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56話 鎧熊 その2
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響く咆哮。
「ちっ!! やっぱ効きやがらねぇかっ!? このド畜生がっ!」
渾身の一撃を与えて尚、鎧熊は何食わぬ顔で、その巨大な瞳でバルディオをギロリと睨み付けた。
そして、まるで飛び回る羽虫を追い払う様な仕草で腕を振り、一蹴。
力任せに弾き飛ばされたバルディオは、何とか体勢を建て直し再度剣を鎧熊へと向ける。
「大丈夫ですか、バルディオ殿」
そう声をかけて来たフェオドルに“大した事はない”と、バルディオは視線で返答。
するとそこには、愛用の巨大な斧を手にしたフェオドルの姿があった。
それは、およそ樵が振るうには似つかわしくない程の大きさをしていた。
“切る”というより“叩き潰す”為の、所謂戦斧と呼称される戦う為の斧……
一抱えほどあるそれを手に、フェオドルは平然とした顔でバルディオの隣に立つ。
どうやら自分の得物を取りに戻っていたらしい。
どんな些細な異変にも、即時対応出来るように細心の注意を常に張り巡らせておくように常日頃から言って聞かせているのだが……
こいつもまだまだだな……と、バルディオは内心溜息を吐く。
フェオドルはバルディオの無事を確認すると、その手にした斧を鎧熊へ向ける。
周囲には多くの自警団員がそれぞれの得物を手に二人の後ろで待機していたが、直接鎧熊とヤり合うのはバルディオとフェオドルの二人だけだった。
鎧熊相手に、数で押せば勝てるなど幻想以外のなにものでもない。
そんなことをすれば、無暗に被害を拡大させるだけだ。
もし、冒険者に“出会いたくない獣”を問えば、100人中100人が鎧熊と答えるだろう。
その攻撃的な性格の所為で年間に何人もの犠牲者を出している角猪よりも、だ。
それは、偏に鎧熊のその防御力の高さ故だった。
角猪が攻撃力に突出した生物であるなら、鎧熊は防御に突出した生物なのである。
鎧熊の体表を覆うその体毛は、如何なる名剣を以てしても斬る事は能わず、如何なる怪力の持ち主を以てしても千切ること敵わず。
更には、その体毛が無数に折り重なる事で受けた衝撃を、分散、吸収してしまうのだ。
これにより、斬撃だけでなく打撃をも鎧熊は実質的に無力化してしまう。
これだけの高い防御力を有しているうえでのこの巨体。
出会いたくないのも道理といえた。
まだこちらの攻撃が通る分、角猪の方が遥かにかわいいのだ。
「さて……参りますかっ!」
「遅れて出て来たクセによく言うわっ!!」
特に打ち合わせをしていた訳ではないが、二人は鎧熊を挟み込むようにして左右に分かれて走り出した。
それに続くように、彼らの後ろ控えていた自警団員たちも二手分かれて追従する。
「いくぞお前らっ! 鎧熊と実戦なんてそうそう経験出来るもんじゃねぇんだっ!
