前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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37話 作物危機一髪

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「ロディフィス、少しいいですか?」

 学校の授業も終わり、さて帰ろうかと荷物をまとめていると不意に神父様に呼び止められてしまった。

「ん? どうしました神父様?」
「いえ、これから少しだけ時間を頂けないかと思いまして」

 はて? 神父様から呼び出しとは、これ如何に……
 ……俺、なんかしたっけか?
 特に心当たりはないのだが……まぁ、話を聞けば分る事か。
 別に、急いで帰らなければならない理由もないしな。
 以前は、銭湯の様子を頻繁に見に行く必要があったが、最近はすっかり落ち着いて俺の監督など必要なくなっていたからな。
 俺は神父様に同意するとミーシャたちに先に帰るように伝えて、その場で別れた。

「で、こらからどうします?
 取り敢えず、書庫にでも行きますか?」
「いえ、これからバル……村長の家に向かいます。
 授業が終ったら、キミを連れてきて欲しいとバルに頼まれていたのですよ」
「村長が俺を……?」

 ふむ……なんの用だろうか?
 ここ最近は、ソロバンの収支だとか、村人に払う賃金とか、銭湯に納める食材の選定やらで顔をつき合わせて話をする機会が、めっきり増えてしまっていた。
 それらに関係する話だろうか……?

「では、行きましょうか」
「へ~い」

 と、言うわけで俺と神父様は一路、村長の家へと向かって教会を出たのだった。

 村長の家に着くと、ノックもそこそこに勝手に上がり込んで何時もの広間へと向かった。
 話をする時は、何時もあの部屋なので今回も間違いなくあの部屋だろう。
 ってか、俺ってば頻繁にここに来てるくせに、実を言うとあの広間以外ろくにこの家の間取りとか知らないんだよなぁ……別に興味はないけどさ。
 家の中は静かなもので、まるで誰もいないかのような静かさだった。
 まぁ、実際ほとんど人はいないのだろう。
 居たとして村長と、その奥さんくらいなものか……
 今、この家には三世帯が暮らしている。
 まず村長夫婦、次に村長の長男夫婦、そして次男夫婦……これは、テオドアさん夫婦とシルヴィのことだな。
 棟梁もここに住んではいるのだが、あの人は未婚なので世帯数としてはノーカウントだ。
 長男は自警団の詰め所で働いているので、この時間はまず家にはいない。
 長男の奥さんも、自警団で裏方として勤めているので同じくだ。
 長男夫婦には2人の息子がいるのだが、上の方とは実は顔見知りだったりする。
 なにせ、学校に剣の指導にに派遣されている自警団員の一人がその長男夫婦の息子なのである。
 教え方も丁寧で優しくてしかも強い。その上ナイスなイケメンと言う事で女子人気が高い人物だったりする。ケッ、いっそ禿げてしまえっ!
 当然、今は詰め所だろう。
 次男夫婦……テオドアさん夫婦は今は、銭湯の準備中だろうな。
 最近は、学校が終るとシルヴィも手伝いに顔を出していると言っていた。
 シルヴィの担当は、飾っているお花の世話と、ロビーの掃除がメインらしい。
 先日、銭湯に行ったとき“あのお花はわたくしが摘んできましたのよ”っと、自慢げに話していたっけか……
 棟梁に至っては、銭湯建設後は移住組の住居の建築を仕切っており、毎日、朝から暗くなるまで、カンカンと村の何処かで木槌を振るっている。
 今も何処かで、カンカン音を響かせていることだろう。
 移住組みの住居の建設も、もう随分と進んだらしく、そろそろ終りが見えてきた、とこの間サウナで顔を合わせた時にそんな事を言っていたっけかな……
 そんな訳で、棟梁も今は家にはいない。
 つまり、今この家の住人のほとんどが出払っているのだ。
 静かなのも、当然だな。
 神父様が、広間の扉を開くと中では案の定村長が定位置に座っていた。
 俺たちが来るのを、ここで待っていたらしい。

