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49話 森へ行こう その2
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ガチャリ
と、扉のノブが回される音が大して広くもない自警団の詰め所の中に響く。
今は人気も少なく日も沈んだ後とあって、普段より音が大きく聞こえたような気がした。
フェオドル・クマーソンは手にしていた用紙から視線を外すと、音の方へと顔を向ける。
丁度、扉が開き人影が一つ、二つ……計四人の人間が詰め所へと入って来るところだった。
外から入ってくる風に、天井から吊るしていた“光る石”がゆっくりと揺れる。
揺れる淡い光が照らすのは、見覚えのある自警団員の面々だった。
その誰もが、腰にすすけた感じの剣を差し、その身を使い古されてボロボロになった簡素な軽装鎧で覆っていた。
どちらも、無いよりはまし、といった程度の装備でしかない。
もう何十年と、手入れを繰り返しながら使ってきたものなので、仕方が無いと言えば仕方がないのだが……
詳しい事までは分からないが、今はなんだかんだで村には結構な蓄えがあるらしい。
村長にでも相談したら、装備を新調してもらえるだろうか?
ふとフェオドルの脳裏に、そんな考えが過ぎった。
「こんな時間になるまで、ご苦労をおかけして申し訳ない。
バルディオ殿にこのような、使いっ走りのマネごとをさせてしまって……」
フェオドルは、四人の先頭に立っていた一際大柄な体格の人物へと労いの言葉を投げかけた。
身長はフェオドルよりやや低く、肩幅もフェオドルよりやや狭い。
体の大きさではフェオドルの方が勝っていたが、こと戦闘技能においてフェオドルは彼に遠く及ばなかった。
ラッセ村の中で最も強い男。
それがこの男、バルディオ・バヴォーニであり、ここラッセ村自警団の副団長を務める人物だった。
彼が北の森への哨戒任務で詰め所を発ったのが、まだ日が十分に高かった頃のことだ。
それが今となってはすっかり日が沈み、辺りは闇色の帳で包み込まれていた。
「おいおい。隊長が部下に遜ってるんじゃねぇよ。他のやつらに示しがつかねえだろ?」
「いや、しかしですな……
バルディオ殿は自分より歳も剣の技量も上ですから、なかなか……
本来は、バルディオ殿が隊長に就くのが相応しいと……」
「だぁーー!!
その話は随分と昔に済ませたはずだろ?
“一つの家系の人間で、役職を占めるのは好ましくない”
って、村長が言ってたのを忘れたのか?
オヤジが村長をしている間は、俺たち兄弟の中から役就きが出ることはねぇだろうよ。
そもそも、管理職なんざめんどうなだけだから就きたくもないしな。
ああぁ、そう言やぁパウロがなんか仕切ってた気もするが、あれは別に村の役職じゃないからいいのか……
とにかく、オレはそういう指示を出したり小難しい事を考えるのがキライだからな。
そういうのはテオの領分ってなもんだ、おれとしてはアゴで使われている方が楽でいい。
だから気にすんな」
(気にするな、とは言われても……なぁ)
別にフェオドル自身、今の“自警団の隊長”と言う職務が誰かに譲ってしまいたいほど嫌、と言う訳ではない。
むしろ、誇りに思っているくらいだ。
しかし……
正直な話し、自分より目上の人物が部下にいる、と言う状況がやり難くて仕方がないのだ。
しかも、その人物の方が自分より遥かに強いときた日には、どう扱っていいものか分からず、一つ指示を出すにしても毎度頭を抱えていたのだった。
フェオドルとしては、出来ればさっさと隊長職をバルディオに譲って自分は副隊長の席にでも収まっていた方が、ずっと気楽と言うものだ。
だと言うのに、バルディオはそんなフェオドルの気など知らず、フェオドルの隊長職への薦めを悉く断っていた。
これまで一体、同じやり取りを何度したことか……
