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序章 その男

第6話 本物の天才②

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 とりあえずカナが目覚めるまでは待っておく。
 そろそろ頃合いだろうから、ここにいつでもわけだ。

 実に効率のいい移動手段だ。
 ……まあ身体しか移動できないが。



 そろそろ昼食を作り始めよう。

 そういえば、《シルビア》が帰ってきたときはすごい反応だったなぁ。

 師匠は生活力がなさそうだから、きっとご飯も外食や軽食で済ませてしまうのだろう。

 今朝も仕事帰りに買ったパンを俺にくれた。
 俺が育ち盛りだからか、いつもより多めに買ってきてくれたらしい。

 けど、俺にも掃除や洗濯、自炊くらいの生活力はある。あとまた弁当など買われても困る。


「というわけで師匠」
「どういうわけだい弟子くん」

 便箋の話をしたあと、俺は許可を取って廊下だけでなく家中を掃除した。

 その後、俺は何かを認めてもらったらしく、以降彼女に「弟子くん」と呼ばれている。


「ランチは作ったほうがいいかな?」

 ほら、師匠の顔を見てごらん。

 今回もその無垢な青い目をキラキラさせて、身を乗り出したうえ期待に満ちた表情をしているよ。

 
「……っ! ぜひ!」

 彼女は前のめりでそう答えた。

「任せてください!」

 こんなにかわいい「ぜひ!」は初めてだ。
 どうせだったらおいしく食べてもらいたい。
 
「そうだ、好物があれば作りますよ」
「じゃあじゃあ、買ってきたパンもあるしシチューがいいな!」
「りょーかいです。ちょっと話したいことがあるので、テーブルでかけていてください」

 ……ちょっと頑張って作ろう。

「話したいこと?」
「はい。師匠のが気になって」

 含みを持たせて師匠に微笑む。
 ほんの一瞬だが、師匠の視線が鋭くなった気がする。さすがはといったところか。

「へえ。気づいてたんだ」

 呼応するように師匠の顔にも笑みが現れる。

「さすがにタイミングが良すぎますよ。まあ、その辺りの話は昼食のあとにとっておきましょうか」

「最高のお楽しみデザートだね」
「シチューに合うかはわかりませんがね」



 ◆◆◆



 作ったシチューとパンをテーブルに並べ、スプーンを用意する……あ、忘れてた。

「いただきますっ! ……弟子くん?」

 俺のイスの前に食事がないことを疑問に思ったらしい。
「テーブルにつけるのは有権者だけ」前世だったら当たり前の光景だと思っていたが、転生して初めて、俺の家が特殊だと知った。


「師匠。俺はあとで食べるので、師匠は冷めないうちに食べてください」
「え、どうして?」

 すっかり失念していた。
 よく考えたら当たり前だ。

「急に俺が来ちゃったから、食器類が間に合わなくて……」

 さすがに客人用の食器を使うわけにはいかない。
 というか、食器はあれどスプーンがないのだ。

「あー……その、ごめん……」

 手を合わせて謝る《シルビア》。


「大丈夫ですよ。シチューは逃げませんから」

 それに、飯抜き自体は精神が慣れている。
 転生してからはきちんと食事を取っていたから、これを機に肉体のほうも慣れさせておいたほうがいいだろう。


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 師匠はいたずらっ子のように無邪気な……いたずらっ子は邪念か。

 とにかくそんな表情を浮かべると──

「じゃあさ、一緒に食べれば解決だよね」
「むぐっ!? ……(ゴクン)」

「どう? おいしい?」


 ──俺の理解が追いつく前に、師匠はもっていたスプーンでシチューをすくい、俺の口にさしこんだ!

