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38話 水を汲みに水源へ

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 翌日……

「……説明は以上! 何か質問のあるやつは挙手っ!」

 クマのおっさんに肩車してもらっている俺の前には、今、40人ほどの屈強な男たちが集まっていた。
 一同を見渡すが、これといって手を上げそうな雰囲気の奴は居ない。

「では、事前に連絡した班分けに従って担当作業に当たるようにっ!
 分らない事、判断に困るような事があった時は放置せず、必ず棟梁に判断を仰ぐこと!
 報告・連絡・相談この3つをしっかり守るようにっ! 
 以上! 解散っ!」

 俺の号令一下、集まっていた男たちは三々五々自分の担当場所へと向かって散って行った。
 朝も早いうちから何をしているかといえば、簡易水路の建設だ。
 で、今しがた散って行ったのが村で、主に土建を担当してもらっている棟梁の一派の人たちだった。
 村で行う建築・土木工事の全般はを仕切っているのは彼らだった。
 本当なら、今日も移住組みの住居を建設する予定だったのだが、急遽この簡易水路の製作に回ってもらったのだ。
 住む場所よりもまず畑、である。
 棟梁には昨日のうちに話を通してあり、作業員の班分けから、各員の作業場所の指定まで全てお任せしていた。
 お陰で、棟梁経由で土建組みの方々には事前に説明が行き渡り、トラブルなくスムーズに作業を始める事が出来たのはありがたい。

「んじゃ、そろそろ降ろしてくれや」
「ったく……お前、人を踏み台か何かと勘違いしてんじゃねぇか……?」

 ぶつくさ言いつつも、クマのおっさんは俺を丁寧に肩から下ろしてくれた。

「あんがとさん。
 いやいや、踏み台なんてとんでもないっ!
 “乗り心地のいいクーパ”くらいには思ってるって!」
「このヤロー……」

 ボスンッ

「あだっ!」

 クマのおっさんは呆れ顔で、俺の頭に拳を落とした。
 児童虐待で訴えるぞ?
 まぁ、言うほど痛くはないのだが……

「んじゃ、俺はもう行くからな……」
「おうっ、お勤めがんばってこいよ~!」

 クマのおっさんは返事を返す代わりに、背中越しに手を振って答えてみせた。
 クマのおっさんもまた、これから土木工事に参加するのである。
 自警団……とは、言っても全員何かしらの兼業をしている。
 自警団だけでは食っては行けないのだ。
 クマのおっさんは以前までは、自警団の団長の傍ら畑仕事を手伝っていたのだが、村の拡充や土木工事を主体で請け負う土建組みが発足されてからは、そちらを主体に手伝っていた。
 体はでかいし力持ちと言うことで、重宝しているとの事だ。
 何より土建組みのリーダーである棟梁とは、幼馴染らしく気の置けない仲と言うやつらしい。
 自警団員の多くは、体も鍛えられるからと土建組みに所属している者が多くいたのもまた都合が良かったのだろう。
 ちなみに、今回の水路工事は緊急クエストと言う事で少し多めに報酬が出るとあって皆やる気に満ち溢れていた。

「で、俺は何をすればいいんだよ?」

 大人たちがすっかりいなくなった広場に、ぽつんと取り残されていたグライブがそう聞いてきた。

「別に、グライブお前には用はねぇーよ。
 お前は勝手に付いてきただけだろ?
 用があるのは、ミーシャの方だ」
「わたし?」

 ミーシャはポカーンとした表情で、自分の顔を指差していた。
 今日は、学校が休みの日ではないのだが、村の大事ということで特別に俺たちは授業を休ませてもらっている。俺たち3人以外は今日も教会でお勉強中である。
 ちなみに、俺が協力を要請したのはミーシャだけだったのだが、なぜかグライブまで一緒に付いて来てしまったのだ。
 邪魔……という事はないので、精々コキ使って役に立ってもらおうではないか。
 そういう約束だしな……
 というのも、“俺たちの手伝いをちゃんとする”という条件で、グライブは学校を休む許可をもらったのだ。
 俺は、まぁ、そもそも教師役をやっているくらいだから、休みをもらうのに何の問題もなくすんなりと許可がおりた。
 ミーシャも成績はトップクラスと優秀なので、これまた問題はなかったのだが、グライブはまぁ……
 中の下、というか、下の上というか……
 そんな感じだったので、なかなか許可が下りなかったのだ。
 たぶん、学校を休みたい一心から出た言葉だろうが、きっちり守ってもらおうではないか。
 で、ミーシャに頼みたい事とは“水の運搬”だった。
 取り敢えず、もうここには用はないので、俺はミーシャとグライブを連れてある物を取りに、自宅に向かったのだった。

