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84話 アストリアス王国
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ヴァルターから聞いた、我がスレーベン領の現状とは、そりゃもう惨憺たるものだった。
貴族による専制政治に圧政に汚職と、かなり好き勝手にやってくれているらしい……詰んでんじゃん、スレーベン領……
この流れだと、圧政に苦しむ民衆に暴動起こされるって未来しか見えん……
一瞬、民衆が手に手に鍬やら鋤やらを持って暴徒となる光景を想像して、眩暈と片頭痛が同時に襲ってきたような錯覚を覚えた。
戦争なんて嫌だよ? 俺はまったりゆったり暮らしたいのっ! 分かる、この罪の重さ!
んでもって、近隣の地域はどこもかしこも五十歩百な状態だというのだから、もうお手上げだ。
なんでも、中央……つまりは王都から離れれば離れるほど、政治腐敗は度を増し収拾のつかない状態にまで発展してしまっている領地が複数存在しているというのだ。
まぁ、その中でもスレーベン領の治世の悪さは断トツらしいがな……ここの領主は何やってんだか……
悪い事をするにしても、もっとうまくやれといいたい。
くそっ! 今まで案外のほほんと暮らすことが出来て、いい感じだったってのに、生まれた場所でババを引かされたってことかよ。生まれを選べぬ不幸ってやつだな。
別に今の両親や、この村に特別な不満はないのだが、ケチをつけるなら領主が無能過ぎることか。
ってか、国……というか国王サマはこういった状況を何故に放置しているのだろうか?
普通、国民を虐げる貴族の暴走を止めるのが国王の務めだろうに……
もしや、国王が率先してこんな歪んだ貴族主義的社会を作っているというなら、それはもうアストリアス王国が既に終わっているということだ。
金があるうちに、村人全員連れて何処か別の治安の良さげな国に逃げてしまった方がいいくらいだ。
ん? ヴァルターへの報酬?
んなもん手切れ金に多少色をつけて一括返済したら、即さよならバイバイだっ!
てなわけで、早速情報通っぽいヴァルター諜報員に話を聞くと、これまた興味深い話が返って来た。
まぁ、要約すると次のような感じだ。
現在、アストリアス王国には大きく分けて三つの勢力が存在しているのだという。
一つは王族と古くからある貴族、所謂“名家”と呼ばれる爵位の高い大貴族を中心とした勢力。
一つは、爵位の低い中堅、新参を中心とした新興貴族の勢力。
そして、聖王教会という宗教勢力。
この三つだ。
一つ目の王族と大貴族を中心とする勢力は、所謂保守派勢力で“古い考えを大事にしましょう”というこうを謳っている勢力である。
保守派といっても、別に極端な右巻きな姿勢をしているとかそういう訳ではない。
“古い考え”というのは、簡単にいってしまえば“建国理念”だとか“貴族の存在意義”を忘れることなく大切に守っていましょう、ってことだ。
この“古い考え”というのを理解するには、まずアストリアス王国の歴史を知る必要がある。
アストリアス王国の始まりは今から五〇〇年ほど前まで遡ることになる。
当時はまだ無数の小国が密集しているような状態で、領土、国境を起因とする紛争があとを絶たなかった。
この国の基礎となったのは、そんな戦乱の世の中で生まれた小さな集団だった。
それが、次第に大きくなって出来上がったのが今のアストリアス王国なのである。
これは、聖王教会が配布している教典? 聖書? まぁどっちでもいいのだが、にも建国記として記されている。この国で生まれた人間なら誰もが知っているこの国の歴史だな。
この小さな集団の中心にいた人物こそが、聖王教会の象徴となっている聖王その人な訳だ。
当時はまだ聖王と呼ばれていた訳ではないらしいが、とにかくこの人物が掲げていた理念に人々が感銘を受け、そして魅了されていった。
聖王が人々に解いて回ったのは、ホント単純な事だった。
“ただ平穏に暮らしたい人々が、戦争なんかで傷付くような、悲しむようなバカげたことがあっていいはずがない。だから、誰もが平和に暮らせる国を造りたい”
