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39話 畑に水を撒きましょう
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水を積んだ愛車が目指していたのは、村の水源……要は、銭湯や川から一番遠い地区の畑だった。
流石に、愛車だけで、村中の畑の水やりを賄うのは無理があるため、水源に近い畑は村人に総出になって対応してもらい、代わりに遠い場所は俺たちが愛車を使って対応する事になっていた。
これを日常化させるのはちょっと無理があるが、簡易水路が出来るまでの数日と割り切って我慢すれば、まぁ、なんとかならない事もない。大変ではあるがな……
運良く、この工事期間中にまとまった雨が降ってくれれば、この工事自体を取り止めてしまう事も出来るのだが……
もう、工事期間中と言わず今日にでも降って欲しいくらいだ。
しかし……
空を見上げれば今日も雲一つない快晴で、お天道様はギンギラギンにさり気無く輝きまくっていた。
……雨が降りそうな気配はない……か。
ちくしょー……太陽めぇ……元気過ぎるだろ……少しはさぼれよ……
目的の場所に着いたので、ミーシャに一旦愛車を停めてもらった。
「で、こらからどうするんだ?
桶で水を撒いて行くのか?」
「誰がんな面倒な事をするか。
ちっと待ってな。直ぐ準備するから……」
何が悲しくて、子ども3人だけでそんな力仕事をせにゃならんのか……
もっと、スマートに行こうではないか。スマートに。
と、言うことで愛車に積んでいた道具をいくつか持って、瓶の積んである荷車の方へと移った。
取り敢えず、固定に使われている角材を足場に、瓶に被せていた蓋を外した。
で、代わりに中央部分を筒が貫通している板を上から乗せた。
次に、グライブに手伝ってもらいその筒に竹竿を挿したら完成だ。
竹竿の長さは結構あり、瓶の底に先端が届いても外に出ている部分はまだまだ余裕があった。
そして、外に出ている先端部分には、卍を分解したようなL字クランク型の部品が取り付けられていた。
この竹竿、勿論ただの竹竿なんて事はない。
「はい、完成~」
「なんだそれ?」
「“スプリンクラー”……つっても分からんわな……」
「すぷ……? なんだって?」
「簡単に言えば、水を遠くまで撒く装置だ。
まぁ、実際見た方が早いな……
グライブ、ちょっとこっちに来てくれよ」
俺はグライブを手招きすると、俺が作業をしていた場所をグライブに譲った。
さぁ、ここらで約束通りしっかり働いてもらおうではないか。
「んじゃ、取り敢えずその木の板がずれない様に抑えつつ、板に書いてある魔術陣に触ってくれ」
「この“変な模様”のやつでいいんだよな?」
「そうそう」
グライブが俺の言った通りにすると、変化は直ぐに現れた。
「おわっ!! なんだぁ!?」
グライブが魔術陣に触れるや、竹竿の先端部分に取り付けた部品から水が勢い良く噴出し、高速で回転を始めたのだ。
別に難しい事は何もしていない。
竹竿にはあらかじめ、送水用の魔術陣が施してあり、そこに支えとして使っている板を通してマナを送っただけだ。
高速で回転しているのは、作用反作用の原理からだな。
竹竿の先端に取り付けられた、クランク状の部品から互い違いの向きに水を噴射する事で、軸である竹竿に回転力が生まれた結果だ。
ホースの口を押さえずに、蛇口を全開にするとホースがビッタンビッタンと跳ね回るのと理屈は一緒だ。
ちなみに、この竹スプリンクラーだが構造自体は単純で、直径5cm程度の竹をクランク型に成形。
この部品の中心に当たる部分に穴をあけて、本体となる竹筒の先端部にドッキング。
あとは、水漏れしないように出来た隙間にテキトーに詰め物をして、水圧ですっぽ抜けないようにロープでしっかり固定。
そのまま水を流しても遠くまで飛ばないうえ、大量の水を一気に吐き出してしまい均等に放水する事ができないので、吐水部分に詰め物をする。