「すいません、お待たせしました」
「別に待ってねぇよ。もともとチビどもの学校のあとって約束だったから、時間としては妥当だろ?」
「ちぃーっす、村長。
 なんか俺に用があるって話を聞いたけど、何?」
「ああ、その事なんだが……ロディフィス、お前に折り入って相談したい事があるんだが……
 まぁ、その辺の事情含めて話したい事があるんで、取り敢えずお前ら、そこらに適当に座ってくれ」
 
 すすめられるまま、近場のイスに俺たちは腰を下ろした。
 しかし……相談、とな……?
 しかも、“折り入って”とか妙に畏まった言い方なのが気になった……言い難いことなのだろうか?
 ……もしや、アレか?
 村人から給料のベースアップベアの要求でも出たか? 春闘か?
 今は、無理だぞ?
 銭湯やら住居やら建てて、しかも、各種諸々に金を使っちまったから、手元に残っている金は……少なくは無いが、全員の給料を増やしてやれる程多くは無い。
 なので、こう言う場合は先にクギを刺しておくに限る。

「カネなら無いぞ? それは村長だって知ってるだろ?」
「……何処からカネの話が出てきた?」

 ……あれ? 違ったか?
 村長が酷く呆れた顔で俺の事を見ていた。

「いや……村人が賃上げを要求して来たから、その相談……じゃないのか?」
「だから、何処からそんな話が出てきた?」
「いや、だって、何かすごく言い難そうにしてたもんだからてっきり……」

 村長は、はぁ……とでかいため息を一つ吐いた。

「まったく違うわ……
 そもそも、給金に関しては喜んでる奴はいても、文句を言っとる奴なんぞおらん。
 俺がお前に頼みたい事ってのは……
 とにかく、順を追って話す。
 質問はそれからだ、取り敢えずお前は黙って人の話を聞け」
「へ~い」

 と言うことで、大人しく村長の話を聞く事にした。

 で、数分後……

「……っつー訳で、なんかいい方法ってねぇもんか?」
「って、いきなりそんな事を言われてもなぁ……」

 村長の話を簡単にまとめると、次のような事になる。
 村は今、過去に例のないくらいの晴天続きで、雨がまったく降っていない状態が続いていた。
 所謂、日照りってやつだな。
 “日照り”なんて聞くと、なんだかすげー深刻な問題に聞こえるが、ことここラッセ村ではそこまで深刻な話ではない。
 ただ、長い間雨が降っていない、それだけの話でしかないのだ。
 村の生活用水は、近くを流れている川に依存しているので雨の影響は受け難い。
 だが、そんな村でも、雨が降らなくて困る場所もある。
 それが、畑だった。
 村の農法において、畑への水やりはすべて天任せ、雨任せだった。
 そもそも小麦は、乾燥には強い植物で栽培に必要な水の量が、非常に少なくて済むと言う特徴がある。
 だから、運を天に任せる……ではないが、天に水を任せっきりにしている村の農法でも十分に育てる事が出来ていた。
 小麦の栽培は、多少雨が降らない程度の事ならあまり関係ないのだ。むしろ、水が多過ぎる方が育ちが悪くなってしまうくらいだ。
 しかし……
 だからと言って、水が一滴も無くても育つかと言うと、そう言うわけでもない。
 このまま放っておけば、遠くないうちに村の作物は全滅する事になる。
 が、何も長い間雨が降らないのは今年に限った話じゃない。
 数年に一度は、こう言う日照りの年もあるらしく、村の連中はこう言った場合の対処法ほちゃんと心得ていた。
 何をしたかと言えば、単純に水を撒いたのだ。
 村の近くには、幸いな事に川が流れている。
 そこから水を汲んで、雨が降るまでの繋ぎとして畑に撒くのだ。
 しかも、今年からは銭湯の給水システムを利用することが出来たため、水を汲むのにかかる労力がぐっと抑えられている。
 以前のように、わざわざ片道ン十分も掛けて、広い川に行く必要も、近いが足場の悪いうえ浅く細い川に行く必要もなくなったのだ。
 近い上に楽。まさに至れり尽くせり、だ。
 だが、いくら以前よりは水汲みが楽になってとは言え、スプリンクラーはおろか、灌漑かんがい設備もないこの村では“水撒き”一つ取っても重労働だった。
 人、一人が一度に運べる水の量など高が知れている……
 良くて大きめの桶2つがいいとこだ。
 いくら水が少なくても育つ小麦とは言え、畑一面に水を撒くとなればその総量は決して少なくない。
 ヤムを飼っている家なんかまだいい方で、小型の荷車一杯に桶や瓶を乗せて、数回の往復で済ませる事が出来た。
 しかし、飼っていない所はそれを全て人力で行わなければならなかった。
 知人友人からヤムを借りられれば運が良い方で、それすらもうまく行かなかった時は、何度も何度も畑と水場を往復するハメになっていた……
 かくいう俺も、親父の手伝いで愛車クララを駆って水の運搬を何度もしている。
 しかも、よその畑からもヘルプとして呼ばれる事も結構あった。 
 初めのうちこそ“そのうち雨が降るだろう”と楽観視していた村人たちだったが、待てど暮らせど雨は降らず……
 村長が日課で付けてる日誌……村での出来事を簡略的に記した、日記の様なもの……によると、最後に雨が降ってもう30日以上が過ぎようとしているらしい。
 しかも、連日の猛暑の所為で……具体的な温度は分らないが……、地面の水分も飛んでカッサカサに乾いてしまっていた。
 これでは、撒いた端から蒸発してしまい、思うように作物に水を与えられないでいた。
 水場に近い畑ならまだいい。
 しかし、遠い所になると水の入った重たい桶を担いで、炎天下の下延々と歩き続けさせられる訳だ……
 間違いなく、熱中症になるな……
 現に、暑さで倒れた者も数人いたと、村長も言っていた。
 この際、雨が降らない事は自然を相手している事だから“仕方ない”と潔く諦めよう。
 ならせめて、水やりくらいはどうにか楽にならないだろうか? というのが村長からの頼み事だった。
 