この無駄に頑固な男は、何と言えば首を立てに振ってくれるののだろうか。
フェオドルはあまり口が達者な方ではないので、いくら悩んでもいい言葉が見つからず、結局諦めて、ため息を一つ。
「では、今しばらくはこの椅子を預かっておきますが、気が変わったらいつでも声をかけて下さい……
それで、森の様子はどうでしたか?」
フェオドルは手にしていた用紙を机の上におくと、さっそく本題を切り出した。
「表層部分はいつも通り、静かなもんだったな。
ただ、縄張りの見回りをしていたと思しき森狼を数頭見かけた。
数は4。少し多いのが気になるが、あいつらは頭がいいからな。
こちらから攻撃を仕掛けたり、やつらの縄張りに侵入しなければ、向こうも牙を剥くことはないだろうさ。
やつらだって、おれたちに牙を向ければただじゃすまない事くらい理解しているからな。
そこを弁えているから、こちらの領分には近づいて来ない。
現に、出くわした時もやつらこっちをじっと見るだけみて何処かへ行っちまったからな……
逆に、こちらから手を出せば、やつらも全力でこっちを潰しに掛かって来るだろうが……
まぁ今のところは、“野外教練”を行うのに特に問題はなし、と判断していいだろう」
彼が行っていたのは“野外教練”の現場となる、北の森の安全を確かめるの事前調査だった。
一応普段行っている見回りでも、北の森は要警戒区域として注意深く確認をしているのだが、今回は子どもたちが浅い部分とはいえ森に入ると言う事で、より一層の注意を払っての見回りとなった。
結果、帰って来るのがこんな時間になってしまった、という訳だった。
本来ならこのような雑務に等しい任務に、バルディオのような手練を向かわせる事はしないのだが、たまたま手が空いていた彼が自ら進んで参加したのだった。
フェオドルは、バルディオの報告を聞いて小さく首を引いた。
「そうですか。
丁度こちらも、日程と人員の選出が決まったところだったので明日にでも連絡を回す事にしましょう。
では、バルディオ殿、当日は護衛の件よろしくお願い致します」
「部下に頭を下げるヤツがあるか」
座ったままではあったが、頭を下げようとしていたフェオドルを、バルディオは声で制した。
「頭を上げろ。隊長はお前なんだ。デンと構えて命令を飛ばしていればいい。
上のもんがどっしり構えてないと、下のもんが不安がるだろうが」
「そうですな……(そこまで隊の事を考えてくれているのなら、いっそ代わってくれればいいものを……)」
「ん? 今何か言ったか?」
「いえ、何も?
虫の声でも聞こえたのではないですかな?」
「そうか? ……そうかもしれんな」
耳を澄ませてみれば、確かに外からは薄っすらと虫たちの声が聞こえて来ていた。
そのどれもが、少し前までは聞こえなかったものばかりだった。
そんな季節の移り変わりを耳で、肌で、匂いで感じならが夜は静かに更けていった。
-------------------------------------
野外教練当日……
クマのおっさんが野外教練の説明をしに、教会にやって来た日から数日。
あの後、正式な日程の連絡があり、いよいよ本番当日と相成りました。
野外教練なんて物々しい名前が付いてはいるが、実質ただの山菜、茸取りと言ってもいいような内容に、俺は年甲斐もなくちょっとだけワクワクしていた。
……いや、今は子どもだから歳相応でいいのか? まぁ、いいや。
まだ、日が昇ったばかりの時間とあって集合場所になっていた教会前に集まっている子どもたちは皆、眠そうに目を瞬かせていた。
中には立ったまま寝ている兵もいる……グライブとリュドだ。
器用だなお前ら……
と、かく言う俺は割りと平気だったりする。
前世では、23時帰宅の早朝4時出勤とか普通にあったからな……で、そこから3時間の車の運転で現場ヘ向かうって言うね……事故って死ななかったのがウソのようだ。
まぁ、変わりに(たぶん)心不全で死んだ訳だけど……