詰め物には、内径よりずっと細い竹を使った。
直径にして1cm以下の物だが、これでもちゃんと内部には小さな空洞があいている。
これを詰め物が動かなくなるくらいぎっしり詰め込んだら完成だ。
細い竹に元々あいている穴、それに円形の物を詰め込んだ事で出来た隙間……
これは、言わばシャワーヘッドにあいた無数の穴の変わりだ。
排水量を抑える事で内圧を上げ、放水時の飛距離を伸ばすのだ。
ホースで水を撒く時、口の部分を押さえると勢いが増すのと一緒だな。
そして、水を拡散させる事で広く均一に放水する事が出来るようになる。
ちなみに、だが……この細い竹は本体として使った竹とは種類が違うもの……だと思う。
如何せん、生育過程を観察した事がないから、この世界の竹がどういう風に育つのかよく分からないのだ。
日本の様に、筍から育つのか、初めから“竹”として芽を出しているのか……
一度ちゃんと調べても良いかもしれないな……何か面白い発見があるかもしれない。
まぁ、それはさておき……
村の外れの森まで行けば、こう言った大小様々な竹が群生しているので材料には困らなかった。
大体のイメージをじーさんに伝えたら、サクッと作ってくれたので大助かりである。
で……
後ろでグルグル回る竹式スプリンクラーを眺めて“すげーすげー”とバカの一つ覚えの様に連呼するグライブは放っておいて、俺はミーシャに愛車を農道に沿って走らせる様に頼んだ。
しかも、来る時以上にゆっくりとしたスピードでだ。
通常、変速機能の付いていない愛車の速度を調整する事は出来ない。
それは、駆動に必要なマナを魔術陣が強制的に使用者から吸い上げてしまうためだ。
だが、ミーシャに言わせればそれすらもコントロールしようと思えば出るのだそうだ。
……勿論、こんな事誰もが出来る訳ではない。
彼女だから、出来る芸当なのである。
……この幼女は将来何になるのだろうか?
これだけの才能があれば、さぞ立派な魔術師になれそうな気もするが……
そこは本人の意思の問題なので、俺がとやかく言う事でもないか……
村の麦畑は、碁盤の目の様に一定の広さで農道が通っている。
これは収穫した麦を効率良く運ぶため、と言うのと同時に他にも理由があった。
この村の大地は、農業をするには不向きな土地だった。
鍬を入れれば、直ぐ石に当たる……そんな場所だから、農地を開くのが簡単ではないのだ。
故に、新しく農地を開墾する際に出土した石などを効率良く運び出せるようにするため、と言う意味合いも含まれていた。
そのため、大きな荷車も通れるようにと、農道は割りと広めに作られていた。
お陰で、村長のとこのご立派な荷車も悠々と……とは行かないが、十分に余裕をもって走らせる事が出来た。
あとは、この農道に沿って放水しながら走れば、畑に満遍なく水を行き渡らせる事が出来る、と言う寸法だ。
グライブに水の番をさせつつ、ミーシャに愛車の運転をしてもらい、俺が方向指示。
こうして、俺たちは受け持ったエリアを順繰り巡って行ったのだった。
……あれ?
これって別に俺、いらなくね? まぁ、いいか……
それから、俺たちは受け持ってる畑と銭湯を何度も往復する事になった。
まぁ、これは初めから分かっていた事ではあったけど……
この作業は、肝心要のミーシャに倒れられては続けられないので、休憩は頻繁に入れるようにしていた。
ミーシャが“暑い”と言えば、風を起こす魔術陣で風を送り、喉が渇いたと言えば冷たい水を差し出した。
正に、お姫様待遇である。
……なるほど、俺の仕事はどうやらこの子の小間使いであるらしい。
本人もご満悦の様子で働いてくれていたし……これで良しとしよう。
嫌がる相手に無理やり働かせるより、ずっといい。
……オタサーの姫ってのはこんな待遇なのかもしれないなぁ、なんてふと思ったりした。
俺たちが、担当地区最後のエリアの水撒きを終えたのは夕方になる少し前の事だった。
今日の俺たちの作業は、これにて終了だ。
