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32話 そして誰も居なくなった……中編
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「ちわーっ!」
常時、開きっぱになっている玄関を潜って、俺たちは銭湯の中へと入っていった。
「おうっ小旦那! まだ、準備中だからお湯は入ってないぜ……って、なんだよなんだよぉ~、モテモテじゃねぇーかっ! うらやましいねぇ~! ひゅ~ひゅ~!!」
ひゅ~ひゅ~!! って、小学生かあんたは……
玄関を潜ると、入り口周りを掃き掃除していたバー……と、言ってもソフトドリンクバーのだが……のマスターが、俺のなりを見るなり、冷やかしてきた。
銭湯の開業から数日が経つ。
その間に、銭湯を管理する人材もを確保し、今では10人ほどの人たちにこの銭湯の準備やメンテをお願いしている。
一応全員、サービス業の経験者(職種はバラバラではあったが)なので、各々適切に対処してくれているのが実に有難い。
マスターには、一番最初の銭湯の従業員と言うことで、この銭湯組みのまとめ役……所謂、リーダーの様なものを勤めてもらっている。
ガラじゃねぇ~んだけどなぁ~、なんていいながらちゃんと引き受けてくれる辺り、責任感の強い人なのかもしれない。
で、それはさておき……
羨ましい……ねぇ……
右手と左手を反対に引っ張られ、首がじわじわと締まって行くこの状況が羨ましいと……?
確かに……好かれて嫌な思いなんてしないが、俺のストライクゾーン達するにはこの子たちはまだ幼すぎた。
さっきは、シルヴィの突然の行動に不意を突かれ、心の防御姿勢が間に合わず、みっともなくも慌てふためいて平静を保っていられなかったが、こんなもの兄貴や妹の子どもたち(生前の話)の面倒を見ていると思えば、どうという事はない。
これは御守りなのだっ!
そう自分に強く言い聞かせておけば……どうという事はないのだ……たぶん……きっと……
正直、10年後くらいに同じ事をされたら、一撃で陥落するだろうけどなっ!
「別に、風呂に入りに来た訳じゃないよ。
別件だ、別件」
この状況では、靴を下駄箱にいれるなんて器用な事が出来ないので、取り敢えず脱ぐだけ脱いで玄関に放置だ。
お客が来るにはまだまだ早い時間なので、特に問題はないだろう。
俺に習って、ミーシャ・シルヴィ・タニアも靴を脱ぐ。
……タニアは靴を脱ぐ際に、一度背中から降りたのだが、脱いだらすぐさま戻ってきて再度憑依されてしまった……
「別件ってーとぉ……もしかして、今作ってる食堂の方か?
そう言えば、さっきパウロさんが何か持って来てたな……」
おっ、流石は棟梁、仕事が速いっ!
パウロとは、棟梁の事だ。本名・パウロ・バヴォーニ、村長の息子で三男だ。
ちなみに、バーのマスターはダリオ・ウリシスさんと言う。まぁ、俺がこの2人を名前で呼ぶ事はまず無いだろうけどな。
棟梁は棟梁だし、マスターはマスターだ。
神父様を神父様って呼んでいるのと、同じ理屈だな。
……そのうち忘れてしまいそうだけど。
「で、今度は何しようってんだ?」
「秘密~、まぁ、出来てからのお楽しみって事で」
「おお? 焦らすねぇ~。
んじゃ、期待して待ってるぜ小旦那」
マスターと軽口を交わして、俺たちは室内へ、そしてマスターは掃き掃除に戻っていった。
銭湯が開業して数日が経ったが、内装などの改造は現在進行形で今も続いている。
なので、今尚、トンカチを打ち付けるトンカン音が銭湯周辺に響き渡っていた。
で、現在俺がプロデュースしているのが、軽食をメインとした食堂の建設だった。
これは、銭湯建設の初期段階からドリンクバー同様取り入れる事を予定していた施設なのだが……
実際、銭湯を開業してみて想定の範囲を大きく超える自体が発生してしまい、食堂の建設は予定よりも若干遅れていたのだった。
まぁ、別に急ぎの仕事と言う事でもないので、ゆっくり進めればいいんだけど……