何故にこんな早い時間から集まっているかと言えば、日が暮れる前に帰って来られるようにする為だ。
日暮れの森は、獣の領分。
危険度が一気に跳ね上がるのだと、クマのおっさんが言っていた。長居は無用なのである。
だからと言って、行ってすぐ帰ってしまっていたのでは活動時間が短くなってしまい、なんのための課外学習なのか分からなくなってしまう。
故に、出発時間を早めにして活動出来る時間を確保しよう、と言うのだ。
そうすれば、余裕をもって活動を切り上げても、十分な活動時間を得る事が出来る。
辺りを見渡せば、今日は皆厚手の服を着用していた。
いつもヒラヒラのオサレな服を着ているシルヴィでさえ、野暮ったい作業服の様な格好だ。これから森に入ろうと言うのだからいつもの格好は流石にないか……
クマのおっさんが言っていた“各自準備をしておくように”と言うのは、ズバリこの服装の事だった。
普段着ている薄手のシャツではなく、多少の事では破れない厚手の生地を使った長袖の服を用意しておけ、と言うことだったらしい。
まぁ、まんま山菜取りに山へ入ってく格好だ。実際に行くのは森なんだけどな。
勿論、俺だって似たような格好をしている。
サイズが合わずにダボついていたり、所々繕った跡がみられるのは、この服がグライブのお下がりだからだ。
別にそれを悪く言うつもりはない。
どうせ新品を買ったところで、すぐに体が大きくなって着れなくなるのだから、お下がりで十分だ。
現に、グライブが今着ている服も誰かのお下がりなのは一目瞭然だった。
こうやって、体のサイズが安定するまで誰かのお古を着続けるのは、この村では至って普通のことなのだ。
そもそもファッションだのオサレだのに興味のない俺には、どうでもいい話なのだが。
ミーシャの、タニアの、そしてシルヴィの首がコックリコックリする中、数人の若い自警団員を連れてクマのおっさんが姿を現した。
「待たせたな。
では、これより野外教練を行う上での注意事項を話す。
皆、しっかりと聞くように……っと、そこっ! 地面で寝てるバカは誰だっ! 起きろっ!」
クマのおっさんの指先が指し示す先を追えば、そこにはグライブとリュドが地面に横たわった姿で眠りこけていた。
……思うに、立ったまま寝ていてバランスを崩したのだろう。
ってか、倒れても起きないってお前ら……どんだけ打たれ強いんだよ……
「ほれっ起きろ。クマのおっさんが来たぞ。
早く起きないと喰われるぞ?
あっ、熊の前で死んだ振りは迷信だから、やっても意味ないからな?」
「誰が喰うかっ!」
多少、クマのおっさんから抗議の声が上がったが華麗にスルー。
俺は横たわるグライブとリュドの、ガラ空きのわき腹に一発ずつケリを入れた。
コツクくらいでは埒が明かないと思ったので、結構な力を込めた一撃を見舞ってやった。
すると、ドゴスッと言う鈍い音とともに“おふっ!”となんとも奇妙な悲鳴を上げて二人とも文字通り跳ね起きた。
「げふっげふっ……
ロディ、お前なんて事しやがるんだよ……」
「こんなところで堂々と寝る方が悪い。
これで、少しは目が覚めただろ?」
なんて軽口叩き合っている間に、注意事項の説明が始まっていた。
内容は、まぁ、普通と言うか当たり前な事を並び立てただけだった。
一つ、森の奥には、絶対に行ってはいけない。
一つ、自警団員の言う事はしっかり聞く、また指示には絶対従う。
一つ、必ず複数人でまとまって行動する。自分勝手な行動また、個人行動はしない。
どうしても個人行動が必要なときは、行く場所、目的を必ず誰かに言う事。
一つ、常に周囲の人とは、名前を呼び合い声に出して連絡を取り合う。
これには、誰が何処にいるのかを確認すると共に、獣に“人間がここにいるぞ”と言うのを誇示するためでもあるらしい。
獣たちは基本臆病なものが多いので、集団でいるところはまず襲って来ないのだと言う。
熊避けの鈴みたいなものだろうか?
