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26話 1000万で用意しろ
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今日は、ソロバンの2回目の支払日。そして、場所はいつもの村長の家で、時刻は昼下がり……
「……で、こいつが、今回のそっちの取り分な、っと!」
イスュはテーブルの上にドカリと皮袋を置くと、次に明細を差し出した。
村長が皮袋を受け取り、口紐を解いて中身を確認して俺が明細を受け取り目を通す。
「……なんか今回はまた、随分と細かいな?」
渡された明細には、いくらでいくつ売ったと言う事が複数行に渡って長々と記されていた。
初めのうちこそ、前回と同じ1万RDで販売していた様だが、売れたのは数個止まりとなっていた。
そこからは少しずつ値が下がって行き、一番最後の行では8000RDほどで落ち着いていた。
しかし、値が下がったとは言え、どうやら今回も無事完売となったようで良かった良かった。
で、ウチの取り分はっと……1000万と少しか。
売り上げが下がる下がると、脅されていたからかなり覚悟はしていたのだが、思った以上ではなかった。
「いやぁ~、まさかこんなに早く複製されるとは思わなかったぜ。
しかもっ! 大手商会がいくつも乗り出してきてよぉ!
もぅ、値下げに次ぐ、値下げ合戦が続いてなっ!
ウチは初めから値下げ金額を細かく決めていたって事もあるが、所詮相手さんは苦し紛れの少数生産。
相手の出方に合わせて動けるこっちの物量の前じゃ、敵じゃなかったって訳よっ!
オレ様の華麗なる采配によって、こっちは盛況向こうは閑古鳥ってな!
あいつらの悔しそうな顔ったらよぉ……ぐふっ、ぐふっ、ぐふふふっ……
思い出しただけで、笑いが込み上げてくらぁ!
お前にも見せてやりたかったぜ、ロディフィス!」
「あ~、はいはい、ご苦労さんご苦労さん」
と、自慢げに自分の武勇伝を熱く語るイスュを軽くあしらって、俺は頭の中のソロバンを弾く。
今回の支払い分から、作業に当たった村人たちの手当てを引いて、それに前回の繰越金を足して……
「おいおい、ちょっと冷たいんじゃないのぉ~、ロディフィスくんよぉ~
今回完売させたのって、ぶっちゃけオレ様の手腕よ?
何てたってあの“メルディア商会”を押さえて……クドクド……」
ええーい! ウザイっ! 計算が狂うだろうがっ!
なんと言うか……今日のイスュは何時にも増してウザかった。
上機嫌と言うか、テンションが異様に高いと言うか……
大手商会と張り合って勝ったと言っていたが、それが余程うれしかったのかもしれないな……
いや、んな事は俺にはどうでもいい事か。
サクッと計算を済ますと、現在村にある蓄えは全部で2200万と少しと言う事になる。
さて……俺としては、むしろここからが本番だな。
「っと……本当はもっと話したい事があるんだが、今日はちっと急がなくちゃならなくてな。
前線の商品が尽きちまって、早いとこ送ってやりたいんだよ。
商品の確認は済んでるから、このままもらって行くぜ」
経緯までは知らないが、なんでもイスュが現在手掛けているソロバン販売の事業を、親父と兄たちが全面的に手伝ってくれる事になった、とさっきイスュが話していた。
今、ハロリア商会は一時的ではあったが、イスュを中心とした運営体制を取っている事になる。
それは勿論、家族ゆえの無償の協力などという心温まる話ではなく、ハロリア商会の持つ流通網をイスュにレンタルしていると言うことらしい。
そのため、売り上げの一部はハロリア商会に収めなければならないようなのだが、それでも自由に動かす事ができる隊商を手に入れた事で、流通をより円滑に進める事が出来るようになったとイスュは自慢げに語っていた。
親子共々、商売に精が出るこって……
が、こいつを行かせる前に、どうしても聞いてもらわなければならない話があった。
「イシュタード。急ぎの所、悪いんだが、少し聞いてもらいたい話があるんだ」
俺は、テキバキと撤収の準備を進めるイスュに声をかけた。
イスュは、作業の手を止めて俺の方へと顔を向ける。
「ん? なんだよ急に改まって……気味が悪いな……
まぁ、少しくらいならいいけどよ?」
「おいっ! テメェ、気味が悪いってのは……まぁ、いい。
残念だけど、直ぐ済む話じゃない。
……取り敢えず、こいつを見てくれないか」
怪訝な表情を浮かべるイスュに、俺は大量の資材の一覧を書いたメモ用紙を渡した。
「なんだこりゃ? 木材にレンガ……それに食料?」
「それだけの資材を揃えるのに、お前の所でいくら掛かる?」
「おいおい……また随分とでかい買い物をするな……なんか造んのか?」
「ちょっとな……」
「“ちょっと”なんて量じゃねぇーだろ……」
探りを入れるような目つきで、イスュが訊ねてきたが細かく説明するつもりは俺にはなかった。
たぶん、イスュも他の人たち同様、口でどれだけ説明しても日本式の“風呂”を理解してくれないだろうしな。
どう言った物かは、出来上がりを見てもらった方が全然早いだろう。
「で? いくらになるんだよ?」
「ったく、答える気は無しってか?
