前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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88話 起死回生

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 助けを求めることも、逃げだすこともどちらも出来ないってのはなぁ……
 村民を少しずつ小分けにして移動させれば、可能かもしれないがそれでは手間とコストばかりが膨れてしまう。
 当然だが、人だろうがモノだろうが大量に一度に移動させた方がコストは安くなる。
 それに、残された者たちの負担が増えるというのも考えものだし、逃がした人たちが無事に目的地まで安全に辿り着けるかも不安だ。
 野盗に襲われたりだとか、道に迷ったりだとか、心配の種は尽きない。
 ここは路上で寝てても安全な日本とは違うのだ。
 その都度案内役兼護衛とかを雇えばいいのかもしれないが、そうすると更にコストがかさむ訳で……

 もうこなりゃ、みんな揃って隣国・ガルドホルン帝国にでも行くか?
 直線距離だけなら、下手をすると大公領に行くよりずっと近い。
 が、あの国っていい話聞かないんだよなぁ……
 貴族階級による専制政治なのは変わらないが、未だに“奴隷制”を採用しているとか、完全な監視管理社会で自由の“じ”の字もないとか、な。
 貴族に監視されながら、あれやれこれやれ、次はそれだ今度はあれだ、みたいなのはマジ勘弁して欲しい。
 何処の監獄だよって話だ。
 まぁ、アストリアス王国にとっては、現状明確な敵国であるため、相手のいいところ、なんていう訳がないのでアストリアス王国側が流しているプロパガンダ、という可能性もなくはないが、ワンチャンに掛けるには分が悪すぎるか。
 大体、ガルドホルン帝国へ行くためには、国境を守護している守備隊の基地を抜けねばガルドホルン帝国へと行くことは出来ないのだ。
 “ガルドホルン帝国へ行きたいから通してください”なんて言って、素直に通してもらえるものでもないだろう。
 ちなみに、この国境警備基地にはイスュの隊商も定期的に顔を出しているらしい。
 タバコや酒といった嗜好品がよく売れるとかで、俺と大規模な取引をするようになるまでは一番の大口の顧客だったとなんとか……なんて話はどうでもいいな。

 目下、最大の問題点は何処に逃げれば安全か、ということ……ん?

「どうしたよボス? 難しい顔して黙りこくっちまってさ?」
「うるせぇ、今考え中だ話しかけんなバカ」
「へぇへぇ、そりゃ悪ぅございましたぁ~」

 で……なんだっけ? 今一瞬、なにか思い付いたような……
 くそっ! アホヴァルターがヘンなタイミングで話しかけて来た所為で、アイデアが飛んじまっだじゃないか!
 え~、と何だっけ? 確か、逃げるがどうのって……あっそうそう! 逃げる、だよ! 逃げる!
 なんで俺は“逃げる”ことに固執していたんだ?
 誰かに助けを求めるにしろ、スレーベン領から離れるにしろ、“領主の脅威に対する対抗措置”という意味ではどちらも同じだ。
 悪臭の元を断つのか、遠くに離れるのかの違いなだけでしかない。
 が、そもそも俺は領主サマの行いを是正しようとしている訳でも、弾劾しようとしている訳でもない。
 別にスレーベン領を、今より住みやすい領地にしたい、とかそんな事を考えている訳でもないしな。
 まぁ、そうなるにこしたことはないのだろうけど……今の領主じゃどう転んだところで、それはない。
 俺の目的は、ただ一つ。
 村の住人が今まで通り暮らすにはどうしたらいいか、この一点だけだ。
 領主の追放や、他領地への逃避はその為の一手段に過ぎないのだ。
 だから、わざわざそこに拘る必要はない。
 最終的に目的が達成されるならその経緯はなんでもいいのだ。
 極論だが、税金を払ってはいお終い、となるのであるなら、多少高くても払ってしまえばいいとさえ思っているくらいだ。
 とはいえ、そんな事がいえるのはうちの村くらいなものだがな。
 ただ、現状の問題は、持っている物を根こそぎ奪われる可能性が……いや、可能性じゃないな……奪われてしまう事が問題なのだ。
 なんだかごちゃごちゃしてきたので一度整理しよう。