勝ったら末代まで語っていいぜぇ!」
「気を抜くんじゃないぞ! 少しでも油断すれば首が胴体とサヨナラすると思えっ!」
バルディオ、そしてフェオドルの裂帛の気合に団員たちは“おうっ!”だの“はいっ!”だの、思い思いも言葉で返した。
確かに鎧熊は強敵だ。
だがしかし、生き物である以上、弱点の一つくらいは存在する。
いくら強敵とはいえ、無敵な訳でもなければ死なない訳でもないのだ。
であるならば、倒す手段もまた一つくらいは存在する。
「んじゃまぁ! 先手は俺から行かせてもらおうかぁっ!」
バルディオがその手にした大剣を担ぐと、まるで重さを感じさせない俊敏な動きで鎧熊の左側面から斬り込んだ。
隊を二つに分け事で、鎧熊は左のバルディオの隊を相手にするべきか、右のフェオドルの隊を相手にするべきか迷っていた様だったが、バルディオが先に動き出したことで、ターゲットをバルディオの隊へと定めた。
体の向きを変え、正面からバルディオを迎え撃つ構えを取る。
そして、バルディオが大剣を振り下ろすより早く、その剛腕が唸りを上げてバルディオへと襲い掛かった。
が、
「ふんぬっ!!」
ドッ! ともゴッ! ともとれる音を響かせて、その狂腕はバルディオの大剣によって受け止められていた。
バルディオの全身を圧倒的な暴力が襲う。体中が悲鳴を上げるなか歯を食いしばりそれに耐える。
が、その刹那……
「ガアァァ!!」
悲鳴を上げたのは鎧熊の方だった。
気づけば、鎧熊のその背に、自警団の一人が剣を突き刺さしていたのだ。
鎧熊は目の前のバルディオから、その自警団員へと目標をシフト。
自分を傷つけた存在の命を刈り取ろうと、その剛腕を振り下ろす。
「やらせんよっ!!」
ガッ!
しかし、その振り下ろされた腕は鈍い打撃音と共に一振りの巨大な戦斧に阻まれたのだった。
動きを止めた一瞬に、剣を刺した自警団員は速やかに離脱。
鎧熊との距離を取る。
そして……
「ウガアァァ!!」
再度響く、鎧熊の悲鳴。
またしても、鎧熊の隙を突いて、ガラ空きとなった背後を別の自警団員が今度は槍で突き刺したのだった。
そして、即離脱。
バルディオ、そしてフェオドルをそれぞれ前衛防御の要として部隊を二つに分け、鎧熊を挟む。
後に、どちらかが鎧熊の注意を引き付け、空いた背面から本命の攻撃を仕掛ける。
鎧熊の注意が、攻撃した側へと移ったタイミングで部隊の役割を入り変えこれを繰り返す……
つまり、初手のバルディオの攻撃は、攻撃と見せかけた陽動だったのだ。
斬撃も打撃も効かない鎧熊ではあったが、丈夫なのはその体毛なのであって、決して鎧熊自身の表皮そのものが鋼の様な強度を誇っている訳ではない。
ならば、その体毛を掻い潜ることさえ出来れば、鎧熊に傷を与える事は十分に可能なのである。
つまり……鎧熊は“突き刺す”といった貫通系の攻撃に弱いのだ。
これが、幾多の先達の犠牲によって今に伝えられる鎧熊の最大の弱点だった。
この“貫通系の攻撃に弱い”という弱点を基に、有事に備えて彼ら自警団が日ごろから訓練をしてきたのが、この“対鎧熊用戦術”なのである。
バルディオとフェオドルの二人の戦闘力に極端に依存する、およそ戦術と呼べるような代物ではなかったが、これが現状考え得る最も被害が少なく、また勝率の高い方法であった。
一度に大人数で攻めないのは、鎧熊の攻撃目標を集中させる為だ。
当然だが、攻撃を仕掛けた者は鎧熊からの次の攻撃の対象になりやすい。
それが複数存在してしまうと、防衛目標が分散してしまい、カット役である二人の動き一歩出遅れてしまう。
それはつまり、団員の誰かが負傷……最悪死亡するという事を意味していた。
ならば、攻撃される的を一つに絞らせた方が、確実に防ぐことが出来る分、遥かに生存率を高くすることが出来た。
鎧熊からの攻撃をその身一つで受け止め続けなければならない二人の身体的負担と、鎧熊の前に身を晒す団員の精神的負担は計り知れないものがあるが、それが出来なければ彼らに勝機はないのだ。
「効いているっ! 効いているぞっ!
奴は確実にダメージを受けているっ! 見ろ!
