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82話 情報の価値は?
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「で、話ってのはなんだよ坊主?」
俺が近づくと、ヴァルターは腕を組み足を組み、俺の事を見下ろして来た。
さっきまで半泣きだったくせに、安全が確保されたからってなんか急に態度がでかくなったなこいつ。
もう一度、立場ってものを分からせてやろうか? まぁ、いいや。
「なに……お前が“欲しい”って話さ」
遠回りに話すのも面倒だったので、俺は単刀直入にそう言った。
こいつはこれで領主の身近にいた人間だ。
言動から領主に対して好感を抱いている訳ではないようだが、何故か領主の部下の部下に成り下がっている。不思議な奴だ。
ヴァルターには、こちらの情報が半分ほど握られている。いくら本人が“義賊”だと語ろうが、“敵対するつもりはない”と言おうが味方でない以上、放置しておくのはやっぱり危険だし俺の精神衛生上よろしくない。
やはりそこにはどうしても不安が付き纏うのだ。
現状、ヴァルターとの関係に“信頼”の“し”の字もないのだから、ぶっちゃけ“敵”と大して違いはない。
だが、そんな危険因子を効果的に無力化する方法というのは存在する。
それは、味方に引き込むことだ。
別に領主に忠義を持って仕えている、という事ではないようだから、こちら側に抱え込むことも出来るのではないか、と俺は考えたのだ。
人と人との結びつきで最も強力なのは“絆”だという。で、次に強いのは“金”だ。
こいつにいくらか掴ませて、買収して子飼いの諜報員にしようというのだ。
甘い蜜を吸えている間は、これでまず裏切らないだろう。
金で動くというのなら、むしろそっちの方が信頼出来るくらいだからな。その手合いは、金で繋がっているうちは決して裏切らないものなのだ。
“義賊”なんて言ってはいるが、やっていることは賊と変わらないし、金の使い道をはっきり言わなかったあたり、何かしらまとまった金額が必要なのではないだろうかと俺は思っている。
仮に、鼠小僧の様に民衆にバラまいているのなら、そう言えばいいだけの事だしな。
まぁ、少なくとも盗んだ金で私腹を肥やすような真似はしていないだろう。
もしそんな事をしていれば、“義賊”なんて言葉を口にした時点でメル姉ぇにバレる。
なにより、我が村には買収を可能とするだけの蓄えもあるしなっ!
まぁ、目ん玉飛び出るくらい高額でなければ……だけど。
だが……人の結びつきで最も弱い物もまた“金”だというからなぁ……
そこは、一長一短といったところだろう。扱いは慎重に、だ。
今は少しでも情報が欲しい。それもなるべく鮮度の高い新鮮な情報をだ。
そういう意味では、ヴァルターの立ち位置、存在というのはまさに打って付けなのだ。
まぁ、情報を引き出すという意味だけなら、再度拷も……げふっげふっ……お仕置き付きの取り調べをしてもいいのだが、そこから得られる情報は一過性に過ぎず、長期視野で考えた場合やはり味方に引き込んでおく方が得策といえる。
と、そういう事を考えての発言だったのだが、何やら周囲の空気が微妙におかしい感じがした……なんだ?
みんなして黙りこくって、俺の事をじっと見て……俺が美少年過ぎてずっと見ていたいって気持ちも分からなくはないが、って違うな、きっと。
そんな奇妙な静けさの中、一番に口を開いたのはヴァルターだった。
「まっ、まぁ……俺がいい男ってのは俺が一番分かってることだが、だからって急にんなこと言われてもな……正直困るって言うか、大体お前、男だろ?
俺はそんな趣味はないって言うか……なぁ?」
……なに言ってんだこいつ?
突然、自分の事を“いい男”とか言い出して、頭大丈夫か?
