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48話 森へ行こう その1
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「私、今日、初めて初歩の魔術を使うのに成功しましたのっ!
神父様からも、“覚えが早い”とお褒めの言葉を頂ましたわっ!」
「ほぉ、そいつはすごいな。
俺なんて魔術そのものが使えないから、正直羨ましいよ……もぐもぐ……」
俺はそう答えると、手にしていたシチューもどきを口の中へと掻き込んだ。
今は、授業後の給食の時間だった。
シルヴィが、ここ教会学校へ通うようになって、体感で約二ヶ月くらいだろうか?
正確な日数は、数えてないから知らんが……
シルヴィは魔術適性あり、と言う事でミーシャと同じく“魔術組”に属していた。
魔術の訓練は、始める時期が遅いほど習得し難くなるものらしく、村に来るまで魔術の訓練を受けてことがないと言うシルヴィにとっては、少しばかり他の子よりもハンデのあるスタートとなってしまっていた。
それはまぁ、移住組の子たち全般に言えることではあったのだが。
通常、まったくのド素人が魔術の訓練を始めて極々簡単な初歩魔術を使えるようになるまでには、個人差はあるものの子どもなら約半年、大人なら一年以上と言われている。
実際、俺と一緒に入学して魔術の練習をしている子の中には、未だに初歩魔術すら使えない子も、少数だが存在していた。
そんな中、二ヶ月と言うハイペースで魔術を使えるようになったシルヴィは素直にすごいと思った。
素質や資質も然る事ながら、これは彼女の努力の賜物だろう。
よく、授業後に神父様に魔術の事を聞くために、書庫に足しげく通っている姿を俺は見ていたからな。
随分前に、ミーシャとタニアのステータスを考えた事があったが、シルヴィはSクラスの飛び抜けた才能こそないものの、全てのスペックがAとかBの比較的高い次元でまとまっている努力系秀才型なのだと思う。
ちなみに、ミーシャは一ヶ月少々で初歩魔術を使えるようになっていたが、この子は例外中の例外なのでカウントしてはいけない。
「すごい、だなんて……私よりロディの方がずっと“ずごい”ですわ。
頭がすごく良いですし、博識ですし、それに“まじゅつじん”と言う不思議な物も作れるではありませんか。私、ロディの事、尊敬致しますわっ!」
おお……褒め殺しではないか、なんか照れるぜ……
この子は運動神経も悪くはないので、剣術を学ぶか、魔術を学ぶか、結構本気で迷っていたのが、結局魔術を選んだ。
どうして、魔術にしたのか聞いて見たら“だって、お得なんですもの”……っと、言う答えが返って来たのだった。
なんのこっちゃ……
詳しく話をシルヴィから聞いてみたところによれば、シルヴィが住んでいたクラレンスと言う大きな町でもこの村と同様、聖王教会が寺子屋を開いて子どもたちに読み書き算術を教えていたらしい。
だが反面、村の学校のように、やれ剣術だ、やれ魔術だ、といった訓練を行う様な事は一切なかったと言うのだ。
むしろ、剣術も魔術も裕福層が多額のお金を払って家庭教師を呼び、教えを請うのが一般的なんだとか。
しかも、上流階級の裕福層の間ではどれだけ報酬の高い講師を何人呼べるかが、一種のステータスのバロメータとなっているらしい。
なにそれ、くだらね。
村のように、無償で技術を教えているなんて事は、まずないとシルヴィは鼻息も荒く断言していた。
一応、教会でも魔術を教える事はあるそうなのだが、それは“多額の寄付をした”極一部の裕福な子どもたちだけが対象であったらしい。
お世辞にも裕福な暮らしをしていたとは言えないシルヴィにとっては、まさに無縁な話であったようだ。
更に付け加えるなら、町の聖王教学校は無料ではなく有料であるらしいのだ。
明確に月いくら、と金額が決まっている訳ではないようなのだが、“お布施”や“寄付”と言った言葉で、定期的に教会にお金を払わないと追い出されるのだとか……
なんだか、村の教会と随分と印象が違うものだな。
それとも、そっちの方が一般的で、村の方がおかしいのか?