随分と嫌がっているではないかっ!」
フェオドルは部隊を鼓舞するように声を上げる。
実際、鎧熊は先ほどの二撃が効いたようで、警戒心を強めフェオドル、バルディオ両隊に注意を払うように威嚇する。
優勢……かと思える状況ではあったが、実はそう楽観的なことを言っていられる状況でもないことを、フェオドルは理解していた。
確かに鎧熊に傷を負わせることは出来たが、だがそんなものは鎧熊にとっては表皮を多少傷つけられた程度に過ぎないのだ。
致命傷には程遠い……
この攻撃を何十と繰り返すことが出来れば、いつかは倒すことも出来るかもしれないがそれを許してくれるほど相手もバカではなかった。
攻撃を誘発させ隙を誘おうにも、鎧熊はこちらを深追いして来ず、常に背後を気にかけた立ち回りをするようになっていた。
これでは安全圏からの一撃離脱とはいかない。
かといって、バカ正直に正面から挑むなど愚の骨頂。
迂闊に攻め込めば返り討ちに合うのが落ちだ。
たったの二撃、それだけでこの鎧熊はこちらの戦法を理解したらしい。
(まったく、厄介な奴が出て来たもんだ……)
フェオドルはそう内心で毒突いて、手にした戦斧を振り上げて何度目かの攻撃を仕掛けた。
「だぁああっ!!」
フェオドルの戦斧は鎧熊の肩口を捕らえた。
が、それだけの話でしかなかった……
その特殊な体毛に阻まれた一撃は、鎧熊にダメージを与える事はない。
そして、鎧熊は腕を軽く振りフェオドルを追い返すだけで、追いかけては来ない。
ダメージを与えられないどころか、鎧熊の反撃を誘う事も出来ない。
膠着状態もいいところだ。
「クソっ! 乗って来ねぇなっ!」
攻めて来る訳でもなく、逃げる訳でもない……
そんな中途半端な行動に、フェオドルの中でイラ立ちが募る。
「何かおかしくねぇか?
鎧熊ってのはこんなもんなのか……?」
イラだつフェオドルをよそに、バルディオはそうぽつりとこぼした。
「? どう言う意味ですかな?」
「俺らが知ってる鎧熊の強さってのはこの程度のものなのかってことだよ。
いくらこいつを想定した訓練もしてるっつっても、実戦はこれが始めてだ。
それがどうだ?
俺たちは、二度こいつに攻撃を入れて、二度こいつの攻撃を凌いだ。
動きは思ったほど早くはねぇし、一撃だって思ったほど重くもねぇ……
先人たちが恐れおののくほどのものとは、とても思えねぇ。
……本当に、こいつが鎧熊なのか疑いたくなってくるぜ。
もしこいつが、聞き及ぶ強さだったなら、俺の見立てじゃ既に二、三人は死んでてもおかしくないはずだからな……」
もし、鎧熊の強さが自分の知るものであったなら、初撃を受けたときに吹き飛ばされるくらいの覚悟はしていた。
それが蓋を開けてみれば、受け止めることが出来た。出来てしまった。
誰よりもまず、バルディオ自身が驚いた。
自分に鎧熊と対等に渡り合えるだけの力量などないことはバルディオだって理解していた。
自分が知らず知らずのうちに、鎧熊に並び立つほどの実力を手にしていた……なんてことはあるはずもなく……
ならば、消去法で考えてこの個体が取り分け弱いのか、もしくは碌に戦えない何か理由があるのか……
そう考えたとき、バルディオの脳裏にふとした疑問が思い浮かんだ。
鎧熊と初めに遭遇したのは、若い自警団員であった。