 俺の主目的は村の現状維持だ。ただ、欲をいえば、もう少し物流を増やして物質的な豊かさがほしいが、それは後回しだな。
 領主を更正させるなり、弾劾させるなりして領地の生活水準を上げるようなことは、この中には含まれていない。あくまで“ラッセ村”内だけの話だ。
 酷いようだが、他の村の面倒まではみてやれん。そこは、自分たちで何とかしてもらう他はない。
 現状の問題点は、領主の過剰な搾取によって村の財産、この場合は収穫した麦や内職で得た金銭的蓄えもそうだが、なにより人などの人的財産なども含めて、全てが危機的状況にあるという事だ。

 この状況を打開する方法として、
 一つ、うちの領主より上位の貴族もしくは組織によって圧力をかけてもらい、行動を制限させる、または、領主の持つ権限を剥奪する。
 一つ、ここより統治が安定している領地へと逃避する。
 この二点を俺はまず挙げた訳だが、先の話にもあったように実際に実行するにはリスクが高いと言わざるを得ない。
 仮に、最悪実行することになれば、それはもう他に手が見つからない最終手段ということになるのだろう。
 ならばどうするか、だが、そもそも既に存在している“脅威”から無理に逃げたり遠ざけたりしようとしていること事態に対応の限界があるのだ。
 地震、雷、火事、オヤジ、というように割と身近に“脅威”というのは常に存在しており、これらに対する万全な対策は存在しない。
 基本は起きてからどう対応するか、が問題なのだ。
 勿論、壊れにくい家や、燃え難い素材とか、いざそういった災害が発生した時、極力被害を小さくしようという努力は続けられているが、それも万全とは言い難いのが実情だ。
 天災と人災を同列で語るのもおかしな話だとは思うが、この領主の一件も同じようなものだと思ってしまえばいいのだ。
 “脅威”はあるものとして捉えて、それと如何に向き合っていくかが肝要なのだ。

 要は、ヴァルターの時と同じだな。
 振り払う事が出来ないなら、抱え込んでしまえばいいのだ。とはいえ、相手はボンクラの領主だ。
 おそらくヴァルターの時の様にうまくはいかないだろうらから、せめて“毒”が“猛毒”にならない方法を考えねばならない。
 降りかかる火の粉だって、使い方次第では火種くらいには出来る。
 で、問題はそれをどう利用するか、だが……
 現状、俺が知っている領主の情報といえば、バカ、アホ、ボンクラ、クズ、でお金が好き、というくらいなものか。
 領内の状態すら鑑みず税金を徴収しようとしている辺り、相当なカネ好きといえる。
 カネが好き……となれば、それこそヴァルターの様に買収する、という手もあるにはあるが、おそらく不可能だろうな。
 ヴァルターとの決定的な違いは、領主をカネの力だけで丸め込むことは出来ない、という事だ。
 別に、領主を買収するほどのカネがない、ということではない。
 勿論、今すぐに超が付く程の大金を用意するのは無理だが、この村なら時間さえ掛ければそれくらいの額を用意すること自体は無理ではないのだ。
 丁度、新商品の構想も出来あがっていることだしな。
 問題なのは、こんな小さな村が、大金をちらつかせようものなら、話し合いだ交渉だ、なんていう前に領主になんだかんだで身包み剥がされてお終いってことだ。
 所詮、領民だの村だのと言うものは領主の一持ち物に過ぎないのだ。
 まっとうに話し合いに応じる訳がない。
 故に、領主と渡り合う為には、どうしてもこちら側にも強力なカードが必要なのだが……何かないだろうか?

