前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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66話 あの日の再来……

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 それは、毎朝の日課であるヤム舎の掃除に、グライブが父親のガゼインと共に訪れていた時の事だった……

 サクッ……

「ん?」

 何かを踏んだ。
 そんな違和感を覚えたグライブは、自然と視線を足元へと向けていた。
 そこには散らばった麦わらに埋もれるように、何やら見覚えのないものが落ちていた。
 なんとはなしに、グライブはそれを拾い上げる。
 それは、緻密な模様が描かれた一枚の紙切れだった。

「父さん! なんか変なの落ちてたけど、何これ? ごみ? 捨てていの?」

 グライブは、近くで作業をしていたガゼインに、それが見えるように突き出した。

「ん……
 ああ、捨てるな捨てるな!
 そいつが昨日話した、ロデ坊が作ったっていう札だよ。
 そいつを貼るだけで、ヤムが元気になるっていう、あれだ。
 どうやら自然に剥がれちまったみたいだな……」

 作業の手を止めて、ガゼインはグライブへと近づくと、手にしていた紙切れを受け取った。
 そして、この紙切れが貼り付けられていたヤムへと視線を向ける。
 一昨日まで、力なく座っていることの多かったそのヤムは、エサ箱の前で他のヤムと一緒になって朝のエサがもらえるのを、今か今かと雁首そろえて待っていた。
 剥がれてしまったからといって、直ぐに以前のような状態に戻ってしまう、ということはないらしい。
 貼り直そうか……そう考えていたガゼインだったが、元気にしている老ヤムの姿を見て、考えを改める。

(元気そうにしているなら、まぁ、いいか……)

 以前の様に体調を悪くするようなら、また貼ってやればいいだけの事だ。
 それに、他のヤムたちが同じように体調を悪くしないとも言えない。
 これから気温はどんどん下がり、秋も深まっていく。
 季節の変わり目は、人間だけでなく動物だって体調を崩しやすいのだ。
 そんな時、この治術陣が一枚あるだけで、ずいぶんと役に立つはずだ。
 貴重な労働力兼収入源である彼ら彼女らだが、その前に大事な家族の一員だ。
 いつだって元気でいて欲しいという思いに、嘘偽りはない。
 それに……

(ロデ坊なら、言えば直ぐに用意してくれるだろうが、あんな小さい子どもに大の大人が何でも頼ってばっかりってのも、なんかかっこ悪いしなぁ……)

 という、些細な見栄もある。
 ガゼインはそんな事を考えながら、手にしていた治術陣の書かれた紙をそっと上着のポケットへと突っ込んだ。

「ほれほれっ! 手が止まってるぞグライブ。
 おヤム様たちが“メシはまだか”と鳴き始めちまったじゃないか。
 とっとと掃除を終わらせて、エサ箱の補充するぞ」
「ちょっ! なんで俺がサボってるから遅くなったみたいな言い方になってんのっ!
 折角、その紙が落ちてるの教えてやったのにっ!」
「それはそれ、これはこれ、だっ!
 さぁ! 汗水垂らして働くのだ若人よっ! そして、父に楽をさせるのだぁ!
 逆らうようなら、お前の朝食の半分を父が食うっ!」
「きっ……汚ねぇ……それが大人の……親のすることかよっ!」
「だはははっ! 大人とは汚いものなのだっ! そして、これが親のすることなのだぁっ!」
「ちっきしょ……覚えてろよっ!!」

 悔しそうな顔で、忙しなく掃除を始める息子の背中を見て、ガゼインはクスリと笑う。
 自分も父親とこんな会話をしていたなぁ、と思い出す。
 もう随分と昔の話だが。

 ほどなくして……
 朝食が出来た事を知らせに来てくれたミーシャを巻き込んで、ヤム舎の掃除とヤムへのエサやりを終わらせると、三人は母屋へと帰って行った。
 怒るグライブに、それをからかうガゼイン、それを見て笑うミーシャ。
 それが、ハインツ家のお決まりの朝の風景だった。
 
 この時には、ガゼインは自分の上着のポケットに、治術陣をしまったことなどすっかり忘れてしまっていた訳だが……

 ………
 ……
 …

「どうしたんだ?
 今日はやけにはりきって仕事をしてるじゃないかガゼイン」
「……そうか? 別にいつもと変わらんと思うがな……」

 農作業の憩中に、ロランドからそう話を振られた。
 バスケットの中に入っていたパンに手を伸ばし、一齧りしてからガゼインは思う。

(そんなに力入れて働いているつもりはないんだけどなぁ……
 まぁ、体調はいいような気がするが……)

