前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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46話 そんなある日の昼下がり その3

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「“きゃうしょく”……? なんだよそりゃ?」
「そうだな……一言で言っちまえば、“教会でみんなで一緒になってメシを食べましょう”ってーこったな。
 個々の家で昼食を用意するよりも、教会にガキどもが集まっている間にまとめて食わせた方が、親の負担が軽くて済む、っつってロディフィスが言い出して始まった事でな……あのガキは何をしでかすか分かったもんじゃねぇな、まったく……
 まぁ、それもこれも、あんたが村に食材を卸してくれているからなんだがな。
 ホント、あんたには感謝してるよ」

 バルトロは、対面に座ったイスュタードへ座ったままではあったが、丁寧に頭を下げた。

「おいっ! ちょっと、してくれ村長さんよぉ!?
 オレたちゃ商人だ。利益が出るから、この村に荷を売ってるだけで、別に慈善事業をしている訳じゃない。
 だから、感謝される理由は何処にもない。
 むしろ、感謝するのはこっちの方だ。
 僅かばかりの利益しか上げられていなかったこの隊商の売り上げを、文字通り跳ね上げさせてくれたわけだからな。
 ホント、ロディフィス様様って奴だよ」

 イスュタードが陣頭指揮を執っているこのアストリアス王国極東方面第六行商隊は、お世辞にも利益率の高い隊商ではなかった。
 それは当然だろう。肝心の商品を買ってくれる消費者の絶対数が、他の隊商と比べて圧倒的に少ないのだから。
 それでも、この辺境の地にて行商を行っているのは、そこに安定して売れる商品の需要があるからだ。
 薪は食事を作る際に火を起こす為に必要で、今の時期はまだいらないが、寒くなれば暖を取る為にも必要になる。
 油は、明かりを灯す為に必要だ。暗くなれば、誰だって明かりを必要とするからだ。
 食料だって、全てを自給自足とはいかないだろう。
 売るばかりじゃない。
 村々が細々と作っている乳製品や時折買い取る獣の皮などが、大きな町ではそれなりの価格で販売出来る。
 むしろ、販売で得る利益より、こう言った買取で得られる利益の方が大きいくらいだ。
 売り上げだけを見れば、確かに他の隊商と比べたら微々たるものでしかなかったが、それでもある一地域を独占する事ができれば、それで一つの安定した市場を確立する事が出来るのだ。
 事実、ラッセ村を始めとしたこの一帯の数少ない村々は例外なくイスュタードの隊商の世話になっている。
 そんな弱小隊商が、今はハロリア商会の中で五指を争う売り上げ高を叩き出していた。
 ロディフィスが作った、“石のランプ”や“レンガのコンロ”のおかげで薪や油といった品の売り上げは下がったが、代わりにより利益率の高い食品や酒やタバコといった嗜好品が飛ぶように売れるようになったことで全体の利益が格段に上がったのだ。
 勿論、“隊商の売り上げ”なのでイスュタードが手掛けている“ソロバン”の販売による利益はこの中には含まれていない。
 と、言うかソロバンの利益に関しては、ハロリア商会内では別口として計上されているので行商隊の利益にはカウントされていないのだが、それはまた別の話になる。

 今日は、イスュタードが隊商を率いて村へとやってくる行商日であり、同時に貴重な現金収入のある清算日でもあった。
 このやり取りも、既に片手の指の本数を超える回数行ってきた為か、初めの頃の硬い感じは随分と薄らいだように見えた。
 元々、ネコを被るのが得意ではないバルトロと、皮を被るのはうまいが長続きしないイシュタード。
 どちらにせよ、化けの皮が剥がれるのに大した時間は掛からなかっただろう。
 
 村長であるバルトロと隊商の長であるイスュタードがいる事から分かるように、ここは村長宅のいつもの大広間だった。
 そこに、ロディフィスの姿はない。
 今彼は、教会で子どもたち共々給食を貪っている最中だった。
 ロディフィスが初めからこの会合に参加する事は稀で、大体いつも中盤から終盤に掛けてひょっこり顔を出すことが多いのだ。
 とは言え、この場にロディフィスの存在がそれほど重要か? と言うと、別段そう言う事でもなかったりするのだ。
 初めのうちこそ、ロディフィス、イスュタード、バルトロと三名が顔を合わせてあれやこれやを話していたが、規模が大きくなった今となってはその様相はだいぶ様変わりしていた。
 実を言えば、イスュタードが村に行商に来る予定日の前日までには、ロディフィスとバルトロ他にもヨシュアを初めとした村の上役連中で、意見を出し合い今後の方針を決めているのだ。
 つまりは、この場でのバルトロの発言は村の総意であり、そんな場にロディフィスが一人いたところで何が変わると言う訳でもないのである。

「んじゃ、これが今回の売上明細だ。確認してくれ」
「ああ」

 イスュタードが差し出した明細を、バルトロは受け取りさっと目を通す。
 そこに書かれていた販売数は、前回イスュタードへと納品した数に達してはいなかった。
 およそ、七割……と言ったところか。
 つまり完売出来ずに在庫が残った、と言う事だ。
 これは仕方がない事だろう、とバルトロは明細を片手に小さく唸った。
 既にかなりの数を市場に流した訳なのだから、そろそろ需要が限界を迎えてもおかしくない頃合だった。
 加えて、類似商品も相当数出回っていると言うのだから尚更だ。