で、その想定外の事態というのが、銭湯での一人当たりの滞在時間が思っていた以上にとても長い、と言う事だった。
当初は、来て→風呂に入って→少し休んで→帰る。
と、シンプルな流れを考えていたのだが、見込みが少し甘かった。
村の生活は、何時だって規則正しい。
太陽と共に目覚めて、太陽と共に眠るのだ……
……それは、日が沈めば寝る以外にする事が無かったからだ。
そんな場所に、銭湯が出来た事で村民の生活サイクルが劇的に変化した。
今まで使い道の無かった夜の時間を、銭湯のロビーで過ごす人たちが現れたのだ。
家にいてもする事が無い。でも、銭湯に行けば誰かいる。
誰か居るなら、談笑をするもよし、リバーシを持ち込んで対局相手を探すもよし……
そんな風に、村の夜の社交場として利用されるようになったのだ。
それが悪いとは言わないし、思いもしない。
むしろ、村人の憩いの場として利用されているなら、それこそ造った甲斐があると言うものだ。
それに、今は戻り組みもいる。
その中には村の外で所帯を持って、伴侶や子どもを連れて帰ってきた者も少なくない。
そんな人たちにとって、銭湯は都合の良い顔合わせの場であり、人となりをしる良い機会となっていた。
だが、銭湯に収容できる人数には物理的な限界があった。
いくら大きめに造っていたとは言え、村人全員を収容出来るほど銭湯は大きくなかった。
ロビーに溢れる人人人人人人人人……
ロビーに人が集まりすぎて、肝心の風呂場の方に人が行けない、なんて事も以前あったくらいだ。
初期段階の計画では、ロビーの内部に厨房エリアを設置する予定になっていたのだが、ロビーを今以上に狭くする訳にも行かず断念せざるを得なかった。
という訳で、新築の銭湯ではあったのだが、壁の一部を大きく切り開き外部に厨房エリアを併設することにしたのだ。
更に、第2ロビーと言うか……人を収容できる場所を広げる工事もついでに行っている。
建設資材は多めに発注をかけておいたので、材料にはまだ余裕もあったしな。
今はその厨房エリアと、第2ロビーを鋭意建設中だ。
進行状況は厨房五割、第2ロビー三割……と言ったところだろうか。
この調子で工事が進めば、数日中に食堂は開店できる様になるだろう。
で、俺がそんな工事現場に何をしに来たかと言うと……
「こんちわ、テオドアさん」
俺はロビーの端っこで、ぽっかり口を開いている一角……厨房予定地で作業をしていたテオドアさんの背中に向かって声をかけた。
そう、飲食店で料理人として働いていたというのは、シルヴィのお父さんであるテオドアさんの事だった。
なんでも、奥さんも同様に厨房スタッフとして働いていたらしいので、食堂関連はテオドア夫妻を中心にお任せすることにしていた。
現在の銭湯従業員の半分が厨房担当で、もう半分がドリンクバーの担当と言うことになる。
で、準備とか掃除は合同だ。
「ん? ああ、ロディフィス君かい?
丁度いいところに来たね。
さっきパウロの奴が君宛にと、荷物を持って来たのだけ……ん? んん??
んんんんんんんんんっ!?!?!?!?」
一旦作業の手を止めて、振り返ったテオドアさんは俺を見るなり残像でも残しそうな速さで、詰め寄ってきた。
瞬間移動っ!?
んでもって、なぜか両肩をガッシリと捉まれ血走った目を見開いて、鼻の頭が触れる程にまで迫ってきたのだ。
いつもはその糸の様な細い目で、ニコニコと柔和な笑みを浮かべている人なのだが、今に関してはそんなもの微塵も感じられなかった。
……ちょっ、なんかいろいろと、こっ、怖ぇ~よ、……
「ロ、ロッ、ロディ……ロディフィス君……
たっ、確かに……確かにぼっ、ぼ、僕は……君に、シルヴィと仲良く、そう……仲良くしてくれるように頼んだよ……
でも、こっ、これ、こんな……う、腕を組んでピッタリ張り付くようなのが、君が思う仲良くなのかいっ!?
そっ、それに、シルヴィ以外にも2人も……女の子を侍らせて……
いっ、い、一体君は、シ、シ、シルヴィの事をどう言うふうに思って……
へっ、返答次第では……ぼっ、僕……僕は君の事をコロ……」
スッパーーーン!!!