「なぁ、ロディフィス。お前がしょっちゅう作ってるあのけったいな道具で、こう……パパッとなとか出来ないもんか?
 実を言えば、村の連中からお前に言えば、なんとかしてくれるんじゃないかって話がちらほら上がっていてな……」

 なるほど……村長が言いたい事は理解した……
 つまり俺に何か魔道具を作らせて、作業を楽にしたい、と……そういう事だな?
 しかも、村の連中から声が上がったってことは、さては奴ら俺の事を、便利道具をだすドラ○もんか何かだと思ってやがるなっ!?
 ……と、一瞬思わなくもなかったが、似たような事を散々やってきている手前、今更否定のしようもないか……
 それに、俺も個人的な目的のために、いくら給料を払ったとは言え村人を顎で使って銭湯なんものを建てさせたわけだから、あんま他人の事をとやかく言えないんだよなぁ……
 その給料に支払ったカネさえ出元は、村人がソロバンを作って売ったカネだから、なおさらだな。
 村の人たちには銭湯を建てる時に世話になっているから、出来れば楽をさせて上げたいとは思うのだが、さてどうしたものかね……

「ほれっ、お前がよく乗ってるあの“ヤムがいないのに動く荷車”を沢山作らせればいいんじゃないかって話も、一部から上がっていてな……
 お前だから正直に話すが、何時だったか洗濯場を作った時の事を覚えてるか?
 今、村の中はあの時に近い状態になっとるぞ?」
「げっ、マジか……」

 村長の言葉で、以前川岸に大衆洗濯場を作る事になった経緯が思い起こされた。
 あの時は、試作型洗濯機欲しさに、村中の奥様方が我が家に大挙して押しかけて来たんだったか……
 確か、ストーカーもされたし、抜駆けする者が出ないように監視もされていたっけな……
 で、一軒ずつ対応していたんじゃらちが明かないって事で、公共施設化させようって事になったんだよなぁ。
 あれは正直笑えないのだ。
 常にドアがドンドンされるからなぁ……
 妹たちもあの時は“うるさぁーいっ!”と、かなりご立腹な様子だった訳だが…… 