それだけだ。まぁ、真理ではあるんだけどな……
教典だか聖書には、この件が長々と書かれてはいるのだが、ざっくりと要約するとそんな感じだ。
で、ここからヒロイックサーガのテンプレがスタートする訳だ。
聖王自身は、別に知略に優れている訳でもなければ、無双な豪傑だった訳でもないらしい。
ホントただ普通の人だった、といわれている。家柄だけは良かったらしいが、詳しくは分からない。
なにせ、この聖王、まず、本名が不明だ。文献には“聖王”もしくは“真なる王”とか出て来るだけで、個人を特定できる名前が出てこないのだ。
しかも、“王”なんて呼ばれているが、男だったのか女だったのかもよく分かっていない。
とにかく……
時代は群雄割拠入り乱れての天下分け目の戦国時代。
右も左も、あっちもこっちも、戦争戦争戦争戦争……
いい加減、戦争に疲れた人たちには彼の……いや、彼女なのかもしれないが、とにかく聖王の言葉はさぞや民衆の琴線に触れたことだろう。
で、あっ、という間に大人気。
聖王の考えに共感した人たちが、国を越えて地域を越えて、わんさかと聖王の下に集まって来た。
その中にはそりゃもう優秀な人たちがゴロゴロいたそうだ。
武芸に秀でた者に、知略に優れた者、魔術に長けた者、他にも戦争を嫌った芸術家やらなんやらかんやら……
そうして、一大勢力が勝手に出来あがり、その有り余る兵力を駆使し、近隣諸国を次々と平定、支配下に置いていった。
当時の戦争は、基本的に自国の兵士を戦わせるのではなく、奴隷兵を使い行っていたらしい。
正規の兵士は、奴隷兵がちゃんと戦っているかの見張りをしているくらいだったそうだ。
しかしこの聖王、奴隷解放も声高に唱えていて、投降するなら無条件で受け入れる、というスタンスを貫いていた。
結果、聖王の部隊が近づいただけで敵の奴隷兵が我先にと、押し掛けるようにして投降してしまったものだから、最早戦争どころではなかっただろう。
この所為というか、お陰というのか……無血で陥落させられた国も少なくないのだとか……
で、そんなこんなで戦争している国を片っ端から鎮めていったら、気づいた時にはもう戦争を起こすような国がなくなっていた。
こうして、全ての戦争を力技と運で平定した聖王は、支配下においた領土にあたらしい国を造ることにした。
遂に、念願の戦争のない国を手に入れることが出来た訳だ。
余談だが、アストリアス王国には実に多くの人種がいる。
そのほとんどは、所謂“白人系”だが、中には黒人っぽい人や、アラブ系の彫りの深い顔立ちの人、それにアジアっぽい人も少数いる。あとは、それらのハーフとか。
これは、近隣諸国を次から次へと吸収し、剰え、奴隷兵すら臣民として受け入れていったその結果だろう。
当時の奴隷兵は、かなり遠くの土地から労働力として“人狩り”で連れて来られた人が大半なのだ。
イスュの隊商にも、そういった白人系以外の人がちらほらいるからな。
で、誰しもが初代国王には聖王が就くものと思っていたが、驚くことに聖王はこれを辞退している。
代わりに、聖王を身近で支えた八人の騎士の中から一人の男を国王に推薦したのだ。
それがアストリアス王国初代国王、ハリオース・エンデュリオ・アストリアス一世だ。
で、残りの七人の騎士も大公となり、聖王の“戦争のない国”という理想を引き継ぎ、国を、民を守る騎士となる事を聖王に宣誓するのだ。
この七人の騎士の家系は今でも存在していて、貴族のトップに君臨している。
なにせ大公だ。国王の次に偉いのだ。そして、大公の爵位を持つのはこの七つの家系以外には存在せず、この七つの大公家はまとめて、大公七家と呼ばれている。
ちなみに、騎士の最高位“聖騎士”を名乗ることを許されているのも、この大公七家だけなのである。
アストリアス王国の礎を築いたのが聖王であり、その意思を次いで発展させてきたのが聖王に仕えていた八人の騎士たちなのだ。その内の一人は国王になった訳だが……
つまり、アストリアス王国の“建国理念”とは、“戦争のない国を造る事”であり、“貴族の存在意義”とは“民の生命や財産を守るための剣と盾”だという考えなのだ。
貴族が負う義務ってやつなんだろうな、たぶん。