瓶の中にまだ少し水が残っていたので、帰り道がてら放水しながら帰る事にした。
残しておいても、重いだけだしな……
道中、初めの頃に水を撒いていた畑の前を通ったので、確認の意味も含めて土を軽く掘り起こしてみれば、明らかに表層部とは色が違っていた。
土がしっかり水分を溜め込んでいる証拠だ。
これで、この先数日はこの畑に水を撒く必要はないだろう。
正直な話、人力による小規模な水やりは効果が低いのだ。
一度に散布できる水量が少ないため、畑の表層面を湿らすだけで、直ぐに蒸発して乾いてしまうからだ。
これでは、なかなか肝心の根がある部分にまで水が届かない。
が、今回は今までの比ではないくらい多量の水を撒く事が出来たので、効果は十分あった……と思う……
なにせ前世では、土すらまともに触れた事がない人間だ。
農業なんてズブの素人で、どの辺りが安全ラインなのかよく分からないんだよなぁ……
ただ言える事は、人力でちまちまやっているよりはずっと効果的だ、と言う事くらいか……
俺たちは、“明日も使うだろうから”と言う事で、愛車を銭湯の裏手に停めるとその場で解散する事にした。
安全対策もクソも無いが、そもそも盗む奴なんていないだろうし、こんな目立つもの乗ってたら一発で盗んだのがバレるしな……その辺りに関しては、あまり心配していない。
ミーシャたちと一緒に帰りたいのは山々だったが、このあと俺は一応こちらの作業がどうなったのか、村長の家に報告しに行く事になっていた。
向こうの進捗状況を確認する、と言うのもあるしな……
で、村長の家にて……
「……ってな具合に、こっちは概ね順調だな」
俺は、村長たちを前にこちらの状況を話して聞かせていた。
いつもの広間に、顔を出していたメンバーは村長を筆頭に大体いつものメンツだった。
神父様に棟梁、クマのおっさんテオドアさん……あと数名だ。
「こちらも、順調に進んでいる……
お前の提示した工程の半分は終わった……」
「一日で半分っ!?
……また随分と早いっすね」
驚いた……もう少しかかると思っていたのだが、かなりハイペースで作業を進めているらしい。
一日で半分なら、明日で完成ではないか……まぁ、棟梁たちの担当部分は、と言う話だが……
「お前が作った“道具”のお陰だ……
あれがなければ、こうも順調に進む事はなかっただろうな……」
「ああ……役に立ってるようなら良かったです」
「そうだっ!?
お前が持って来た、あの鍬と斧……
ありゃ一体なんなんだよ、ロディフィス?」
棟梁と話しているところに、クマのおっさんが急に割り込んできた。
「なんなんだよって言われても、ただの鍬と斧だろ?」
「なにがただのだっ!
俺が“全力”で振り回して、欠けるどころかヒビ一つ入らないモンが、“ただの”なんて訳があるかよっ!」
ああ、そう言う事ね……
今回の作業に当たって、俺は土建組みに俺謹製の鍬と斧をいくつか納品していた。
これは、銭湯建築後に実験も兼ねて、俺がコツコツと作っていた物だ。
と、言うのもこの村に鍬などの道具が少ない事は知ってはいたが、銭湯を建設した時に、その不便さを痛感させられたのだ。
人手はあっても、使う道具が無い……そんな状態がしばしば起きていたからだ。
今までは、人手も少なかったから道具の少なさもあまり目立たなかったが、最近は人手が一気に増えた事で、道具の少なさが浮き彫りとなってしまったのだ。
買い揃えたいところではあるのだが、農具に限らず金属製品はとにかくお値段がお高い。
特に鉄製品は桁が1つ以上違う。
だから、村で使っている鍬だって、基本は木製で鍬先にだけ金属が取り付けられているような簡素な物だ。
傷んできたら、本体部分だけ作り直して金属部分を付け替える事で、何十年と大切に使ってきたのだ。
近場に鉱山でもあれば、自分たちで製鉄する事も出来たのかもしれないが、生憎とそんなものはないし、例えあったとしても、木材同様に領主に押さえられるのがオチか……
だったら、自分で作ればいいじゃない。
