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87話 進退窮まった
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「と、その前に、だ。
ヴァルターにちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「なんだよボス? 俺が知ってることなら、何でも答えるぜ?」
俺は、村長に向けていた視線をヴァルターへと移した。
さっきの一連の話を聞いて、どうにも腑に落ちない点があったので、まずはそれの確認だ。
「さっきの話だと、聖王教会は聖王さんの遺志を受け継いでいる訳だろ?
だったら何で、うちのバカ領主サマの蛮行を止めようとか、諫めようとかしないんだ?
搾取だの弾圧だの……どう考えたって聖王さんの遺志に反した行いだろうに……」
教会なんて、うちのような小さな村にだって一つはあるのだから、大きな町にはそれ相応の規模の教会が複数あっても、別に不思議な話じゃないはずだ。
だったら、教会の関係者が聖王の遺志に反する行いを、ただただ見過ごす、というのがどうにも納得できなかったのだ。
教会のことなので、神父様に直接聞いてもよかったのだが、より鮮度の高い情報が欲しいので外の事をよく知っていそうなヴァルターに聞くことにした。
なんでも、神父様がこのラッセ村に引き籠って、結構長いと聞く。その間に社会情勢の変化もあっただろから、神父様の持っている知識が既に古いものになってしまっている、もしくは、神父様が知らない情報をヴァルターが持っている可能性だってあるかもしれないと、そう判断してのことだ。
「ああ、そのことか……
確かにボスの言うように“基本的な思想”はその通りなんだが、教会も一枚岩じゃないってこったな」
「あぁ……なんとなく分かった……すげー嫌だけど、なんとなく分かった……
要は、賄賂やるから静かにしてろって、そういうことか?」
「……流石ボス。理解が早くて大助かりだ。
教会はその成り立ちから、その土地の統治者を監視する立場にある訳だが……いや、あった、と言うべきかね。
ただ、訂正するなら賄賂ってよりは、教会の活動に口を挟まない代わりに、行政にも口を出して来るな、ってのが正しいところだな」
ヴァルターからの話を聞いて、頭の中で何かがカチリと噛み合うような音がした。
以前シルヴィから聞いた話では、彼女が住んでいた町では、教会での読み書きの授業が有料だったそうだ。他にも剣術・魔術の授業も別料金だったとか。
しかも、どれも結構な高額で、特に魔術の授業はかなり裕福な家の子しか受けられなかったと、シルヴィが愚痴っていたことを思い出す。
村に来て間もないころなんて、学校に関する費用が全額無料だと知って、そりゃもう驚いていた……っていうよりすごく興奮してたっけな。
シルヴィが今、魔術を勉強している理由なんて“魔術の方が授業料が高いから”だしな。
ちゃっかりしているというのか、貧乏性というのか……
と、それはさておき……
あの時は、そういう所もあるんだな、程度にしか思っていなかったが、どうやら大きな思い違いをしていたらしい。
ヴァルターはこう言っていたのだ、“教会も一枚岩じゃない”と。
つまり、最低でも二つ以上の勢力が教会内に存在していることを示唆している訳だ。
一つは、おそらくだが、聖王さんの遺志を忠実に守っていこうとしている勢力だろう。
本人からそういう話を直に聞いた訳ではないのだが、神父様が所属するならたぶんこの勢力だろうと思った。神父様にはそうあって欲しいという、あくまで、俺の勘と願望だがな。
