前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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55話 鎧熊 その1

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「全員警戒態勢っ!!」

 なんだ今の?
 突然の咆哮、そしてクマのおっさんのその一言で、今まで騒がしくしていた子どもたちが一斉に静まり返った。
 自警団の面々も困惑した様子を見せながらも、指示に従って森側への警戒を強めるように隊列を組み直してた。

「森の中で何が起きているか分からんっ!!
 若い奴等は子どもたちの護衛をしつつ、速やかにこの場を離れろっ!
 残った者で調べに……」

 クマのおっさんが、団員たちにそう指示を飛ばそうとした丁度その時、近くの茂みから二人の少年がすごい勢いで飛び出して来た。

「たっ、団長っ!!」
「よ、よかったぁ……こっちであってた……」

 方や切羽詰まった表情を、方や安堵の表情を少年たちは浮かべていた。
 まるで怪獣の様な咆哮、そして必死の形相で逃げて来た少年たち……
 一体、森の中で何があったのか……
 少年たちは、息を吐く間も惜しいとばかりに団長であるクマのおっさん目がけて駆け出していた。

「たっ、大変なんです団長!! 鎧熊アーベアが……鎧熊アーベアが出ましたっ!!」
「しかも、バカでかい奴っすよ! 早くここから逃げましょう!!」

 少年たちはクマのおっさんの所まで来ると、口々にそう切り出していた。
 クマのおっさんは、帰りの準備をしていた俺たちとは少し離れた所にいたのだが、少年たちの声が思いの外大きいかった所為で、その話はここまで丸聞こえてなってしまっていた。

「おい、鎧熊アーベアって……」
「マジかよ……どうすんだよ?」
「なんでこんなところまで出て来て……奴らは森の奥にしかいないはずだろ?
 何かの見間違いじゃないのか?」
「じゃあ、さっきのあの雄叫びみたいなのは何だって言うんだよ?」
「早く逃げた方がいいんじゃないか?」

 結果、辺りは一瞬にして騒然となった。
 自警団員たちからは戸惑いの声が上がり、子どもたちの中には“鎧熊アーベア”という名前を聞いただけで、泣き出してしまう子もいた程だった。
 ……それくらいに、“鎧熊アーベア”という名はこの村では特別だった。
 時におとぎ話でその恐ろしさを語られ、時に子どもの躾のために親がその名を口にする。
 よくある“悪い子には、鎧熊アーベアが森から出てきて食べちゃうぞ”とか、そんな感じの話だ。
 少し違うような気がするが“ナマハゲ”みたなもんだろうか……“悪いごはいねぇいがぁ~”って言うあれな。
 まぁ、俺は“いい子”なので両親からそんな事を言われた事はないがなっ!
 ようは、“鎧熊アーベア”とは、この地に住む者たちにとっては恐怖の代名詞そのものなのだ。
 
 勿論、ただの脅し文句などではない。
 実際、かなり危険な生物であることは間違いないらしい。
 俺自身は現物なんて当然見たことなどないが、クマのおっさんを始めとした村の人間からの話や、教会の書庫にあった書物などからその恐ろしさは、頭では理解しているつもりだった。
 あまり参考にはならないのだが、以前読んだとある英雄譚の一幕に、鎧熊アーベア一頭が十数人に及ぶ冒険者のパーティーを蹂躙するシーンが描かれているものがあった。
 その後、この鎧熊アーベアは満を持して登場した主人公によって瞬殺されてしまう訳だが……
 英雄譚であるため、話を面白くする為に少なくない脚色が含まれていると考えた俺は、鎧熊アーベアの強さも、英雄と呼ばれている主人公の強さも、どちらも眉唾ものだと笑ったことがある。
 しかし、そんな俺に神父様は“あながち嘘でもないのですよ”と言った事があった。
 もし、本当に鎧熊アーベアの強さが、物語の通りとしたら……
 それこそ、森で熊さんばったり会ってしまったなんてレベルの話ではなくなってしまう。