豪快な炸裂音と共に、俺の目前からテオドアさんが消失した。
変わりに目の前に立っていたのは、ウェーブがかったブルネットの長い髪を靡かせた絶世とも言える美女だった……残念な事に、胸は無かったけど……
で、その美女の手には棒状に丸めた布のようなものが握られていて、ホームランバッターよろしくフルスイングの姿勢で固まっていたのだ……本当に残念な事に、胸が全然なかったけど……
ああ、この女性はシルヴィのお母さんだな、と一目で分かった。とてもよく似ているのだ……胸がない所とか……
なるほど……シルヴィはお母さん似で大きくなるとこうなるのか。将来が実に楽しみである……胸の成長には希望が持てそうになかったがな……
で……
視界を少しずらしてみると、近くの壁にテオドアさんが張り付いていた……
……なんつー力で、自分の旦那を殴ってんだよこの奥さん。
「もう……貴方はシルヴィの事となると、どうしてそう考えなしになるのかしら?
大体、子どもに干渉し過ぎるのは私、よくないと思うのよ……」
シルヴィのお母さんは、壁に張り付いていたテオドアさんにそう言うと、くるりと俺の方へと向き直った。
手に持っていた布の棒を、背後に隠しながら……
……手遅れだよ、奥さん……
「ごめんなさいね、驚かせしまって。
初めまして、私はシルヴィアの母でセルヴィアと言います。
貴方がロディフィス君ね?
義父さんに夫、それにシルヴィから話はよく聞かされているわ」
「あっ……これはどうもご丁寧に。
初めまして、ロディフィス・マクガレオスと言います……」
何だかここ最近、挨拶ばっかりしているような気がするな……
と、俺は頭を下げようとして体のあちこちが動かない事に気がついた。
テオドアさんの迫力で、すっかり忘れていたがそういえば俺、今、美少女アーマーフル装備なんだっけ……
正直、このままでは碌に動けないので3人に離れる様に言うと、今回はあっさりと全員素直に離れてくれた。
おおっ! 体が軽いっ!
なんだか、トレーニング用のクソ重いリストバンドを外したあとの、悟○とかピッコ○さんとかの気分だな……もうこれで何も怖くないっ!……って違うな。それだと、死んじまうのか……
この子たちは、なんと言うかいろいろと聡いんだよなぁ……
俺が本当にそうして欲しい時は、この子たちは素直にちゃんと言う事を聞いてくれるのだ。
例えば、俺が今からここで作業をする事を、彼女たちは察してくれている。
だから、邪魔にならないように素直に言うことを聞いてくれる。
わがままを言うところと、素直に従う所のメリハリをしっかり付けいてるから、こっちも叱るに叱れないのだ。
本当に、恐ろしい子たち……
「いてて……酷いじゃないかセルヴィ……
いきなり殴る事はないだろ?」
もぞもぞと、シルヴィアママ……セルヴィさんに吹っ飛ばされていたテオドアさんが壁から剥がれて戻ってきた。
「それは、貴方がおかしな事を口走ろうとしていたからでしょ?
まったく、貴方は何も分っていないのだから……
それよりも、シルヴィにこんなに沢山のお友達が出来た事を喜んだらどうなの?」
「それは……まぁ、確かに、その通りなんだけどね……」
テオドアさんは、ばつが悪そうに頬をポリポリと掻ていた。
「もう貴方ったら……
それで、今日はどう言ったご用件なのかしら?」
「ああ、そうだったそうだった……
はい、ロディフィス君。これがパウロからの預かり物だよ」
セルヴィさんの言葉で、思い出したようにテオドアさんが棟梁からの荷物を取り出してくれた。
「しかし……これは一体何に使う物なんだい?」
「イス……?」
「いんや、違うよ」
その物体を見て、ミーシャがそんな事を言っていたが、確かにテオドアさんが渡してくれたのは、一見イスにしか見えない物体だった。
四角い板に、四本の足。
大きさはさして大きくない。
そして、天板には中央部分にスリットがあり、空いたスペースには魔術陣が掘り込まれていた。
あと、四本の足の内二本にも細かい魔術陣がびっしりと掘り込まれていた。
勿論、この魔術陣は俺が彫ったもので、他の部分は棟梁に外観を説明しながら作ってもらったものだった。
そして、もう一つ。
こっちはまんま枡だな。それと蓋だ。
サイズとしては、大人の掌くらい……10cm四方といったところか……
当然だが、ただの枡ではない。こちらにも、底面に一つ魔術陣が掘り込まれていて、蓋の外面にも一つ、魔術陣が彫られている。
「ぐふふふっ!
これで、この食堂の目玉商品を作りますっ!」
そう、これは一種の調理器具だった。
その場にいた全員が頭の上に ? を浮べていたので、ここは一つ実演だっ!