今度神父様にでも聞いてみよう。
で、そんな話が何故“お得”と言う言葉に繋がるかと言うと、単純に魔術の授業料の方が、剣術の授業料より高いのだと言っていた。
どちらか片方を教えてもらえると言うのなら、授業料が高い方を受けた方がより“お得”だと、シルヴィは考えたのだろう。
こういうのは、しっかりしている、と言っていいのだろうか……
しかし、あのクソ暑かった日々もどこへやら、日中の気温はまだまだ高いが、夜と朝は涼やかな風が吹くようになって来た。
季節はすっかり夏の終わりへと向かっていた。
もう少ししたら、一気に秋になって行くのだろうな。
「わっ、わたしもロディくんのこと“そんけー”してるよっ!
ロディくん、いろいろなこと教えてくれるし、やさしいし、そっ、その……かっ、かっこいいし……」
何を張り合っているのか、突然ミーシャがそんな事をもじもじ体をくねくねさせながら言って来た。
えっ? なに? 急に?
今日はそう言う日なのだろうか?
無駄に持ち上げられて、ケツがみょーにムズムズするんだが……なんて思っていたら、
「にゃはははっ! でも、ロディって剣はちょーよわっちいんだぜ!
だって、剣術の練習であたしに一回も勝ったことがないんだもん」
なんて事を、タニアが言い出したのだ。
「よわっちくないっ!
タニアが強すぎるんだよ……」
「えー? ロディ、あたし以外にもいっぱい負けんじゃん?」
「グフッ!」
痛いところを抉りやがって……
そう、俺は剣術の授業でほとんど勝った事がないのだ。
タニアは言うに及ばす、他の奴らも結構負け越しているのだ。
言い訳をするつもりはないが、なんだか動きに妙な違和感があってなかなかついていけないのだ。
一瞬、動きが早くなっているような気がすると言うかなんと言うか……
その動きに戸惑っていると、ポコリと一発入れられてしまう、と言うのが俺の必敗法だった。
ただ、単純な殴り合いならそうそう負ける事もないのだろうが、剣術の練習にはちゃんとルールがある。
だから、余計にやり難さを感じていたりする訳だ。
なんて感じで、わいのわいのと給食をもぐもぐしていると、ふいに、視界の隅っこにクマのおっさんの姿を捉えた。
何でこんなところにクマのおっさんが? と思っていたらつかつかとこっちに近づいて来るではないか。
で、神父様の所まで来ると、何やら二、三言葉を交わすと、その場で全体に聞こえる様な大声で、話し始めたのだった。
「そのままでいいから聞くように。
今年も“野外教練”の時期が近づいて来た。
とは言っても、今年は新しく増えた者も多いからな、知らない者の方が多いだろう。
まずは、その説明をしよう。
知らない者はしっかり聞くように、知っているものは確認をするつもりでしっかり聞くように。
分からない事は、あとでまとめて質問を受ける。
では、“野外教練”とは何か説明しよう……」
クマのおっさんの話をまとめると、次のような事らしい。
“野外教練”とは、“教練”と名前に付いてはいるが、どちらかというと一種の体験学習的な行事の事をいうようだ。教会学校に通う生徒全員が参加する事になっているらしい。
普段は、子どもだけでは勿論、大人だって一人では絶対に入ってはいけないと言われている北の森へと自警団の護衛つきで集団で赴いて、食べられるもの、食べてはいけないもの、そのままでは食べられないが調理次第で食べられるもの、また、どういった場所に生息しているか、食べてはいけないものを食べたときどう言う症状になるのか、そして、どう対処すればいいのかと言った生きていくうえで、あれば便利な知識を身につける為の訓練であるらしい。
“教練”と言う事で、剣術組だけの参加かと思ったらそうでもなく、剣術組魔術組合同で行うらしい。
で、この“野外教練”だが一年で、春先と夏の終わりごろの計二回行われているらしいのだが、春先の部に関しては俺たちが教会学校に入学する前に行われているので、俺たち一年生及び移住組の生徒たちは今回が“野外教練”初参加となる。
「あくまで活動の範囲は森の入り口から浅い部分までだが、決して油断したり遊び半分で参加しないように。
いつも言っている事だが、北の森には凶暴な獣も多くいる。
表層部分に魔獣が出てくる事はまずないと思うが、不測の事態とはいつ起きるか分からないものだ。
各自、団員の指示に従い慎重に行動するように。
話は以上だ。
日取りは近日中に都合をつけるので、皆各自で準備を進めておくように。
では、何か質問がある者はいるか?」
クマのおっさんがそう話を締めると、斜向かいに座っていたグライブが手を挙げていた。
あまり関係ないが、今日の両隣はタニアとシルヴィだ。ミーシャは正面に座っている。
座る場所は特に決まってはいないのだが、俺はなんとなくいつも同じ場所に座っていた。
少し前までは授業の時など、両隣はミーシャとタニアの指定席になっていたのだが、シルヴィが加わってからは俺の両隣に関しては早い者勝ちと言う事になった。
結果、今では三人してイス取りゲームよろしく俺の隣のイスの奪い合いになっている。
ロリっ子とは言え、三人の女の子が俺の隣を奪い合いとか……前世じゃありえない事だな。
モテ期か? 前世からの繰越でモテ期到来か? 我が世の春か? ウハウハ(死語)か?