果たして彼らは、どうやってこの鎧熊から逃げて来ることが出来たのだうか? と。
鎧熊は、その巨体に見合わず敏捷な動きをすると聞く。
走る速さは角猪に引けを取らないらしい。
であるなら……
若い団員たちが逃げられる訳がないのだ。
しかし、彼らはそんな鎧熊から逃げおおせてみせた。
バルディオはそこに、この状況を打開する何かがあるような、そんな気がした。
バルディオは見る。
鎧熊のその仕草一つ一つを丁寧に……何一つ見逃すまいと……
そして……
そこに一縷の光明を見出したのだった。
「なるほど……そういうことか……」
「ちっ!! やっぱ効きやがらねぇかっ!? このド畜生がっ!」
渾身の一撃を与えて尚、鎧熊は何食わぬ顔で、その巨大な瞳でバルディオをギロリと睨み付けた。
そして、まるで飛び回る羽虫を追い払う様な仕草で腕を振り、一蹴。
力任せに弾き飛ばされたバルディオは、何とか体勢を建て直し再度剣を鎧熊へと向ける。
「大丈夫ですか、バルディオ殿」
そう声をかけて来たフェオドルに“大した事はない”と、バルディオは視線で返答。
するとそこには、愛用の巨大な斧を手にしたフェオドルの姿があった。
それは、およそ樵が振るうには似つかわしくない程の大きさをしていた。
“切る”というより“叩き潰す”為の、所謂戦斧と呼称される戦う為の斧……
一抱えほどあるそれを手に、フェオドルは平然とした顔でバルディオの隣に立つ。
どうやら自分の得物を取りに戻っていたらしい。
どんな些細な異変にも、即時対応出来るように細心の注意を常に張り巡らせておくように常日頃から言って聞かせているのだが……
こいつもまだまだだな……と、バルディオは内心溜息を吐く。
フェオドルはバルディオの無事を確認すると、その手にした斧を鎧熊へ向ける。
周囲には多くの自警団員がそれぞれの得物を手に二人の後ろで待機していたが、直接鎧熊とヤり合うのはバルディオとフェオドルの二人だけだった。
鎧熊相手に、数で押せば勝てるなど幻想以外のなにものでもない。
そんなことをすれば、無暗に被害を拡大させるだけだ。
もし、冒険者に“出会いたくない獣”を問えば、100人中100人が鎧熊と答えるだろう。
その攻撃的な性格の所為で年間に何人もの犠牲者を出している角猪よりも、だ。
それは、偏に鎧熊のその防御力の高さ故だった。
角猪が攻撃力に突出した生物であるなら、鎧熊は防御に突出した生物なのである。
鎧熊の体表を覆うその体毛は、如何なる名剣を以てしても斬る事は能わず、如何なる怪力の持ち主を以てしても千切ること敵わず。
更には、その体毛が無数に折り重なる事で受けた衝撃を、分散、吸収してしまうのだ。
これにより、斬撃だけでなく打撃をも鎧熊は実質的に無力化してしまう。
これだけの高い防御力を有しているうえでのこの巨体。
出会いたくないのも道理といえた。
まだこちらの攻撃が通る分、角猪の方が遥かにかわいいのだ。
「さて……参りますかっ!」
「遅れて出て来たクセによく言うわっ!!」
特に打ち合わせをしていた訳ではないが、二人は鎧熊を挟み込むようにして左右に分かれて走り出した。
それに続くように、彼らの後ろ控えていた自警団員たちも二手分かれて追従する。
「いくぞお前らっ! 鎧熊と実戦なんてそうそう経験出来るもんじゃねぇんだっ!