 俺の家の裏には、ちょっとした物置小屋があるのだがその脇にそれは置かれていた。
 俺の愛車クララだ。

「ミーシャには、この荷車を使って村中の畑に水を配って欲しいんだ」

 今回の簡易水路建設は、短期工事を目指しているがそれでも一日二日で済む物ではない。
 だから、水路の完成までの間、畑への水遣りの手伝いをミーシャにお願いしたいのだ。
 俺がそう頼むと、ミーシャは二つつ返事で頷いてくれた。
 勿論、俺も付き合う。
 正直、工事の方は棟梁に任せておけば間違いはないので、俺なんかが出る幕ではないのだ。

「でも、村中に配るったって、どうやって配るつもりだよ?」

 そう言う俺の言葉にグライブが怪訝な表情を浮かべて、聞き返してきた。

「村長の所に、今は使ってないでかい瓶があるだよ。
 それに水を満載して、畑を回るんだ。
 何度も往復する事になると思うが、まぁ、人が運ぶよりずっと効率的だろ?」

 それは昨日、愛車クララで水を運ぼうって話があがった際に、俺がなんとなく“桶なんかでちまちま何度も運ぶより、でっかい瓶なんかで一度に運んだ方が楽じゃないか?”なんて言ったら、村長がなら……と、教えてくれた事だった。
 村長曰く、“今は使ってない物だから、好きにしろ”との事だった。
 ってな訳で、好きに使わせてもらう事にした。
 一応割れていたり、穴があいていないかの確認は済んでいる。
 結構丈夫な作りをしていたので、ちょっとやそっとの事では割れないだろう。
 というわけで、今度はその瓶を受け取りに村長の家へと向かう事にした。
 運転は、“俺、動かしたいっ!”と言うのでグライブに任せた。

 村長の家に着くとすっかり用意は済んでいた。
 そこには、角材とロープでがっちり固定されたでっかい瓶が、荷車クララよりも一回りは大きい荷車にドカリと乗っかっていた。
 村長の所の荷車は愛車クララの様に、板に車輪がくっついた簡単な造りはしていなかった。
 荷台には高目の囲いがあって、車輪なんかもがっしりとした重厚感溢れる物だ。
 いいもん持ってんなぁ、村長……
 しかし、そんな荷車クララよりもずっと大きな荷車が、小さく見えるほど瓶はでかかった。
 その瓶のでかさたるや、子どもが4~5人くらいなら簡単に入ってしまいそうなサイズだ。
 このでかさ故に、愛車クララには直接乗せらないので、こうして大型の荷車に乗せてそれを愛車クララで牽引する形をとる事にしたのだ。と、言うかそれしか手が思いつかなかっただけなんだけどね……
 で、俺が水の運搬をミーシャに頼んだのは、さまにこれが理由だった。
 瓶自体の重量もる事ながら、このバカでかい瓶に水が満タンに入った時の重量など、洗濯場を造る時に運んだレンガの重量の比ではない。
 たぶん、俺では動かせない……事もないだろうが、動かした途端にあっと言う間に魔力欠乏症でノックダウンだ。
 グライブも同様だろう。
 その点、あのレンガの運搬ですら涼しい顔をしていたミーシャなら、たぶん……行ける、と思う……
 あの時より、相当レベルもアップしているだろうしな。
 もし、これでミーシャがダメならこの村でこの瓶を運搬出来る人間はいないだろう。
 そうなると、また新しい手段を考える必要がある訳だが……
 それは正直面倒なので、ミーシャには是非、無理をしない程度にがんばって欲しいものである。
 俺は、村長に受け取りのあいさつをするために、家の中へと入るとばったりテオドアさんと出くわした。
 朝という事もあって、まだ銭湯の準備を始めるには早いのだろう。
 父親である村長から話は聞いているらしく、瓶の乗った荷車と愛車クララを連結する作業を買って出てくれたので非常に助かった。
 その後、村長と今後の予定について少し話してから外に出ると、荷車の接続作業はすっかり終わっていて、ミーシャとグライブ、そしてテオドアさんが世間話をしてるところだった。
 聞こえてきた内容は、学校でのシルヴィの様子についてだった。
 ミーシャから“みんなと仲良くしている。お姉ちゃんが出来て嬉しい”そんな様な内容の事を言われて、テオドアさんが泣きじゃくっていた……
 この人、どんだけ涙腺弱いんだ?
 以前も、なんか泣いていた様な覚えがあるんだが……あれは何時だったっけか?
 しかし……
 改めて、我が愛車クララを見ると、なんとも面妖な出で立ちになったもんだな……
 ヤムもいない荷車に、荷車が連結されてるって……シュールすぎるだろ……

