前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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65話 生体実験

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 治療用の魔術陣、そのまま口にしていては少し長いので、この魔術陣を俺は“治術陣”と命名することにした。
 ちなみに、爆発魔術陣を“破術陣”、硬化魔術陣を“硬術陣”と名付けてみた。
 俺が着ていた、形状を記憶し維持する魔術陣は硬術陣の亜種ということで“硬術陣・記”とした。
 同じ要領で、発熱魔術陣は“熱術陣”として、加熱なら後ろに“加”、冷却なら“減”が付く。
 他にも、物体に運動エネルギーを付与する魔術陣は“動術陣”として、その後ろに付与した物体の名称を入れることにした。
 動術陣・水とか動術陣・風、ってな感じだ。
 今までは“何々する魔術陣”って呼んでたから、これで少しは口にしやすくなったというものだ。
 
 正直、治療期間中ずっとやることもなかったので、こんなことばっかり考えていたのだ。
 だが、今はそうでもない。
 神父様やメル姉ぇからの話を基に、せっせと治術陣の開発に取り組んでいた。
 で、昨日の今日で早速一つ試作品を作ってみた。
 とはいっても、どちらかというと実験用の側面が強い仕様になっているので効果のほどはあまり望めないのだが……
 治療魔術については、話を聞いただけでは未だ不明な点も多くある。
 魔力マナの拒絶反応なんがいい例だろう。
 例えば、自分の魔力マナで、治術陣を起動させて使う分にはたぶん問題はないのだろうが、自分以外の人間の魔力マナによって起動された治術陣で治療行為を行った場合はどうなるのだろうか? とかな。
 自分の魔力マナだけではカバーしきれない様な重篤患者が出てしまった場合、外部からの魔力マナの供給は避けては通れない課題なのだ。
 とはいえ、初っ端から人間で治術陣の実験をするなど怖くて出来る訳がない。何が起きるか分からんからな。
 まずは人間以外で試して少しずつ人間用に改造していくのが無難だろうな。

 で、その日の診察で……
 メル姉ぇから、ようやく外出の許可を頂けた。
 完治……とは言えないが、体の調子もメル姉ぇのおかげで随分とよくなり、これからはリハビリを兼ねて簡単な運動ならしてもいいとのお達しを頂いたのだ。
 ただし、必ず誰かと一緒にいることが条件だったが、それくらいはまぁ、よしとしよう。
 ベッドに釘付けにされていた日々からの解放されたことが重要なのである。
 と、いう訳で……
 俺は早速、診察の終わったメル姉ぇと神父様にお願いしてミーシャの実家へと連れて来てもらっていた。
 村の多くの人たちに、かなりの心配を掛けてしまったようなので、一応の快復報告だ。
 手始めにご近所ということで、ミーシャの家から行くことにした。
 俺が顔を見せると、ガゼインおじさんもノーラおばさんも我が子の様に俺の快復を喜んでくれて、ノーラおばさんに至っては、泣きながら俺の事を抱きしめてくれた。
 病み上がりの体には多少痛いものがあったが……それ以上に、たいへんやわらかいものを存分に堪能出来たので、結果的にはプラスだろうか? まぁ、役得ってやつだな。ゲヘヘヘッ。

 って、別におっぱいが目的でここに来た訳では断じてない。
 勿論、本題は別にあるのだ。
 ……ホントダヨ?

「えっと……あの子だよ……」

 ミーシャの案内のもと、俺たちがやってきたのはミーシャの家が所有しているヤム舎の中だった。
 たいして広い場所ではなかったが、そこには、五、六頭のヤムがおり、食事時だったのか飼料用に加工された麦わらをうまそうにもぐもぐしているところだった。
 こいつらは食肉用ではなく、貴重な労働力兼、半分は俺たちにおいしいヤム乳を提供してくれる生産者たちである。
 そもそも、村ではよっぽどのことがない限り、ヤムを潰したりはしないからな。
 で、ミーシャが指をさしたのはその中の一頭だった。
 そのヤムは、エサも食べずにヤム舎の隅でひっそりと座っていたのだ。