「そいつを見て分かるように、そろそろ売り上げが落ち始めてきちまってな。
 急かす様で悪いんだが、そろそろ貸してた分を返してくれないか?」

 “貸していた分”とは、銭湯を作る際にイスュタードが融資した1000万RDリルダの事だ。
 勿論、文字通り“貸してた1000万RDリルダを返せ”と言っている訳ではない。
 “融資したのだから、その成果を見せろ”と言っているのだ。
 こういう場において、相手に気を使ったり、遠慮などしないことが、イスュタードにとって商人としての矜持の一つだった。
 自分たちは慈善事業をしている訳ではない。商売をしているのだと言う商人としての矜持だ。
 バルトロはそんなイスュタードにある種の小気味よさを感じながら、イスュタードの前に一枚の紙を差し出した。

「そーだな……だがまぁ、取り敢えずはそいつを確認してくれ。今回納める品の一覧だ」
「……」

 イスュタードは黙って紙を受け取ると、ざっくりと視線を走らせた。

「……こいつは村長さん、あんたが考えた事かい?」
「いや……多少口は挟んだが、ほとんどはロディフィスが考えた事と言っていいだろうな」

 イスシュタードの手にした納品書には、何時も通り見慣れた商品の他にもう一つ……
 別の商品の名前が追加されていたのだった。
 それは、村では“白黒石”と呼ばれているものだった。
 実は、この事態を予想して、既にロディフィスとも協議を重ねて対応策もしっかり用意していたのだ。
 イスュタードからの催促などロディフィスたちにしてみれば十分想定の範囲内で、別段驚くことでもなんでもなかった、と言う訳だ。
 しかも、納品するソロバンの生産数は余ることを見越して前回の2分の1程度に抑えていた。
 その代わり、生産に回せる全ての人員をリバーシの製造に回す事で、その納品数は1万に迫る数を用意していたのだ。
 正直、材料は建材に使った木材の端材から流用していたので、いくらでもあまりがあるのだ。
 
「どうだい若様よぉ? そいつで、取り敢えずは納得してくんねぇか?」
「納得も何も……こいつは十分過ぎるぐらいの見返りだな」

 初期生産分としては、申し分ない数にイスュタードは相好を崩した。

「で、にやけてるところ悪いが、こいつが今回の発注書だ。よろしく頼むぜ」

 イスュタードはバルトロが差し出したもう一枚の紙を受け取り、目を通す。
 そこに載っていたのは前回と同様、主な品目は食材だった。
 ただ、違いがあるとすればその量が、随分と多い事だろうか……

「また、随分と溜め込むな……」
「ロディフィスが“きゅうしょく”なんてもんを始めた所為だな。
 なにせ、教会で使ってる食材は“村長からの寄付”って形で卸してるからな
 それに、備えあれば……と言うやつだ。村民もかなり増えたからな、それぐらいの蓄えはあって然るべきってもんだ」

 今、教会で使っている食材は、元々は村の備蓄用にイスュタードから購入したものなのだが、それをロディフィスがバルトロに無理を言って、流してもらっていたものだった。
 だから、今回の発注には、減った分の蓄えの補充分と給食用の食材とが加算され、結果、発注量が大幅に増加した、と言う訳だった。

 一通り納品と発注の話が終わったところで、商談は食材の追加購入についての話へと移り変わっていた。
 今回発注した品が実際に村に届くのは次の行商日か、もしくは次の次の行商日になる。
 前回発注を掛け、今回の行商で届いた食材はあくまで備蓄分だけなので、追加で給食用の食材を別口で購入する必要があったのだ。
 今の村の財力を以ってすれば、無理をすれば隊商の全ての食材を買い取る事も出来たが、そんな事をすれば他の村々に多大な迷惑をかけてしまう。
 なので、ラッセ村に回せる限界まで買い取ると言う形でこの話は落ち着く事となった。
 
 今回の発注分、そして追加購入した食材の代金、それら諸々の合計を報酬から差し引いた金額を、イスュタードはバルトロへと差し出した。
 皮袋の重量は、初めの4分の1にも満たない量になってしまったが、仕方がない。
 更に、これから村人たちへの報酬を払うとなるといよいよ村の貯金は底を突きそうなのだが、それは次回の清算日で取り戻す事が出来ると、ロディフィスもバルトロもそう踏んでいた。
 何しろこの世界にはない、正に新商品が約1万個だ。
 いくらで売るのかはイスュタードに任せているので実際に販売してみない事にはなんとも言えないが、ソロバンの時の事を考えれば期待は大きいと言えた。
 そうして、一通りの話が終わった丁度その時、

「ちぃーっす。
 もしかして、もう終わっちまったか?」

 ガタンッという音に、イスュタードとバルトロの二人が首を巡らせれば、そこには大広間の扉を勢い良く開けて、意気揚々と中に入ってくるロディフィスの姿があった。
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