「おめぇは俺と同じおっぱい野郎だとばかり思ってたんだが……まさか両方いけるクチだとわな……参ったねぇ~こりゃ」
「は? 何言って……」
「人の趣味趣向に口を挟むものでもないのかもしれませんが……私はロディフィス、キミには真っ当な人の道を歩んで欲しいものだと、切に願いますよ」
「ちょっ、神父様まで何言って……」
「ごめんねロディフィス。ボクもそういうのは普通な方だから、ちょっと……」
「俺まだ何にも言ってなんよね!? なんでこう“フラれた”みたいな感じて言ってんの先生っ!?」
「フィー君……不潔……」
「だから何がっ!」
ヴァルターの発言を皮切りに、今まで黙っていた面々が次々と口を開き始めたのだった。
しかも、いまいち何を言っているのか訳が分か……
「あっ……」
と、思った刹那、俺の脳裏にちょっと前の自分のセリフが脳内でフラッシュバックしたのだった。
“お前が欲しい”“お前が欲しい”“お前が欲しい”……“お前の事が、好きだったんだよっ!!”
あれ? もしかしなくても、そういう意味に取られたのか!? えっ! まさかのホ〇認定!?
「ちっ、違……っ! そういう意味じゃなねぇよ! バーカ! バーカ! バッカじゃねぇーの!!
バーカ、バーカ!
話の流れでどういう意味かくらい考えろよなっ! もう、ホントバカ! どいつもこいつもバカばっか!
俺が言ってんのは“こいつが持ってる情報が欲しい”って、そういう意味で言ってんの!?
分かる? ってか分かれよなそれくらい!! もう、ホントバカ!」
俺が周囲の誤解を解こうと、必死で捲し立てる中、ふいに誰かが噴き出す声が聞こえた。
声のした方へと顔を向ければ……
「ぷっ! ぶははははははっ!!
じょ、冗談だよ、冗談! んなこたぁ、言われなくても分かってるっつーの……
なにもそんな必死にならなくてもよぉ……ぶっ、ぶははははっ!
なんだ? 焦ってたってこたぁ、実は図星とかなんじゃねぇーのか?」
ヴァルターの奴がバカ笑いしていた。
そこでようやく、俺は自分がヴァルターに担がれていたのだと気がついた。
「なっ、なっ、なっ……」
一瞬、頭が真っ白になって“なっ”という音した出せなくなってしまっていた。
「ぷっ、ロディフィス。オメェがここまで慌てるなんてな。
なんだ、存外子供らしいところもあるじゃねぇか、ぷくくっ」
「バ、バル……だっだめですよ……そんな、に笑っては……
た、確かに、ロディフィスが、ここまで……取り乱すのも、大変、珍しいですが……くくっ」
「てめぇだってノリノリで乗っかってたじゃねぇか……ぷぷっ。
笑いながら言っても、説得力なんてねぇーっての……」
「いつも我知り顔で踏ん反り返ってるロディフィスが、顔を真っ赤にしてあたふたしてるってのも新鮮な光景だね」
「どうせこいつの事だから普段から、人のこと小バカしてからかってんだろ?
そのくせ、やられるのは弱いとか……まぁ、たまにはいい薬なんじゃねぇの?」
「だね」
「フィー君……不潔……」
ヴァルターがタネ明かしをした時点で、他の連中からも笑い声が聞こえて来た。
……つまり、あれか?
みんなヴァルターの意図に気づいて、流れに乗っかって俺の事をからかっていた、とそういう事か?
村長も神父様も先生もイスュも、お前ら全員敵だっ! ちくしょー!
ってか、先生とイスュそんなに面識ないはずなのに、いつの間に仲良くなってんだよ!
大体、メル姉ぇだけたぶん話の流れ分かってないだろっこれ!
「むむむむむむむむ、むがぁぁーーー!!」
俺はやり場のないこの怒りの矛先を、取り敢えず元凶であるヴァルターへと向けることにした。
こいつはこの場でぶん殴るっ!
まっすぐ行ってぶん殴るっ!
右ストレートでぶん殴るっ!
と、俺がヴァルターへと勢い良く襲い掛かった瞬間、何者かによって首根っこを掴まれ、ヒョイと宙へと持ち上げられてしまった。
本日二度目の宙吊りである。
「はぁ~、まったく普段の自分の行いを顧みろ。
“切っ先を向けていいのは、向けられる覚悟がある者だけだ”と、教えただろう。
因果応報というものだ、諦めろ」
声の調子から、俺を持ち上げているのはクマのおっさんであるらしい。
そういえば、クマのおっさんだけは俺の事をからかわなかったな……よしっ! 今度なんかいいもんでも奢ってやろう!