 瓶を積んだ荷車の連結により、重量が一気に跳ね上がったためここでドライバーを、グライブからミーシャにチェンジ。
 本格的にコキ使う前に倒れられては、意味がないからな。
 で、瓶の確保も済んだところで、この瓶に水を補給するために俺たちは一路銭湯を目指していた。
 銭湯の周囲は、建設時に広めにならしていたので愛車クララでも楽々と進入する事が出来た。
 目指す目的の場所は、裏手にある銭湯の貯水槽だ。
 貯水槽と呼んではいるが、別に水を溜めておくのが目的と言う訳ではなかたったりする。
 銭湯内の水は、全て川の水を汲み上げて使用しているのだが、この汲み上げを行った際に、どうしても少なからずゴミや砂利なんかも一緒に汲み上げてしまうのだ。
 なので、そう言ったものを取り除き、浴槽の方まで回らない様にするのが、この貯水槽の本来の目的だった。
 このゴミや砂利は、そのまま放置しておくと送水路が詰まる原因となるため、銭湯の管理をお願いしているマスターを始めとした従業員の方々が、毎日せっせとお掃除をしてくれている。
 お陰で俺たちは毎日気持ちよく風呂に入ることが出来る訳だから、感謝感謝である。
 と、まぁ、それはさておき……
 実はこの貯水槽近くは、本来は関係者以外立ち入り禁止区域に指定されている場所だった。
 と言うのも、銭湯の裏手はちょっとした崖になっていて、2~3mほど下を流れている川から、竹を継いで作ったポンプを使って水を汲み上げているのだ。
 高さこそ、崖と言うほど高くはないのかもしれないが、落ちればかすり傷だけでは済まない程度には危険な場所だった。
 だが今は、村が水不足と言う非常事態のため農業用水の確保と言う理由に限り、一般開放していた。
 わざわざ川まで水を汲みに行くのも大変だろうしな……
 一部から、生活用水の利用にも使いたい、と言う声は上がっているが、柵などの安全設備が整うまでは立ち入り禁止を徹底している。
 ちなみに現在は、ロープを張っただけの簡易なフェンスと、奥に行くと危険、と書かれた看板があるだけだ。
 住居の建設など重要案件が片付いたら、そっちの方もぼちぼち進めて行くつもりなのでちょっと待って欲しいところだ……
 貯水槽の直ぐ脇に愛車クララを止めると、早速水汲みの準備だ。
 とは言え、別にたいした事をする訳じゃない。

「ほい、グライブ。
 手伝うって言って付いてきたんだから、ちゃんと働けよ」

 俺はそう言って、愛車クララに積んでいた荷物の中から、一本の竹を選ぶとグライブへと渡した。

「なんだよこれ?」
「前に川岸で風呂を作った時の事、覚えてるか?
 レンガ積んで作ったやつ。
 あの時、浴槽に水を入れるのに使った道具の発展型だ」

 発展型、とは言っても排水口の先端部分をL字に曲げて注ぎ易くしただけで、後はまったく一緒だ。
 昨日の内に、じーさんと一緒に作ったものだ。

「……ああ、あの時の……
 って事は、使い方は一緒なんだな?
 で、どっちがどっちなんだよ?」

 竹ポンプには向きがある。
 グライブが聞いているのは、どっちが水を吸う側で、どっちが吐き出す側か、と言う事だ。
 試作浴場を作った時も、向きを間違えて使って“水が出ない”とか“壊れた”という反応が多かった事多かった事。

「先端が曲がってる方が“出る”方だ」
「あいよ」

 と言うやいなや、グライブは一方を貯水槽の中へと突っ込んで、そしてもう一方を瓶の口へと立てかけた。
 あとは、以前に使った経験から手馴れた仕草で魔術陣を操作して、瓶へと水を入れ始めたのだった。

「おっ? これって前のやつより使いやすいなっ!
 水がこぼれねぇーし!」

 前回は、まんまストレートの竹だったからな……
 置く位置を間違えると、出てきた水が勢い余って浴槽を飛び越えてしまう様な事がままあったのだ。
 些細な事ではあったが、こうした“ちょっとした事”が利便性を向上させるのである。
 しかし……

「なぁ、ロディフィス? 水槽の水無くなっちまったぞ?」

 言われて貯水槽に目を向けれは、数分もしていないと言うのに確かに水は底をついていた。
 はて……?
 水位が一定値を割ったら自動で給水される様に設定してある筈なのだが……
 それが動いていないとなると、原因として考えられるのは燃料切れだろうか?