「なぁヴァルター、ちっと聞きたいことがあんだけどさ」
「……んだよ?」

 さっき、ばっさり切り落としたことを根に持っているのか、なんだかぶっきらぼうな態度でヴァルターは返事を返して来た。
 聞きたいことが聞ければ、まぁ、どうでもいいけどさ。

「うちのアホな領主ってのは、カネを何に使っているか分かるか?」
「はぁ? んなこと聞いてどうすんだよ?」
「まぁ……なんとなく、な」

 本当に、他意はない。
 単純に、俺は領主のことをアホであるということ以外、人となりをよく知らないのだ。
 そこに何か付け入る隙があるのではないか? と思っただけの話なんだが……

「何に……って言われてもなぁ……
 下らないガラクタとか、ゴミにしか見えないゴミとか……そんなんを、お抱えの商人に言われるがままに、目玉が飛び出そうな金額で買ってるって話は聞いたな……
 あとは、自分より格下の下っ端貴族集めては、夜な夜な豪華な晩餐会を開いては集めたコレクションゴミ見せびらかして自慢してるとかなんとか……しかも、有名なシェフをわざわざ邸宅に呼びつけてるらしいな。
 領主が何かする度に、大将が頭抱えてたわ」

 なんだよ、“ゴミにしか見えないゴミ”って、それもうただのゴミだろ……
 ってか、話を聞けば聞く程この領主、どうしよもない奴だという気にしかならない。
 部下さんたちの心労が忍ばれる……
 が、これは少しいい情報かもしれない。
 というのも、この領主おそらく“羨望型”の散財者だ。
 人からちやほやされることに快感を覚えて、同じ快感を得るために同じように散財を繰り返していくタイプだな。
 よく、高級ブティックなどで、店員に褒められるのが嬉しいからと必要もない高価な服を何着も買い込んではタンスの肥しにして、挙句、足しげく通う所為で借金地獄からの自己破産、というパターンは珍しくない流れだ。
 この手のタイプの人間は、正直、取り入るだけならすこぶるチョロイ。
 だって、取り敢えずおだてておけばOKなのだから。
 何処にだってそういう輩はいるのではないだろうか?
 俺の勤めていた会社の先輩がモロにこのタイプだった。
 とにかく、自慢話しかせず、自分をよいしょするだけの人間だ。
 初めのうちこそ、話を合わせて“すごいっすねぇー!”“さすがっすねぇー!”と答えていたのだが、それに気をよくして気に入られてしまい、終始同じ話しかしなくなったのだ。
 いい加減返す言葉も底を突き、精神的にも疲れて来て、一度聞こえないふりをして無視をしたら、次の日から急にディスられるようになったっていうね……

 まぁ、そんな話はいいとして、扱いやすいという意味では朗報だ。
 子飼いにしている商人がいるということは、イスュを通じて内部に潜入することも可能なのではないだろうか?
 しかし、それが出来たとして何をさせるか、だよなぁ……
 と、考えていたとき、ふと小さな思い付きが俺の脳裏を過ぎ去った。
 アイデアと呼べるほど、しっかりした形があるものではなかったが、これは使えるような気がする。

「なぁ、イスュ、ちょい耳かせや」
「あ? なんだよ急に?」
「いいからいいから」

 と、いう訳で屈んで俺の身長に顔の高さを合わせてくれたイスュの耳に、取り敢えず概要だけをまとめて内容をざっくり話した。

「ごにょごにょ……ごにょごにょごにょごにょ……ごにょごにょ……」
「……ああ……うん、うん……ん? はぁ!? お前……正気か?」

 と、いうのが話し終わったあとのイスュの反応だった。

「ざっくりでいい、出来るか? 出来ないか?」
「ん~、そうだな……」

 イスュは顎に手を当て、しばし黙考。

「まず、そのままじゃ無理だ……こっちにも領主に対する抑止力、それも無視できないくらい強力な抑止力が必要だ。
 例えば……こう言うのはどうだ?
 おい、お前も耳貸せ、耳」

 と、いう訳で俺もイスュに耳を貸す。
 ちなみに、内緒話しているのはこの場にヴァルターがいるからだ。
 そこはイスュも分かっているようで、俺に合わせてくれた。
 こいつに村の秘密情報をいろいろ教えてやるには、まだ俺との好感度が全然足りていないからな。
 彼には、我が村のために是非とも粉骨砕身頑張ってもらい、俺の好感度を上げてもらいたいものである。
 だからって、そんなに簡単に落とせるとか思わないでよねっ! プンスカ。