だが、他の奴等は許さんっ! 覚えていろよ……
ああ、メル姉ぇにはあとでしっかりと誤解を解いておかないとな。俺のこかん……もとい、沽券に関わる問題だからな。
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
俺は吊るされた状態のまま、ヴァルターに向かって呻って威嚇。ついでに、そのままシュッシュッと拳を突き出しワンツー。
「で? 坊主、知りたいことってのは何だよ?」
そんな俺に、ヴァルターは勝ち誇ったようなドヤ顔を見せた。正直、イラッとする。
これは多分、さっきのハサミ虫くんの刑に対する意趣返しなのだろう。
一矢報いた、とほくそ笑んでいるのだこいつは。
……なんだか、こいつから話を聞くのが嫌になってきたなぁ。
「……」
「なんだ? 何か聞きたかったんじゃないのか? ん~?」
俺が黙ったままでいると、ヴァルターのドヤ顔に拍車がかった。こいつ……
俺が何を聞きたいか分かってて煽ってやがるな?
イラッ! を通り越してムカッ! に変わる。が、現状俺が知りたいことを知っているのは、おそらくヴァルターだけだろう。
このまま吊るされっぱなしってもの締まらない話なので、俺はクマのおっさんに頼んで降ろしてもらうことにした。
「ちっ! お前に聞くってのがなんだか癪な気もするが、しゃーない……
取り敢えず、お前が知っていることすべて吐け。
特に領主関連については細かくな。
どうせ近くうろついていろいろ知ってんだろ?」
「そりゃまぁな……だが、それをホイホイ答えてやる義理はないよなぁ?」
その俺の問いかけにヴァルターがニヤリと嫌な笑みを浮かべて見せた。
まぁ、こういう反応が返って来ることくらい予想はしていた。
要は“情報料”をよこせってことだ。
むしろ、ヴァルターが切り出さなければ、こちらから振っていた話題な訳だしな。問題はない。
「で、いくらなら話すんだ?」
「へぇ~、話が分かるじゃねぇか坊主……
そうだな……一〇〇万」
ヴァルターは、まるで人を値踏みするような目で、じろりと見ると、そうポツリと呟いた。
まったく……嫌な目をする。しかし……
一〇〇万リルダ……か。
最近は村の内職も売り上げが右肩下がりとなり、今では作業員さん一人当たりの配当が一万リルダ程度まで落ち込んでしまっていた。
これは単純にパクリ商品の流通量が増加したからという理由だけでなく、作業者をローテーションさせているためでもある。
村の人口が増えたので、なるべく多くの人たちに均等に雇用の機会を与えようとしたらこれしか方法が思い付かなかったのだ。
結果、一人当たりの収入は減ってしまうことになった。それでもまぁ、村で生活をする分には十分な稼ぎであるといえるんだがな。
それを踏まえて考えるに情報料一〇〇万リルダを高いと見るか安いと見るか……単純に考えて作業員一〇〇人分の給料だ。安いってことはないだろう。
正直、情報料の相場なんて知りもしないが、確実に分かる事と言えば、この一〇〇万という額が間違いなく“盛っている”ということくらいなものだ。もしくは、端から取引なんてするつもりがないか、だな。
どちらにしたところで、適正価格から交渉するなんて者は、まずいない。
基本、初めにあり得ない額を提示してから、自分に取って有利な金額へと誘導して行くのが交渉の基本なのだ。
海外、とくに発展途上国での買い物なんて、交渉することが前提で値段を付けていることも少なくないのだ。
場合によっては、値札すら付いていない時だってある。
提示された金額をまるまる信じて鵜のみにすると酷い目に遭う、ということだ。
が、しかし……
俺は、ちらりと村長の方へと視線を向けた。
「お前の好きにしな。本を正せばお前が稼いだ様なもんなんだからな。
お前がいなけりゃ初めから無かったものだ。
それを俺がとやかく言うのは筋が通らねぇ、そうだろ?」
つまりは、俺に一任してくれる、ということらしい。