「ほいほい、ちょっと待ってくれ……今から確かめるから」

 俺は、グライブにそう言うと愛車クララから降りて、貯水槽の下へと向かった。
 誰かが先に汲みに来ていたのか、初めから多少水かさが低かった事もあるが、まさかほぼ空にするとは思わなかった……どんだけ入るんだよこの瓶……
 貯水槽の脇まで来ると、俺は備え付けの木箱の蓋を開けた。
 開けた途端、真っ先に目に飛び込んで来たのは、とにかく白い物体だった。
 箱の内部はいくつかの小部屋に分かれており、その中の一つに目を向けた。
 そこにはレンガを積んで作られた小さな水槽の様なものが収められていた。
 まぁ、今、入っているのは水ではなくて、白い粉末で満たされていたが……
 備え付けのスコップで、中をかき混ぜてみたが物の見事に粉末しかなかった。
 やはり燃料切れの様だな……
 この箱が何かと言えば、ずばり動力源だ。
 この小さな水槽の様なものが、マナの吸収装置なのである。
 この水槽により、抽出されたマナが銭湯の各所に設置されている、給水、送水、加熱などの各種魔術陣にマナを供給している。
 現に、箱の中に収められてはいるが、その水槽の一部は銭湯の壁面や貯水槽の一部と完全に繋がっていた。
 俺は、スコップで水槽の中の白い粉末をすくっては、小分けされた別の部屋へと移して行った。
 この粉末は、これはこれで利用価値があるので捨てたりなんてせずちゃんと再利用して、村の貴重な収入源に姿を変えているのだ。
 大方掻き出したところで、水槽の底に魔術陣が見えてきた。
 これでもう十分だろう。
 俺はスコップを片付けると、また別の部屋にしまわれていた白い物体を、水槽の中にいくつも放り込んだ。
 取り敢えず今は半分くらいでいいだろう。
 どうせあとで、銭湯の従業員の方々が見に来るだろうし……
 水槽に白い物体を入れて少しすると、ゴッゴゴ……っと言う低い音と共に竹パイプから勢い良く水が噴出してきた。