ぐぅの音も出ない程の正論、かつ綺麗ごと過ぎて若干引く……
とはいえ、教典に書かれているからといって、すべてが真実という訳でもないだろう。
話を感動的なものにする為に、多少盛っているだろうから、そこは話半分に聞いておけばいい。
だが、王族及びこの大公七家が専制政治ながら善政を敷いているのは確かなようで、彼らが治めている領地は治世も治安も頗る良好なんだとか。
貴族の最高位という事もあって、周辺の領地にも睨みが効き、周囲の貴族も大人しくしているのだそうだ。
で、問題なのが二つ目の新興貴族の勢力だ。
こいつらは、アストリアス王国が建国されて随分経ったあとに、武勲や何かの功績で貴族入りした者たちなのだ。
だから、建国時の苦労を知らず、故に貴族としての誇りも持っていないのだと、ヴァルターは言う。
まぁ、でっかい権力を手に入れて人より偉くなった、ぐらいにしか思っていないのだろう。
特に最近では、世の中が平和になったことも相まって、“民を守る”という貴族の存在意義が希薄になってしまっているというのもあるのかもしれない。
だから、直ぐに圧政だ、搾取だ、と私利私欲に走ってしまいがちなのだろう。
勿論、そんな新興貴族ばかりではないが、そういう輩が多いのだという。
大公七家以外にも、アストリアス王国が建国された際に貴族になった者たちもいるので、そういった古い貴族たちが目を光らせてはいるが、如何せん新興貴族の方が圧倒的に多いのですべてを監視する、という訳には、なかなかいかないらしい。
特に大公七家を始めとした旧家は王都の近くに領地を持っているので、うちの様な国の端っこにある田舎領地の面倒まで見れないというのが実情なんだとか。
特に金に目のくらんだ者は、進んで辺境の領土を欲しがるという。
監視の目を盗んで好き勝手やるためだ。
一昔前は、まだ国王の権威でそういった不届きな輩を抑える事も出来ていた様なのだが、最近ではその国王様の権威が弱まっているのだとか……
ヴァルターの話では、なんでも国王様は十年くらい前から病床に臥せっているらしいのだ。
世継ぎ、というか子どももいるにはいるらしいが、まだ小さく政治を任せられる年ではない。
故に、今のアストリアス王国の意思決定は国王の弟である王弟が行い、政治や諸侯を取りまとめているらしい。
なるほど、国が動かない、というか動けない理由はそれだったのか。
良くも悪くも、君主政治の場合、国王様が指示を出さなければ何も始まらないからな……
だったら弟なんとかせぇーやっ! と思わなくもないがな。
で、最後の三つ目がアストリアス王国建国の立役者、聖王を崇拝している聖王教会だ。
神父様が所属している勢力がここになる。
聖王教会の始まりは、国王を辞退した聖王を、政治とは関係のない国の象徴として捉え、その理念や考え方を、世の人々に、そして後世に伝える為に生まれたものらしい。
しかし、聖王教会には、聖王が諸国を説法しながら巡業したという資料は残っているらしいが、聖王自身が聖王教会に属していたという明確な資料はないのだとか。
つまり、聖王自身が生きていた時代に、聖王教会はまだなく、死後に誰かが作ったのではないか、というのが今のところ有力な学説なんだとか。
なんかキリスト教みたいだな……と思わなくもない。
しかも、聖王教会に所蔵されている資料を最後に、聖王の姿は歴史上からぱったりと消えてしまうのだ。
本当に謎の多い人物である。
歴史学者の中には、“聖王なる人物は存在せず、架空の人物だ”と主張する者もいるらしいのだが、総すかんを食うか、言葉で袋叩きにされるかのどっちかなんだとか。
建国後、五〇〇年ほど経った今でも、聖王の支持率は非常に高いのだ。
とまぁ、アストリアス王国の現在の勢力はそんな感じな訳だ。
勿論、というのもなんだか嫌な話だが、スレーベン領の領主サマは勢力二の“中堅、新参勢力”に分類されるらしい。
今の代で三代目の比較的歴史の浅い貴族なんだとか。
先代の領主は、大層ご立派な方だったらしいが、その子供は使い物にならないポンコツだった、という訳か……
俺は、ヴァルターから一通りの話を聞いて、重たくでっかいため息を吐いた。
こんな無理ゲーどうしろと……
もう夜逃げか?