勝ったら末代まで語っていいぜぇ!」
「気を抜くんじゃないぞ! 少しでも油断すれば首が胴体とサヨナラすると思えっ!」
バルディオ、そしてフェオドルの裂帛の気合に団員たちは“おうっ!”だの“はいっ!”だの、思い思いも言葉で返した。
確かに鎧熊は強敵だ。
だがしかし、生き物である以上、弱点の一つくらいは存在する。
いくら強敵とはいえ、無敵な訳でもなければ死なない訳でもないのだ。
であるならば、倒す手段もまた一つくらいは存在する。
「んじゃまぁ! 先手は俺から行かせてもらおうかぁっ!」
バルディオがその手にした大剣を担ぐと、まるで重さを感じさせない俊敏な動きで鎧熊の左側面から斬り込んだ。
隊を二つに分け事で、鎧熊は左のバルディオの隊を相手にするべきか、右のフェオドルの隊を相手にするべきか迷っていた様だったが、バルディオが先に動き出したことで、ターゲットをバルディオの隊へと定めた。
体の向きを変え、正面からバルディオを迎え撃つ構えを取る。
そして、バルディオが大剣を振り下ろすより早く、その剛腕が唸りを上げてバルディオへと襲い掛かった。
が、
「ふんぬっ!!」
ドッ! ともゴッ! ともとれる音を響かせて、その狂腕はバルディオの大剣によって受け止められていた。
バルディオの全身を圧倒的な暴力が襲う。体中が悲鳴を上げるなか歯を食いしばりそれに耐える。
が、その刹那……
「ガアァァ!!」
悲鳴を上げたのは鎧熊の方だった。
気づけば、鎧熊のその背に、自警団の一人が剣を突き刺さしていたのだ。
鎧熊は目の前のバルディオから、その自警団員へと目標をシフト。
自分を傷つけた存在の命を刈り取ろうと、その剛腕を振り下ろす。
「やらせんよっ!!」
ガッ!
しかし、その振り下ろされた腕は鈍い打撃音と共に一振りの巨大な戦斧に阻まれたのだった。
動きを止めた一瞬に、剣を刺した自警団員は速やかに離脱。
鎧熊との距離を取る。
そして……
「ウガアァァ!!」
再度響く、鎧熊の悲鳴。
またしても、鎧熊の隙を突いて、ガラ空きとなった背後を別の自警団員が今度は槍で突き刺したのだった。
そして、即離脱。
バルディオ、そしてフェオドルをそれぞれ前衛防御の要として部隊を二つに分け、鎧熊を挟む。
後に、どちらかが鎧熊の注意を引き付け、空いた背面から本命の攻撃を仕掛ける。
鎧熊の注意が、攻撃した側へと移ったタイミングで部隊の役割を入り変えこれを繰り返す……
つまり、初手のバルディオの攻撃は、攻撃と見せかけた陽動だったのだ。
斬撃も打撃も効かない鎧熊ではあったが、丈夫なのはその体毛なのであって、決して鎧熊自身の表皮そのものが鋼の様な強度を誇っている訳ではない。
ならば、その体毛を掻い潜ることさえ出来れば、鎧熊に傷を与える事は十分に可能なのである。
つまり……鎧熊は“突き刺す”といった貫通系の攻撃に弱いのだ。
これが、幾多の先達の犠牲によって今に伝えられる鎧熊の最大の弱点だった。
この“貫通系の攻撃に弱い”という弱点を基に、有事に備えて彼ら自警団が日ごろから訓練をしてきたのが、この“対鎧熊用戦術”なのである。
バルディオとフェオドルの二人の戦闘力に極端に依存する、およそ戦術と呼べるような代物ではなかったが、これが現状考え得る最も被害が少なく、また勝率の高い方法であった。
一度に大人数で攻めないのは、鎧熊の攻撃目標を集中させる為だ。
当然だが、攻撃を仕掛けた者は鎧熊からの次の攻撃の対象になりやすい。
それが複数存在してしまうと、防衛目標が分散してしまい、カット役である二人の動き一歩出遅れてしまう。
それはつまり、団員の誰かが負傷……最悪死亡するという事を意味していた。
ならば、攻撃される的を一つに絞らせた方が、確実に防ぐことが出来る分、遥かに生存率を高くすることが出来た。
鎧熊からの攻撃をその身一つで受け止め続けなければならない二人の身体的負担と、鎧熊の前に身を晒す団員の精神的負担は計り知れないものがあるが、それが出来なければ彼らに勝機はないのだ。
「効いているっ! 効いているぞっ!
奴は確実にダメージを受けているっ! 見ろ!