まぁ、どうせ出来ちまえば分かる事だからいいけどよ……
そうだな……軽く見積もってざっと2000万ってとこだな。
あっ! 言っておくが、こいつはかなりの“良心価格”だからなっ!
俺はロディフィス、お前相手に金を取るような商売はする気はない。
この価格だって、原価ギリギリでもそれくらいかかるって事だ。
他の所なら、軽く今の倍の値段は言われるからな?」
2000万……か。
思ったより高額だな……
払えない金額ではなかったが、払ってしまえば村の蓄えが底を突いてしまう金額ではあった。
いくら、ソロバンの支払いがまだ数回残っているとしても、支払金が今のまま安定するとは限らないのだ。
今回は、大きく値下がりする事はなかったが、だからと言って次回も大丈夫という保証はどこにもない。
いつどこで、大きく値下がりするか分からないのだ。
村の今後の事を考えたら、蓄えは多いに越したことはない。
と、なるれば……
「んじゃ、1000万で一式揃えてくれないか?」
「……悪い。
聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってくれないか?」
「1000万で一式揃えてくれ」
イスュは俺の言葉を聴くと、額に手をやり大仰に天を仰いで見せた。
「おいおい……ふざけんなよロディフィス?
今言った事、聞いてなかったのか?
オレは2000万かかるって言ってんだ! それも利益度外視の原価販売でだっ!
それを半額ってお前なぁ……
オレがお前から金を取る様なマネをしないのは、お互い良いビジネスパートナーでいたいからだ。
それをお前は……」
「まぁ、落ち着きたまえよイスュ君」
目くじらを立てて、詰め寄るイスュを取り敢えず宥める。
俺だってそれが無茶振りなのは、重々心得ている。
それに、何も無条件にイスュに1000万もの大金を被れなんて鬼のような事は言うつもりはない。
こちらにもその対価となりえるものがある、と言う事だ。
「落ち着けって……これが落ち着いていられるとっ……」
「まぁまぁ、これは一種の投資だと思ってもらいたい」
「……投資だぁ?」
一層怪訝な表情を強めるイスュ。
「ああ。近いうちに、村の住人が増える予定があってな……」
「んだよ? ベビーラッシュでも来るのか?」
「この村の何処に、そんな大量の妊婦が居るってんだ?」
話の腰を折る様に、茶々を入れてきたが、俺は一言ツッコンでから話を続けた。
「ちげーよ。訳あって、今は村を離れているこの村の出身者を呼び戻そうって話があってな。
それも結構な人数が戻ってくる予定なんだよ。
……村の人口が増えたら、お前だって嬉しいんじゃないか? なぁ、イスュ?」
「何でオレが……」
そこまで言いかけて、イスュの言葉がピタリと止まった。
そして、幾ばくかの沈黙の後、突然ニヤリとあの不気味な笑みを浮べた。
「……なるほど、そう言う事か……
ああっ、そう言う事だなっ!