村人総出で夜逃げするしかないのか?
なんて本気で考えてしまった……
貴族による専制政治に圧政に汚職と、かなり好き勝手にやってくれているらしい……詰んでんじゃん、スレーベン領……
この流れだと、圧政に苦しむ民衆に暴動起こされるって未来しか見えん……
一瞬、民衆が手に手に鍬やら鋤やらを持って暴徒となる光景を想像して、眩暈と片頭痛が同時に襲ってきたような錯覚を覚えた。
戦争なんて嫌だよ? 俺はまったりゆったり暮らしたいのっ! 分かる、この罪の重さ!
んでもって、近隣の地域はどこもかしこも五十歩百な状態だというのだから、もうお手上げだ。
なんでも、中央……つまりは王都から離れれば離れるほど、政治腐敗は度を増し収拾のつかない状態にまで発展してしまっている領地が複数存在しているというのだ。
まぁ、その中でもスレーベン領の治世の悪さは断トツらしいがな……ここの領主は何やってんだか……
悪い事をするにしても、もっとうまくやれといいたい。
くそっ! 今まで案外のほほんと暮らすことが出来て、いい感じだったってのに、生まれた場所でババを引かされたってことかよ。生まれを選べぬ不幸ってやつだな。
別に今の両親や、この村に特別な不満はないのだが、ケチをつけるなら領主が無能過ぎることか。
ってか、国……というか国王サマはこういった状況を何故に放置しているのだろうか?
普通、国民を虐げる貴族の暴走を止めるのが国王の務めだろうに……
もしや、国王が率先してこんな歪んだ貴族主義的社会を作っているというなら、それはもうアストリアス王国が既に終わっているということだ。
金があるうちに、村人全員連れて何処か別の治安の良さげな国に逃げてしまった方がいいくらいだ。
ん? ヴァルターへの報酬?
んなもん手切れ金に多少色をつけて一括返済したら、即さよならバイバイだっ!
てなわけで、早速情報通っぽいヴァルター諜報員に話を聞くと、これまた興味深い話が返って来た。
まぁ、要約すると次のような感じだ。
現在、アストリアス王国には大きく分けて三つの勢力が存在しているのだという。
一つは王族と古くからある貴族、所謂“名家”と呼ばれる爵位の高い大貴族を中心とした勢力。
一つは、爵位の低い中堅、新参を中心とした新興貴族の勢力。
そして、聖王教会という宗教勢力。
この三つだ。
一つ目の王族と大貴族を中心とする勢力は、所謂保守派勢力で“古い考えを大事にしましょう”というこうを謳っている勢力である。
保守派といっても、別に極端な右巻きな姿勢をしているとかそういう訳ではない。
“古い考え”というのは、簡単にいってしまえば“建国理念”だとか“貴族の存在意義”を忘れることなく大切に守っていましょう、ってことだ。
この“古い考え”というのを理解するには、まずアストリアス王国の歴史を知る必要がある。
アストリアス王国の始まりは今から五〇〇年ほど前まで遡ることになる。
当時はまだ無数の小国が密集しているような状態で、領土、国境を起因とする紛争があとを絶たなかった。
この国の基礎となったのは、そんな戦乱の世の中で生まれた小さな集団だった。
それが、次第に大きくなって出来上がったのが今のアストリアス王国なのである。
これは、聖王教会が配布している教典? 聖書? まぁどっちでもいいのだが、にも建国記として記されている。この国で生まれた人間なら誰もが知っているこの国の歴史だな。
この小さな集団の中心にいた人物こそが、聖王教会の象徴となっている聖王その人な訳だ。
当時はまだ聖王と呼ばれていた訳ではないらしいが、とにかくこの人物が掲げていた理念に人々が感銘を受け、そして魅了されていった。
聖王が人々に解いて回ったのは、ホント単純な事だった。
“ただ平穏に暮らしたい人々が、戦争なんかで傷付くような、悲しむようなバカげたことがあっていいはずがない。だから、誰もが平和に暮らせる国を造りたい”
それだけだ。まぁ、真理ではあるんだけどな……
教典だか聖書には、この件が長々と書かれてはいるのだが、ざっくりと要約するとそんな感じだ。
で、ここからヒロイックサーガのテンプレがスタートする訳だ。