だがしかし、幼女に懐かれてもなぁ……十数年後に期待しよう。
と、まぁ、そんな話はおいといて……
クマのおっさんに、名前を呼ばれたグライブが“はい!”と返事を返してその場で立ち上がった。
「あの、いつもより少し時期が早いような気がするのですが……何か理由があるんですか?」
そうなのか?
初参加だからよく分からんが……
グライブは言いたい事を言うと、またすぐに腰を下ろした。
「ああ、確かにいつもり少し早いな。
今回は参加する者が多いので、それに合わせて警護に当たる自警団員を増やさなきゃならんかった。
しかし“野外教練”の時期は、麦の収穫時期とも重なるから、普段は畑の世話をしている団員も多くいるので、人員確保の面からかぶらないように少し早める事にした。
他に質問は?」
まぁ、生徒数が一気に二倍ちょいだもんな……
護衛の団員も単純に二倍は必要って事か。
で、クマのおっさんが次の質問を促すと、今度は移住組と思しきあまり見慣れない少年がおずおずと言った感じで挙手。
「あっ、あの……それって絶対参加しないとダメ……なんですか?
ボク、そんな危ない所になんて行きたくないです……
なんでわざわざ、自分たちから危険な場所に行くんですか……」
少年もまた、言うこと言うと静かに腰を下ろした。
まぁ、確かにもっともな意見だな。
何も好き好んで危ないところに行く必要はないわな。
「参加は理由がない限り絶対だ。
確かに森は、特に北の森は危険な場所だ。
しかし、森とは危険なだけの場所ではない。
森には森の実りがあるのだ。
山菜があり、木の実があり、茸がある。それに、危険ではあるが、獣も捕らえることが出来れば立派な食材だ。
森は食材の宝庫でもあるのだ。
特に、北の森は普段人が近づかないだけに、森の恵みも豊富だ。
今年は旱魃と言う危機的状況ではあったが、なんとか持ち直す事が出来、麦も無事に育っている。
それに、今は行商人から食料を買えているから、十分な蓄えもある。
これなら確かに、お前が言うとおり、無理に危険を冒す必要はないのかも知れない。
しかしな……
そんな都合の良い状況が、いつまでも続くとは限らない。
人は、一瞬先の出来事でさえ見通せぬものだ。
もしかしたら、明日にでも突然嵐が起こって麦が全滅するかもしれない……
来年はどうだ? 無事に収穫出来る保証はあるのか?
今、村で作っているものが、突然売れなくなる事だってあるかもしれない……
もしそうなった時、我々はどうやて生きていけばいい?
森が食材の宝庫であったとしても、それが食べられるものかどうか判断出来なければただの草木と変わりはせん。
どこに生息しているか知らなければ、見つけ出す事も出来ん。
簡単な罠の作り方を知っていれば、ラビの様な小型の獣くらいなら捕まえる事だって出来る。
そのための術を……生きるための術を、子らに教えることもまた我々大人の職務と俺は考えている。
なに、不安がる事はない。
何も一人で行く訳ではないのだ。
なんのために自警団が同行すると思っている?
今年は、例年の三倍以上の人員を確保するつもりだ。
お前たちの身の安全は、我々自警団が責任を持って守ると約束しよう。
むしろ、角猪なんぞが出てこようものなら、肉が食えると喜べばいいのだ」
クマのおっさんはそこまで言うと、豪快にだっはっはっ……ゴフッゴフッ、と笑い飛ばして咽ていた。
で、質問をしていた少年だが、そんなクマのおっさんの言葉のおかげか、多少不安そうではあったが微かな笑みを浮かべて隣の子と何やら話していた。
他には? と、クマのおっさんが一同を見回すが、特に手を挙げる者もいない。
なので……
「……ロディフィス、何だ?」
なんで露骨に嫌そうな顔するんだよ?