よくよく考えてみれば、“民の救済”を大声で謳っている聖王さんが、民衆から金銭を巻き上げるような行為を良しとするとは、とても思えない。
となれば、もう一つは“聖王教会”という権力を傘に、民衆を食い物にして私腹を肥やしている勢力だ。
シルヴィの話に上がったような、だ。
後者のような不届きな輩に取っては、前者のような生真面目な奴らは目の上のたんこぶもいいところだろう。
もし、不正をチクられでもしたら、たまったものではない。それこそ鬼の首を取ったように糾弾されるのは目に見えている。
そして、領主としても行政に一々教会が介入してくるのは面白くない……
ここに両者の利害が一致する、ってことになる訳だ。
そちらはそちらで勝手にやってください。私は私で好きにしますので、だから、互いに不干渉で行きましょう、とそういうことなのだろう。
要は、教会側もグルになって圧政に加担しているってことかよ……
どいつもこいつも、いい感じに発酵してんな。何一つとして有用性の一切ない発酵だがな……人はそれを腐敗という。
「ズブズブに癒着してんじゃねぇーか。
貴族が貴族なら、教会も教会ってか……」
典型的な悪徳貴族と、悪徳教会関係者の構図に呆れを通り越して、むしろ感心すら覚える。
別にすべての教会関係者がそうだとはいわないが……例えば、うちの神父様なんていい例だろう。あの人は、人畜無害を絵に描いたような人だからな。とはいえ、何とも気の滅入る話であることに違いはない。
どんなに崇高な理想や思想を掲げて始まった宗教でも、長い時間と与えられた権力がそれを風化させてしまい、結局は利己的な道具へと成り下がってしまう、ってのは何処の世界でも同じらしい。
聖王さんが悪い訳ではないのだが、ホント宗教が権力を持つと碌なことにならないな。
今の教会の在り方を見て、聖王さんも草葉の陰で泣いている事だろうよ。
何と言うか、もっとこう……そういった俗物的な考えは捨てて、気楽に出来ないもんかねぇ。
これならスパモン教とかベーコン教とか一七歳教の方がずっとマシに見えて来る。
「本当にお恥ずかしい話です……」
と、今まで黙ったまま話を聞いていた神父様がヴァルターの言葉が切れた辺りで、申し訳なさそうにポツリとそう呟いた。
別に神父様は何の関係もないのだが、そこは同じ教会の人間の行いということで、何か思うところがあるのかもしれないな。
「しかし、どうして急にそんな事を?」
「いえね……教会に助けを求めて領主に圧力でも掛けたら、多少は良くなるかなって思ったんですけど……」
「そんな単純な手であの豚領主が大人しくなるってんなら、うちの大将がとっくに何とかしてるっての」
俺の言葉が終わらぬうちに、ヴァルターがそう言葉を被せて来た。
「まぁ、だろうな……」
話を聞く分には、ヴァルターの親分さんはバカではないようだしな。むしろ、そこそこ……いや、結構優秀なんじゃないかと思っている。
アホ領主をおんぶに抱っこで、今まで大きな暴動も起こさずにやってこれているのだからな。
もし、その人がいなかったらスレーベン領ってとっくに終わってたんじゃなかろうか?
ただ、どうしてそれだけ“デキる”人が、アホな領主の下に付いているのかは甚だ疑問でならんがな。
さっさとアホな領主なんて見限って、もっと条件のいい職場に転職してしまえばいいと思うのだが……
なんて真っ黒な会社に一〇年近く、なんだかんだで居続けた俺がいっても説得力なんて皆無だけどな。
しかしこれで、領主に匹敵する第三勢力に助けを求めて、領主に圧力を掛けて黙らせる、という手段は成立しなくなってしまった訳だ。
なにせ、助けを求める先が領主と繋がってしまっているのでは話にならない。
ん? 待てよ……だったら、領主と繋がりのない所に助けを求めればいいのか?