神父様も、特に何も言わずに頷いていて、他の連中も特に依存はないらしい。
俺がいうのもなんだが、よくもまぁガキに大金を任せられるものだと思ってしまう。
それが信用の表れだとするなら、なんとも嬉しい話ではないか。
だからこそ、その信用には報いたいと思うし、悪い結果にはしたくないと思うのだ。
「……分かった、一〇〇万リルダ払ってやるよ」
俺は、ヴァルターへと向き直ると、はっきりとそう告げたのだった。
俺が近づくと、ヴァルターは腕を組み足を組み、俺の事を見下ろして来た。
さっきまで半泣きだったくせに、安全が確保されたからってなんか急に態度がでかくなったなこいつ。
もう一度、立場ってものを分からせてやろうか? まぁ、いいや。
「なに……お前が“欲しい”って話さ」
遠回りに話すのも面倒だったので、俺は単刀直入にそう言った。
こいつはこれで領主の身近にいた人間だ。
言動から領主に対して好感を抱いている訳ではないようだが、何故か領主の部下の部下に成り下がっている。不思議な奴だ。
ヴァルターには、こちらの情報が半分ほど握られている。いくら本人が“義賊”だと語ろうが、“敵対するつもりはない”と言おうが味方でない以上、放置しておくのはやっぱり危険だし俺の精神衛生上よろしくない。
やはりそこにはどうしても不安が付き纏うのだ。
現状、ヴァルターとの関係に“信頼”の“し”の字もないのだから、ぶっちゃけ“敵”と大して違いはない。
だが、そんな危険因子を効果的に無力化する方法というのは存在する。
それは、味方に引き込むことだ。
別に領主に忠義を持って仕えている、という事ではないようだから、こちら側に抱え込むことも出来るのではないか、と俺は考えたのだ。
人と人との結びつきで最も強力なのは“絆”だという。で、次に強いのは“金”だ。
こいつにいくらか掴ませて、買収して子飼いの諜報員にしようというのだ。
甘い蜜を吸えている間は、これでまず裏切らないだろう。
金で動くというのなら、むしろそっちの方が信頼出来るくらいだからな。その手合いは、金で繋がっているうちは決して裏切らないものなのだ。
“義賊”なんて言ってはいるが、やっていることは賊と変わらないし、金の使い道をはっきり言わなかったあたり、何かしらまとまった金額が必要なのではないだろうかと俺は思っている。
仮に、鼠小僧の様に民衆にバラまいているのなら、そう言えばいいだけの事だしな。
まぁ、少なくとも盗んだ金で私腹を肥やすような真似はしていないだろう。
もしそんな事をしていれば、“義賊”なんて言葉を口にした時点でメル姉ぇにバレる。
なにより、我が村には買収を可能とするだけの蓄えもあるしなっ!
まぁ、目ん玉飛び出るくらい高額でなければ……だけど。
だが……人の結びつきで最も弱い物もまた“金”だというからなぁ……
そこは、一長一短といったところだろう。扱いは慎重に、だ。
今は少しでも情報が欲しい。それもなるべく鮮度の高い新鮮な情報をだ。
そういう意味では、ヴァルターの立ち位置、存在というのはまさに打って付けなのだ。
まぁ、情報を引き出すという意味だけなら、再度拷も……げふっげふっ……お仕置き付きの取り調べをしてもいいのだが、そこから得られる情報は一過性に過ぎず、長期視野で考えた場合やはり味方に引き込んでおく方が得策といえる。
と、そういう事を考えての発言だったのだが、何やら周囲の空気が微妙におかしい感じがした……なんだ?
みんなして黙りこくって、俺の事をじっと見て……俺が美少年過ぎてずっと見ていたいって気持ちも分からなくはないが、って違うな、きっと。
そんな奇妙な静けさの中、一番に口を開いたのはヴァルターだった。
「まっ、まぁ……俺がいい男ってのは俺が一番分かってることだが、だからって急にんなこと言われてもな……正直困るって言うか、大体お前、男だろ?
俺はそんな趣味はないって言うか……なぁ?」
……なに言ってんだこいつ?
突然、自分の事を“いい男”とか言い出して、頭大丈夫か?
