前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

文字の大きさ
40 / 85

56話 鎧熊 その2

しおりを挟む
 響く咆哮。

「ちっ!! やっぱ効きやがらねぇかっ!? このド畜生がっ!」

 渾身の一撃を与えて尚、鎧熊アーベアは何食わぬ顔で、その巨大な瞳でバルディオをギロリと睨み付けた。
 そして、まるで飛び回る羽虫を追い払う様な仕草で腕を振り、一蹴。
 力任せに弾き飛ばされたバルディオは、何とか体勢を建て直し再度剣を鎧熊アーベアへと向ける。

「大丈夫ですか、バルディオ殿」

 そう声をかけて来たフェオドルに“大した事はない”と、バルディオは視線で返答。
 するとそこには、愛用の巨大な斧を手にしたフェオドルの姿があった。
 それは、およそきこりが振るうには似つかわしくない程の大きさをしていた。
 “切る”というより“叩き潰す”為の、所謂戦斧と呼称される戦う為の斧……
 一抱えほどあるそれを手に、フェオドルは平然とした顔でバルディオの隣に立つ。
 どうやら自分の得物を取りに戻っていたらしい。
 どんな些細な異変にも、即時対応出来るように細心の注意を常に張り巡らせておくように常日頃から言って聞かせているのだが……
 こいつもまだまだだな……と、バルディオは内心溜息を吐く。

 フェオドルはバルディオの無事を確認すると、その手にした斧を鎧熊アーベアへ向ける。
 周囲には多くの自警団員がそれぞれの得物を手に二人の後ろで待機していたが、直接鎧熊アーベアとヤり合うのはバルディオとフェオドルの二人だけだった。
 鎧熊アーベア相手に、数で押せば勝てるなど幻想以外のなにものでもない。
 そんなことをすれば、無暗に被害を拡大させるだけだ。
 もし、冒険者に“出会いたくない獣”を問えば、100人中100人が鎧熊アーベアと答えるだろう。
 その攻撃的な性格の所為で年間に何人もの犠牲者を出している角猪ヴィルシュよりも、だ。
 それは、ひとえ鎧熊アーベアのその防御力の高さ故だった。
 角猪ヴィルシュが攻撃力に突出した生物であるなら、鎧熊アーベアは防御に突出した生物なのである。
 鎧熊アーベアの体表を覆うその体毛は、如何なる名剣を以てしても斬る事はあたわず、如何なる怪力の持ち主を以てしても千切ること敵わず。
 更には、その体毛が無数に折り重なる事で受けた衝撃を、分散、吸収してしまうのだ。
 これにより、斬撃だけでなく打撃をも鎧熊アーベアは実質的に無力化してしまう。
 これだけの高い防御力を有しているうえでのこの巨体。
 出会いたくないのも道理といえた。
 まだこちらの攻撃が通る分、角猪ヴィルシュの方が遥かにかわいいのだ。
 
「さて……参りますかっ!」
「遅れて出て来たクセによく言うわっ!!」

 特に打ち合わせをしていた訳ではないが、二人は鎧熊アーベアを挟み込むようにして左右に分かれて走り出した。
 それに続くように、彼らの後ろ控えていた自警団員たちも二手分かれて追従する。

「いくぞお前らっ! 鎧熊アーベアと実戦なんてそうそう経験出来るもんじゃねぇんだっ!
 勝ったら末代まで語っていいぜぇ!」
「気を抜くんじゃないぞ! 少しでも油断すれば首が胴体とサヨナラすると思えっ!」

 バルディオ、そしてフェオドルの裂帛の気合に団員たちは“おうっ!”だの“はいっ!”だの、思い思いも言葉で返した。
 確かに鎧熊アーベアは強敵だ。
 だがしかし、生き物である以上、弱点の一つくらいは存在する。
 いくら強敵とはいえ、無敵な訳でもなければ死なない訳でもないのだ。
 であるならば、倒す手段もまた一つくらいは存在する。

「んじゃまぁ! 先手は俺から行かせてもらおうかぁっ!」

 バルディオがその手にした大剣を担ぐと、まるで重さを感じさせない俊敏な動きで鎧熊アーベアの左側面から斬り込んだ。
 隊を二つに分け事で、鎧熊アーベアは左のバルディオの隊を相手にするべきか、右のフェオドルの隊を相手にするべきか迷っていた様だったが、バルディオが先に動き出したことで、ターゲットをバルディオの隊へと定めた。
 体の向きを変え、正面からバルディオを迎え撃つ構えを取る。
 そして、バルディオが大剣を振り下ろすより早く、その剛腕が唸りを上げてバルディオへと襲い掛かった。
 が、