「あの神父様」
「はい? なんでしょうかロディフィス」
「例えば、旧貴族の人とか、それにたぶん、“聖王さんの遺志をちゃんと守ろう”としている教会の人たちってのもいると思うんですけど、そういう人たちにチクる、っていうか助けを求めたとして、現状を変えることって出来ると思いますか?」
「そうですね……確かに教会にはそういう考えの方々もいますが……よく分かりましたね」
「まぁ、話の流れ的になんとなく……」
「本当に、聡い人ですね、キミは……その聡明さが頼もしくもある反面、時に恐ろしくもあるのですが……
話が逸れてしまいましたね。戻しましょう。
結論だけを、端的に言ってしまえば、不可能ではないでしょうが“限りなく不可能に近い”……と、いうところでしょうか。と、言うのもですね……」
神父様の話をまとめると次のようなことになる。
まず、あくまで聖王教会の基本スタンスは聖王の遺志を守ることである、としたうえで、そういった非道徳な行いを上層部に告発すれば、弾劾することも一応は可能である、というのが神父様の見解だ。
だったら、さっさとチクってそんなクソ教師やアホ領主を首にでもなんでもしてしまえばいいと思うのだが、事はそう簡単でもないという。
それが、先ほどからちらちらと出ていた教会内の派閥の問題と領主が持っている権限の問題だ。
まず、教会の方だが、教会内部には二つの大きな派閥が存在している。
まず、正統派である“聖王さんの遺志をちゃんと守ろうの会”を神父様たちは“原典派”と呼んでおり、“特権を利用して暴利を貪ろうの会”を“神典派”と呼んでいるらしい。
原典派は文字通りだが、神典派というのは“聖王は神の御使いである”として捉え、その聖王に仕える聖職者はより神に近しい身分にある、と説いているのだとか。
聖王さんは、ただの一度も自分が“偉い”とか、ましてや“神の使いだ”なんて言ったことはないというのにだ。
聖王は自分の事を“ただの人”だといっていた。それは教典にもしっかり書いてあることだ。
しかも、神典派の連中は、神の使いに仕えている自分たちは貴族と同等、もしくはそれ以上の高位な立場にある、と臆面もなく吹聴しているというのだから、もう呆れて笑うしかない。
なんというか……
聖王さんが聞いたら、顔真っ赤にしながら釘バット振り回してカチ込みに行きそうなことをよくもまぁ臆面もなく言えたものだなぁ……と思う。
で、その頼みの綱の原典派の人たちの多くは、神典派の勢力の拡大に伴い、大公七家や旧貴族が治めている旧貴族領へと逃げているのが現状なんだとか。
旧貴族家は、元は同じ聖王の信徒である同志、ということで原典派に対して格別の配慮を図っているのだとか。逆に、神典派には、聖王の侮辱だ、とえらい怒っているらしいが。
まぁ、慈善事業団体の原典派と、利益至上主義の神典派では勢力に大きく差が出るのは仕方がないことなのだろう。
憎まれっ子世に憚る、ではないが悪い奴の方が生きやすいというのは、なんとも世知辛い話だと思う。
で、問題なのがその原典派の人たちがいる場所が、ここからすっげー遠い、ということだ。
“んじゃ、教会と領主がムカつくから、ちょっと偉い人にチクって来るわ”と軽い気持ちで行ける場所じゃない。
仮に時間が掛かることを覚悟のうえで使者を立てたとしても、数人の陳情だけで大きな組織が直ぐ動いてくれる訳でもないだろ。
報告があっても、まずはその報告が真実であるかどうかの調査を行うことになるのだが……
ここにもう一つの問題、領主が持つ権限、所謂“領主権”というものが横たわることになるというのだ。
領主権とは、極簡単にいってしまえば、領主は外部の権力者からの干渉を受けない、というものだ。
元は、格上の貴族の政治的圧力などから、格下の貴族を守るための決まりだった訳だが、悪用しようとすればなんでも悪用出来るものだ。
つまり、実地調査に来た人たちを、腹を探られたら痛いから、という理由で門前払いにすることが許されているのである。
それは、他の貴族に対しては勿論、教会関係者、果てには商会にすら適応されるというのだから驚きだ。
そんな悪徳貴族に対して即効性のある有効打となる方法があるとすれば、旧貴族領への数百人規模による大規模な移住行為だと神父様はいう。
アストリアス王国では、建前では国民は住む土地を自由に決めていいことになっている。
で、もし仮に一度に大量の領民が、別の領地へと移住した場合、領主の統治手腕に問題があるとして、大公七家の独自判断の下で該当領地の領主の貴族の資格を剥奪することが、権利として認められているのだとか。
この権限は領主権を上回っていて、領主側に拒否権はないらしい。
なに? ってことは、みんなで大公さんとこに引っ越しすりゃOKってことか?
なんだよ、思ったより簡単に解決したんじゃね?
ちっと費用の面で不安が残るが、まぁそこはなんとでもなるだろ。
とも思ったのだが……
「死にたくなけりゃ止めとけ」
と、言い出したのはヴァルターだった。
「いくら領主がバカだからって、それくらいの事は知ってんだろ。
黙って見過ごせば、待ってるのは爵位の剥奪だ。素直に領内を出させてくれる訳がねぇ。
最悪、移住しようとしてる奴等皆殺しにして口封じ……なんてこともあるんだぜ?
死人に口なしってな……」
進むも、留まるも出来ずってか……
もうね……もうねぇっ!!