「あの子ね……少し前から元気がないの……
 ゴハンも全然食べてくれないし、ずっとあそこに座ったままだし……病気なのかなぁ……心配だよ」

 と、ミーシャは心底心配そうに、そのヤムの事を見ていた。
 実をいうと、俺はこの体調不良と思しきヤムのことを少し前から知っていた。
 と、いうのも俺が目を覚ました翌日から学校帰りにミーシャたちが毎日俺のお見舞いに来てくれていて、その日学校であったことなどを俺に話して聞かせてくれていたからな。
 さっきもメル姉ぇの診察前に、お見舞いに来てくれていたミーシャたちとは顔を合わたばかりだ。
 シルヴィなんて、家の位置からしたら遠回りもいいところなのに、毎日来てくれていたのだから、なんとも嬉しい話ではないか。
 で、その話の中に、このヤムの話が度々上がっていたのだ。
 このヤムには悪いが、丁度いいのでこの試作型治術陣の実験台・第一号になってもらうことした。
 が、その前に……

「どうメル姉ぇ? 何か分かる?」
「ん……ごめん……やっぱりよく分からない……色がはっきり見えないから……
 でも、あの子だけ……他の子より魔力の色が薄い……っというか、滲んでる……ような気がするの……」

 メル姉ぇ曰く……
 メル姉ぇは、他者の魔力マナを色として認識することが出来るらしい。
 そして、その魔力マナの色・流れ方からその人が持っている魔力マナの量や質などを知ることが出来るのだとか。
 延いては、魔力マナの流れから体の何処が悪いのか、なんてことも分かるのだそうだ。
 それが、治癒術士としての能力なのか、それともメル姉ぇ個人の資質なのかは分からないが、その能力を見込んで、今回の実験に協力してもらうことにした。
 しかし、そこは人間と動物。
 魔力マナの質に違いでもあるのか、人間のようにははっきりと魔力マナを読み取ることが出来ないうえ、人間以外への治療魔術は効果が極めて低い、というのが彼女から事前に聞かされた話だ。

「……ごめんね……役に立てなくて……」

 ショボーンと見るからに落ち込むメル姉ぇ。
 
「そんなことないって! 
 初めから“見えにくい”ってことは聞いていたんだし、それを承知の上で無理を言って協力をお願いしたのは俺なんだから、メル姉ぇが気に病むことはないよ。
 それに少しでも見えるっていうなら、俺にはそれで十分なんだしね」
「……フィー君……やさしい」

 そう言って、メル姉ぇが俺の頭をそっと撫でてくれた。
 クマのおっさんなんかがやった日には、ソッコで拒否るところだが、メル姉ぇのような若い女の子なら大歓迎である。

 今回の治術陣の実験に関しては、家を出る前に神父様とメル姉ぇ両名には事前に実験の趣旨を説明していた。
 神父様には、魔術陣を開発する上でいろいろとアドバイスをもらっているので、新しく何かを始める時は必ず声を掛けることにしている。そもそも、そういう約束もしているしな。
 あまり魔術陣と関係のないメル姉ぇに声を掛けたのは、外出の付き添いという意味もあるが、その魔力マナを視覚として捉えることが出来る能力が非常に重宝すると思ったからだ。
 メル姉ぇの目に掛かれば、作った治術陣が機能しているのかを、視覚的に確認することが出来る。
 なので、是非にとこちらから協力の要請をしたところ、二つ返事で快諾してくれたのだ。

「それで、これからどうするのですか?」

 と、メル姉ぇに頭を撫でられていた俺に、神父様が声を掛けて来た。
 いつまでも撫でられている訳にもいかないので、一頻ひとしきり撫でられて満足した俺は、メル姉ぇの手からするりと抜けると、懐にしまっていた一枚の紙を取り出した。

「こいつを貼り付けます」

 こいつが今回の本命、試作型治術陣だ。

「それがロディフィスの言っていた治術陣というものですか?」
「……の、試作・第一号ですよ。
 とても“治療”だなんて大層なことは何も出来ないんですけどね」
 
 というのも、今回はあくまで試験ということで、傷を治すといったような高性能な機能はまだ何もない。
 この試験型治術陣の効果は、ただ体内の魔力マナの循環をサポートするだけものだ。
 メル姉ぇによれば“体の悪い所は、魔力マナの流れが悪い”らしい。
 血行不良の魔力マナ版といった感じだろうか?
 血行不良による体調不良の例など、枚挙に暇がないからな……
 肩こり・腰痛・冷え性に肌荒れ……etc.
 “生命力”とも言い換えることが出来る魔力マナの循環が滞れば、体に何かしらの悪い影響が出て当然といえなくもない。
 ならば、体全体に満遍なく魔力マナが行き渡るようにすれば体調の改善に役立つのではないか? と考えたのだ。
 血行促進で健康生活! ……って、違うか。