お前の言いたい事が分った。
今回はお前の口車に乗っかってやるよ、ロディフィス。
差分の1000万はオレ様が用立ててやる。
だが……そっちこそ分ってるんだろうな?」
「ああ、損はさせないさ」
「資材の搬入はどうする?」
「早ければ早いだけいいな。全部揃って無くても、まとまった数が用意できたら直ぐにでも欲しい」
「分った。直ぐに調達させよう」
ホント、こいつは金の事になると頭の回転が異様に速くて助かる。
俺たちが話していたのは、村の生産体制の話だった。
村の人口が増える→製作作業員の増加→生産数UP・流通量の増加→市場への安定供給→売り上げの安定化→収入の増加、と言う流れをイスュはたったアレだけの会話で理解したのだ。
たぶん、その流れの中には、現状人手不足が理由で先送りになっているリバーシの生産もイスュの頭の中ではしっかりと組み込まれている事だろう。
どういう事かと言うと……
銭湯の建設に当たり、村長は各地に散っている村の出身者に参加の是非を問う遣いを出していた。
そして、昨日帰ってきたその遣いたちの話からすると、かなりの数の者たちが参加を希望しているらしい事が分ったのだ。
村を出た者たちは、外で余裕のある生活を送っている……とは、とても言いがたい状態らしく、給料が出ると言った途端、一も二も無く飛びついてきたらしい。
で、俺はこの遣いの人たちに、もう一つ彼らに聞いてきて欲しい事を頼んでいた。
それが“もし、村での生活に戻れるとしたら、村に帰ってくる気があるか?”と言う物だった。
殆どが、好き好んで村を出た者たちではないため、これも多くの者たちから“戻りたい”と言う返答が返ってきていた。
そこで、急遽、村長以下村の重鎮を集めて、彼らの村での生活を認めるかどうかについての話し合いが行われる事となったのだ。
元は村で養える人数のキャパシティの限界の所為で、追い出されてしまっていた人たちだ。
今更戻したとして、村で養えるのか? と言う声がチラホラ上がったが、そんな事は最早なんの問題でもなかった。
今や村にはソロバン製作と言う一大産業がある。
ましてや、リバーシの製作など人手不足が理由で、未だ手付かずのままになってしまっている状態だ。
もし、彼らが戻ってきてくれるのであれば、それらの製作を任せる事が出来るようになる、と俺は考えたのだ。
そしてそれは、そのまま村の収入となり、彼ら自身の食い扶持となる。
今や村は人が多ければ多いほど、収入が増える。そんな状態だった。
村を追い出されていた人たちは、村に帰れてハッピー。
村は作業員増加で、生産能力がUPして収入UPでハッピー。
イスュは、売り上げ数UPプラス新商品の製造開始で収入ダブルUPでハッピー。
win&winの関係を超えた3winの関係がこうして出来上がったのだった。
ただ、彼らが村で生活を送る事になると、住居の問題は無視できないものがあった。
何時までも、親類の家にご厄介になってるわけにもいかないからな。
だから、銭湯を造るついでに彼らの家も造ってしまおう、と言う話になったのだ。
村には、空き家となって放置されている家が少なくない数存在する。
今のままでは、とても人が住める状態ではないが多少リフォームすれば問題なく住めるようになるだろう。
それで、足りない分に関しては新築すればいい。
その分の資材は、今回の発注分にしっかり含まれている。
それに、戻ってくる者の中の多くは一人身だと言う。
一人住まいの家なら大きい必要もなく、比較的簡素な造りでいいため工期が短くてすむのだ。
俺がイスュに求めたのは、作業員の増加に伴う資金援助。見返りは生産能力の向上だ。
それも、予定通りの人数が戻ってくるとなると、村の生産能力はざっと2倍に膨れ上がる。
この人数には所帯を持った者の配偶者……要は嫁とか旦那だな……や子どもは含まれて居ないので、一家で村に移住となると、村の人口は更に増える事になる。
この村も賑やかになりそうだ。
「んじゃ、資材の調達と領主への木材購入の交渉は任せろ。
資材は集まり次第届けさせるようにしよう。