前門のトラ後門の狼ってレベルじゃないだろ、これ。
どうやら、この世界は俺にお優しくないらしい……泣きそうだよ、ホント、ぐすんっ。
ヴァルターにちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「なんだよボス? 俺が知ってることなら、何でも答えるぜ?」
俺は、村長に向けていた視線をヴァルターへと移した。
さっきの一連の話を聞いて、どうにも腑に落ちない点があったので、まずはそれの確認だ。
「さっきの話だと、聖王教会は聖王さんの遺志を受け継いでいる訳だろ?
だったら何で、うちのバカ領主サマの蛮行を止めようとか、諫めようとかしないんだ?
搾取だの弾圧だの……どう考えたって聖王さんの遺志に反した行いだろうに……」
教会なんて、うちのような小さな村にだって一つはあるのだから、大きな町にはそれ相応の規模の教会が複数あっても、別に不思議な話じゃないはずだ。
だったら、教会の関係者が聖王の遺志に反する行いを、ただただ見過ごす、というのがどうにも納得できなかったのだ。
教会のことなので、神父様に直接聞いてもよかったのだが、より鮮度の高い情報が欲しいので外の事をよく知っていそうなヴァルターに聞くことにした。
なんでも、神父様がこのラッセ村に引き籠って、結構長いと聞く。その間に社会情勢の変化もあっただろから、神父様の持っている知識が既に古いものになってしまっている、もしくは、神父様が知らない情報をヴァルターが持っている可能性だってあるかもしれないと、そう判断してのことだ。
「ああ、そのことか……
確かにボスの言うように“基本的な思想”はその通りなんだが、教会も一枚岩じゃないってこったな」
「あぁ……なんとなく分かった……すげー嫌だけど、なんとなく分かった……
要は、賄賂やるから静かにしてろって、そういうことか?」
「……流石ボス。理解が早くて大助かりだ。
教会はその成り立ちから、その土地の統治者を監視する立場にある訳だが……いや、あった、と言うべきかね。
ただ、訂正するなら賄賂ってよりは、教会の活動に口を挟まない代わりに、行政にも口を出して来るな、ってのが正しいところだな」
ヴァルターからの話を聞いて、頭の中で何かがカチリと噛み合うような音がした。
以前シルヴィから聞いた話では、彼女が住んでいた町では、教会での読み書きの授業が有料だったそうだ。他にも剣術・魔術の授業も別料金だったとか。
しかも、どれも結構な高額で、特に魔術の授業はかなり裕福な家の子しか受けられなかったと、シルヴィが愚痴っていたことを思い出す。
村に来て間もないころなんて、学校に関する費用が全額無料だと知って、そりゃもう驚いていた……っていうよりすごく興奮してたっけな。
シルヴィが今、魔術を勉強している理由なんて“魔術の方が授業料が高いから”だしな。
ちゃっかりしているというのか、貧乏性というのか……
と、それはさておき……
あの時は、そういう所もあるんだな、程度にしか思っていなかったが、どうやら大きな思い違いをしていたらしい。
ヴァルターはこう言っていたのだ、“教会も一枚岩じゃない”と。
つまり、最低でも二つ以上の勢力が教会内に存在していることを示唆している訳だ。
一つは、おそらくだが、聖王さんの遺志を忠実に守っていこうとしている勢力だろう。
本人からそういう話を直に聞いた訳ではないのだが、神父様が所属するならたぶんこの勢力だろうと思った。神父様にはそうあって欲しいという、あくまで、俺の勘と願望だがな。
よくよく考えてみれば、“民の救済”を大声で謳っている聖王さんが、民衆から金銭を巻き上げるような行為を良しとするとは、とても思えない。