 と。
 ちなみに、最近では昼過ぎの差し入れを届けてくれるのがロディフィスから双子の妹ちゃん、レティシアとアリシアに代わっていた。
 まぁ、ロディフィスは野外教練の一件で負った怪我の所為で、運動自体を制限されているので差し入れなどしている場合ではない。
 というのもあるが、野外教練の一件以前から、差し入れを持ってくる係は双子ちゃんに代わっていたのだ。
 理由は、最近教会で始まった“給食”にある。
 昼食のために一度家に戻る必要がなくなった所為か、ロディフィスは学校での授業が終わった後も教会に居残ることが多くなったのだ。
 何をしているのかは、話は聞くのだがガゼインもロランドも、正直なところよく分かってはいなかった。
 分かったことといえば、神父様と一緒になって何やら調べたり、作ったりしている、というくらいなものだ。
 まぁ、そうやって作ったものが村のみんなのためになっているのだから、ロランドもロディフィスが畑仕事の手伝いをあまりしないことについては何も言わないでいた。

 そんなこんなで、ロディフィスが差し入れを続けていては、持ってくるのが遅くなってしまう為、差し入れ業務を妹たちに引き継いだらしい。
 で、その双子ちゃんたちはといえば、父親であるロランドの両脇にちょこんと座って、自分の顔の半分くらいはあろうかというパンをはむはむしていた。

 カゼインは、収穫を控えてすっかり色づいた麦を前にして、バスケットからもう一つ、もう一つとパンを取り出しては口へと運んだ。

「おいおい、そんなに食って大丈夫なのか? 動けなくなるぞ?
 まだ作業は残ってるんだからな」
「あっ? ああ……そう……だな。
 いや、なんだか今日の差し入れが妙にうまくってな、つい……
 さてはシアの奴、また料理の腕を上げたな?」 
「そうか? いつもと同じだろ?
 確かにシアの作る飯はうまいが、今日が特別うまいってことはないと思うが……」
「いや! 間違いなく上がってるね!
 まったく、うちのババァにも見習わせたもんだ……
 このパンと比べたら、うちのババァが作るパンなんて雑巾みたいなもんだからなっ!」
「おいおい……ガゼイン、そんなこと言っていいのか?
 もし、今の言葉がノーラの耳にでも入ったらお前……
 またフルボッコにされるぞ?」

 呆れ顔でため息を吐くロランドを、ガゼインは一笑に付した。

「ははっ! 聞かれねぇよ!
 あいつは畑の方には滅多に来ないからなっ!」

 しかし、この時ガゼインは自分とロランド以外に三組の目と耳があることを、完全に失念していた。
 もしくは、知っていながら誰もチクリはしないだろうと、根拠のない確信を抱いてたのか……
 はたまた、聞いているのが息子とおチビちゃんが二人と油断したのか……
 確かに、父の名誉と家庭の安寧を守るため、息子であるグライブはその失言を聞かなかったことにして、母ノーラに告げるようなことはしなかったが、空気を読めないおチビたちは違った。
 こともあろうに、差し入れを届けたその帰りにわざわざノーラの所に寄り“ババァのパンは雑巾味っ! って、おじさんゆってた! どんな味なの? 食べてみたい!”と口にしたのだ。
 その一言により、ガゼインの失言が発覚。ノーラに伝わることと相なった。

 畑仕事からの帰り、ガゼインを待っていたのはノーラからの背骨が折れるほどの熱い抱擁と、雨あられと降り注ぐ拳と蹴りのベーゼだったのだが……それはまた、別の話である。

 で、その日の夜……

「また派手な顔になってますね、ガゼインさん……」
「まぁ……ちょっとな……いつっ!」

 冷えたエールが口内の傷に染みる。
 ここは、村の寄り合い所と化した大衆浴場のダリオが営むバーカウンター……の更に端っこ。
 そこにガゼインは一人でいた。
 一人座るカゼインのその前には、一杯のエールと数点の総菜が並ぶ。
 これが彼の今夜の夕食である。

 ノーラからのフルコースを受けたあと、家に入ることも許されずガゼインは締め出しをくらってしまったのだった。
 まぁ、自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが……
 そんな訳で、家にも入れずフラフラとしているうちに、漂って来たいい匂いに釣られて足を運んだのがここ大衆浴場だった、という訳だ。
 帰ってすぐに追い払われてしまったので、当然だが夕食など食べてはいなかった。
 もう腹はペコペコだ……
 最後にものを食べたのは、昼過ぎの休憩の時だ。
 時間的にはそれほどたった訳ではない、しかもあの時ガゼインはパンを二つ三つと食べていた。
 だというのに、どういう訳か今日は妙に腹が空いた。
 いつもなら、一日くらい我慢することくらいどうということもないのだが、今日だけは我慢出来そうもなかった。
 財布など持ち歩いている訳もなく、無一文のガゼインだったが、そこは村の付き合いだ。
 “あとで必ず払うからっ!”ということで“つけ”にしてもらい、ようやく夕食にありつける次第となった。
 ちなみに……
 これが村で初めて行われた“つけ払い”であったとかなんとか……