 と、まぁ、そんな感じだ。
 今回の実験の目的は、魔術陣がというよりは魔力マナそのものが人体……ではないが、生物の肉体にどんな影響を与えるのかを知ることにあるのだ。
 効果も抑えめにしているので、もし何か不具合があったとしても今より体調が悪くなったりだとか、死んでしまったりすることはない……と、思う。たぶん……
 もし死んじまったらゴメンよ……ヤム

 俺は、治術陣の裏に予め用意しておいたのりを適量付ける。
 これは村では割と普通に使われている補修材の一つだ。
 植物の根などを磨り潰して作った天然素材のでんぷんのりで、主に茶碗などの陶器に出来た小さな穴やひび割れを補修するのに使われている。
 それを、治術陣の固定用に使うのだ。
 治術陣の出力がかなり低い為、密着していないとたぶん効果が表れないので仕方ない。
 まさか、治術陣を固定するためだけに、ヤムを包帯でぐるぐる巻きにする訳にはいかないからな。
 天然素材のでんぷんのりなので、お肌にも安心だ。
 剥がすときは……まぁ、お湯でもかければ剥がせるるだろう……
  
「んじゃ、ちょっと失礼しますよっと……」

 と、俺は仕切りの策の隙間を潜って中へと入っていく。
 で、くだんの大人しく座っているヤムの傍へ近づき、

 ペタンッ

 と、背中の真ん中辺りに手にしていた治術陣を貼り付けてやった。

「ブモっ?」

 貼り付いた治術陣が気になるのか、ヤムはしきりに背中を気にしていたが、結局届かないとあきらめて、そのまま眠ってしまった。
 なんというか……呑気なものだ。
 即効性があるものでもないので、今日明日は様子見だろう。
 俺は治術陣を貼り終えると、柵の外で待っている神父様たちの所へと戻った。

「はい。今日はこれにて終了です。お疲れさまでした。
 また明日、様子を見に来ることにしましょう。解散!」
「特に変わった様子はないのですね……
 メルフィナ、貴女の目にはどう見えていますか?」
「……さっきと、一緒……」
「ふむ……そうですか……」

 ……お願いします。スルーは止めて下さい……寂しくなるから……

「……効力は弱めに設定しているので、そんなにすぐには変化はないと思いますよ?
 実際に効果が現れるのは、たぶん明日以降になると思います。
 ああ、でも念のために……ミーシャ、お願いがあるんだけどいいか?」
「なに? ロディくん?」
「もし、あのヤムの体調が今より悪くなるようだったら、背中に貼ってある紙を剥がしてあげて欲しいんだ。
 お湯でも掛けてあげれば剥がれると思うから……
 お願いしていいか?」
「うん。分かった」

 と、話も落ち着いたところで、この日は解散となった。
 その後、俺はメル姉ぇと一緒に、リハビリも兼ねてご近所さんに快復報告へと向かった。
 反応は……まぁ、みんな喜んでくれていた。
 なんというか、嬉しいやら恥ずかしいやら……

 で、翌日……

「食べていますね」
「食べてますねぇ、こう……もりもりと、もりもりと!」
「……何で二回言ったのですか?」
「大事なことだからです!」

 という訳で、早速メル姉ぇの診察を受けた後に、例のヤムの様子を見に来たら、背中に治術陣・試作一号を貼り付けたヤムが麦わらをもりもりと食べていた。

 このヤムに変化が現れたのは、昨晩のことからであるらしい。

「いや~、こいつは結構な高齢でしてね、最近じゃエサもあんまり食べなくて、乳の出も悪くなっていたんですよ。
 それで家内とも“そろそろ寿命なのかねぇ”って話をしてたばっかりなんですが、それが昨日の夜、こいつらにエサを持って来た時にですね、急にエサの食いつきがよくなったんですよ!
 そりゃもう、他のヤムたちを押しのけてまでエサに食いつてたんで、びっくりしましたよ!」