となれば、もう一つは“聖王教会”という権力を傘に、民衆を食い物にして私腹を肥やしている勢力だ。
シルヴィの話に上がったような、だ。
後者のような不届きな輩に取っては、前者のような生真面目な奴らは目の上のたんこぶもいいところだろう。
もし、不正をチクられでもしたら、たまったものではない。それこそ鬼の首を取ったように糾弾されるのは目に見えている。
そして、領主としても行政に一々教会が介入してくるのは面白くない……
ここに両者の利害が一致する、ってことになる訳だ。
そちらはそちらで勝手にやってください。私は私で好きにしますので、だから、互いに不干渉で行きましょう、とそういうことなのだろう。
要は、教会側もグルになって圧政に加担しているってことかよ……
どいつもこいつも、いい感じに発酵してんな。何一つとして有用性の一切ない発酵だがな……人はそれを腐敗という。
「ズブズブに癒着してんじゃねぇーか。
貴族が貴族なら、教会も教会ってか……」
典型的な悪徳貴族と、悪徳教会関係者の構図に呆れを通り越して、むしろ感心すら覚える。
別にすべての教会関係者がそうだとはいわないが……例えば、うちの神父様なんていい例だろう。あの人は、人畜無害を絵に描いたような人だからな。とはいえ、何とも気の滅入る話であることに違いはない。
どんなに崇高な理想や思想を掲げて始まった宗教でも、長い時間と与えられた権力がそれを風化させてしまい、結局は利己的な道具へと成り下がってしまう、ってのは何処の世界でも同じらしい。
聖王さんが悪い訳ではないのだが、ホント宗教が権力を持つと碌なことにならないな。
今の教会の在り方を見て、聖王さんも草葉の陰で泣いている事だろうよ。
何と言うか、もっとこう……そういった俗物的な考えは捨てて、気楽に出来ないもんかねぇ。
これならスパモン教とかベーコン教とか一七歳教の方がずっとマシに見えて来る。
「本当にお恥ずかしい話です……」
と、今まで黙ったまま話を聞いていた神父様がヴァルターの言葉が切れた辺りで、申し訳なさそうにポツリとそう呟いた。
別に神父様は何の関係もないのだが、そこは同じ教会の人間の行いということで、何か思うところがあるのかもしれないな。
「しかし、どうして急にそんな事を?」
「いえね……教会に助けを求めて領主に圧力でも掛けたら、多少は良くなるかなって思ったんですけど……」
「そんな単純な手であの豚領主が大人しくなるってんなら、うちの大将がとっくに何とかしてるっての」
俺の言葉が終わらぬうちに、ヴァルターがそう言葉を被せて来た。
「まぁ、だろうな……」
話を聞く分には、ヴァルターの親分さんはバカではないようだしな。むしろ、そこそこ……いや、結構優秀なんじゃないかと思っている。
アホ領主をおんぶに抱っこで、今まで大きな暴動も起こさずにやってこれているのだからな。
もし、その人がいなかったらスレーベン領ってとっくに終わってたんじゃなかろうか?
ただ、どうしてそれだけ“デキる”人が、アホな領主の下に付いているのかは甚だ疑問でならんがな。
さっさとアホな領主なんて見限って、もっと条件のいい職場に転職してしまえばいいと思うのだが……
なんて真っ黒な会社に一〇年近く、なんだかんだで居続けた俺がいっても説得力なんて皆無だけどな。
しかしこれで、領主に匹敵する第三勢力に助けを求めて、領主に圧力を掛けて黙らせる、という手段は成立しなくなってしまった訳だ。
なにせ、助けを求める先が領主と繋がってしまっているのでは話にならない。
ん? 待てよ……だったら、領主と繋がりのない所に助けを求めればいいのか?