「あれだな……あれ。
 子どもだと思って油断してると痛い目を見るってこったな……
 軽はずみなことを言うと、とんでもないことになっちまう……
 お前も気をつけた方がいいぜダリオ」
「はぁ……」

 ダリオにはガゼインが何を言っているのか、いまいち訳が分からないので軽く相槌だけ打っておく。

 しかし……

 体中についたこの傷、見た目は派手だが思った以上に痛みはないのだ。
 いつもなら、二日間はまともに食べ物飲み物を口にすることが出来ず、歩くことすら儘ならないというのに、今回はその日の晩には多少の痛みはあるものの、歩くことも飲食も普通で出来るくらいには回復していた。
 いつもより、ノーラが手を抜いてくれた、とは考えにくい。
 あの骨身に響く一撃は、まごうことなく彼女の本気だった。
 それは、普段から殴られ慣れているガゼインだからこそ出来る断言だった。

 畑仕事の時から感じていたことではあったが、今日はどういう訳か体調がいい。
 体が軽い……そんな気がしていた。
 それと何か関係しているのでは……とは思うが、思い当たる節がないだけに確信は持てないでいた。
 なので、ガゼインは“まぁ、こういう日もあるさ”程度に思うことにしたのだった。

「よぉ! またノーラに手酷くやられたんだって?
 今回はどんなになったか見に来たぜ!」

 しばらく一人で飲み食いをしていると、カゼインの下に顔見知った初老の男が寄って来た。
 ガゼインは男の言葉に、バツが悪そうに笑う。

「うえ、もう広まってんのかよ……」
「お前が顔ボコボコにして村の中を歩いて時は、大概お前がなんかしてノーラに仕置きされたってのが相場だからな。
 お前らは昔っから変わらんな……よっと……
 オレにもエールを一杯くれ。
 で、今回はなにしたんだよ?
 浮気か? 使い込みか?」

 実に楽しそうな笑顔で、初老の男性はガゼインの隣の椅子に腰を降ろすと、そう問いかける。

「違げーわっ!」

 もし浮気や散財であったなら、こんなものでは済まなかっただろう。
 そんな“もし”を想像したら、下腹部がヒュンとなった……

「……えーっとだな……」

 取り敢えず一連の出来事を話したら、大爆笑された。
 そして、先駆者から、

“嫁さんの目が届いてない所でも、嫁さんの悪口は絶対言うな。
 いつでもどこでも褒めちぎっておけ。それが家庭円満の秘訣だ。
 ……たとえそれが真実でなかったとしてもな”
 
 と、ありがたいご高説を頂いたのだった。

「で、今日はもう家には帰れないんだろ?
 これからどうすんだよ?」
「あー、取り敢えずは大衆浴場ここで寝かせてもらおうかなってな」

 大衆浴場はバーのマスターであるダリオと食堂を経営しているテオドアの二人が責任者として管理しているが、別に鍵などの防犯設備はついてはいない。
 なので、誰でもその気になりさえすれば、営業時間外でも中に入ることは出来るのだ。
 まぁ、そんなことはやったところでメリットもないので誰もやらないが……
 一応礼儀として、事前にダリオには話していたし、ダリオからも“汚さないなら”という条件で許可はもらっていた。
 
「そうかい……もし行く当てがないならうちに呼ぼうかとも思たんだが……余計な世話だったみたいだな……」
「いや、んなこたぁねぇよ、あんがとさん」
「さて……んじゃオレは行くわ。いてて……」

 エール一杯分の代金をカウンターに乗せて、男性が椅子から立ち上がる。
 と、同時に顔をしかめたのだった。

「ん? どうしたよ?」
「いやなに……年かねぇ……
 季節の変わり目の所為か、最近やたらと肩やら腰やらが痛くってな……
 なんでも、ここのペリン草を煮出した湯が、肩や腰の痛みにいいって聞いたんでここ数日通ってんだが、今日も外れでな……
 次はいつやってくれるんだかな……」
「ああ……うちのヤムも先日体調を崩しちまって……」

 そこまで話して、ふっとガゼインの脳裏に今朝のヤム舎での出来事が思い浮かんだ。
 そしておもむろに自分の上着のポケットへと手を突っ込んだ。
 カサリ、と指先に何かが触れた。
 ガゼインは、それを掴むとゆっくりと引き抜いた。

 多少しわが寄ってしまっていたが、細かい模様がびっしりと書かれた紙切れが、そこにあった。

(もしかして……体調がよかったのも、ノーラから殴られた痛みがあっさり引いたのも、こいつのお陰だった……のか?)

「おい? なんだよ途中で話を止めんなって、気になる……ん……?
 なんだよその紙っ切れ?」
「……なぁ?
 もしかしたら、ペリン草なんかより効き目があるかもしれないものがあるんだが……試してみる気はあるか?」

 特に他意などがあった訳ではない。
 それは本当に……本当にただの思い付きでしかなった。
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