まぁ、百聞は一見に如かずとも言うしなっ!
常時、開きっぱになっている玄関を潜って、俺たちは銭湯の中へと入っていった。
「おうっ小旦那! まだ、準備中だからお湯は入ってないぜ……って、なんだよなんだよぉ~、モテモテじゃねぇーかっ! うらやましいねぇ~! ひゅ~ひゅ~!!」
ひゅ~ひゅ~!! って、小学生かあんたは……
玄関を潜ると、入り口周りを掃き掃除していたバー……と、言ってもソフトドリンクバーのだが……のマスターが、俺のなりを見るなり、冷やかしてきた。
銭湯の開業から数日が経つ。
その間に、銭湯を管理する人材もを確保し、今では10人ほどの人たちにこの銭湯の準備やメンテをお願いしている。
一応全員、サービス業の経験者(職種はバラバラではあったが)なので、各々適切に対処してくれているのが実に有難い。
マスターには、一番最初の銭湯の従業員と言うことで、この銭湯組みのまとめ役……所謂、リーダーの様なものを勤めてもらっている。
ガラじゃねぇ~んだけどなぁ~、なんていいながらちゃんと引き受けてくれる辺り、責任感の強い人なのかもしれない。
で、それはさておき……
羨ましい……ねぇ……
右手と左手を反対に引っ張られ、首がじわじわと締まって行くこの状況が羨ましいと……?
確かに……好かれて嫌な思いなんてしないが、俺のストライクゾーン達するにはこの子たちはまだ幼すぎた。
さっきは、シルヴィの突然の行動に不意を突かれ、心の防御姿勢が間に合わず、みっともなくも慌てふためいて平静を保っていられなかったが、こんなもの兄貴や妹の子どもたち(生前の話)の面倒を見ていると思えば、どうという事はない。
これは御守りなのだっ!
そう自分に強く言い聞かせておけば……どうという事はないのだ……たぶん……きっと……
正直、10年後くらいに同じ事をされたら、一撃で陥落するだろうけどなっ!
「別に、風呂に入りに来た訳じゃないよ。
別件だ、別件」
この状況では、靴を下駄箱にいれるなんて器用な事が出来ないので、取り敢えず脱ぐだけ脱いで玄関に放置だ。
お客が来るにはまだまだ早い時間なので、特に問題はないだろう。
俺に習って、ミーシャ・シルヴィ・タニアも靴を脱ぐ。
……タニアは靴を脱ぐ際に、一度背中から降りたのだが、脱いだらすぐさま戻ってきて再度憑依されてしまった……
「別件ってーとぉ……もしかして、今作ってる食堂の方か?
そう言えば、さっきパウロさんが何か持って来てたな……」
おっ、流石は棟梁、仕事が速いっ!
パウロとは、棟梁の事だ。本名・パウロ・バヴォーニ、村長の息子で三男だ。
ちなみに、バーのマスターはダリオ・ウリシスさんと言う。まぁ、俺がこの2人を名前で呼ぶ事はまず無いだろうけどな。
棟梁は棟梁だし、マスターはマスターだ。
神父様を神父様って呼んでいるのと、同じ理屈だな。
……そのうち忘れてしまいそうだけど。
「で、今度は何しようってんだ?」
「秘密~、まぁ、出来てからのお楽しみって事で」
「おお? 焦らすねぇ~。
んじゃ、期待して待ってるぜ小旦那」
マスターと軽口を交わして、俺たちは室内へ、そしてマスターは掃き掃除に戻っていった。
銭湯が開業して数日が経ったが、内装などの改造は現在進行形で今も続いている。
なので、今尚、トンカチを打ち付けるトンカン音が銭湯周辺に響き渡っていた。
で、現在俺がプロデュースしているのが、軽食をメインとした食堂の建設だった。
これは、銭湯建設の初期段階からドリンクバー同様取り入れる事を予定していた施設なのだが……
実際、銭湯を開業してみて想定の範囲を大きく超える自体が発生してしまい、食堂の建設は予定よりも若干遅れていたのだった。
まぁ、別に急ぎの仕事と言う事でもないので、ゆっくり進めればいいんだけど……
で、その想定外の事態というのが、銭湯での一人当たりの滞在時間が思っていた以上にとても長い、と言う事だった。
当初は、来て→風呂に入って→少し休んで→帰る。