オレは隊商について、各地を回らなきゃならないから、資材の搬送の時にはいないが、何かあればバッカス……あの菓子を配ってたヤツを付けるから、そいつに何でも言ってくれ」
ああ、あの頼りないおっちゃんか……
言われて、菓子を配っていたおっちゃんの顔を思い出す。
ガキんちょには、絶大な人気があるんだよなぁ、あのおっちゃん。
資材の料金として、今回のソロバンの売り上げを丸々イスュに渡す事にした。
今回の取り分が丁度1000万RDほどになったので、都合が良かったのだ。
多少多くはあったが、誤差だ誤差。気にする程じゃない。
イスュと村長がその場で略式ではあったが証文を作り(正式な物は後日、改めてと言う話になった)、証印。
イスュは金の詰まった皮袋と、出来上がった商品を持って帰っていった。
相変わらず村長のヤム(牛)車を借りて、だ。
ってか、いい加減自前の荷車に乗って来いよな……
その日の夜……
村長は村人を集会場に集めて、作業に当たった村人たちに給料を支払うと共に、銭湯建設計画の説明をした。
製造作業に当たった村人だけでなく、今回は直接関係ない村人まで招集したのはこのためだった。
勿論、村中の全ての住人を呼び集められる施設などないので、今回は世帯主……要はお父さん連中だな……だけを集めての説明会となった。そこにはウチのパパンの姿もあった。
説明会の内容は主に3つ。
一つは、作業に協力した者には、相応の報酬が出ると言うこと。
そして、もう一つは、村を出ていた者たちを一時的に呼び戻すと言うこと。
それに付随して、家族親類はしばらくの間、空き部屋の提供など彼らの滞在を支援してあげて欲しい事を告げた。
勿論、今回は村の要請で戻ってきてもらっているので、工事の期間中に関する彼らの食費等は村が……言ってしまえば、村長が全て負担する事は明言しておいた。
その金は、ソロバンの売り上げから出ている訳だけど……
そして、最後の3つ目は村人たちに直接関係することではなかったが、戻り組みの中から村への帰郷を望むものには、そのまま村への滞在を許可する旨を伝えた。
報酬が出るとあって喜ぶ者、数年ぶりに家族親族に会えることを喜ぶ者、住人が増えることで生活が苦しくなるのではと不安がる者、今は農業以外の収入があるから大丈夫だと笑う者……
三者三様、十人十色な反応ではあったが、これと言った反対はなかった。
村の人たちは良くも悪くも従順なのだ。
余程酷い内容でもない限り、反対する様な事はない。
リバーシで負けると直ぐにムキになる子どもの様な村長だが、これでも村では人格者として通っている。
それに、ご意見番である神父様への信頼も厚い。
彼らが村長の決定に異議を唱えないのは、“この人に任せておけば大丈夫”そう言った信頼感の現われなのだろう。
日頃の行いって重要なんだなって思いました。小並感。
翌日……
早速、村の決定を村の外で暮らしいる人たちに伝えるために、遣いの人たちが出される事になっている。
予定では数日後に、イスュに頼んでおいた資材と、戻り組みが到着するはずだ。
それまでに進められる部分は進めてしまおう。
やるべき事は意外に多いのだ。
それに、現在村ではちょっとした問題も起きていた。
戻り組みが帰ってくる前に、その問題は早々に解決してしまいたい。
そのための対策会議には、俺も呼ばれているので後で顔を出すことになっていた。
と、大層な事は言っても、いつもの村長と神父様と俺でガイドラインを生成して、あとの細かい部分は村長を含めた重役(?)の方々に話し合って決めてもらえばいい。
大体、俺には俺でやる事が多いのだ。
ボイラーに使う加熱魔術陣を、もっと高効率なものにバージョンUPさせたいし、窯元に魔術陣の刻印されたレンガの発注もしなくちゃいけない。
そのためには、新規のスタンプの製作をじーさんに頼まないといけないし、魔術陣の下書きも用意しなくちゃいけない。
そうそう、銭湯の基本デザインも決めないといけないんだった……
それに、風呂上りのお楽しみは絶対に外す事が出来ない要素の一つだから、あとは、アレとアレとアレを用意しないといけないのか。
……なんか、生前より忙しくなってね、俺?