聖王自身は、別に知略に優れている訳でもなければ、無双な豪傑だった訳でもないらしい。
ホントただ普通の人だった、といわれている。家柄だけは良かったらしいが、詳しくは分からない。
なにせ、この聖王、まず、本名が不明だ。文献には“聖王”もしくは“真なる王”とか出て来るだけで、個人を特定できる名前が出てこないのだ。
しかも、“王”なんて呼ばれているが、男だったのか女だったのかもよく分かっていない。
とにかく……
時代は群雄割拠入り乱れての天下分け目の戦国時代。
右も左も、あっちもこっちも、戦争戦争戦争戦争……
いい加減、戦争に疲れた人たちには彼の……いや、彼女なのかもしれないが、とにかく聖王の言葉はさぞや民衆の琴線に触れたことだろう。
で、あっ、という間に大人気。
聖王の考えに共感した人たちが、国を越えて地域を越えて、わんさかと聖王の下に集まって来た。
その中にはそりゃもう優秀な人たちがゴロゴロいたそうだ。
武芸に秀でた者に、知略に優れた者、魔術に長けた者、他にも戦争を嫌った芸術家やらなんやらかんやら……
そうして、一大勢力が勝手に出来あがり、その有り余る兵力を駆使し、近隣諸国を次々と平定、支配下に置いていった。
当時の戦争は、基本的に自国の兵士を戦わせるのではなく、奴隷兵を使い行っていたらしい。
正規の兵士は、奴隷兵がちゃんと戦っているかの見張りをしているくらいだったそうだ。
しかしこの聖王、奴隷解放も声高に唱えていて、投降するなら無条件で受け入れる、というスタンスを貫いていた。
結果、聖王の部隊が近づいただけで敵の奴隷兵が我先にと、押し掛けるようにして投降してしまったものだから、最早戦争どころではなかっただろう。
この所為というか、お陰というのか……無血で陥落させられた国も少なくないのだとか……
で、そんなこんなで戦争している国を片っ端から鎮めていったら、気づいた時にはもう戦争を起こすような国がなくなっていた。
こうして、全ての戦争を力技と運で平定した聖王は、支配下においた領土にあたらしい国を造ることにした。
遂に、念願の戦争のない国を手に入れることが出来た訳だ。
余談だが、アストリアス王国には実に多くの人種がいる。
そのほとんどは、所謂“白人系”だが、中には黒人っぽい人や、アラブ系の彫りの深い顔立ちの人、それにアジアっぽい人も少数いる。あとは、それらのハーフとか。
これは、近隣諸国を次から次へと吸収し、剰え、奴隷兵すら臣民として受け入れていったその結果だろう。
当時の奴隷兵は、かなり遠くの土地から労働力として“人狩り”で連れて来られた人が大半なのだ。
イスュの隊商にも、そういった白人系以外の人がちらほらいるからな。
で、誰しもが初代国王には聖王が就くものと思っていたが、驚くことに聖王はこれを辞退している。
代わりに、聖王を身近で支えた八人の騎士の中から一人の男を国王に推薦したのだ。
それがアストリアス王国初代国王、ハリオース・エンデュリオ・アストリアス一世だ。
で、残りの七人の騎士も大公となり、聖王の“戦争のない国”という理想を引き継ぎ、国を、民を守る騎士となる事を聖王に宣誓するのだ。
この七人の騎士の家系は今でも存在していて、貴族のトップに君臨している。
なにせ大公だ。国王の次に偉いのだ。そして、大公の爵位を持つのはこの七つの家系以外には存在せず、この七つの大公家はまとめて、大公七家と呼ばれている。
ちなみに、騎士の最高位“聖騎士”を名乗ることを許されているのも、この大公七家だけなのである。
アストリアス王国の礎を築いたのが聖王であり、その意思を次いで発展させてきたのが聖王に仕えていた八人の騎士たちなのだ。その内の一人は国王になった訳だが……
つまり、アストリアス王国の“建国理念”とは、“戦争のない国を造る事”であり、“貴族の存在意義”とは“民の生命や財産を守るための剣と盾”だという考えなのだ。
貴族が負う義務ってやつなんだろうな、たぶん。
ぐぅの音も出ない程の正論、かつ綺麗ごと過ぎて若干引く……