と、シンプルな流れを考えていたのだが、見込みが少し甘かった。
村の生活は、何時だって規則正しい。
太陽と共に目覚めて、太陽と共に眠るのだ……
……それは、日が沈めば寝る以外にする事が無かったからだ。
そんな場所に、銭湯が出来た事で村民の生活サイクルが劇的に変化した。
今まで使い道の無かった夜の時間を、銭湯のロビーで過ごす人たちが現れたのだ。
家にいてもする事が無い。でも、銭湯に行けば誰かいる。
誰か居るなら、談笑をするもよし、リバーシを持ち込んで対局相手を探すもよし……
そんな風に、村の夜の社交場として利用されるようになったのだ。
それが悪いとは言わないし、思いもしない。
むしろ、村人の憩いの場として利用されているなら、それこそ造った甲斐があると言うものだ。
それに、今は戻り組みもいる。
その中には村の外で所帯を持って、伴侶や子どもを連れて帰ってきた者も少なくない。
そんな人たちにとって、銭湯は都合の良い顔合わせの場であり、人となりをしる良い機会となっていた。
だが、銭湯に収容できる人数には物理的な限界があった。
いくら大きめに造っていたとは言え、村人全員を収容出来るほど銭湯は大きくなかった。
ロビーに溢れる人人人人人人人人……
ロビーに人が集まりすぎて、肝心の風呂場の方に人が行けない、なんて事も以前あったくらいだ。
初期段階の計画では、ロビーの内部に厨房エリアを設置する予定になっていたのだが、ロビーを今以上に狭くする訳にも行かず断念せざるを得なかった。
という訳で、新築の銭湯ではあったのだが、壁の一部を大きく切り開き外部に厨房エリアを併設することにしたのだ。
更に、第2ロビーと言うか……人を収容できる場所を広げる工事もついでに行っている。
建設資材は多めに発注をかけておいたので、材料にはまだ余裕もあったしな。
今はその厨房エリアと、第2ロビーを鋭意建設中だ。
進行状況は厨房五割、第2ロビー三割……と言ったところだろうか。
この調子で工事が進めば、数日中に食堂は開店できる様になるだろう。
で、俺がそんな工事現場に何をしに来たかと言うと……
「こんちわ、テオドアさん」
俺はロビーの端っこで、ぽっかり口を開いている一角……厨房予定地で作業をしていたテオドアさんの背中に向かって声をかけた。
そう、飲食店で料理人として働いていたというのは、シルヴィのお父さんであるテオドアさんの事だった。
なんでも、奥さんも同様に厨房スタッフとして働いていたらしいので、食堂関連はテオドア夫妻を中心にお任せすることにしていた。
現在の銭湯従業員の半分が厨房担当で、もう半分がドリンクバーの担当と言うことになる。
で、準備とか掃除は合同だ。
「ん? ああ、ロディフィス君かい?
丁度いいところに来たね。
さっきパウロの奴が君宛にと、荷物を持って来たのだけ……ん? んん??
んんんんんんんんんっ!?!?!?!?」
一旦作業の手を止めて、振り返ったテオドアさんは俺を見るなり残像でも残しそうな速さで、詰め寄ってきた。
瞬間移動っ!?
んでもって、なぜか両肩をガッシリと捉まれ血走った目を見開いて、鼻の頭が触れる程にまで迫ってきたのだ。
いつもはその糸の様な細い目で、ニコニコと柔和な笑みを浮かべている人なのだが、今に関してはそんなもの微塵も感じられなかった。
……ちょっ、なんかいろいろと、こっ、怖ぇ~よ、……
「ロ、ロッ、ロディ……ロディフィス君……
たっ、確かに……確かにぼっ、ぼ、僕は……君に、シルヴィと仲良く、そう……仲良くしてくれるように頼んだよ……
でも、こっ、これ、こんな……う、腕を組んでピッタリ張り付くようなのが、君が思う仲良くなのかいっ!?
そっ、それに、シルヴィ以外にも2人も……女の子を侍らせて……
いっ、い、一体君は、シ、シ、シルヴィの事をどう言うふうに思って……
へっ、返答次第では……ぼっ、僕……僕は君の事をコロ……」
スッパーーーン!!!