差別か? イジメか? 泣くぞゴラァ!
「まず、質問の前になんでそんなイヤそうな顔すんだよおっさん」
「手を挙げたのが“お前”だからだ。
また変な事言い出すんじゃないだろうな?」
まぁ! 失敬なっ! 俺がいつ“変”な事を言ったよ?
「まぁ、いいや……
んじゃ、質問です」
「……なんだ?」
「今の時期採れるうまいものってなんですか?」
「…… ……」
俺がそう問うと、辺りが一瞬静かになり、クマのおっさんはジトっとした目で俺を見てきた。
たまたま目が合った神父様は苦笑いを浮かべていて、隣にたいシスター・エリーなんて額に手を当てて首を振っていた。
なんだよなんだよ?
みんなして、人の事をアホの子を見るような目で見やがって!
「えっ? 気になるだろ? 普通、気になるよなぁ?
食べられる、食べられない以前にうまいかマズイかは重要な事だと思うんだけどさぁ」
たとえ食べられても、マズかったら願い下げだしな。
しばらくして、クマのおっさんからもらった答えは、“自分で食って確かめろ”だった。
ちなみにクマのおっさんからオススメをいくつか紹介されたが、名前を聞いただけでは何がなんだかさっぱりわからなかった。
ただ、見つけたらはじめに食ってみようと思うくらいには参考になった。
てか、呆れ顔だったくせにちゃんと答えてくれる辺り、クマのおっさんって割りと律儀だよな。
俺からの質問を最後に、クマのおっさんへの質問タイムは終了になった。
クマのおっさんが帰りがけにもう一度、
「日程は決まり次第発表するので、それまでに各自準備をすすめておくように」
と言って、神父様たちと一言交わして帰って行った。
ってか、準備って何すればいいんだよ?
軍手とか鎌とか用意するのだろうか?
その辺りは、経験者であるグライブにでも聞いておこう。
神父様からも、“覚えが早い”とお褒めの言葉を頂ましたわっ!」
「ほぉ、そいつはすごいな。
俺なんて魔術そのものが使えないから、正直羨ましいよ……もぐもぐ……」
俺はそう答えると、手にしていたシチューもどきを口の中へと掻き込んだ。
今は、授業後の給食の時間だった。
シルヴィが、ここ教会学校へ通うようになって、体感で約二ヶ月くらいだろうか?
正確な日数は、数えてないから知らんが……
シルヴィは魔術適性あり、と言う事でミーシャと同じく“魔術組”に属していた。
魔術の訓練は、始める時期が遅いほど習得し難くなるものらしく、村に来るまで魔術の訓練を受けてことがないと言うシルヴィにとっては、少しばかり他の子よりもハンデのあるスタートとなってしまっていた。
それはまぁ、移住組の子たち全般に言えることではあったのだが。
通常、まったくのド素人が魔術の訓練を始めて極々簡単な初歩魔術を使えるようになるまでには、個人差はあるものの子どもなら約半年、大人なら一年以上と言われている。
実際、俺と一緒に入学して魔術の練習をしている子の中には、未だに初歩魔術すら使えない子も、少数だが存在していた。
そんな中、二ヶ月と言うハイペースで魔術を使えるようになったシルヴィは素直にすごいと思った。
素質や資質も然る事ながら、これは彼女の努力の賜物だろう。
よく、授業後に神父様に魔術の事を聞くために、書庫に足しげく通っている姿を俺は見ていたからな。
随分前に、ミーシャとタニアのステータスを考えた事があったが、シルヴィはSクラスの飛び抜けた才能こそないものの、全てのスペックがAとかBの比較的高い次元でまとまっている努力系秀才型なのだと思う。