「ふんぬっ!!」

 ドッ! ともゴッ! ともとれる音を響かせて、その狂腕はバルディオの大剣によって受け止められていた。
 バルディオの全身を圧倒的な暴力が襲う。体中が悲鳴を上げるなか歯を食いしばりそれに耐える。
 が、その刹那……

「ガアァァ!!」

 悲鳴を上げたのは鎧熊アーベアの方だった。
 気づけば、鎧熊アーベアのその背に、自警団の一人が剣を突き刺さしていたのだ。
 鎧熊アーベアは目の前のバルディオから、その自警団員へと目標をシフト。
 自分を傷つけた存在の命を刈り取ろうと、その剛腕を振り下ろす。

「やらせんよっ!!」

 ガッ!

 しかし、その振り下ろされた腕は鈍い打撃音と共に一振りの巨大な戦斧に阻まれたのだった。
 動きを止めた一瞬に、剣を刺した自警団員は速やかに離脱。
 鎧熊アーベアとの距離を取る。
 そして……

「ウガアァァ!!」

 再度響く、鎧熊アーベアの悲鳴。
 またしても、鎧熊アーベアの隙を突いて、ガラ空きとなった背後を別の自警団員が今度は槍で突き刺したのだった。
 そして、即離脱。

 バルディオ、そしてフェオドルをそれぞれ前衛防御の要として部隊を二つに分け、鎧熊アーベアを挟む。
 後に、どちらかが鎧熊アーベアの注意を引き付け、空いた背面から本命の攻撃を仕掛ける。
 鎧熊アーベアの注意が、攻撃した側へと移ったタイミングで部隊の役割を入り変えこれを繰り返す……
 つまり、初手のバルディオの攻撃は、攻撃と見せかけた陽動だったのだ。
 斬撃も打撃も効かない鎧熊アーベアではあったが、丈夫なのはその体毛なのであって、決して鎧熊アーベア自身の表皮そのものが鋼の様な強度を誇っている訳ではない。
 ならば、その体毛を掻い潜ることさえ出来れば、鎧熊アーベアに傷を与える事は十分に可能なのである。
 つまり……鎧熊アーベアは“突き刺す”といった貫通系の攻撃に弱いのだ。
 これが、幾多の先達の犠牲によって今に伝えられる鎧熊アーベアの最大の弱点だった。
 この“貫通系の攻撃に弱い”という弱点を基に、有事に備えて彼ら自警団が日ごろから訓練をしてきたのが、この“対鎧熊アーベア用戦術”なのである。
 バルディオとフェオドルの二人の戦闘力に極端に依存する、およそ戦術と呼べるような代物ではなかったが、これが現状考え得る最も被害が少なく、また勝率の高い方法であった。

 一度に大人数で攻めないのは、鎧熊アーベアの攻撃目標を集中させる為だ。
 当然だが、攻撃を仕掛けた者は鎧熊アーベアからの次の攻撃の対象になりやすい。
 それが複数存在してしまうと、防衛目標が分散してしまい、カット役である二人の動き一歩出遅れてしまう。
 それはつまり、団員の誰かが負傷……最悪死亡するという事を意味していた。
 ならば、攻撃される的を一つに絞らせた方が、確実に防ぐことが出来る分、遥かに生存率を高くすることが出来た。
 鎧熊アーベアからの攻撃をその身一つで受け止め続けなければならない二人の身体的負担と、鎧熊アーベアの前に身を晒す団員の精神的負担は計り知れないものがあるが、それが出来なければ彼らに勝機はないのだ。