随分と嫌がっているではないかっ!」
フェオドルは部隊を鼓舞するように声を上げる。
実際、鎧熊は先ほどの二撃が効いたようで、警戒心を強めフェオドル、バルディオ両隊に注意を払うように威嚇する。
優勢……かと思える状況ではあったが、実はそう楽観的なことを言っていられる状況でもないことを、フェオドルは理解していた。
確かに鎧熊に傷を負わせることは出来たが、だがそんなものは鎧熊にとっては表皮を多少傷つけられた程度に過ぎないのだ。
致命傷には程遠い……
この攻撃を何十と繰り返すことが出来れば、いつかは倒すことも出来るかもしれないがそれを許してくれるほど相手もバカではなかった。
攻撃を誘発させ隙を誘おうにも、鎧熊はこちらを深追いして来ず、常に背後を気にかけた立ち回りをするようになっていた。
これでは安全圏からの一撃離脱とはいかない。
かといって、バカ正直に正面から挑むなど愚の骨頂。
迂闊に攻め込めば返り討ちに合うのが落ちだ。
たったの二撃、それだけでこの鎧熊はこちらの戦法を理解したらしい。
(まったく、厄介な奴が出て来たもんだ……)
フェオドルはそう内心で毒突いて、手にした戦斧を振り上げて何度目かの攻撃を仕掛けた。
「だぁああっ!!」
フェオドルの戦斧は鎧熊の肩口を捕らえた。
が、それだけの話でしかなかった……
その特殊な体毛に阻まれた一撃は、鎧熊にダメージを与える事はない。
そして、鎧熊は腕を軽く振りフェオドルを追い返すだけで、追いかけては来ない。
ダメージを与えられないどころか、鎧熊の反撃を誘う事も出来ない。
膠着状態もいいところだ。
「クソっ! 乗って来ねぇなっ!」
攻めて来る訳でもなく、逃げる訳でもない……
そんな中途半端な行動に、フェオドルの中でイラ立ちが募る。
「何かおかしくねぇか?
鎧熊ってのはこんなもんなのか……?」
イラだつフェオドルをよそに、バルディオはそうぽつりとこぼした。
「? どう言う意味ですかな?」
「俺らが知ってる鎧熊の強さってのはこの程度のものなのかってことだよ。
いくらこいつを想定した訓練もしてるっつっても、実戦はこれが始めてだ。
それがどうだ?
俺たちは、二度こいつに攻撃を入れて、二度こいつの攻撃を凌いだ。
動きは思ったほど早くはねぇし、一撃だって思ったほど重くもねぇ……
先人たちが恐れおののくほどのものとは、とても思えねぇ。
……本当に、こいつが鎧熊なのか疑いたくなってくるぜ。
もしこいつが、聞き及ぶ強さだったなら、俺の見立てじゃ既に二、三人は死んでてもおかしくないはずだからな……」
もし、鎧熊の強さが自分の知るものであったなら、初撃を受けたときに吹き飛ばされるくらいの覚悟はしていた。
それが蓋を開けてみれば、受け止めることが出来た。出来てしまった。
誰よりもまず、バルディオ自身が驚いた。
自分に鎧熊と対等に渡り合えるだけの力量などないことはバルディオだって理解していた。
自分が知らず知らずのうちに、鎧熊に並び立つほどの実力を手にしていた……なんてことはあるはずもなく……
ならば、消去法で考えてこの個体が取り分け弱いのか、もしくは碌に戦えない何か理由があるのか……
そう考えたとき、バルディオの脳裏にふとした疑問が思い浮かんだ。
鎧熊と初めに遭遇したのは、若い自警団員であった。
果たして彼らは、どうやってこの鎧熊から逃げて来ることが出来たのだうか? と。
鎧熊は、その巨体に見合わず敏捷な動きをすると聞く。
走る速さは角猪に引けを取らないらしい。
であるなら……
若い団員たちが逃げられる訳がないのだ。
しかし、彼らはそんな鎧熊から逃げおおせてみせた。
バルディオはそこに、この状況を打開する何かがあるような、そんな気がした。
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