「落ち着けっ!! 我々が慌ててなんとするっ!!
 辺境で生きる者が、たかだか鎧熊アーベアの一匹や二匹で狼狽えるなっ!! 恥を知れっ!」

 そんな動揺が皆に広がっていくなか、突然、耳がおかしくなるんじゃなかろうかというくらいの大きな怒声が響き渡った。
 声の方へと、皆が視線を向けた先に見たのは少年たちが現れた場所を一心に見つめ、悠然と立つバルディオ副団長の背中だった。
 そしてその隣には、少年たちの身の丈程はあろうかという巨大な剣が地面に深々と突き刺してあった。
 大剣……と呼んでいいのか……それはもはや、剣というより巨大な金属の塊にしか見えなかった。
 さっきまであんな得物を持っていた様子はなかったので、もしかするとあの咆哮が響いた時点でもう準備をしていたのかもしれない。

「この場から逃げて、その後はどうするっ!
 これだけ森の浅い所まで出て来てしまったのだ! すぐにでも“人”の匂いを嗅ぎ付けて村へとやって来るだろう!
 その時、犠牲になる者が出ないと思うのかっ!
 ここで仕留めれば、“負傷”するのは我々の中の“誰か”で済む。
 ここで見逃せば、我々以外の誰かが“犠牲”となるかもしれない!
 その“誰か”が自分の親兄弟、愛する者であったとしても後悔せぬと言うのなら、恥も外聞も誇りさえも捨てて逃げだせばよいっ!
 だが、少しでも辺境に住まう者としての矜持があるのなら、その手に武器を持ち立ち止まれ!
 我らの背後に逃げられる場所などないっ!
 あるのはただ守る者のみっ!
 我らが最初にして最後、そして唯一にして絶対の守護者であると心得よっ!」

 バルディオ副団長は、皆のいる方をただの一度も振り返ることなくそう言った。
 バルディオ副団長の言葉が終わり、辺を支配したのは静寂だった。
 誰も、何も言わない。
 泣いていた子どもたちですら、その声を止めて耳を傾けてしまうほどに。
 彼が発したのはただの言葉や声だけではなかった。
 それらに乗って皆に届いたのは、“彼に任せればなんとかなる”と思える圧倒的な信頼感だった。
 明らかに空気が……雰囲気が変わった。
 それは、恐怖や怯えといった“逃げたい”という感情ではなく“立ち向かおう”という反骨心のようなものであるように、俺には思えた。
 こういうのを“カリスマ”というのだろうか……
 
「なにをボサっとしとるかっ!
 さっさと子どもらを連れて村へと戻れっ!
 そして、村にこの事態を知らせろっ!
 残った者で迎え撃つ!
 腕に覚えのある者は前へっ! そうでない者は援護と支援だっ!」

 静寂のなか声を張り上げて、クマのおっさんが指示を飛ばす。
 彼の号令一下、自警団の面々は自分の役割を思い出したかのように動き出す。

「安心しろよっお前ら!
 なんてったって今日は、団長と副団長が揃ってるんだからなっ!
 鎧熊アーベアなんざ、あの人たちの前じゃ犬っコロみたいなもんさっ!
 だけど、お前らがいたんじゃあの人たちの邪魔にしかならない。
 分かるな?
 だから、邪魔にならないようにさっさとここから離れるぞ!」

 子どもたちの護衛に当たる年若い団員の一人が、子どもたちを安心させようと気丈に振る舞って見せた。
 それが功を奏した、のかどうかは分からないが子どもたちは一応落ち着きを取り戻し、素直に自警団員の指示に従っていた。
 しかし……
 現物を見たことがない所為か、それとも今までこれといった被害が出たことがない所為か、俺はいまいちこの緊迫感についていけないでいた。
 なんというのか“テレビの向こう側”の感覚といえばいいのか……
 大変なのは分かっている、危険だということもだ。
 だが、何処か現実感がなかった。