「おめぇは俺と同じおっぱい野郎だとばかり思ってたんだが……まさか両方いけるクチだとわな……参ったねぇ~こりゃ」
「は? 何言って……」
「人の趣味趣向に口を挟むものでもないのかもしれませんが……私はロディフィス、キミには真っ当な人の道を歩んで欲しいものだと、切に願いますよ」
「ちょっ、神父様まで何言って……」
「ごめんねロディフィス。ボクもそういうのは普通な方だから、ちょっと……」
「俺まだ何にも言ってなんよね!? なんでこう“フラれた”みたいな感じて言ってんの先生っ!?」
「フィー君……不潔……」
「だから何がっ!」
ヴァルターの発言を皮切りに、今まで黙っていた面々が次々と口を開き始めたのだった。
しかも、いまいち何を言っているのか訳が分か……
「あっ……」
と、思った刹那、俺の脳裏にちょっと前の自分のセリフが脳内でフラッシュバックしたのだった。
“お前が欲しい”“お前が欲しい”“お前が欲しい”……“お前の事が、好きだったんだよっ!!”
あれ? もしかしなくても、そういう意味に取られたのか!? えっ! まさかのホ〇認定!?
「ちっ、違……っ! そういう意味じゃなねぇよ! バーカ! バーカ! バッカじゃねぇーの!!
バーカ、バーカ!
話の流れでどういう意味かくらい考えろよなっ! もう、ホントバカ! どいつもこいつもバカばっか!
俺が言ってんのは“こいつが持ってる情報が欲しい”って、そういう意味で言ってんの!?
分かる? ってか分かれよなそれくらい!! もう、ホントバカ!」
俺が周囲の誤解を解こうと、必死で捲し立てる中、ふいに誰かが噴き出す声が聞こえた。
声のした方へと顔を向ければ……
「ぷっ! ぶははははははっ!!
じょ、冗談だよ、冗談! んなこたぁ、言われなくても分かってるっつーの……
なにもそんな必死にならなくてもよぉ……ぶっ、ぶははははっ!
なんだ? 焦ってたってこたぁ、実は図星とかなんじゃねぇーのか?」
ヴァルターの奴がバカ笑いしていた。
そこでようやく、俺は自分がヴァルターに担がれていたのだと気がついた。
「なっ、なっ、なっ……」
一瞬、頭が真っ白になって“なっ”という音した出せなくなってしまっていた。
「ぷっ、ロディフィス。オメェがここまで慌てるなんてな。
なんだ、存外子供らしいところもあるじゃねぇか、ぷくくっ」
「バ、バル……だっだめですよ……そんな、に笑っては……
た、確かに、ロディフィスが、ここまで……取り乱すのも、大変、珍しいですが……くくっ」
「てめぇだってノリノリで乗っかってたじゃねぇか……ぷぷっ。
笑いながら言っても、説得力なんてねぇーっての……」
「いつも我知り顔で踏ん反り返ってるロディフィスが、顔を真っ赤にしてあたふたしてるってのも新鮮な光景だね」
「どうせこいつの事だから普段から、人のこと小バカしてからかってんだろ?
そのくせ、やられるのは弱いとか……まぁ、たまにはいい薬なんじゃねぇの?」
「だね」
「フィー君……不潔……」
ヴァルターがタネ明かしをした時点で、他の連中からも笑い声が聞こえて来た。
……つまり、あれか?
みんなヴァルターの意図に気づいて、流れに乗っかって俺の事をからかっていた、とそういう事か?
村長も神父様も先生もイスュも、お前ら全員敵だっ! ちくしょー!
ってか、先生とイスュそんなに面識ないはずなのに、いつの間に仲良くなってんだよ!
大体、メル姉ぇだけたぶん話の流れ分かってないだろっこれ!
「むむむむむむむむ、むがぁぁーーー!!」
俺はやり場のないこの怒りの矛先を、取り敢えず元凶であるヴァルターへと向けることにした。
こいつはこの場でぶん殴るっ!
まっすぐ行ってぶん殴るっ!
右ストレートでぶん殴るっ!
と、俺がヴァルターへと勢い良く襲い掛かった瞬間、何者かによって首根っこを掴まれ、ヒョイと宙へと持ち上げられてしまった。
本日二度目の宙吊りである。
「はぁ~、まったく普段の自分の行いを顧みろ。
“切っ先を向けていいのは、向けられる覚悟がある者だけだ”と、教えただろう。
因果応報というものだ、諦めろ」
声の調子から、俺を持ち上げているのはクマのおっさんであるらしい。
そういえば、クマのおっさんだけは俺の事をからかわなかったな……よしっ! 今度なんかいいもんでも奢ってやろう!