と言う事で、作ってみたのが件の鍬と斧、なのである。
俺が手掛けている以上、この鍬と斧も魔術陣加工が施された暦とした魔道具だ。
とは言え、ただ単に強度を上げる魔術陣を書いただけで、他に特殊な能力は一切無い。
本当に、ただ硬いだけだった。
特に使い方云々もないので、棟梁に軽く説明しただけで一般作業者には魔術陣加工された道具についての個別の説明はしていなかった。
クマのおっさんが分かっていない、と言う事は棟梁も特に説明しなかったのだろう。
素材は、木材が主体で刃床部は陶器製だ。
粘土はいい……魔術陣の加工も簡単だし、何よりタダなのがいい。
構造も単純で、木材・陶器部分の両方硬質化させる魔術陣を施し、グリップ部分にマナを吸収する魔術陣が書いてある。
あとは、鍬先にまでマナが行き渡る様に魔術陣を調整して終りだ。
素材の関係上、使っていない時に陶器部分に強い衝撃を受けるとあっけなく割れてしまうのが難点だな。
まぁ、そんな時はまた新しく作ればいいだけなのだが……
そんなただ硬いだけの鍬だったが、クマのおっさんにはそれが大層お気に召したらしい。
話を聞くに、今までの鍬では、クマのおっさんが軽く振り回しただけで簡単に壊れてしまっていたらしいのだ。
なんちゅー怪力だよ……と思ったが、続く棟梁の言葉で俺は更に愕然とした。
何でも、自分の全力に耐えられる道具を手にした事でテンションの上がったクマのおっさんが、意気揚々と地面を掘り出したそうなのだ。
村の地面には、大小様々な石が埋まっている。
通常、地面に穴を掘る場合は、少しずつ掘り進めて出てきた石を取り除いていかねばならないのだが、クマのおっさんはそんなのお構いなしに、埋まっている石ごとかち割って掘り進めたらしいのだ。
……ここまで来たら、最早人間削岩機である。
強度の高い道具、そして人間削岩機を得た事で土建組みの作業スピードが飛躍的に上昇した。
結果、一日で工程の半分と言う驚異的な効率を実現したのだった。
「だがなぁ……あれは俺には小さい。
もっと大きい物を作ってくれ。
出来れば刃床部はもっと大きく重くしてくれた方が使いやすいな」
で、最後にそんなダメ出しまでされてしまった……
あれは、一般人サイズであって、あんたみたいな巨漢様に作ったものではないのだ。
取り敢えず、クマのおっさん専用道具は後日と言う事で満場一致で後回しにされ、今後の事について軽くミーティングをしてこの日は解散となった。
土建組みの作業速度が思った以上に早かったので、少し計画を前倒しする必要があったが、これは嬉しい誤算だ。
しかし、その所為で明日から俺は別作業を始めなければならない……
畑の水やりを、ミーシャとグライブの2人に任せる事になるのだが、それが少し不安と言えば不安か……
まぁ、それに関しては頼れそうな人物に声をかけるしかないな……
ちなみに……
自分の専用道具の製作を、皆から後回しにされた時のクマのおっさんの表情が、すごく寂しそうに見えたのだが……そんなに欲しかったのか? 専用道具……
流石に、愛車だけで、村中の畑の水やりを賄うのは無理があるため、水源に近い畑は村人に総出になって対応してもらい、代わりに遠い場所は俺たちが愛車を使って対応する事になっていた。
これを日常化させるのはちょっと無理があるが、簡易水路が出来るまでの数日と割り切って我慢すれば、まぁ、なんとかならない事もない。大変ではあるがな……
運良く、この工事期間中にまとまった雨が降ってくれれば、この工事自体を取り止めてしまう事も出来るのだが……
もう、工事期間中と言わず今日にでも降って欲しいくらいだ。
しかし……
空を見上げれば今日も雲一つない快晴で、お天道様はギンギラギンにさり気無く輝きまくっていた。
……雨が降りそうな気配はない……か。
ちくしょー……太陽めぇ……元気過ぎるだろ……少しはさぼれよ……
目的の場所に着いたので、ミーシャに一旦愛車を停めてもらった。
「で、こらからどうするんだ?