とはいえ、教典に書かれているからといって、すべてが真実という訳でもないだろう。
話を感動的なものにする為に、多少盛っているだろうから、そこは話半分に聞いておけばいい。
だが、王族及びこの大公七家が専制政治ながら善政を敷いているのは確かなようで、彼らが治めている領地は治世も治安も頗る良好なんだとか。
貴族の最高位という事もあって、周辺の領地にも睨みが効き、周囲の貴族も大人しくしているのだそうだ。
で、問題なのが二つ目の新興貴族の勢力だ。
こいつらは、アストリアス王国が建国されて随分経ったあとに、武勲や何かの功績で貴族入りした者たちなのだ。
だから、建国時の苦労を知らず、故に貴族としての誇りも持っていないのだと、ヴァルターは言う。
まぁ、でっかい権力を手に入れて人より偉くなった、ぐらいにしか思っていないのだろう。
特に最近では、世の中が平和になったことも相まって、“民を守る”という貴族の存在意義が希薄になってしまっているというのもあるのかもしれない。
だから、直ぐに圧政だ、搾取だ、と私利私欲に走ってしまいがちなのだろう。
勿論、そんな新興貴族ばかりではないが、そういう輩が多いのだという。
大公七家以外にも、アストリアス王国が建国された際に貴族になった者たちもいるので、そういった古い貴族たちが目を光らせてはいるが、如何せん新興貴族の方が圧倒的に多いのですべてを監視する、という訳には、なかなかいかないらしい。
特に大公七家を始めとした旧家は王都の近くに領地を持っているので、うちの様な国の端っこにある田舎領地の面倒まで見れないというのが実情なんだとか。
特に金に目のくらんだ者は、進んで辺境の領土を欲しがるという。
監視の目を盗んで好き勝手やるためだ。
一昔前は、まだ国王の権威でそういった不届きな輩を抑える事も出来ていた様なのだが、最近ではその国王様の権威が弱まっているのだとか……
ヴァルターの話では、なんでも国王様は十年くらい前から病床に臥せっているらしいのだ。
世継ぎ、というか子どももいるにはいるらしいが、まだ小さく政治を任せられる年ではない。
故に、今のアストリアス王国の意思決定は国王の弟である王弟が行い、政治や諸侯を取りまとめているらしい。
なるほど、国が動かない、というか動けない理由はそれだったのか。
良くも悪くも、君主政治の場合、国王様が指示を出さなければ何も始まらないからな……
だったら弟なんとかせぇーやっ! と思わなくもないがな。
で、最後の三つ目がアストリアス王国建国の立役者、聖王を崇拝している聖王教会だ。
神父様が所属している勢力がここになる。
聖王教会の始まりは、国王を辞退した聖王を、政治とは関係のない国の象徴として捉え、その理念や考え方を、世の人々に、そして後世に伝える為に生まれたものらしい。
しかし、聖王教会には、聖王が諸国を説法しながら巡業したという資料は残っているらしいが、聖王自身が聖王教会に属していたという明確な資料はないのだとか。
つまり、聖王自身が生きていた時代に、聖王教会はまだなく、死後に誰かが作ったのではないか、というのが今のところ有力な学説なんだとか。
なんかキリスト教みたいだな……と思わなくもない。
しかも、聖王教会に所蔵されている資料を最後に、聖王の姿は歴史上からぱったりと消えてしまうのだ。
本当に謎の多い人物である。
歴史学者の中には、“聖王なる人物は存在せず、架空の人物だ”と主張する者もいるらしいのだが、総すかんを食うか、言葉で袋叩きにされるかのどっちかなんだとか。
建国後、五〇〇年ほど経った今でも、聖王の支持率は非常に高いのだ。
とまぁ、アストリアス王国の現在の勢力はそんな感じな訳だ。
勿論、というのもなんだか嫌な話だが、スレーベン領の領主サマは勢力二の“中堅、新参勢力”に分類されるらしい。
今の代で三代目の比較的歴史の浅い貴族なんだとか。
先代の領主は、大層ご立派な方だったらしいが、その子供は使い物にならないポンコツだった、という訳か……
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