ちなみに、ミーシャは一ヶ月少々で初歩魔術を使えるようになっていたが、この子は例外中の例外なのでカウントしてはいけない。
「すごい、だなんて……私よりロディの方がずっと“ずごい”ですわ。
頭がすごく良いですし、博識ですし、それに“まじゅつじん”と言う不思議な物も作れるではありませんか。私、ロディの事、尊敬致しますわっ!」
おお……褒め殺しではないか、なんか照れるぜ……
この子は運動神経も悪くはないので、剣術を学ぶか、魔術を学ぶか、結構本気で迷っていたのが、結局魔術を選んだ。
どうして、魔術にしたのか聞いて見たら“だって、お得なんですもの”……っと、言う答えが返って来たのだった。
なんのこっちゃ……
詳しく話をシルヴィから聞いてみたところによれば、シルヴィが住んでいたクラレンスと言う大きな町でもこの村と同様、聖王教会が寺子屋を開いて子どもたちに読み書き算術を教えていたらしい。
だが反面、村の学校のように、やれ剣術だ、やれ魔術だ、といった訓練を行う様な事は一切なかったと言うのだ。
むしろ、剣術も魔術も裕福層が多額のお金を払って家庭教師を呼び、教えを請うのが一般的なんだとか。
しかも、上流階級の裕福層の間ではどれだけ報酬の高い講師を何人呼べるかが、一種のステータスのバロメータとなっているらしい。
なにそれ、くだらね。
村のように、無償で技術を教えているなんて事は、まずないとシルヴィは鼻息も荒く断言していた。
一応、教会でも魔術を教える事はあるそうなのだが、それは“多額の寄付をした”極一部の裕福な子どもたちだけが対象であったらしい。
お世辞にも裕福な暮らしをしていたとは言えないシルヴィにとっては、まさに無縁な話であったようだ。
更に付け加えるなら、町の聖王教学校は無料ではなく有料であるらしいのだ。
明確に月いくら、と金額が決まっている訳ではないようなのだが、“お布施”や“寄付”と言った言葉で、定期的に教会にお金を払わないと追い出されるのだとか……
なんだか、村の教会と随分と印象が違うものだな。
それとも、そっちの方が一般的で、村の方がおかしいのか?
今度神父様にでも聞いてみよう。
で、そんな話が何故“お得”と言う言葉に繋がるかと言うと、単純に魔術の授業料の方が、剣術の授業料より高いのだと言っていた。
どちらか片方を教えてもらえると言うのなら、授業料が高い方を受けた方がより“お得”だと、シルヴィは考えたのだろう。
こういうのは、しっかりしている、と言っていいのだろうか……
しかし、あのクソ暑かった日々もどこへやら、日中の気温はまだまだ高いが、夜と朝は涼やかな風が吹くようになって来た。
季節はすっかり夏の終わりへと向かっていた。
もう少ししたら、一気に秋になって行くのだろうな。
「わっ、わたしもロディくんのこと“そんけー”してるよっ!
ロディくん、いろいろなこと教えてくれるし、やさしいし、そっ、その……かっ、かっこいいし……」
何を張り合っているのか、突然ミーシャがそんな事をもじもじ体をくねくねさせながら言って来た。
えっ? なに? 急に?
今日はそう言う日なのだろうか?
無駄に持ち上げられて、ケツがみょーにムズムズするんだが……なんて思っていたら、
「にゃはははっ! でも、ロディって剣はちょーよわっちいんだぜ!
だって、剣術の練習であたしに一回も勝ったことがないんだもん」
なんて事を、タニアが言い出したのだ。
「よわっちくないっ!