 というのが、このヤム舎の主であるガゼインおじさんの言葉だった。
 更に……

「しかも、今朝の搾乳の時なんですがね? もう、出るわ出るわ!
 んでもって、味も今までより格段にいいと来た!
 ありゃ、ウチで一番若いヤムより、量も質も上いってますわ!」

 と、えらくご機嫌だった。

「で、ロデ坊、お前一体こいつに何したんだよ?
 昨日は“治療がどうの……”“実験がどうたら……”って言ってたけどよ?」

 いくら気心の知れた相手とはいえ、勝手に人様のヤムを実験台にする訳には行かなかったので、昨日の段階で一応は何をするのか簡単な説明はしていたのだが……
 このおっさん、話を理解してなかったのに“おう! 好きにしろや!”とか言ったのか?
 まぁ、いいけどさ……

「あ~、元気になるおまじない? みたいな?」
「なんだそりゃ?
 ……まぁ、詳しく話されたって俺じゃ分っかんねぇだろうから、どうでもいいっちゃいいんだが……」

 なら聞くなよ、と思ってしまう。
 
「ただ、あの“紙っ切れ”が何かしたってのだけは分かる。
 ……で、相談なんだが……
 あの“紙っ切れ”を、もう数枚もらえないか?
 他のヤムにも貼ってやって、乳の出をよくしたいんだよ。
 なぁ? いいだろ? なぁ~なぁ~」

 急にネコ撫で声で、カゼインおじさんが俺にベタベタとして来た。

「えーいっ! 鬱陶しいわっ!
 別に欲しいって言うなら、あげるけどさぁ……ただ……」
「ただ……なんだよ?
 まっ、まさか金を取るとか言うんじゃないだろうなっ!
 おっ、俺とお前の仲じゃないかっ!
 将来、お前の“お義父さん”になるかもしれない人から、金なんて取らないよなぁ!」

 可能性はゼロではないが……気が早すぎるわっ!
 で、当の本人のミーシャはと言えば、ただキョトンとこちらを見ているだけだった。
 よかったなっ! ミーシャが言葉の意味がよく分かってなくてっ!
 もし、理解してたら照れてどっかに走っていっちまってたぞ!
 この子は、これで結構な恥ずかしがり屋だからな。
 
「ちがうわっ!
 ただ、エサは大丈夫なのかって話。
 他のヤムにまで治術陣貼り付けたら、たぶん、みんなこいつくらいエサ食うぞ?」

 と、俺は未だにもりもり麦わらを食べているヤムを指さした。
 こいつはかなり高齢とのことなので、こいつより若いヤムに治術陣を貼り付けたら、こいつ以上にエサを食うのではないかと思うのだが……

「……あっ」

 どうやら、ガゼインおじさんも理解したらしい。
 一人、ガックリと項垂れる。

「メルフィナ、このヤムですが、昨日となにか変わっているところはありますか?」

 俺とガゼインおじさんとのやり取りの傍ら、神父様がメル姉ぇにそう聞いていた。
 メル姉ぇの目を通して、このヤムを見た時、果たして何が変わって見えるのだろうか……
 その答えには、俺も強く興味を惹かれた。

「……魔力が、はっきりと見える……昨日より、ずっと……
 全身、真っ赤……とっても力強い色……」

 ほぅ……このヤム魔力マナは“赤”なのか……
 それにしても、メル姉ぇが“見えにくい”と言っていた、人間以外の魔力マナがそうもはっきりと見えるというのは驚きだ。
 一体どれだけ元気になったんだよ、このヤム……

 体内を巡る魔力マナの量は、毎日一定という訳ではないのだと、メル姉ぇは言う。
 体調の良い日は、多くの魔力マナが体を巡り、不調の時は少ないのだとか……
 エーベルハルト氏の理論からすれば、魔力マナとは即ち生命力であるという。
 その魔力マナを、体の隅々まで循環させることで、肉体が良好な状態を保ち、体調が良くなったことで、より体内に巡る魔力マナの量が増え、それを更に循環させることで肉体は更に活性化して……
 というような、好循環が生まれている、というのが俺の立てた予想だ。
 たぶんだが、メル姉ぇがしていることも、これと大体同じようなことなのではないかと思う。

 ふむふむ、実験の一段階目としては、順調な滑り出しと言っていいのではないだろうか?
 さて、では次の段階にステップアップしようではないか!
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