「……で、こいつが、今回のそっちの取り分な、っと!」
イスュはテーブルの上にドカリと皮袋を置くと、次に明細を差し出した。
村長が皮袋を受け取り、口紐を解いて中身を確認して俺が明細を受け取り目を通す。
「……なんか今回はまた、随分と細かいな?」
渡された明細には、いくらでいくつ売ったと言う事が複数行に渡って長々と記されていた。
初めのうちこそ、前回と同じ1万RDで販売していた様だが、売れたのは数個止まりとなっていた。
そこからは少しずつ値が下がって行き、一番最後の行では8000RDほどで落ち着いていた。
しかし、値が下がったとは言え、どうやら今回も無事完売となったようで良かった良かった。
で、ウチの取り分はっと……1000万と少しか。
売り上げが下がる下がると、脅されていたからかなり覚悟はしていたのだが、思った以上ではなかった。
「いやぁ~、まさかこんなに早く複製されるとは思わなかったぜ。
しかもっ! 大手商会がいくつも乗り出してきてよぉ!
もぅ、値下げに次ぐ、値下げ合戦が続いてなっ!
ウチは初めから値下げ金額を細かく決めていたって事もあるが、所詮相手さんは苦し紛れの少数生産。
相手の出方に合わせて動けるこっちの物量の前じゃ、敵じゃなかったって訳よっ!
オレ様の華麗なる采配によって、こっちは盛況向こうは閑古鳥ってな!
あいつらの悔しそうな顔ったらよぉ……ぐふっ、ぐふっ、ぐふふふっ……
思い出しただけで、笑いが込み上げてくらぁ!
お前にも見せてやりたかったぜ、ロディフィス!」
「あ~、はいはい、ご苦労さんご苦労さん」
と、自慢げに自分の武勇伝を熱く語るイスュを軽くあしらって、俺は頭の中のソロバンを弾く。
今回の支払い分から、作業に当たった村人たちの手当てを引いて、それに前回の繰越金を足して……
「おいおい、ちょっと冷たいんじゃないのぉ~、ロディフィスくんよぉ~
今回完売させたのって、ぶっちゃけオレ様の手腕よ?
何てたってあの“メルディア商会”を押さえて……クドクド……」
ええーい! ウザイっ! 計算が狂うだろうがっ!
なんと言うか……今日のイスュは何時にも増してウザかった。
上機嫌と言うか、テンションが異様に高いと言うか……
大手商会と張り合って勝ったと言っていたが、それが余程うれしかったのかもしれないな……
いや、んな事は俺にはどうでもいい事か。
サクッと計算を済ますと、現在村にある蓄えは全部で2200万と少しと言う事になる。
さて……俺としては、むしろここからが本番だな。
「っと……本当はもっと話したい事があるんだが、今日はちっと急がなくちゃならなくてな。
前線の商品が尽きちまって、早いとこ送ってやりたいんだよ。
商品の確認は済んでるから、このままもらって行くぜ」
経緯までは知らないが、なんでもイスュが現在手掛けているソロバン販売の事業を、親父と兄たちが全面的に手伝ってくれる事になった、とさっきイスュが話していた。
今、ハロリア商会は一時的ではあったが、イスュを中心とした運営体制を取っている事になる。
それは勿論、家族ゆえの無償の協力などという心温まる話ではなく、ハロリア商会の持つ流通網をイスュにレンタルしていると言うことらしい。
そのため、売り上げの一部はハロリア商会に収めなければならないようなのだが、それでも自由に動かす事ができる隊商を手に入れた事で、流通をより円滑に進める事が出来るようになったとイスュは自慢げに語っていた。
親子共々、商売に精が出るこって……
が、こいつを行かせる前に、どうしても聞いてもらわなければならない話があった。
「イシュタード。急ぎの所、悪いんだが、少し聞いてもらいたい話があるんだ」
俺は、テキバキと撤収の準備を進めるイスュに声をかけた。
イスュは、作業の手を止めて俺の方へと顔を向ける。
「ん? なんだよ急に改まって……気味が悪いな……
まぁ、少しくらいならいいけどよ?」
「おいっ! テメェ、気味が悪いってのは……まぁ、いい。
残念だけど、直ぐ済む話じゃない。
……取り敢えず、こいつを見てくれないか」
怪訝な表情を浮かべるイスュに、俺は大量の資材の一覧を書いたメモ用紙を渡した。
「なんだこりゃ? 木材にレンガ……それに食料?」
「それだけの資材を揃えるのに、お前の所でいくら掛かる?」
「おいおい……また随分とでかい買い物をするな……なんか造んのか?」
「ちょっとな……」
「“ちょっと”なんて量じゃねぇーだろ……」
探りを入れるような目つきで、イスュが訊ねてきたが細かく説明するつもりは俺にはなかった。
たぶん、イスュも他の人たち同様、口でどれだけ説明しても日本式の“風呂”を理解してくれないだろうしな。
どう言った物かは、出来上がりを見てもらった方が全然早いだろう。
「で? いくらになるんだよ?」
「ったく、答える気は無しってか?