タニアが強すぎるんだよ……」
「えー? ロディ、あたし以外にもいっぱい負けんじゃん?」
「グフッ!」
痛いところを抉りやがって……
そう、俺は剣術の授業でほとんど勝った事がないのだ。
タニアは言うに及ばす、他の奴らも結構負け越しているのだ。
言い訳をするつもりはないが、なんだか動きに妙な違和感があってなかなかついていけないのだ。
一瞬、動きが早くなっているような気がすると言うかなんと言うか……
その動きに戸惑っていると、ポコリと一発入れられてしまう、と言うのが俺の必敗法だった。
ただ、単純な殴り合いならそうそう負ける事もないのだろうが、剣術の練習にはちゃんとルールがある。
だから、余計にやり難さを感じていたりする訳だ。
なんて感じで、わいのわいのと給食をもぐもぐしていると、ふいに、視界の隅っこにクマのおっさんの姿を捉えた。
何でこんなところにクマのおっさんが? と思っていたらつかつかとこっちに近づいて来るではないか。
で、神父様の所まで来ると、何やら二、三言葉を交わすと、その場で全体に聞こえる様な大声で、話し始めたのだった。
「そのままでいいから聞くように。
今年も“野外教練”の時期が近づいて来た。
とは言っても、今年は新しく増えた者も多いからな、知らない者の方が多いだろう。
まずは、その説明をしよう。
知らない者はしっかり聞くように、知っているものは確認をするつもりでしっかり聞くように。
分からない事は、あとでまとめて質問を受ける。
では、“野外教練”とは何か説明しよう……」
クマのおっさんの話をまとめると、次のような事らしい。
“野外教練”とは、“教練”と名前に付いてはいるが、どちらかというと一種の体験学習的な行事の事をいうようだ。教会学校に通う生徒全員が参加する事になっているらしい。
普段は、子どもだけでは勿論、大人だって一人では絶対に入ってはいけないと言われている北の森へと自警団の護衛つきで集団で赴いて、食べられるもの、食べてはいけないもの、そのままでは食べられないが調理次第で食べられるもの、また、どういった場所に生息しているか、食べてはいけないものを食べたときどう言う症状になるのか、そして、どう対処すればいいのかと言った生きていくうえで、あれば便利な知識を身につける為の訓練であるらしい。
“教練”と言う事で、剣術組だけの参加かと思ったらそうでもなく、剣術組魔術組合同で行うらしい。
で、この“野外教練”だが一年で、春先と夏の終わりごろの計二回行われているらしいのだが、春先の部に関しては俺たちが教会学校に入学する前に行われているので、俺たち一年生及び移住組の生徒たちは今回が“野外教練”初参加となる。
「あくまで活動の範囲は森の入り口から浅い部分までだが、決して油断したり遊び半分で参加しないように。
いつも言っている事だが、北の森には凶暴な獣も多くいる。
表層部分に魔獣が出てくる事はまずないと思うが、不測の事態とはいつ起きるか分からないものだ。
各自、団員の指示に従い慎重に行動するように。
話は以上だ。
日取りは近日中に都合をつけるので、皆各自で準備を進めておくように。
では、何か質問がある者はいるか?」
クマのおっさんがそう話を締めると、斜向かいに座っていたグライブが手を挙げていた。
あまり関係ないが、今日の両隣はタニアとシルヴィだ。ミーシャは正面に座っている。
座る場所は特に決まってはいないのだが、俺はなんとなくいつも同じ場所に座っていた。
少し前までは授業の時など、両隣はミーシャとタニアの指定席になっていたのだが、シルヴィが加わってからは俺の両隣に関しては早い者勝ちと言う事になった。
結果、今では三人してイス取りゲームよろしく俺の隣のイスの奪い合いになっている。
ロリっ子とは言え、三人の女の子が俺の隣を奪い合いとか……前世じゃありえない事だな。
モテ期か? 前世からの繰越でモテ期到来か? 我が世の春か? ウハウハ(死語)か?
だがしかし、幼女に懐かれてもなぁ……十数年後に期待しよう。
と、まぁ、そんな話はおいといて……
クマのおっさんに、名前を呼ばれたグライブが“はい!”と返事を返してその場で立ち上がった。
「あの、いつもより少し時期が早いような気がするのですが……何か理由があるんですか?」
そうなのか?
初参加だからよく分からんが……
グライブは言いたい事を言うと、またすぐに腰を下ろした。
「ああ、確かにいつもり少し早いな。
今回は参加する者が多いので、それに合わせて警護に当たる自警団員を増やさなきゃならんかった。
しかし“野外教練”の時期は、麦の収穫時期とも重なるから、普段は畑の世話をしている団員も多くいるので、人員確保の面からかぶらないように少し早める事にした。
他に質問は?」
まぁ、生徒数が一気に二倍ちょいだもんな……
護衛の団員も単純に二倍は必要って事か。
で、クマのおっさんが次の質問を促すと、今度は移住組と思しきあまり見慣れない少年がおずおずと言った感じで挙手。
「あっ、あの……それって絶対参加しないとダメ……なんですか?