 どうせクマのおっさんたちが何とかしてくれる……だから俺たちは安全だ。
 そんな根拠のない安心感が、俺の中にあったからだ。
 そう、その時までは……

 枝をし折る豪快な音が辺りに響いたとき、周囲の視線はその一点へと収束していった。
 皆の視線が集まる中、そいつは少年たちが出て来た藪をかき分けるようにしてその姿を現したのだ。

 その瞬間、誰かの息を呑む音が聞こえた様な気がした……

 それは、一見俺のよく知る“熊”によく似ていた……外見だけなら。
 ただ、そいつはとてつもなくでかかった。
 想像していたより、遥かにでかかったのだ。
 動物園でだってこんなでかい熊なんて見たことがない。
 なにせ、肩高が正面に対峙しているバルディオ副団長の身長とほとんど変わらないのだ、いや少し熊の方が大きくすら見える。
 熊の中で一番大きな種類と言われているホッキョクグマでさえ、その肩高は160cm前後といわれている。
 バルディオ副団長の身長が180を下回っているとは思えないので、この鎧熊アーベアはホッキョクグマより一回り以上大きいことになる。
 全身が見えている訳ではないが、肩高がこれなら全長もかなりのものだろう……

 なんだよ、これ……

 銃とか、遠距離から安全に攻撃できるような武器があるならいさ知らず、剣とか槍でどうこう出来る生き物じゃないだろこれっ!

「よぉ? でかぶつ、随分と遅せぇ登場じゃねぇか! もっと早く来るもんだと思ったんだけどなぁ!」

 藪から鎧熊アーベアが顔を出した瞬間、バルディオ副団長は隣に突き刺していた大剣を無造作に引き抜くと、開口一番誰よりも先に斬りかかっていった。
 その姿は“斬りかかる”というより“殴りかかる”といった方が正確かもしれない……
 持っている得物も、剣というよりパッと見鈍器だしな。
 
 体重を乗せて振り下ろされた大剣(?)は、鎧熊アーベアの肩口へと叩き付けられ、どっ! という肉を打つ鈍い音を響かせた。
 うまく虚を突いた為か、鎧熊アーベアろくな回避行動を取らせることなく、バルディオ副団長は易々と先制の一撃を決めた。
 のだが……

 耳をつんざく咆哮。
 そして、その丸太のような腕を一振りしてバルディオ副団長を払いのけたのだった。

「ちっ!! やっぱ効きやがらねぇかっ!? このド畜生がっ!」

 響き渡る二度目の咆哮に、固まっていた皆の時間が一斉に動き出した。
 しかし、それは俺たちにとって決していい事とは、とても呼べるような状況ではなかった……

 自警団の方はいい。
 早々に自分を取り戻した面々は、事前に決めてたように前衛と後衛、そして支援に速やかに分かれて鎧熊アーベアと対峙していた。
 しかし、子どもたちの方はそうはいかなかった……
 鎧熊アーベアを見て泣き叫ぶ子、その場に座り込んで動かなくなってしまう子……最悪としか言いようがない状態に陥っていた。
 先ほどの若い自警団員のにーちゃんが、声張り上げて逃げるための指示を飛ばすが、その声が子どもたちには届かない……
 そんな状況に、どうしたらいいのか分からずテンパる自警団のにーちゃんが怒声に近い声色で叫ぶものだから、それに驚いて子どもたちが更に泣く……そんな負の循環が繰り返されていた。

 そんな状態にありながら、俺は割と冷静に周りを見ることが出来ていた。
 パニックになっている人を見ると、見ている方は割と冷静でいられる……なんて話を聞くが、まさに今がその状態といえるのかもしれない。
 とにかく今は、一刻も早く子どもたちをこの場から遠ざけることを優先しなくてはいけない。
 このままじゃ、自警団の人たちは子どもたちを守りながら戦うはめになる。
 何かを守りながら戦うのは、ただ攻めるよりきついと聞いたことがある。
 それに、子どもたちを背にしたままでは、彼らは逃げることだって出来はしない。
 自警団のにーちゃんが“落ち着けっ!”とか“話を聞けっ!”とがなり立てていたが、こうなってしまっては統率の取れた行動などもう無理だ。
 全体への指示が無理なら、個人に行動を促す他にない。
 全体への指示が遅れたばっかりに、助かるものも助からず手遅れになった、なんて例は枚挙にいとまがないからな。