まぁ、どうせ出来ちまえば分かる事だからいいけどよ……
そうだな……軽く見積もってざっと2000万ってとこだな。
あっ! 言っておくが、こいつはかなりの“良心価格”だからなっ!
俺はロディフィス、お前相手に金を取るような商売はする気はない。
この価格だって、原価ギリギリでもそれくらいかかるって事だ。
他の所なら、軽く今の倍の値段は言われるからな?」
2000万……か。
思ったより高額だな……
払えない金額ではなかったが、払ってしまえば村の蓄えが底を突いてしまう金額ではあった。
いくら、ソロバンの支払いがまだ数回残っているとしても、支払金が今のまま安定するとは限らないのだ。
今回は、大きく値下がりする事はなかったが、だからと言って次回も大丈夫という保証はどこにもない。
いつどこで、大きく値下がりするか分からないのだ。
村の今後の事を考えたら、蓄えは多いに越したことはない。
と、なるれば……
「んじゃ、1000万で一式揃えてくれないか?」
「……悪い。
聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってくれないか?」
「1000万で一式揃えてくれ」
イスュは俺の言葉を聴くと、額に手をやり大仰に天を仰いで見せた。
「おいおい……ふざけんなよロディフィス?
今言った事、聞いてなかったのか?
オレは2000万かかるって言ってんだ! それも利益度外視の原価販売でだっ!
それを半額ってお前なぁ……
オレがお前から金を取る様なマネをしないのは、お互い良いビジネスパートナーでいたいからだ。
それをお前は……」
「まぁ、落ち着きたまえよイスュ君」
目くじらを立てて、詰め寄るイスュを取り敢えず宥める。
俺だってそれが無茶振りなのは、重々心得ている。
それに、何も無条件にイスュに1000万もの大金を被れなんて鬼のような事は言うつもりはない。
こちらにもその対価となりえるものがある、と言う事だ。
「落ち着けって……これが落ち着いていられるとっ……」
「まぁまぁ、これは一種の投資だと思ってもらいたい」
「……投資だぁ?」
一層怪訝な表情を強めるイスュ。
「ああ。近いうちに、村の住人が増える予定があってな……」
「んだよ? ベビーラッシュでも来るのか?」
「この村の何処に、そんな大量の妊婦が居るってんだ?」
話の腰を折る様に、茶々を入れてきたが、俺は一言ツッコンでから話を続けた。
「ちげーよ。訳あって、今は村を離れているこの村の出身者を呼び戻そうって話があってな。
それも結構な人数が戻ってくる予定なんだよ。
……村の人口が増えたら、お前だって嬉しいんじゃないか? なぁ、イスュ?」
「何でオレが……」
そこまで言いかけて、イスュの言葉がピタリと止まった。
そして、幾ばくかの沈黙の後、突然ニヤリとあの不気味な笑みを浮べた。
「……なるほど、そう言う事か……
ああっ、そう言う事だなっ!