で、最後に無闇やたらに採れたものを口にしない。
一見、食べられるものに見えて、実は非常に良く似た別種、と言う事がある。
ただマズイだけならいいが、中には毒を持っているものもあるらしいからな。
だから、口にする前に必ず食べられるものかどうか確認を取ってからでなければならないのだ。
そのために、判定員として自警団以外にその手の山菜、茸類に詳しい村の知恵袋的じーさんばーさんが数名同行している。
勿論、自警団員もその手の知識は持ってはいるが万全を期すためだろう。
説明が一通り終わったところで、早速俺たちは北の森へと向かって出発する事になった。
随伴してくれている自警団員が思った以上に人数が少ないので、クマのおっさんに聞いて見たら、
「残りの面子は既に森の方で待機している」
との事だった。
まぁ、森に向かうまではただの平原なので危険でもなんでもないしな。
初参加の者たちは、緊張からか言葉少なく黙々と歩き、経験者は余裕からか談笑しつつ目的の場所へと向かった。
子どもの足なので、休憩挟みつつ数十分ほど歩いたところで、ようやく鬱蒼と茂る北の森の入り口が見えてきたのだった。
と、扉のノブが回される音が大して広くもない自警団の詰め所の中に響く。
今は人気も少なく日も沈んだ後とあって、普段より音が大きく聞こえたような気がした。
フェオドル・クマーソンは手にしていた用紙から視線を外すと、音の方へと顔を向ける。
丁度、扉が開き人影が一つ、二つ……計四人の人間が詰め所へと入って来るところだった。
外から入ってくる風に、天井から吊るしていた“光る石”がゆっくりと揺れる。
揺れる淡い光が照らすのは、見覚えのある自警団員の面々だった。
その誰もが、腰にすすけた感じの剣を差し、その身を使い古されてボロボロになった簡素な軽装鎧で覆っていた。
どちらも、無いよりはまし、といった程度の装備でしかない。
もう何十年と、手入れを繰り返しながら使ってきたものなので、仕方が無いと言えば仕方がないのだが……
詳しい事までは分からないが、今はなんだかんだで村には結構な蓄えがあるらしい。
村長にでも相談したら、装備を新調してもらえるだろうか?
ふとフェオドルの脳裏に、そんな考えが過ぎった。
「こんな時間になるまで、ご苦労をおかけして申し訳ない。
バルディオ殿にこのような、使いっ走りのマネごとをさせてしまって……」
フェオドルは、四人の先頭に立っていた一際大柄な体格の人物へと労いの言葉を投げかけた。
身長はフェオドルよりやや低く、肩幅もフェオドルよりやや狭い。
体の大きさではフェオドルの方が勝っていたが、こと戦闘技能においてフェオドルは彼に遠く及ばなかった。
ラッセ村の中で最も強い男。
それがこの男、バルディオ・バヴォーニであり、ここラッセ村自警団の副団長を務める人物だった。
彼が北の森への哨戒任務で詰め所を発ったのが、まだ日が十分に高かった頃のことだ。
それが今となってはすっかり日が沈み、辺りは闇色の帳で包み込まれていた。
「おいおい。隊長が部下に遜ってるんじゃねぇよ。他のやつらに示しがつかねえだろ?」
「いや、しかしですな……
バルディオ殿は自分より歳も剣の技量も上ですから、なかなか……
本来は、バルディオ殿が隊長に就くのが相応しいと……」
「だぁーー!!
その話は随分と昔に済ませたはずだろ?
“一つの家系の人間で、役職を占めるのは好ましくない”
って、村長が言ってたのを忘れたのか?
オヤジが村長をしている間は、俺たち兄弟の中から役就きが出ることはねぇだろうよ。
そもそも、管理職なんざめんどうなだけだから就きたくもないしな。
ああぁ、そう言やぁパウロがなんか仕切ってた気もするが、あれは別に村の役職じゃないからいいのか……
とにかく、オレはそういう指示を出したり小難しい事を考えるのがキライだからな。
そういうのはテオの領分ってなもんだ、おれとしてはアゴで使われている方が楽でいい。
だから気にすんな」
(気にするな、とは言われても……なぁ)
別にフェオドル自身、今の“自警団の隊長”と言う職務が誰かに譲ってしまいたいほど嫌、と言う訳ではない。
むしろ、誇りに思っているくらいだ。
しかし……
正直な話し、自分より目上の人物が部下にいる、と言う状況がやり難くて仕方がないのだ。
しかも、その人物の方が自分より遥かに強いときた日には、どう扱っていいものか分からず、一つ指示を出すにしても毎度頭を抱えていたのだった。
フェオドルとしては、出来ればさっさと隊長職をバルディオに譲って自分は副隊長の席にでも収まっていた方が、ずっと気楽と言うものだ。