「グライブ、俺が叫んだらみんなを連れてあのでかい木を目指して走れっ!
 いいなっ!」

 俺はそう決断すると、近くにいたグライブにそう指示を出した。

「はぁ!? 急に何言って……」

 肝が据わっているのか、それとも物怖じしない性格なのか……
 かなり戸惑っているようではあったが、幸いにもグライブは他の子ように取り乱したり、泣きわめく様なことはしていなかった。
 代わりに、という訳ではないだろうがミーシャはガチ泣きしていたが……
 泣いているのはミーシャだけで、タニアもシルヴィも大丈夫そうだ。
 まぁ、今にも泣き出しそうな顔はしているが……

「いいからっ!! 
 今は説明してる時間が惜しいっ!」
「……分かった。
 あのでかい木に向かって走ればいいんだな?」
「ああ、頼む」

 グライブは俺に向かって頷くと、ミーシャの手を取って俺から視線を外して、俺が指示した木の方へとその視線を移した。
 リュドもまたタニアの手を取ってそれに倣う。
 シルヴィが一人になってしまったのが少し不安だったが、そんな俺の考えを察してかシルヴィが俺に向かって強く頷いて見せた。
 まるで“自分は大丈夫だ。心配しなくていい”と言われた気がした。
 俺は、肺にめいっぱい息を吸い込むと、持てる声量の限りを尽くして声を張り上げた。

「走れっ!!!
 あの“でかい木”まで行けば安全だっ!
 だから、あこまで走れっ!」

 別に、そこが安全である保障なんてどこにもない。
 目標に選んだ理由だって、一番目につく分かりやすい目標だからで、他に理由なんてない。
 それでも、このままここに居続けるよりはずっとマシであるという確信だけはあった。
 
 俺が、そう叫ぶと誰よりも先にグライブたちが走り出した。
 人は無意識に他人の行動を真似る傾向にあるという。
 なら、逆に誰よりも先に動くことで、任意の行動を誘発することが出来るのではないか……
 と思ったのだが、どうやらうまくいったようで多くの子どもたちがグライブたちに倣って走り始めていた。
 それを確認すると、俺は未だ残っている子たちへと駆け寄った。
 動けそうな子には声を掛け走らせ、泣きじゃくってどうにもならないような子は、自警団のにーちゃんたちに担いで連れて行くように頼んだ。
 気づけば鎧熊アーベアの相手をしてる自警団の方は、いつの間にか睨み合いの硬直状態からクマのおっさんとバルディオ副団長を主体にした戦闘へと移り変わっていた。
 クマのおっさんたちには悪いが、子どもたちが逃げるまでの間、どうにか持ち堪えてもらうしかない。
 鎧熊アーベアが目の前の自警団連中を相手にしている分にはまだいいが、ターゲットをこっちに移されたらとてもじゃないが逃げられる気がしないからな。

「おい坊主っ!
 お前も早く逃げろっ!」

 近くを通りかかった自警団員のにーちゃんが、俺を見かけてそう声を掛けて来た。
 その小脇には、二人の子どもが抱えられていた。
 周囲にも似たような状態の団員の姿がポツポツあることから、未だ全員が逃げられてはいないのだということが分かる。
 心配して声をかけてくれたのだろうが、こんな状態では誰かが逃げ遅れている者がいないか確認しなくては、取り残される者が出てくるかもしれない。
 
「全員が逃げたのを確認したらなっ!」

 俺はそう自警団のにーちゃんに答えると、取り残された者がいないか確かめるために走り出したのだった。
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