お前の言いたい事が分った。
今回はお前の口車に乗っかってやるよ、ロディフィス。
差分の1000万はオレ様が用立ててやる。
だが……そっちこそ分ってるんだろうな?」
「ああ、損はさせないさ」
「資材の搬入はどうする?」
「早ければ早いだけいいな。全部揃って無くても、まとまった数が用意できたら直ぐにでも欲しい」
「分った。直ぐに調達させよう」
ホント、こいつは金の事になると頭の回転が異様に速くて助かる。
俺たちが話していたのは、村の生産体制の話だった。
村の人口が増える→製作作業員の増加→生産数UP・流通量の増加→市場への安定供給→売り上げの安定化→収入の増加、と言う流れをイスュはたったアレだけの会話で理解したのだ。
たぶん、その流れの中には、現状人手不足が理由で先送りになっているリバーシの生産もイスュの頭の中ではしっかりと組み込まれている事だろう。
どういう事かと言うと……
銭湯の建設に当たり、村長は各地に散っている村の出身者に参加の是非を問う遣いを出していた。
そして、昨日帰ってきたその遣いたちの話からすると、かなりの数の者たちが参加を希望しているらしい事が分ったのだ。
村を出た者たちは、外で余裕のある生活を送っている……とは、とても言いがたい状態らしく、給料が出ると言った途端、一も二も無く飛びついてきたらしい。
で、俺はこの遣いの人たちに、もう一つ彼らに聞いてきて欲しい事を頼んでいた。
それが“もし、村での生活に戻れるとしたら、村に帰ってくる気があるか?”と言う物だった。
殆どが、好き好んで村を出た者たちではないため、これも多くの者たちから“戻りたい”と言う返答が返ってきていた。
そこで、急遽、村長以下村の重鎮を集めて、彼らの村での生活を認めるかどうかについての話し合いが行われる事となったのだ。
元は村で養える人数のキャパシティの限界の所為で、追い出されてしまっていた人たちだ。
今更戻したとして、村で養えるのか? と言う声がチラホラ上がったが、そんな事は最早なんの問題でもなかった。
今や村にはソロバン製作と言う一大産業がある。
ましてや、リバーシの製作など人手不足が理由で、未だ手付かずのままになってしまっている状態だ。
もし、彼らが戻ってきてくれるのであれば、それらの製作を任せる事が出来るようになる、と俺は考えたのだ。
そしてそれは、そのまま村の収入となり、彼ら自身の食い扶持となる。
今や村は人が多ければ多いほど、収入が増える。そんな状態だった。
村を追い出されていた人たちは、村に帰れてハッピー。
村は作業員増加で、生産能力がUPして収入UPでハッピー。
イスュは、売り上げ数UPプラス新商品の製造開始で収入ダブルUPでハッピー。
win&winの関係を超えた3winの関係がこうして出来上がったのだった。
ただ、彼らが村で生活を送る事になると、住居の問題は無視できないものがあった。
何時までも、親類の家にご厄介になってるわけにもいかないからな。
だから、銭湯を造るついでに彼らの家も造ってしまおう、と言う話になったのだ。
村には、空き家となって放置されている家が少なくない数存在する。
今のままでは、とても人が住める状態ではないが多少リフォームすれば問題なく住めるようになるだろう。
それで、足りない分に関しては新築すればいい。
その分の資材は、今回の発注分にしっかり含まれている。
それに、戻ってくる者の中の多くは一人身だと言う。
一人住まいの家なら大きい必要もなく、比較的簡素な造りでいいため工期が短くてすむのだ。
俺がイスュに求めたのは、作業員の増加に伴う資金援助。見返りは生産能力の向上だ。
それも、予定通りの人数が戻ってくるとなると、村の生産能力はざっと2倍に膨れ上がる。
この人数には所帯を持った者の配偶者……要は嫁とか旦那だな……や子どもは含まれて居ないので、一家で村に移住となると、村の人口は更に増える事になる。
この村も賑やかになりそうだ。
「んじゃ、資材の調達と領主への木材購入の交渉は任せろ。
資材は集まり次第届けさせるようにしよう。
オレは隊商について、各地を回らなきゃならないから、資材の搬送の時にはいないが、何かあればバッカス……あの菓子を配ってたヤツを付けるから、そいつに何でも言ってくれ」