ボク、そんな危ない所になんて行きたくないです……
なんでわざわざ、自分たちから危険な場所に行くんですか……」
少年もまた、言うこと言うと静かに腰を下ろした。
まぁ、確かにもっともな意見だな。
何も好き好んで危ないところに行く必要はないわな。
「参加は理由がない限り絶対だ。
確かに森は、特に北の森は危険な場所だ。
しかし、森とは危険なだけの場所ではない。
森には森の実りがあるのだ。
山菜があり、木の実があり、茸がある。それに、危険ではあるが、獣も捕らえることが出来れば立派な食材だ。
森は食材の宝庫でもあるのだ。
特に、北の森は普段人が近づかないだけに、森の恵みも豊富だ。
今年は旱魃と言う危機的状況ではあったが、なんとか持ち直す事が出来、麦も無事に育っている。
それに、今は行商人から食料を買えているから、十分な蓄えもある。
これなら確かに、お前が言うとおり、無理に危険を冒す必要はないのかも知れない。
しかしな……
そんな都合の良い状況が、いつまでも続くとは限らない。
人は、一瞬先の出来事でさえ見通せぬものだ。
もしかしたら、明日にでも突然嵐が起こって麦が全滅するかもしれない……
来年はどうだ? 無事に収穫出来る保証はあるのか?
今、村で作っているものが、突然売れなくなる事だってあるかもしれない……
もしそうなった時、我々はどうやて生きていけばいい?
森が食材の宝庫であったとしても、それが食べられるものかどうか判断出来なければただの草木と変わりはせん。
どこに生息しているか知らなければ、見つけ出す事も出来ん。
簡単な罠の作り方を知っていれば、ラビの様な小型の獣くらいなら捕まえる事だって出来る。
そのための術を……生きるための術を、子らに教えることもまた我々大人の職務と俺は考えている。
なに、不安がる事はない。
何も一人で行く訳ではないのだ。
なんのために自警団が同行すると思っている?
今年は、例年の三倍以上の人員を確保するつもりだ。
お前たちの身の安全は、我々自警団が責任を持って守ると約束しよう。
むしろ、角猪なんぞが出てこようものなら、肉が食えると喜べばいいのだ」
クマのおっさんはそこまで言うと、豪快にだっはっはっ……ゴフッゴフッ、と笑い飛ばして咽ていた。
で、質問をしていた少年だが、そんなクマのおっさんの言葉のおかげか、多少不安そうではあったが微かな笑みを浮かべて隣の子と何やら話していた。
他には? と、クマのおっさんが一同を見回すが、特に手を挙げる者もいない。
なので……
「……ロディフィス、何だ?」
なんで露骨に嫌そうな顔するんだよ?
差別か? イジメか? 泣くぞゴラァ!
「まず、質問の前になんでそんなイヤそうな顔すんだよおっさん」
「手を挙げたのが“お前”だからだ。
また変な事言い出すんじゃないだろうな?」
まぁ! 失敬なっ! 俺がいつ“変”な事を言ったよ?
「まぁ、いいや……
んじゃ、質問です」
「……なんだ?」
「今の時期採れるうまいものってなんですか?」
「…… ……」
俺がそう問うと、辺りが一瞬静かになり、クマのおっさんはジトっとした目で俺を見てきた。
たまたま目が合った神父様は苦笑いを浮かべていて、隣にたいシスター・エリーなんて額に手を当てて首を振っていた。
なんだよなんだよ?
みんなして、人の事をアホの子を見るような目で見やがって!
「えっ? 気になるだろ? 普通、気になるよなぁ?
食べられる、食べられない以前にうまいかマズイかは重要な事だと思うんだけどさぁ」
たとえ食べられても、マズかったら願い下げだしな。
しばらくして、クマのおっさんからもらった答えは、“自分で食って確かめろ”だった。
ちなみにクマのおっさんからオススメをいくつか紹介されたが、名前を聞いただけでは何がなんだかさっぱりわからなかった。
ただ、見つけたらはじめに食ってみようと思うくらいには参考になった。
てか、呆れ顔だったくせにちゃんと答えてくれる辺り、クマのおっさんって割りと律儀だよな。
俺からの質問を最後に、クマのおっさんへの質問タイムは終了になった。
クマのおっさんが帰りがけにもう一度、
「日程は決まり次第発表するので、それまでに各自準備をすすめておくように」
と言って、神父様たちと一言交わして帰って行った。
ってか、準備って何すればいいんだよ?
軍手とか鎌とか用意するのだろうか?
その辺りは、経験者であるグライブにでも聞いておこう。
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冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
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父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
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