色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ

谷島修一

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人民革命

皇帝暗殺未遂事件

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 大陸歴1660年8月14日・ブラミア帝国・首都アリーグラード郊外

 ユルゲン・クリーガーの妻、ヴァシリーサ・アクーニナは、ブラミア帝国首都アリーグラード出身。親族は代々軍人が多いという。軍人以外の者でも政府関係の仕事をしている人が多いそうだ。親族の中に有名な弁護士でもあり、一時期、法務省に所属していた優秀な叔父パーベル・ムラブイェフがいる。
 彼女自身の両親は文官であったが、彼女は子供の頃より剣の腕を磨き、成人する頃には帝国でも五本の指に入る腕の剣士となっていた。帝国で二年に一度開催される、勝ち抜き方式の武術大会では二回優勝していた。
 十八歳の時に帝国軍に入隊して、二十三歳で皇帝親衛隊に所属。そして、二十五歳の時、その剣の腕前と忠誠心が買われて親衛隊の隊長として抜擢された。
 ユルゲンと知り合ったのはその直後のことである。

 オットーの証言によると、“チューリン事件”では、最初にチューリンを武力で排除しようと提案したのがアクーニナだという。そして、ユルゲンを説得し、親衛隊員たちと共にチューリンを武力で排除。チューリンは強力な魔術を使っていたので、彼を倒すために皇帝親衛隊五十名の内の半分が犠牲となったという。しかも、そのチューリンは傀儡魔術による偽物だった。
 その後、即位したイリア皇帝の側近となり帝国が滅亡するまでの約三年間、公私ともに彼女の支えとなっていた。
“ユルゲン・クリーガー回想録”や他の書物やオットー、ソフィアの証言では、アクーニナは、“ソローキン反乱”や“人民革命”での関わりはほとんどないようだ。

 ユルゲンとのハネムーンから首都に戻ってから二か月が経った。さらに、しばらくしたある日、アクーニナは皇帝イリアの父であった前皇帝スタニスラフ四世の墓参のための警護の任務に就いた。
 出発の日の朝、隊長のアクーニナはじめ、親衛隊の副隊長レオニード・ベルナツキー、そのほか親衛隊のほとんどが中庭に集合した。その後、ヴァシリーサと数人の親衛隊の護衛を従え皇帝イリアがやって来た。
 皇帝イリアは早々に専用の豪華な馬車に乗り込んだ。
 アクーニナは他の隊員が手綱を引いて待っていた馬にまたがった。残りの隊員たちも馬にまたがる。
 アクーニナの号令を合図に馬車が進みだした。彼女を先頭に親衛隊員が前後左右を警護する。

 スタニスラフ四世はじめ、歴代皇帝の墓は首都アリーグラードからポズナーノーチニク山脈方向へ北西へ約三日かかる場所にある。途中の宿場町の近くに皇帝専用の邸宅が点々とあり、一行はそこで宿泊し、目的地に向かう。

 皇帝は墓参を終えた。
 そして、帰路に付き、一行は首都まであと数時間と言うところまで来た。
 突然、何かが空を切る音がした。
 アクーニナが後ろを振り返ると親衛隊の数名が落馬したのが見えた。落馬した親衛隊には矢が刺さっている。
「敵襲だ!」
 アクーニナは叫んで剣を抜いた。
 再び矢が空を切る音がして、また数名親衛隊員が撃たれた。左右の方向から矢が飛んでくる。敵は木の影に身を潜めているに違いない。
 アクーニナは急いで皇帝の馬車の方へ馬を進め、中にいる皇帝イリアに声を掛けた。
「何者かに襲撃を受けております。馬車から出ないようにしてください」。
「わかりました」。
 中から皇帝の返事が聞こえた。

 次の瞬間、草原の中に身を潜めていた敵が、剣を抜き大声を上げて突撃してきた。
 アクーニナがざっと見たとところ迫りくる敵は左右合わせて五十名は居るだろうか。こちらは矢で数名討たれており敵との差は、ほぼ半分。
「陛下をお守りしろ!」
 ヴァシリーサは叫んで手綱を打った。
 襲い来る敵を次々に切り倒して行くが、矢がヴァシリーサの馬の首に当たった。馬はその場に倒れこみ、ヴァシリーサは地面に投げ出された。しかし、彼女はすぐさま立ち上がり、迫りくる敵を斬りつけていく。
 敵の数が倍とっても、精鋭の皇帝親衛隊の敵ではなかった。
 しばらくの戦いの後、ほとんどの敵を打ち取った。わずかの生き残りは逃げ去った。
 親衛隊の死傷者は九名、負傷者十三名。馬車の馭者も討たれていた。ヴァシリーサは数名の者に負傷者の手当を命令し、ヴァシリーサと数名で皇帝をいち早く首都の城に向かわせるため親衛隊の一人に馬車の馭者をさせ出発させた。

 皇帝は城の中に入り、親衛隊と衛兵によって通常以上の厳重な警備態勢がとられた。そして、すぐさま帝国軍五百名が出動し、襲撃現場に向かう。
 現場に到着した軍は親衛隊のけが人と遺体を城へ運んだ。

◇◇◇

 一方、襲撃の夕刻、ユルゲンはアカデミーで士官候補生に対して剣の鍛錬をする仕事を終え、少々早めに屋敷に戻ると召使いのナジェーダ・メルジュノワに声を掛けた。
「ナージャ、今日は一週間ぶりに妻が戻ってくるから食事の準備をよろしく頼むよ」。
「存じておりますので、準備は万端です」。
「ありがとう、さすがだね」。
 ユルゲンは笑顔で言った。

 住み込みの召使いのメルジュノワはセミロングの黒髪で少々小柄な女性だ。弟子のオレガ・ジベリゴワに少々雰囲気が似ているが、ナジェーダの方が表情が豊かだ。働きっぷりもとても良い。
 皇帝が城に居る召使い達の中から彼女を推薦してくれた。彼女がオレガに少々似ているのは、皇帝はユルゲンがオレガのような女性が好みのだと勘違いしているのだろうか?

 メルジュノワの食事の準備は万端だ。しかし、妻ヴァシリーサは予定の時刻になっても戻ってこない。墓参の旅路で何かあったのだろうか。
 ユルゲンは三時間待ち、それでもヴァシリーサが戻って来ないので、城へ様子を見に行こうかと思い始めた頃、ヴァシリーサが戻って来た、ユルゲンは彼女が怒りに震えているのを見て事情を聴いた。
「ヴァーシャ、どうした?」
「先ほど何者かの襲撃を受けて、九人が死亡した」。
「なんだって?! 陛下はご無事なのか?」
「陛下はご無事です」。
「それは良かった」。
 ユルゲンはヴァシリーサを抱き寄せて言った。
「君も怪我はないかい?」
「私は大丈夫」。
「それは良かった」。
「一体、何者の仕業だ?」
「反政府勢力の者であることは間違いないでしょう。戻った後、急遽、警護態勢の見直しをするため遅くなってしまった。ごめんなさい」。
「そんなことは構わない」。
 二人は抱き合ったまま、しばらく沈黙していたが、彼女が口を開いた。
「ユーリの顔を見て、何か安心したわ」。
「私も君が無事で安心したよ」。
「何か食べたいわ」。
「ナージャが食事を準備してくれているよ」。
 ユルゲンはヴァーシャの手を引いて食堂へ向かった。

 その晩の食事は重苦しい雰囲気で取ることとなった。

 その後、皇帝が襲撃された付近の捜索を三日間昼夜問わず行われたが、逃走した襲撃者の足取りはまったくわからかった。
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