だが、他の奴等は許さんっ! 覚えていろよ……
ああ、メル姉ぇにはあとでしっかりと誤解を解いておかないとな。俺のこかん……もとい、沽券に関わる問題だからな。
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
俺は吊るされた状態のまま、ヴァルターに向かって呻って威嚇。ついでに、そのままシュッシュッと拳を突き出しワンツー。
「で? 坊主、知りたいことってのは何だよ?」
そんな俺に、ヴァルターは勝ち誇ったようなドヤ顔を見せた。正直、イラッとする。
これは多分、さっきのハサミ虫くんの刑に対する意趣返しなのだろう。
一矢報いた、とほくそ笑んでいるのだこいつは。
……なんだか、こいつから話を聞くのが嫌になってきたなぁ。
「……」
「なんだ? 何か聞きたかったんじゃないのか? ん~?」
俺が黙ったままでいると、ヴァルターのドヤ顔に拍車がかった。こいつ……
俺が何を聞きたいか分かってて煽ってやがるな?
イラッ! を通り越してムカッ! に変わる。が、現状俺が知りたいことを知っているのは、おそらくヴァルターだけだろう。
このまま吊るされっぱなしってもの締まらない話なので、俺はクマのおっさんに頼んで降ろしてもらうことにした。
「ちっ! お前に聞くってのがなんだか癪な気もするが、しゃーない……
取り敢えず、お前が知っていることすべて吐け。
特に領主関連については細かくな。
どうせ近くうろついていろいろ知ってんだろ?」
「そりゃまぁな……だが、それをホイホイ答えてやる義理はないよなぁ?」
その俺の問いかけにヴァルターがニヤリと嫌な笑みを浮かべて見せた。
まぁ、こういう反応が返って来ることくらい予想はしていた。
要は“情報料”をよこせってことだ。
むしろ、ヴァルターが切り出さなければ、こちらから振っていた話題な訳だしな。問題はない。
「で、いくらなら話すんだ?」
「へぇ~、話が分かるじゃねぇか坊主……
そうだな……一〇〇万」
ヴァルターは、まるで人を値踏みするような目で、じろりと見ると、そうポツリと呟いた。
まったく……嫌な目をする。しかし……
一〇〇万リルダ……か。
最近は村の内職も売り上げが右肩下がりとなり、今では作業員さん一人当たりの配当が一万リルダ程度まで落ち込んでしまっていた。
これは単純にパクリ商品の流通量が増加したからという理由だけでなく、作業者をローテーションさせているためでもある。
村の人口が増えたので、なるべく多くの人たちに均等に雇用の機会を与えようとしたらこれしか方法が思い付かなかったのだ。
結果、一人当たりの収入は減ってしまうことになった。それでもまぁ、村で生活をする分には十分な稼ぎであるといえるんだがな。
それを踏まえて考えるに情報料一〇〇万リルダを高いと見るか安いと見るか……単純に考えて作業員一〇〇人分の給料だ。安いってことはないだろう。
正直、情報料の相場なんて知りもしないが、確実に分かる事と言えば、この一〇〇万という額が間違いなく“盛っている”ということくらいなものだ。もしくは、端から取引なんてするつもりがないか、だな。
どちらにしたところで、適正価格から交渉するなんて者は、まずいない。
基本、初めにあり得ない額を提示してから、自分に取って有利な金額へと誘導して行くのが交渉の基本なのだ。
海外、とくに発展途上国での買い物なんて、交渉することが前提で値段を付けていることも少なくないのだ。
場合によっては、値札すら付いていない時だってある。
提示された金額をまるまる信じて鵜のみにすると酷い目に遭う、ということだ。
が、しかし……
俺は、ちらりと村長の方へと視線を向けた。
「お前の好きにしな。本を正せばお前が稼いだ様なもんなんだからな。
お前がいなけりゃ初めから無かったものだ。
それを俺がとやかく言うのは筋が通らねぇ、そうだろ?」
つまりは、俺に一任してくれる、ということらしい。
神父様も、特に何も言わずに頷いていて、他の連中も特に依存はないらしい。
俺がいうのもなんだが、よくもまぁガキに大金を任せられるものだと思ってしまう。
それが信用の表れだとするなら、なんとも嬉しい話ではないか。
だからこそ、その信用には報いたいと思うし、悪い結果にはしたくないと思うのだ。
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