桶で水を撒いて行くのか?」
「誰がんな面倒な事をするか。
ちっと待ってな。直ぐ準備するから……」
何が悲しくて、子ども3人だけでそんな力仕事をせにゃならんのか……
もっと、スマートに行こうではないか。スマートに。
と、言うことで愛車に積んでいた道具をいくつか持って、瓶の積んである荷車の方へと移った。
取り敢えず、固定に使われている角材を足場に、瓶に被せていた蓋を外した。
で、代わりに中央部分を筒が貫通している板を上から乗せた。
次に、グライブに手伝ってもらいその筒に竹竿を挿したら完成だ。
竹竿の長さは結構あり、瓶の底に先端が届いても外に出ている部分はまだまだ余裕があった。
そして、外に出ている先端部分には、卍を分解したようなL字クランク型の部品が取り付けられていた。
この竹竿、勿論ただの竹竿なんて事はない。
「はい、完成~」
「なんだそれ?」
「“スプリンクラー”……つっても分からんわな……」
「すぷ……? なんだって?」
「簡単に言えば、水を遠くまで撒く装置だ。
まぁ、実際見た方が早いな……
グライブ、ちょっとこっちに来てくれよ」
俺はグライブを手招きすると、俺が作業をしていた場所をグライブに譲った。
さぁ、ここらで約束通りしっかり働いてもらおうではないか。
「んじゃ、取り敢えずその木の板がずれない様に抑えつつ、板に書いてある魔術陣に触ってくれ」
「この“変な模様”のやつでいいんだよな?」
「そうそう」
グライブが俺の言った通りにすると、変化は直ぐに現れた。
「おわっ!! なんだぁ!?」
グライブが魔術陣に触れるや、竹竿の先端部分に取り付けた部品から水が勢い良く噴出し、高速で回転を始めたのだ。
別に難しい事は何もしていない。
竹竿にはあらかじめ、送水用の魔術陣が施してあり、そこに支えとして使っている板を通してマナを送っただけだ。
高速で回転しているのは、作用反作用の原理からだな。
竹竿の先端に取り付けられた、クランク状の部品から互い違いの向きに水を噴射する事で、軸である竹竿に回転力が生まれた結果だ。
ホースの口を押さえずに、蛇口を全開にするとホースがビッタンビッタンと跳ね回るのと理屈は一緒だ。
ちなみに、この竹スプリンクラーだが構造自体は単純で、直径5cm程度の竹をクランク型に成形。
この部品の中心に当たる部分に穴をあけて、本体となる竹筒の先端部にドッキング。
あとは、水漏れしないように出来た隙間にテキトーに詰め物をして、水圧ですっぽ抜けないようにロープでしっかり固定。
そのまま水を流しても遠くまで飛ばないうえ、大量の水を一気に吐き出してしまい均等に放水する事ができないので、吐水部分に詰め物をする。
詰め物には、内径よりずっと細い竹を使った。
直径にして1cm以下の物だが、これでもちゃんと内部には小さな空洞があいている。
これを詰め物が動かなくなるくらいぎっしり詰め込んだら完成だ。
細い竹に元々あいている穴、それに円形の物を詰め込んだ事で出来た隙間……
これは、言わばシャワーヘッドにあいた無数の穴の変わりだ。
排水量を抑える事で内圧を上げ、放水時の飛距離を伸ばすのだ。
ホースで水を撒く時、口の部分を押さえると勢いが増すのと一緒だな。
そして、水を拡散させる事で広く均一に放水する事が出来るようになる。
ちなみに、だが……この細い竹は本体として使った竹とは種類が違うもの……だと思う。
如何せん、生育過程を観察した事がないから、この世界の竹がどういう風に育つのかよく分からないのだ。
日本の様に、筍から育つのか、初めから“竹”として芽を出しているのか……
一度ちゃんと調べても良いかもしれないな……何か面白い発見があるかもしれない。
まぁ、それはさておき……
村の外れの森まで行けば、こう言った大小様々な竹が群生しているので材料には困らなかった。
大体のイメージをじーさんに伝えたら、サクッと作ってくれたので大助かりである。
で……
後ろでグルグル回る竹式スプリンクラーを眺めて“すげーすげー”とバカの一つ覚えの様に連呼するグライブは放っておいて、俺はミーシャに愛車を農道に沿って走らせる様に頼んだ。
しかも、来る時以上にゆっくりとしたスピードでだ。
通常、変速機能の付いていない愛車の速度を調整する事は出来ない。
それは、駆動に必要なマナを魔術陣が強制的に使用者から吸い上げてしまうためだ。
だが、ミーシャに言わせればそれすらもコントロールしようと思えば出るのだそうだ。
……勿論、こんな事誰もが出来る訳ではない。
彼女だから、出来る芸当なのである。
……この幼女は将来何になるのだろうか?
これだけの才能があれば、さぞ立派な魔術師になれそうな気もするが……
そこは本人の意思の問題なので、俺がとやかく言う事でもないか……
村の麦畑は、碁盤の目の様に一定の広さで農道が通っている。
これは収穫した麦を効率良く運ぶため、と言うのと同時に他にも理由があった。
この村の大地は、農業をするには不向きな土地だった。
鍬を入れれば、直ぐ石に当たる……そんな場所だから、農地を開くのが簡単ではないのだ。
故に、新しく農地を開墾する際に出土した石などを効率良く運び出せるようにするため、と言う意味合いも含まれていた。
そのため、大きな荷車も通れるようにと、農道は割りと広めに作られていた。
お陰で、村長のとこのご立派な荷車も悠々と……とは行かないが、十分に余裕をもって走らせる事が出来た。
あとは、この農道に沿って放水しながら走れば、畑に満遍なく水を行き渡らせる事が出来る、と言う寸法だ。
グライブに水の番をさせつつ、ミーシャに愛車の運転をしてもらい、俺が方向指示。
こうして、俺たちは受け持ったエリアを順繰り巡って行ったのだった。
……あれ?