 一瞬何が起こったのかわからなかったが、とりあえずシチューがうまくできててよかった。

 あ、そういうことか。
 師匠の赤くなった顔を見れば、どういうことなのかはよく分かる。

 《シルビア》は銀色の髪に青い瞳。私服も白と青が特徴的な服だから、顔を赤らめると分かりやすいことが判明した。

 ……同時に、自分の顔が段々熱を帯びていくのも感じた。

「おいしい……です……」

「弟子くん弟子くん、顔、赤いよ?」
「そういう師匠だって!」

 このままやられっぱなしも悪くないが、どうせならやり返してみよう。

「……で、弟子くん? どうしてそんなに意地の悪そうな顔を浮かべているんだい?」
「いやぁ、察しがよくて助かりますよ」

 俺は口に入ったままのスプーンを素早く抜き取り、シチューをすくってから反抗の一撃を与えた。

「はい、師匠♪」
「ふぇっ!? ……(もぐもぐもぐ)、んん♪」

 一口目を食べ終えた《シルビア》はとても幸せそうな顔で、見ていて自分も幸せな気分になった。


 そうしてバカップルでもない俺たちは、出会って二日の相手とよく分からないイチャイチャを楽しんだ。


「……俺、あとで食器買ってくる……」
「察しがよくて助かるよ……」

 そして、恥ずかしさでめちゃくちゃ後悔した。


 ◆◆◆



 昼食後、洗い物もすべて済ませてから再び席についた。



「それで……君はどこまで気づいてるのかな?」



 なに、とても簡単なことだ。

「ほぼ全て。タイミングが良すぎたから」
「タイミング? ……ああ、そういうことか」

 俺は自分の推理を語った。
 まあ、そんな大仰なことではないが。


「師匠……《シルビア》は俺と出会ったとき、すでに仕事のための変装をしていた。あのときは朝だったし、隣町から向かったとも言っていたから、あなたが仕事をしている頃にあの事件が起きたのだろう」

 師匠の眉がピクリと動く。

「そして、今朝も《シルビア》は仕事に行った。あんな早い時間から仕事に行くということは、当然仕事の内容にもよるが、面倒事を早く済ませたいというあなた自身の性格によるところが大きい」

 今度はそれがどこか居づらそうな表情に変わる。

「よって、暗殺の依頼が立て続けに来ていたのを今朝消化したのではなく、依頼を組織の構成員に分配する際に、突発的な依頼というていでメッセージをあなたに伝えたかったと考えるべきだ」

 彼女は一通り終わったように返答を返した。

「へえ、よく分かったね。当たりだよ」
「ここまでは誰でも分かる。問題はここからです」


 そう言うと、師匠は大層驚いたというように息を呑み込んだ。


「そして。そのメッセージの内容は────入団試験ですね?」


 入団試験。
 彼女の属する組織はとてもじゃないがお日様の下で活動できる組織ではない。


 仕事の内容はデリケートだ。信頼できる人間にしか任せられない。
 であれば、誰かが勝手に組織の入団を認めてくれたとしても、実際に入れるはずがないのだ。

 言葉を続ける。


「試験の内容は、あなたが隣町で未遂に終わった案件の処理」

 間髪入れず、俺は続ける。

「具体的に言えば、麻薬を流した裏切り者の暗殺で、今朝の仕事はそれに加担した共犯者の粛正」

「試験は今夜、ゲリラ的に俺にさせるつもりだったんでしょう?」


 《シルビア》の視線がさらに鋭くなる。

 少し喋りすぎたかもしれないが、この人にはこれくらいが丁度いい。

 からな。

「その通りだよ。あはは、まさかそこまで分かっているとはね……」

 ほぼ看破されたことが相当ショックだったのか、しまいには自嘲気味に笑ってみせた。

 だが、もう少しだけ付き合ってもらおう。

「あなたは仕事が早い。今朝は家を出て3時間で帰ってきたし、先日の仕事も、やろうと思えばすぐに終わったはずだ」

「だが、あなたがそうしなかったのは、俺と騎士たちの魔力干渉で仕事に影響が出たからですね?」

 有無を言わせず全てを告げる。

「密売人の処理はそう難しい仕事じゃない。だが、チップを受け取って犯人を逃す可能性もあり得る。だから入団試験にはちょうどいい」


 1も聞かずに10を当てられた師匠の顔は、まさにドン引きだった。

「ねえ、ひょっとして弟子くんは私のストーカーとかだったりするのかな」


「ただの天才ですよ。というわけで、俺は仕事に出かけます」
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