だと言うのに、バルディオはそんなフェオドルの気など知らず、フェオドルの隊長職への薦めを悉く断っていた。
これまで一体、同じやり取りを何度したことか……
この無駄に頑固な男は、何と言えば首を立てに振ってくれるののだろうか。
フェオドルはあまり口が達者な方ではないので、いくら悩んでもいい言葉が見つからず、結局諦めて、ため息を一つ。
「では、今しばらくはこの椅子を預かっておきますが、気が変わったらいつでも声をかけて下さい……
それで、森の様子はどうでしたか?」
フェオドルは手にしていた用紙を机の上におくと、さっそく本題を切り出した。
「表層部分はいつも通り、静かなもんだったな。
ただ、縄張りの見回りをしていたと思しき森狼を数頭見かけた。
数は4。少し多いのが気になるが、あいつらは頭がいいからな。
こちらから攻撃を仕掛けたり、やつらの縄張りに侵入しなければ、向こうも牙を剥くことはないだろうさ。
やつらだって、おれたちに牙を向ければただじゃすまない事くらい理解しているからな。
そこを弁えているから、こちらの領分には近づいて来ない。
現に、出くわした時もやつらこっちをじっと見るだけみて何処かへ行っちまったからな……
逆に、こちらから手を出せば、やつらも全力でこっちを潰しに掛かって来るだろうが……
まぁ今のところは、“野外教練”を行うのに特に問題はなし、と判断していいだろう」
彼が行っていたのは“野外教練”の現場となる、北の森の安全を確かめるの事前調査だった。
一応普段行っている見回りでも、北の森は要警戒区域として注意深く確認をしているのだが、今回は子どもたちが浅い部分とはいえ森に入ると言う事で、より一層の注意を払っての見回りとなった。
結果、帰って来るのがこんな時間になってしまった、という訳だった。
本来ならこのような雑務に等しい任務に、バルディオのような手練を向かわせる事はしないのだが、たまたま手が空いていた彼が自ら進んで参加したのだった。
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「そうですか。
丁度こちらも、日程と人員の選出が決まったところだったので明日にでも連絡を回す事にしましょう。
では、バルディオ殿、当日は護衛の件よろしくお願い致します」
「部下に頭を下げるヤツがあるか」
座ったままではあったが、頭を下げようとしていたフェオドルを、バルディオは声で制した。
「頭を上げろ。隊長はお前なんだ。デンと構えて命令を飛ばしていればいい。
上のもんがどっしり構えてないと、下のもんが不安がるだろうが」
「そうですな……(そこまで隊の事を考えてくれているのなら、いっそ代わってくれればいいものを……)」
「ん? 今何か言ったか?」
「いえ、何も?
虫の声でも聞こえたのではないですかな?」
「そうか? ……そうかもしれんな」
耳を澄ませてみれば、確かに外からは薄っすらと虫たちの声が聞こえて来ていた。
そのどれもが、少し前までは聞こえなかったものばかりだった。
そんな季節の移り変わりを耳で、肌で、匂いで感じならが夜は静かに更けていった。
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野外教練当日……
クマのおっさんが野外教練の説明をしに、教会にやって来た日から数日。
あの後、正式な日程の連絡があり、いよいよ本番当日と相成りました。
野外教練なんて物々しい名前が付いてはいるが、実質ただの山菜、茸取りと言ってもいいような内容に、俺は年甲斐もなくちょっとだけワクワクしていた。
……いや、今は子どもだから歳相応でいいのか? まぁ、いいや。
まだ、日が昇ったばかりの時間とあって集合場所になっていた教会前に集まっている子どもたちは皆、眠そうに目を瞬かせていた。
中には立ったまま寝ている兵もいる……グライブとリュドだ。
器用だなお前ら……
と、かく言う俺は割りと平気だったりする。
前世では、23時帰宅の早朝4時出勤とか普通にあったからな……で、そこから3時間の車の運転で現場ヘ向かうって言うね……事故って死ななかったのがウソのようだ。
まぁ、変わりに(たぶん)心不全で死んだ訳だけど……
何故にこんな早い時間から集まっているかと言えば、日が暮れる前に帰って来られるようにする為だ。
日暮れの森は、獣の領分。
危険度が一気に跳ね上がるのだと、クマのおっさんが言っていた。長居は無用なのである。
だからと言って、行ってすぐ帰ってしまっていたのでは活動時間が短くなってしまい、なんのための課外学習なのか分からなくなってしまう。