ああ、あの頼りないおっちゃんか……
言われて、菓子を配っていたおっちゃんの顔を思い出す。
ガキんちょには、絶大な人気があるんだよなぁ、あのおっちゃん。
資材の料金として、今回のソロバンの売り上げを丸々イスュに渡す事にした。
今回の取り分が丁度1000万RDほどになったので、都合が良かったのだ。
多少多くはあったが、誤差だ誤差。気にする程じゃない。
イスュと村長がその場で略式ではあったが証文を作り(正式な物は後日、改めてと言う話になった)、証印。
イスュは金の詰まった皮袋と、出来上がった商品を持って帰っていった。
相変わらず村長のヤム(牛)車を借りて、だ。
ってか、いい加減自前の荷車に乗って来いよな……
その日の夜……
村長は村人を集会場に集めて、作業に当たった村人たちに給料を支払うと共に、銭湯建設計画の説明をした。
製造作業に当たった村人だけでなく、今回は直接関係ない村人まで招集したのはこのためだった。
勿論、村中の全ての住人を呼び集められる施設などないので、今回は世帯主……要はお父さん連中だな……だけを集めての説明会となった。そこにはウチのパパンの姿もあった。
説明会の内容は主に3つ。
一つは、作業に協力した者には、相応の報酬が出ると言うこと。
そして、もう一つは、村を出ていた者たちを一時的に呼び戻すと言うこと。
それに付随して、家族親類はしばらくの間、空き部屋の提供など彼らの滞在を支援してあげて欲しい事を告げた。
勿論、今回は村の要請で戻ってきてもらっているので、工事の期間中に関する彼らの食費等は村が……言ってしまえば、村長が全て負担する事は明言しておいた。
その金は、ソロバンの売り上げから出ている訳だけど……
そして、最後の3つ目は村人たちに直接関係することではなかったが、戻り組みの中から村への帰郷を望むものには、そのまま村への滞在を許可する旨を伝えた。
報酬が出るとあって喜ぶ者、数年ぶりに家族親族に会えることを喜ぶ者、住人が増えることで生活が苦しくなるのではと不安がる者、今は農業以外の収入があるから大丈夫だと笑う者……
三者三様、十人十色な反応ではあったが、これと言った反対はなかった。
村の人たちは良くも悪くも従順なのだ。
余程酷い内容でもない限り、反対する様な事はない。
リバーシで負けると直ぐにムキになる子どもの様な村長だが、これでも村では人格者として通っている。
それに、ご意見番である神父様への信頼も厚い。
彼らが村長の決定に異議を唱えないのは、“この人に任せておけば大丈夫”そう言った信頼感の現われなのだろう。
日頃の行いって重要なんだなって思いました。小並感。
翌日……
早速、村の決定を村の外で暮らしいる人たちに伝えるために、遣いの人たちが出される事になっている。
予定では数日後に、イスュに頼んでおいた資材と、戻り組みが到着するはずだ。
それまでに進められる部分は進めてしまおう。
やるべき事は意外に多いのだ。
それに、現在村ではちょっとした問題も起きていた。
戻り組みが帰ってくる前に、その問題は早々に解決してしまいたい。
そのための対策会議には、俺も呼ばれているので後で顔を出すことになっていた。
と、大層な事は言っても、いつもの村長と神父様と俺でガイドラインを生成して、あとの細かい部分は村長を含めた重役(?)の方々に話し合って決めてもらえばいい。
大体、俺には俺でやる事が多いのだ。
ボイラーに使う加熱魔術陣を、もっと高効率なものにバージョンUPさせたいし、窯元に魔術陣の刻印されたレンガの発注もしなくちゃいけない。
そのためには、新規のスタンプの製作をじーさんに頼まないといけないし、魔術陣の下書きも用意しなくちゃいけない。
そうそう、銭湯の基本デザインも決めないといけないんだった……
それに、風呂上りのお楽しみは絶対に外す事が出来ない要素の一つだから、あとは、アレとアレとアレを用意しないといけないのか。
……なんか、生前より忙しくなってね、俺?
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