豪快な炸裂音と共に、俺の目前からテオドアさんが消失した。
変わりに目の前に立っていたのは、ウェーブがかったブルネットの長い髪を靡かせた絶世とも言える美女だった……残念な事に、胸は無かったけど……
で、その美女の手には棒状に丸めた布のようなものが握られていて、ホームランバッターよろしくフルスイングの姿勢で固まっていたのだ……本当に残念な事に、胸が全然なかったけど……
ああ、この女性はシルヴィのお母さんだな、と一目で分かった。とてもよく似ているのだ……胸がない所とか……
なるほど……シルヴィはお母さん似で大きくなるとこうなるのか。将来が実に楽しみである……胸の成長には希望が持てそうになかったがな……
で……
視界を少しずらしてみると、近くの壁にテオドアさんが張り付いていた……
……なんつー力で、自分の旦那を殴ってんだよこの奥さん。
「もう……貴方はシルヴィの事となると、どうしてそう考えなしになるのかしら?
大体、子どもに干渉し過ぎるのは私、よくないと思うのよ……」
シルヴィのお母さんは、壁に張り付いていたテオドアさんにそう言うと、くるりと俺の方へと向き直った。
手に持っていた布の棒を、背後に隠しながら……
……手遅れだよ、奥さん……
「ごめんなさいね、驚かせしまって。
初めまして、私はシルヴィアの母でセルヴィアと言います。
貴方がロディフィス君ね?
義父さんに夫、それにシルヴィから話はよく聞かされているわ」
「あっ……これはどうもご丁寧に。
初めまして、ロディフィス・マクガレオスと言います……」
何だかここ最近、挨拶ばっかりしているような気がするな……
と、俺は頭を下げようとして体のあちこちが動かない事に気がついた。
テオドアさんの迫力で、すっかり忘れていたがそういえば俺、今、美少女アーマーフル装備なんだっけ……
正直、このままでは碌に動けないので3人に離れる様に言うと、今回はあっさりと全員素直に離れてくれた。
おおっ! 体が軽いっ!
なんだか、トレーニング用のクソ重いリストバンドを外したあとの、悟○とかピッコ○さんとかの気分だな……もうこれで何も怖くないっ!……って違うな。それだと、死んじまうのか……
この子たちは、なんと言うかいろいろと聡いんだよなぁ……
俺が本当にそうして欲しい時は、この子たちは素直にちゃんと言う事を聞いてくれるのだ。
例えば、俺が今からここで作業をする事を、彼女たちは察してくれている。
だから、邪魔にならないように素直に言うことを聞いてくれる。
わがままを言うところと、素直に従う所のメリハリをしっかり付けいてるから、こっちも叱るに叱れないのだ。
本当に、恐ろしい子たち……
「いてて……酷いじゃないかセルヴィ……
いきなり殴る事はないだろ?」
もぞもぞと、シルヴィアママ……セルヴィさんに吹っ飛ばされていたテオドアさんが壁から剥がれて戻ってきた。
「それは、貴方がおかしな事を口走ろうとしていたからでしょ?
まったく、貴方は何も分っていないのだから……
それよりも、シルヴィにこんなに沢山のお友達が出来た事を喜んだらどうなの?」
「それは……まぁ、確かに、その通りなんだけどね……」
テオドアさんは、ばつが悪そうに頬をポリポリと掻ていた。
「もう貴方ったら……
それで、今日はどう言ったご用件なのかしら?」
「ああ、そうだったそうだった……
はい、ロディフィス君。これがパウロからの預かり物だよ」
セルヴィさんの言葉で、思い出したようにテオドアさんが棟梁からの荷物を取り出してくれた。
「しかし……これは一体何に使う物なんだい?」
「イス……?」
「いんや、違うよ」
その物体を見て、ミーシャがそんな事を言っていたが、確かにテオドアさんが渡してくれたのは、一見イスにしか見えない物体だった。
四角い板に、四本の足。
大きさはさして大きくない。
そして、天板には中央部分にスリットがあり、空いたスペースには魔術陣が掘り込まれていた。
あと、四本の足の内二本にも細かい魔術陣がびっしりと掘り込まれていた。
勿論、この魔術陣は俺が彫ったもので、他の部分は棟梁に外観を説明しながら作ってもらったものだった。
そして、もう一つ。
こっちはまんま枡だな。それと蓋だ。
サイズとしては、大人の掌くらい……10cm四方といったところか……
当然だが、ただの枡ではない。こちらにも、底面に一つ魔術陣が掘り込まれていて、蓋の外面にも一つ、魔術陣が彫られている。
「ぐふふふっ!
これで、この食堂の目玉商品を作りますっ!」
そう、これは一種の調理器具だった。
その場にいた全員が頭の上に ? を浮べていたので、ここは一つ実演だっ!
まぁ、百聞は一見に如かずとも言うしなっ!
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