「おおっ!! 出てきた出てきた!」
「んじゃ、瓶がいっぱいになるまで水入れといてくれ!」
「ああっ、分かった!」

 俺は、木箱の蓋を閉めるとまた荷車の方へと戻って行った。
 で、あの白い物体がマナの供給元な訳だが、その正体は実は獣の骨だったりする。
 獣の骨には、かなり密度の高いマナが蓄えられているのだ。
 この世に生きとし生ける者、その全てがマナを宿して生まれてくる……とは、魔術陣を考案したエーベンハルト・ヴィッセン・ハルフレイム氏が提唱していた説なのだが、それは死後……つまり、遺体や骨にも適用されている様なのである。
 肉体に宿っていたマナは例え宿主が死んでも、肉体を離れ霧散する事無くその場に留まり続ける……
 随分前の話になるが、石と木材でマナを保存する実験をした事があった。
 その時に、例え木材の状態であっても元生体である木材にはマナが残留している、と言う事は証明されていた。
 なら、元生物の根幹を成していた骨でも同じことが起きているのではないか? と、思い骨からマナを抽出する実験を試してみたらドンピシャだった……という訳だ。
 これは、銭湯を造る際に“エネルギー源ってどうしよう?”と悩んでいた時に発見した事だった。
 だから、この技術は比較的最近発見されたものだと言える。
 銭湯はその初起動時、結構な量のマナを消費してしまう。
 そりゃ、水を汲んで暖めて送って……なんて色々としているから消費するマナの量もやっぱりそれなりに多くなってしまうのだ。
 一人で動かす事も出来なくはないが、負担が大きい。
 マナを使うのに不慣れな者なら、まず間違いなく魔力欠乏で倒れるレベルだ。
 なんとか負担を軽減しようと、あれやこれやの末に見つけたのがこの“骨式魔力貯蔵庫ボーンマナストレージシステム”なのである。
 大層な名前を付けてはいるが、単純に骨からマナを吸い上げてるだけなんだけどね……
 この骨式魔力貯蔵庫ボーンマナストレージを発見したときは興奮のあまり、これで村中のエネルギー問題が一撃で解決するなっ! と思ったが、あとになって冷静に考えてみたら、そのためには周辺の動物を乱獲しまくらねばならず、生態系の破壊まったなしだ。
 ってな訳で、無理だなコレ、と言う結論に落ち着いた。
 現在のところ、この骨式魔力貯蔵庫ボーンマナストレージシステムで動いている物はこの銭湯だけだ。
 それに獣は獣でも種族によるのか、環境によるのか、その貯蔵されているマナの量は個体によって大きく異なっていた。
 基本、森に住んでいる様な野生種の方がマナ含有量が多く、ヤムの様な家畜だと少ない。
 野生でもラビの様なヤツはヤムより少なく、犬と言うか狼に似たヤツは多い。
 一番良質なマナを蓄えていたのは、どんな生き物だったのかその姿は分からないが、とにかくデカイ骨のヤツだった。
 ちなみにだが……
 俺が水槽の中からすくい出していたあの白い粉末は、マナを吸い尽くされた骨の成れの果てだ。
 マナを完全に失うと、物体は急激に脆くなり粉末状になってしまう。
 この状態にあると、もうそこにはマナが微塵も残っていない事を表していた。
 マナを失うと急激に脆くなる……と言う点から、この世界の獣の骨が異常に硬いのは、このマナと何かしらの関係があるのではないか? と予想しているのだが、確証に至る様な発見はまだない。
 以前、加熱することで脆くすることに成功したが、あれも骨の内部の有機成分が燃やされる事で、有機成分に含まれていたマナが消失。
 結果、全体のマナ貯蔵量が減少した事で本来の骨の性質に近づいた、と考えられるのではないだろうか?
 余談だが、この世界の逸話の一つに、高名な魔術師が死後において肉体が腐敗する事無く、数千年もの間、生前の姿を保ったままどこかの教会に安置されている……なんて話がある。
 “高名な”と言うくらいだ、その人物はさぞや膨大なマナを身につけていた事だろう。
 もしこの逸話が真実だとすれば、その魔術師が修行によって得た膨大なマナの影響によって肉体の腐敗が抑えられている、と考えることも出来る。
 が、これはあくまで確かめようのない机上の空論……を通り越してただの空想に過ぎないものだ。
 空想と言えば、現在はこの骨式魔力貯蔵庫ボーンマナストレージシステムの家庭利用への発展応用型の研究も進めている。
 極論だが、このシステムなら理論上は残飯や料理の過程で出た“生ゴミ”それにそこらに生えている“雑草”からだってマナを吸収する事が可能なのである。
 しかも、生ゴミなんかはマナを吸い尽くして粉末化したらあとは、畑にでも捨てれば立派な肥料になるし、畑に生えている雑草だって集めれば何かしらの動力源になりうる、と言う事だ。
 ユメの膨らむ技術である。

「おーいっ! ロディ!
 水いっぱいになったぜぇっ!」

 なんて事を考えていたら、グライブの作業が終わったらしい。
 試しに、瓶によじ登って中を覗いて見たら口の部分ギリギリまで水が入っていた。
 俺は、あらかじめ用意していた薄くなめした大き目の革で、瓶の口を覆うとロープできつく縛り上げた。
 これで、少しくらい揺れても中身がこぼれる事はないだろう。
 俺は、使っていた道具とグライブを回収すると、ミーシャに次の行き先を告げた。
 水の確保はこれで完了だ。
 次はこの水を撒きに畑へ向かうのだ。
 一瞬、この重量で動くのだろうか? 
 と、ふと不安になったのだが、ミーシャはそれが何か? とでも言いたげな顔で愛車クララを楽々と走らせていた……
 自分から頼んだ事ではあったのだが……
 なに? この幼女?
 幼女先生、マジパネェっすわ……
 俺やグライブだったら一瞬で卒倒ものだろうな……
 そんな事を思いながら、ミーシャが運転する愛車クララはギシギシと軋みを上げる巨大な瓶を積んだ荷車をコロコロ引っ張りながら、目的地の畑を目指して走ったのだった。
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