「でだな……ごにょ……」
「ひゃんっ!」
「……変な声出してんじゃねぇよ……気持ち悪りぃな……」
「うっ、うるせぇ! くすぐったかったんだから仕方ないだろっ!
 ってか、息吹きかけんなっ! 息をっ! 耳は弱いんだよっ!!」
「んなこたぁ知るかよ。ってか、息を吐かずにどう話せと……まぁいい、ほれ、もう一度耳貸せ」
「おっ……おう……強くしないでね……」
「ヘンな言い回しすんなっつってんだろ?」
「なんつーか、言葉だけ聞いとると、気持ち悪りぃな前ら」

 とは、一連の様子を見ていた村長だった。

「うっせぇジジィ! 今大事な話してんだから静かにしてろよっ!」

 ってか、なぜにメル姉ぇはまた俺の事を侮蔑の眼差しで見てるですか?
 ちょっと、ゾクゾクするじゃないですか、やだ……
 と、いう訳でイスュがごにょごにょと耳打ち始めた訳だが、ものっそくすぐったくはあったがここは我慢の子だ。
 俺はイスュの言葉に耳を傾ける。

「ごにょごにょ……ごにょごにょ……」
「ふむ……ふむふむ……」
「……でどうよ?」
「……マジか……そんなこと出来るなら、こういうのもありなんじゃないか? ちっと耳貸せ」

 ………
 ……
 …

 で、そんなやり取りを数回行い……

「……イスュ、お前思ったより頭いいな……正直、ちょっとなめてました。ごめんなさい」
「ロディフィス、お前が俺をどう思っていたかはあとで問いただすとして……
 お前も大概だな……よくもまぁ、それだけ悪だくみが次から次へと出て来るもんだ」
「ぐっふっふっふっふぅ~、悪だくみとは失礼な。
 ちょっと“お願い”するだけだって」
「何が“ちょっとお願い”だ……悪い顔して言っても説得力ねぇーぞ?
 ……って、バカ話はここまでとして、お前も分かってるとは思うが“奴ら”を動かすにはそれなりの“エサ”がいる……
 そこは、どうするつもりだよ?」
「なにそこは、私にいい考えがある、から大丈夫だ」
「……大丈夫と言いながら、お前の言葉に妙に不安を駆り立てられるのはなんでだ?」
「さぁ?」

 と、いう訳で一応今後の方針のガイドラインは決まった。
 この作戦がうまくいけば、村のありようが一変することになるだろう。
 勿論、これはまだ俺からの原案に過ぎない。
 これから、村長たちにはちゃんと今話していた内容を説明したうえで、細かい事に関して後日しっかり協議をして内容を煮詰めていく必要はあるだろう。
 だが、それはヴァルターを村から追いだしたあとでの話だ。
 ヴァルターに関しては、さっそく仕事をしてもらうために、この聞き取りが終わり次第リリースすることになっている。
 次に村に来た時には、より有益な情報を持ってやってくることに期待アゲだな。
 と、いう事で細かいことは今日の夜にでも話すことにしよう。

 ふと気付けば、窓の外はすっかり夕日で赤く染まったいた。
 思えば結構な長話になったものだ。
 おそらく今日の作業分はもう終わってしまっているだろうな。
 グライブやリュド辺りに“サボってんじゃねぇよ!”とか言われそうだ。
 サボってる訳じゃないんだけどな。
 大体、当初一体誰がこんな大事になると予想していただろうか……
 領主とか搾取とか……正直、気が滅入る話ばかりだった。
 いや、考え方を変えよう。
 実際に、大事になる前にこの情報を知ることが出来たのは運がいいのだ。
 ある日突然役人共がやって来て、村を蹂躙されたのでは流石に手の打ちようがない。
 が、俺たちは知ることが出来た。
 分かっていれば対策だって取れるし、覚悟だって出来る。
 あとは、俺たちが領主相手に如何にうまく立ち回れるか次第だな。
 おそらく、時間的有余はそれほどないだろう。
 となれば、早速今日から準備開始だ。
 手始めは、村長たちへの説明からだな。
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