「効いているっ! 効いているぞっ!
 奴は確実にダメージを受けているっ! 見ろ!
 随分と嫌がっているではないかっ!」

 フェオドルは部隊を鼓舞するように声を上げる。
 実際、鎧熊アーベアは先ほどの二撃が効いたようで、警戒心を強めフェオドル、バルディオ両隊に注意を払うように威嚇する。
 優勢……かと思える状況ではあったが、実はそう楽観的なことを言っていられる状況でもないことを、フェオドルは理解していた。
 確かに鎧熊アーベアに傷を負わせることは出来たが、だがそんなものは鎧熊アーベアにとっては表皮を多少傷つけられた程度に過ぎないのだ。
 致命傷には程遠い……
 この攻撃を何十と繰り返すことが出来れば、いつかは倒すことも出来るかもしれないがそれを許してくれるほど相手もバカではなかった。
 攻撃を誘発させ隙を誘おうにも、鎧熊アーベアはこちらを深追いして来ず、常に背後を気にかけた立ち回りをするようになっていた。
 これでは安全圏からの一撃離脱とはいかない。
 かといって、バカ正直に正面から挑むなど愚の骨頂。
 迂闊に攻め込めば返り討ちに合うのが落ちだ。
 たったの二撃、それだけでこの鎧熊アーベアはこちらの戦法を理解したらしい。

(まったく、厄介な奴が出て来たもんだ……)

 フェオドルはそう内心で毒突いて、手にした戦斧を振り上げて何度目かの攻撃を仕掛けた。
 
「だぁああっ!!」

 フェオドルの戦斧は鎧熊アーベアの肩口を捕らえた。
 が、それだけの話でしかなかった……
 その特殊な体毛に阻まれた一撃は、鎧熊アーベアにダメージを与える事はない。
 そして、鎧熊アーベアは腕を軽く振りフェオドルを追い返すだけで、追いかけては来ない。
 ダメージを与えられないどころか、鎧熊アーベアの反撃を誘う事も出来ない。
 膠着状態もいいところだ。

「クソっ! 乗って来ねぇなっ!」

 攻めて来る訳でもなく、逃げる訳でもない……
 そんな中途半端な行動に、フェオドルの中でイラ立ちが募る。

「何かおかしくねぇか?
 鎧熊アーベアってのはこんなもんなのか……?」

 イラだつフェオドルをよそに、バルディオはそうぽつりとこぼした。

「? どう言う意味ですかな?」
「俺らが知ってる・・・・鎧熊アーベアの強さってのはこの程度のものなのかってことだよ。
 いくらこいつを想定した訓練もしてるっつっても、実戦はこれが始めてだ。
 それがどうだ?
 俺たちは、二度こいつに攻撃を入れて、二度こいつの攻撃を凌いだ。
 動きは思ったほど早くはねぇし、一撃だって思ったほど重くもねぇ……
 先人たちが恐れおののくほどのものとは、とても思えねぇ。
 ……本当に、こいつが鎧熊アーベアなのか疑いたくなってくるぜ。
 もしこいつが、聞き及ぶ強さだったなら、俺の見立てじゃ既に二、三人は死んでてもおかしくないはずだからな……」

 もし、鎧熊アーベアの強さが自分の知るものであったなら、初撃を受けたときに吹き飛ばされるくらいの覚悟はしていた。
 それが蓋を開けてみれば、受け止めることが出来た。出来てしまった。
 誰よりもまず、バルディオ自身が驚いた。
 自分に鎧熊アーベアと対等に渡り合えるだけの力量などないことはバルディオだって理解していた。
 自分が知らず知らずのうちに、鎧熊アーベアに並び立つほどの実力を手にしていた……なんてことはあるはずもなく……
 ならば、消去法で考えてこの個体が取り分け弱いのか、もしくはろくに戦えない何か理由があるのか……
 そう考えたとき、バルディオの脳裏にふとした疑問が思い浮かんだ。
 鎧熊アーベアと初めに遭遇したのは、若い自警団員であった。
 果たして彼らは、どうやってこの鎧熊アーベアから逃げて来ることが出来たのだうか? と。
 鎧熊アーベアは、その巨体に見合わず敏捷な動きをすると聞く。
 走る速さは角猪ヴィルシュに引けを取らないらしい。
 であるなら……
 若い団員たちが逃げられる訳がないのだ。
 しかし、彼らはそんな鎧熊アーベアから逃げおおせてみせた。
 バルディオはそこに、この状況を打開する何かがあるような、そんな気がした。
 バルディオは見る。
 鎧熊アーベアのその仕草一つ一つを丁寧に……何一つ見逃すまいと……
 そして……
 そこに一縷の光明を見出したのだった。

「なるほど……そういうことか……」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...