これって別に俺、いらなくね? まぁ、いいか……
それから、俺たちは受け持ってる畑と銭湯を何度も往復する事になった。
まぁ、これは初めから分かっていた事ではあったけど……
この作業は、肝心要のミーシャに倒れられては続けられないので、休憩は頻繁に入れるようにしていた。
ミーシャが“暑い”と言えば、風を起こす魔術陣で風を送り、喉が渇いたと言えば冷たい水を差し出した。
正に、お姫様待遇である。
……なるほど、俺の仕事はどうやらこの子の小間使いであるらしい。
本人もご満悦の様子で働いてくれていたし……これで良しとしよう。
嫌がる相手に無理やり働かせるより、ずっといい。
……オタサーの姫ってのはこんな待遇なのかもしれないなぁ、なんてふと思ったりした。
俺たちが、担当地区最後のエリアの水撒きを終えたのは夕方になる少し前の事だった。
今日の俺たちの作業は、これにて終了だ。
瓶の中にまだ少し水が残っていたので、帰り道がてら放水しながら帰る事にした。
残しておいても、重いだけだしな……
道中、初めの頃に水を撒いていた畑の前を通ったので、確認の意味も含めて土を軽く掘り起こしてみれば、明らかに表層部とは色が違っていた。
土がしっかり水分を溜め込んでいる証拠だ。
これで、この先数日はこの畑に水を撒く必要はないだろう。
正直な話、人力による小規模な水やりは効果が低いのだ。
一度に散布できる水量が少ないため、畑の表層面を湿らすだけで、直ぐに蒸発して乾いてしまうからだ。
これでは、なかなか肝心の根がある部分にまで水が届かない。
が、今回は今までの比ではないくらい多量の水を撒く事が出来たので、効果は十分あった……と思う……
なにせ前世では、土すらまともに触れた事がない人間だ。
農業なんてズブの素人で、どの辺りが安全ラインなのかよく分からないんだよなぁ……
ただ言える事は、人力でちまちまやっているよりはずっと効果的だ、と言う事くらいか……
俺たちは、“明日も使うだろうから”と言う事で、愛車を銭湯の裏手に停めるとその場で解散する事にした。
安全対策もクソも無いが、そもそも盗む奴なんていないだろうし、こんな目立つもの乗ってたら一発で盗んだのがバレるしな……その辺りに関しては、あまり心配していない。
ミーシャたちと一緒に帰りたいのは山々だったが、このあと俺は一応こちらの作業がどうなったのか、村長の家に報告しに行く事になっていた。
向こうの進捗状況を確認する、と言うのもあるしな……
で、村長の家にて……
「……ってな具合に、こっちは概ね順調だな」
俺は、村長たちを前にこちらの状況を話して聞かせていた。
いつもの広間に、顔を出していたメンバーは村長を筆頭に大体いつものメンツだった。
神父様に棟梁、クマのおっさんテオドアさん……あと数名だ。
「こちらも、順調に進んでいる……
お前の提示した工程の半分は終わった……」
「一日で半分っ!?
……また随分と早いっすね」
驚いた……もう少しかかると思っていたのだが、かなりハイペースで作業を進めているらしい。
一日で半分なら、明日で完成ではないか……まぁ、棟梁たちの担当部分は、と言う話だが……
「お前が作った“道具”のお陰だ……
あれがなければ、こうも順調に進む事はなかっただろうな……」
「ああ……役に立ってるようなら良かったです」
「そうだっ!?
お前が持って来た、あの鍬と斧……
ありゃ一体なんなんだよ、ロディフィス?」
棟梁と話しているところに、クマのおっさんが急に割り込んできた。
「なんなんだよって言われても、ただの鍬と斧だろ?」
「なにがただのだっ!