「そのうち、川から遠い場所に畑を持っとる奴らが大挙して、お前の家に押し寄せてくるかも知れんな?」
「……勘弁してくれ……」

 ニヤニヤ笑いながら言う村長に、辟易した気分で俺はそう答えた。
 あの時の二の舞はゴメンだ。

「まぁ、ってな事になりそうだったから、こうして俺が一応代表って事で話をつける事になったんだが……
 で、どうなんだ?」

 あら? 村長は村長で、俺の事を気遣っていてくれていたとは……
 ちょっと見直したよ、村長。

「うーむ……」

 しかし……どうなんだ? って、簡単に言ってくれるなぁ……
 要は、村の端っこまで水を持っていけばいいって事だろ?
 農業用の用水路なんかの灌漑かんがい設備を造る……ってのは、時間が掛かりすぎるか……
 今から造っていたのでは、出来上がる頃には収穫期を終えてしまう。
 なら、村人たちが言うように愛車クララを量産化するか?
 まぁ、確かにあれば便利だろうが、愛車クララは欠陥車両だから、あれを量産する気にはなれないんだよなぁ……
 それにそもそも材料がろくに残っていないのだ。
 確保していた木材は、もうほとんどが銭湯と住居に姿を変えてしまっていた。あと、一部が量産向けの車両実験機になったくらいか……
 今からまた木材を一から調達していては、これまた完成までに時間が掛かり過ぎて問題の即時解決とはいかないだろう。
 なら、村中の荷車を文字通り魔改造する方法もあるが、それだと結局出来上がるのは愛車クララ程度の性能しか出せない欠陥車両になってしまう。
 第一、あの操作の小難しい愛車クララを村の連中がうまく扱える保障もないんだよなぁ……
 操作を簡略化して、安定動作する農作業用の試作型魔動車は現在鋭意開発中である。
 が、例えそれが完成したとしても部品点数がパないのですぐさま量産とはいかないんだよなぁ……
 なんて事を、あーでもない、こーでもないと村長と話していたら、今まで聞き手に回っていた神父様おもむろに口を開いたのだった。

「ロディフィス、一ついいでしょうか?」
「はい? なんですか神父様?」
「公衆浴場で使っている技術を利用する、というのはどうでしょうか?」

 神父様の言う“公衆浴場で使っている技術”とは、給水・送水システムの事だった。
 銭湯では竹をパイプに見立てて、水やお湯を各所に送水している。
 この方法を使って、村の各所まで水を引っ張ろうと言うのだ。

「一から水路を造るとなると工期が長くなってしまいますが、水路を竹で代用すれば造るのは水を汲み取る貯水池だけになります。
 それに、材料となる竹は、東の森にいくらでも生えていますから調達するのも容易ですし……
 いずれ本格的に施工するかどうかは別にして、急場しのぎということなら、この方法でもいいのではないでしょうか?」

 俺は、神父様の話を聞いて頭にピカッと電球が閃いた。

「村長っ!
 前に俺が作った村の地図って、どうしたっけ!?」
「ん? あー、ここに置いてあるぞ?」

 村長が部屋の一角に押しのけられていたゴミっぽいものの中から、以前に俺が作ったこの村の簡易地図を引っ張り出してきた。
 おいっ、こらぁっ! 人が折角作った物なんだから、もっと大切に扱いなさいよっ!
 俺は、村長から地図を受け取ると、早速開いて各所にチェックを入れていく。

「うん……うん……おっ? 行けるなコレ……」
「おっ? なんかいい方法でも、思いついたか?」
「ええ、神父様のおかげでね……」

 神父様の言う通りだ。
 何も持続可能な物を作る必要はないのだ。
 取り敢えず、“今”をどうにか出来ればいいそれでいい。
 その後で、本格的に水路を作るなり、いらないようなら埋めるなり、好きにすればいいのだ。

「では、簡易的ですが、計画の概要を話したいと思います。
 神父様も村長も、思うところがあれば忌憚のないご意見をお願いします。
 では……」

 そして、俺は、二人に本計画の趣旨を話したのだった。

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