / 34
第1章 はじまり

1-6 侵蝕

しおりを挟む
地上から流れ込む瘴気の中、なにやらきらきらと光る一筋がある。
近付き、触れれば散ってしまう光の欠片。
久し振りに美しいと思った。
久し振りに。
『瘴気喰い』の長は疲弊していた。
限界まで同族を増やし、それでも喰いきれない瘴気を一身に引き受けてきた。増え続ける瘴気溜まりの毒気に当てられて異形へと変化する海底の同胞を屠らねばならないこともあった。
龍長達からの叱咤も止まない。今は『月光龍』となった元『月の若長』や『青海龍』が弁明を重ねてくれているであろうことも判っていたが、却って自責の念がつのるばかりだ。
いつしか発光海月の明滅も、警邏中に零れてくる光の帯も美しいとは思えなくなっていた。
幼馴染たちの訪問も、同族からの気遣いも、何もかもが鬱陶しくて。
地上に蔓延るあの種族は今日もひたすらに瘴気を撒き散らしているのだろう。自分たちが瘴気を生み出し、育て、世界を蝕んでいることに頓着することも無く。
奥歯が鳴った。
今すぐにでも全てを噛み裂いてやりたい。
元凶を作ったあの生物も、何も手を打たなかったくせに今更文句をぶつけてくる龍長達も、しつこく纏わりついてくる友人達も。
そして
何もできなかった、今でも何もできずにいる自分自身さえも。
「……長」
「長殿……」
集まってきた同族達の気配。一様に疲労を滲ませた声が突き刺さる。
──瞬時に、怒りは悔恨に代わった。
あのとき、少しでも龍長達に噛み付いていたら現状は変わっていたのだろうか。少しは現状を回避することができたのだろうか。
自分の民に苦労をかけずに済んだのだろうか。
息をつき、奥歯を噛み締めて首をもたげた。
「……心配すンな……オレは大丈夫だ」
すまない。
使えない龍長で、すまない。
ともすれば蹲り許しを請うてしまいそうになる自分を傍に漂う気配達に悟られぬよう、声に力を込めた。そんな姿はきっと誰も望んでいない。
「ご苦労、皆休んでくれ。あとはオレがやる」
自分だって龍長の端くれなのだ。光の粒が残る瘴気溜まりを砕く。
「お前らにはまだ頑張ってもらわねぇと……よく休めたらまた頼む」
気配が散ったのを確認して尾を下ろした。
目の前に漂う瘴気のカケラ。先ずは目の前のコレを取り込んで浄化しなければならない。
大きく口を開ける。
瘴気を、取り、込んで……
「……若長……!」
こめかみのあたりに衝撃を感じて我に返った。上下左右も判らぬほどに狂った感覚が一瞬で覚醒する。
「若長、大丈夫?」
「……あぁ……すまない、大丈夫。それよりねぐらに戻んなかったのかよ……困ったヤツだな」
あははと笑ってやると水が震えた。砕いた瘴気のカケラがふるふると揺れる。
「まぁ、ちょっとばかり疲れ気味なだけだ。お前が気にするこっちゃねぇよ」
「若長……」
「深海のみんなはオレら龍族が守ってやらんとなンねぇのに……心配かけちまってすまねぇな」
傍に寄り添う小さな友に髭先で水流の輪を作り投げてやる。彼は器用に水輪をくぐりその身体と同じように小さく笑った。
「若長が謝ってばっかで調子狂うよ」
「は?オレはいつでも謙虚だろうが」
「えー、いつも盛大にふんぞりかえってブーたれてると思うけどぉ?」
ブーたれてるは余計だとまた水輪を投げてやる。器用に打ち返されるソレを髭先で受け取り水流を強めて投げ返した。
やられたー、と叫びながら水流に巻き込まれてくるくる回る小さな友を笑う。
「あー、ありがとな、元気出た」
砕けて散らばった瘴気のカケラに目をやる。
「おかげでもうちょっと頑張れそうだわ」


『瘴気喰い』の長と別れた小さな友は闇の中、その平たい身体をくねらせて泳ぐ。
項垂れた首に水底の砂を擦った尾。あんな長を見たことが無かった。
こうして泳いでいるだけでも鱗に感じるようになった、どんどん数を増す瘴気溜まり。
「……ボクも役に立てれば……」
どこまでも続く闇は、けれど今までのように永遠の安寧を約束するものではなくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...