故に、出発時間を早めにして活動出来る時間を確保しよう、と言うのだ。
そうすれば、余裕をもって活動を切り上げても、十分な活動時間を得る事が出来る。
辺りを見渡せば、今日は皆厚手の服を着用していた。
いつもヒラヒラのオサレな服を着ているシルヴィでさえ、野暮ったい作業服の様な格好だ。これから森に入ろうと言うのだからいつもの格好は流石にないか……
クマのおっさんが言っていた“各自準備をしておくように”と言うのは、ズバリこの服装の事だった。
普段着ている薄手のシャツではなく、多少の事では破れない厚手の生地を使った長袖の服を用意しておけ、と言うことだったらしい。
まぁ、まんま山菜取りに山へ入ってく格好だ。実際に行くのは森なんだけどな。
勿論、俺だって似たような格好をしている。
サイズが合わずにダボついていたり、所々繕った跡がみられるのは、この服がグライブのお下がりだからだ。
別にそれを悪く言うつもりはない。
どうせ新品を買ったところで、すぐに体が大きくなって着れなくなるのだから、お下がりで十分だ。
現に、グライブが今着ている服も誰かのお下がりなのは一目瞭然だった。
こうやって、体のサイズが安定するまで誰かのお古を着続けるのは、この村では至って普通のことなのだ。
そもそもファッションだのオサレだのに興味のない俺には、どうでもいい話なのだが。
ミーシャの、タニアの、そしてシルヴィの首がコックリコックリする中、数人の若い自警団員を連れてクマのおっさんが姿を現した。
「待たせたな。
では、これより野外教練を行う上での注意事項を話す。
皆、しっかりと聞くように……っと、そこっ! 地面で寝てるバカは誰だっ! 起きろっ!」
クマのおっさんの指先が指し示す先を追えば、そこにはグライブとリュドが地面に横たわった姿で眠りこけていた。
……思うに、立ったまま寝ていてバランスを崩したのだろう。
ってか、倒れても起きないってお前ら……どんだけ打たれ強いんだよ……
「ほれっ起きろ。クマのおっさんが来たぞ。
早く起きないと喰われるぞ?
あっ、熊の前で死んだ振りは迷信だから、やっても意味ないからな?」
「誰が喰うかっ!」
多少、クマのおっさんから抗議の声が上がったが華麗にスルー。
俺は横たわるグライブとリュドの、ガラ空きのわき腹に一発ずつケリを入れた。
コツクくらいでは埒が明かないと思ったので、結構な力を込めた一撃を見舞ってやった。
すると、ドゴスッと言う鈍い音とともに“おふっ!”となんとも奇妙な悲鳴を上げて二人とも文字通り跳ね起きた。
「げふっげふっ……
ロディ、お前なんて事しやがるんだよ……」
「こんなところで堂々と寝る方が悪い。
これで、少しは目が覚めただろ?」
なんて軽口叩き合っている間に、注意事項の説明が始まっていた。
内容は、まぁ、普通と言うか当たり前な事を並び立てただけだった。
一つ、森の奥には、絶対に行ってはいけない。
一つ、自警団員の言う事はしっかり聞く、また指示には絶対従う。
一つ、必ず複数人でまとまって行動する。自分勝手な行動また、個人行動はしない。
どうしても個人行動が必要なときは、行く場所、目的を必ず誰かに言う事。
一つ、常に周囲の人とは、名前を呼び合い声に出して連絡を取り合う。
これには、誰が何処にいるのかを確認すると共に、獣に“人間がここにいるぞ”と言うのを誇示するためでもあるらしい。
獣たちは基本臆病なものが多いので、集団でいるところはまず襲って来ないのだと言う。
熊避けの鈴みたいなものだろうか?
で、最後に無闇やたらに採れたものを口にしない。
一見、食べられるものに見えて、実は非常に良く似た別種、と言う事がある。
ただマズイだけならいいが、中には毒を持っているものもあるらしいからな。
だから、口にする前に必ず食べられるものかどうか確認を取ってからでなければならないのだ。
そのために、判定員として自警団以外にその手の山菜、茸類に詳しい村の知恵袋的じーさんばーさんが数名同行している。
勿論、自警団員もその手の知識は持ってはいるが万全を期すためだろう。
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随伴してくれている自警団員が思った以上に人数が少ないので、クマのおっさんに聞いて見たら、
「残りの面子は既に森の方で待機している」
との事だった。
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