「あの神父様」
「はい? なんでしょうかロディフィス」
「例えば、旧貴族の人とか、それにたぶん、“聖王さんの遺志をちゃんと守ろう”としている教会の人たちってのもいると思うんですけど、そういう人たちにチクる、っていうか助けを求めたとして、現状を変えることって出来ると思いますか?」
「そうですね……確かに教会にはそういう考えの方々もいますが……よく分かりましたね」
「まぁ、話の流れ的になんとなく……」
「本当に、聡い人ですね、キミは……その聡明さが頼もしくもある反面、時に恐ろしくもあるのですが……
話が逸れてしまいましたね。戻しましょう。
結論だけを、端的に言ってしまえば、不可能ではないでしょうが“限りなく不可能に近い”……と、いうところでしょうか。と、言うのもですね……」
神父様の話をまとめると次のようなことになる。
まず、あくまで聖王教会の基本スタンスは聖王の遺志を守ることである、としたうえで、そういった非道徳な行いを上層部に告発すれば、弾劾することも一応は可能である、というのが神父様の見解だ。
だったら、さっさとチクってそんなクソ教師やアホ領主を首にでもなんでもしてしまえばいいと思うのだが、事はそう簡単でもないという。
それが、先ほどからちらちらと出ていた教会内の派閥の問題と領主が持っている権限の問題だ。
まず、教会の方だが、教会内部には二つの大きな派閥が存在している。
まず、正統派である“聖王さんの遺志をちゃんと守ろうの会”を神父様たちは“原典派”と呼んでおり、“特権を利用して暴利を貪ろうの会”を“神典派”と呼んでいるらしい。
原典派は文字通りだが、神典派というのは“聖王は神の御使いである”として捉え、その聖王に仕える聖職者はより神に近しい身分にある、と説いているのだとか。
聖王さんは、ただの一度も自分が“偉い”とか、ましてや“神の使いだ”なんて言ったことはないというのにだ。
聖王は自分の事を“ただの人”だといっていた。それは教典にもしっかり書いてあることだ。
しかも、神典派の連中は、神の使いに仕えている自分たちは貴族と同等、もしくはそれ以上の高位な立場にある、と臆面もなく吹聴しているというのだから、もう呆れて笑うしかない。
なんというか……
聖王さんが聞いたら、顔真っ赤にしながら釘バット振り回してカチ込みに行きそうなことをよくもまぁ臆面もなく言えたものだなぁ……と思う。
で、その頼みの綱の原典派の人たちの多くは、神典派の勢力の拡大に伴い、大公七家や旧貴族が治めている旧貴族領へと逃げているのが現状なんだとか。
旧貴族家は、元は同じ聖王の信徒である同志、ということで原典派に対して格別の配慮を図っているのだとか。逆に、神典派には、聖王の侮辱だ、とえらい怒っているらしいが。
まぁ、慈善事業団体の原典派と、利益至上主義の神典派では勢力に大きく差が出るのは仕方がないことなのだろう。
憎まれっ子世に憚る、ではないが悪い奴の方が生きやすいというのは、なんとも世知辛い話だと思う。
で、問題なのがその原典派の人たちがいる場所が、ここからすっげー遠い、ということだ。
“んじゃ、教会と領主がムカつくから、ちょっと偉い人にチクって来るわ”と軽い気持ちで行ける場所じゃない。
仮に時間が掛かることを覚悟のうえで使者を立てたとしても、数人の陳情だけで大きな組織が直ぐ動いてくれる訳でもないだろ。
報告があっても、まずはその報告が真実であるかどうかの調査を行うことになるのだが……
ここにもう一つの問題、領主が持つ権限、所謂“領主権”というものが横たわることになるというのだ。
領主権とは、極簡単にいってしまえば、領主は外部の権力者からの干渉を受けない、というものだ。
元は、格上の貴族の政治的圧力などから、格下の貴族を守るための決まりだった訳だが、悪用しようとすればなんでも悪用出来るものだ。
つまり、実地調査に来た人たちを、腹を探られたら痛いから、という理由で門前払いにすることが許されているのである。
それは、他の貴族に対しては勿論、教会関係者、果てには商会にすら適応されるというのだから驚きだ。
そんな悪徳貴族に対して即効性のある有効打となる方法があるとすれば、旧貴族領への数百人規模による大規模な移住行為だと神父様はいう。
アストリアス王国では、建前では国民は住む土地を自由に決めていいことになっている。
で、もし仮に一度に大量の領民が、別の領地へと移住した場合、領主の統治手腕に問題があるとして、大公七家の独自判断の下で該当領地の領主の貴族の資格を剥奪することが、権利として認められているのだとか。
この権限は領主権を上回っていて、領主側に拒否権はないらしい。
なに? ってことは、みんなで大公さんとこに引っ越しすりゃOKってことか?
なんだよ、思ったより簡単に解決したんじゃね?
ちっと費用の面で不安が残るが、まぁそこはなんとでもなるだろ。
とも思ったのだが……
「死にたくなけりゃ止めとけ」
と、言い出したのはヴァルターだった。
「いくら領主がバカだからって、それくらいの事は知ってんだろ。
黙って見過ごせば、待ってるのは爵位の剥奪だ。素直に領内を出させてくれる訳がねぇ。
最悪、移住しようとしてる奴等皆殺しにして口封じ……なんてこともあるんだぜ?
死人に口なしってな……」
進むも、留まるも出来ずってか……
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