俺が“全力”で振り回して、欠けるどころかヒビ一つ入らないモンが、“ただの”なんて訳があるかよっ!」
ああ、そう言う事ね……
今回の作業に当たって、俺は土建組みに俺謹製の鍬と斧をいくつか納品していた。
これは、銭湯建築後に実験も兼ねて、俺がコツコツと作っていた物だ。
と、言うのもこの村に鍬などの道具が少ない事は知ってはいたが、銭湯を建設した時に、その不便さを痛感させられたのだ。
人手はあっても、使う道具が無い……そんな状態がしばしば起きていたからだ。
今までは、人手も少なかったから道具の少なさもあまり目立たなかったが、最近は人手が一気に増えた事で、道具の少なさが浮き彫りとなってしまったのだ。
買い揃えたいところではあるのだが、農具に限らず金属製品はとにかくお値段がお高い。
特に鉄製品は桁が1つ以上違う。
だから、村で使っている鍬だって、基本は木製で鍬先にだけ金属が取り付けられているような簡素な物だ。
傷んできたら、本体部分だけ作り直して金属部分を付け替える事で、何十年と大切に使ってきたのだ。
近場に鉱山でもあれば、自分たちで製鉄する事も出来たのかもしれないが、生憎とそんなものはないし、例えあったとしても、木材同様に領主に押さえられるのがオチか……
だったら、自分で作ればいいじゃない。
と言う事で、作ってみたのが件の鍬と斧、なのである。
俺が手掛けている以上、この鍬と斧も魔術陣加工が施された暦とした魔道具だ。
とは言え、ただ単に強度を上げる魔術陣を書いただけで、他に特殊な能力は一切無い。
本当に、ただ硬いだけだった。
特に使い方云々もないので、棟梁に軽く説明しただけで一般作業者には魔術陣加工された道具についての個別の説明はしていなかった。
クマのおっさんが分かっていない、と言う事は棟梁も特に説明しなかったのだろう。
素材は、木材が主体で刃床部は陶器製だ。
粘土はいい……魔術陣の加工も簡単だし、何よりタダなのがいい。
構造も単純で、木材・陶器部分の両方硬質化させる魔術陣を施し、グリップ部分にマナを吸収する魔術陣が書いてある。
あとは、鍬先にまでマナが行き渡る様に魔術陣を調整して終りだ。
素材の関係上、使っていない時に陶器部分に強い衝撃を受けるとあっけなく割れてしまうのが難点だな。
まぁ、そんな時はまた新しく作ればいいだけなのだが……
そんなただ硬いだけの鍬だったが、クマのおっさんにはそれが大層お気に召したらしい。
話を聞くに、今までの鍬では、クマのおっさんが軽く振り回しただけで簡単に壊れてしまっていたらしいのだ。
なんちゅー怪力だよ……と思ったが、続く棟梁の言葉で俺は更に愕然とした。
何でも、自分の全力に耐えられる道具を手にした事でテンションの上がったクマのおっさんが、意気揚々と地面を掘り出したそうなのだ。
村の地面には、大小様々な石が埋まっている。
通常、地面に穴を掘る場合は、少しずつ掘り進めて出てきた石を取り除いていかねばならないのだが、クマのおっさんはそんなのお構いなしに、埋まっている石ごとかち割って掘り進めたらしいのだ。
……ここまで来たら、最早人間削岩機である。
強度の高い道具、そして人間削岩機を得た事で土建組みの作業スピードが飛躍的に上昇した。
結果、一日で工程の半分と言う驚異的な効率を実現したのだった。
「だがなぁ……あれは俺には小さい。
もっと大きい物を作ってくれ。
出来れば刃床部はもっと大きく重くしてくれた方が使いやすいな」
で、最後にそんなダメ出しまでされてしまった……
あれは、一般人サイズであって、あんたみたいな巨漢様に作ったものではないのだ。
取り敢えず、クマのおっさん専用道具は後日と言う事で満場一致で後回しにされ、今後の事について軽くミーティングをしてこの日は解散となった。
土建組みの作業速度が思った以上に早かったので、少し計画を前倒しする必要があったが、これは嬉しい誤算だ。
しかし、その所為で明日から俺は別作業を始めなければならない……
畑の水やりを、ミーシャとグライブの2人に任せる事になるのだが、それが少し不安と言えば不安か……
まぁ、それに関しては頼れそうな人物に声をかけるしかないな……
ちなみに……
自分の専用道具の製作を、皆から後回しにされた時のクマのおっさんの表情が、すごく寂しそうに見えたのだが……そんなに欲しかったのか? 専用道具……
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スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
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父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
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ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
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