前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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91話 来訪者の願い

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 コンコン……

 セルヴィアさんは、俺たちをいつもの広間の前まで案内すると、扉を軽くノックした。

「お義父さん。ロディフィス君を連れて来ましたよ」

 そして、部屋の中に向かってそう一言断りを入れる。
 こんな対応は、実に珍しい。
 いつもなら、俺が勝手に家へと上がり込んで、広間へと突っ込んで行くところなのだが、御客人がいる手前、そういう不躾な態度はよろしくない、とそう思ったのかもしれない。
 いや……流石の俺だって客がいるの知ってて、いつもみたく扉を“バーン!”して“待たせたなっ!”みたいな登場はしないよ?
 これでもTPOぐらい弁えているつもりだ。

「……そうか。入りなさい」
「失礼します」

 村長の返事を確認してから、セルヴィアさんが扉を開けてくれた。

「どうぞ」
「あっ、これはこれはご丁寧にありがとうございます」

 俺はセルヴィアさんに、一言礼を言ってから来慣れた部屋の中へと足を踏み入れる。
 今更だが、先ほどまで装備していた美少女アーマーは、既に解除済みだ。
 “大事な話があるから”と前置きで言ったら、三人ともすんなりと離れてくれた。
 ……ホント、たまに我が儘わ ままな子というのは、いつも我が儘わ ままな子より、質が悪いと思う。
 たまの我が儘わ ままなら、許してしまいそうになるからな……
 で、部屋の中には、既に結構な人数の人がいた。
 神父様にクマのおっさん、バルディオ副団長に棟梁……って、ディムリオ先生までいんのか。外で伸びてるテオドアさんを含めたら、村長の家族がほとんどいることになるのか。
 他にも、村の重役クラスのおっさんやじーさんたちがちらほらと……
 その中に見慣れないじーさんたちが数名いたが、彼らがきっと隣村の村長とその連れだろう。
 そういえば、今日は途中から神父様の姿を見てなかったけど、まさかここに来ていたとは思わなかった。
 ちなみにだが、今日の魔術の授業は、神父様の代わりにメル姉ぇが担当していた。
 極稀にだが、神父様に用事などがあって授業に出られないときは、代理でメル姉ぇが授業を執り行うことになっているのだ。

「おや? シルヴィア、お前たちまで来たのか?」

 部屋へと入って来たのが俺だけでないことに気づいて、村長がシルヴィにそう声を掛けた。

「はい、おじい様。
 決して、邪魔にはならないよう静かにしておりますので、わたくしたちの同席をお許し願えないでしょうか?」
「ふむ……まぁ、いいだろう。ただし、自分で言ったように、ちゃんと大人しくしているのだよ?」

 村長はあごへと手をやると、うっすらと生えた無精ひげをジョリジョリと撫でながら、割と簡単に許可を出した。
 これには、ちょっと驚いた。俺的には断られるんじゃないか、とそう思っていたのだが……
 思い起こせば、村長は以前も何かの会議だったか集会なんかで、この大広間にシルヴィを招き入れていたようにも思う。
 このじーさんは孫には滅法甘々だな。
 
「ありがとうございますわ。おじい様」

 許しが出たことに、シルヴィは礼を言うと、スカートをちょんと摘み上げて軽く腰を落とした。
 なんとも様になった優雅な動きに、俺は軽く舌を巻いた。
 きっと、今までに何度も練習して来たのだろう。
 それを見ていたミーシャとタニアも、慌ててシルヴィのモノマネをするのだが、こっちはまぁ、小学生の学芸会レベルといった感じだった。
 しかもタニアに至っては、いつも穿いているのがリュドのお古を仕立て直した短パンなので、摘まむ裾がないのため完全に恰好だけのコピーとなっていた。
 まぁ、こんな片田舎の村で生活するうえで、そんな所作必要とはしないからな。
 出来ないからといって、特に何か問題がある訳でもないだろう。

「それにしても、随分と早かったな?」

 村長が、扉の前に立っていたセルヴィアさんへ、そう問いかけた。
 早かった、とは、たぶん俺を呼びに出てから戻って来るまでのことを言っているのだろう。
 なにせ、俺を呼びに出たテオドアさんと出くわしたのは、村長の家の目の前なんだからな。
 
「はい。たまたま家の前にいてくれたものですから……」
「そうか。で、呼びに行ったテオはどうしている? まだ戻って来んのか?」
「あの人なら外で寝ていますから、しばらくは戻って来ないかと……」
「……はぁ?」

 テオドアさんの身に起こったことを思い出して、寝てる、じゃなくて、あんたが寝かせたんだろ? と、思わなくもなかったが、敢えて口には出さないことにした。
 誰だって我が身が可愛いのだ。余計なことを口にして、同じような目には遭いたくない。

「子ども……?」

 そんな村長たちの話など知ったことかと、部屋へと入って来た俺たちの姿を見て、そういぶかし気に口にしたのは、村長の対面に座っていた老人だった。
 禿げた頭に、ボリュームのある白く長いひげ
 見るからに“私が○○村の村長です”と言わんばかりの風貌だ。おそらく、彼が隣村の村長とやらなのだろう。
 歳はうちの村長より少し上の、七〇代くらいといったところだろうか……
 現代日本ほど、平均寿命の長くないこの世界ではかなりの高齢だ。
 それにしても、真っ赤な服と空飛ぶ鹿が非常に似合いそうな、そんな印象のじーさんだな。
 雪の降る日に仮装でもさせたら、子どもたちから大人気になりそうな……って、こっちの世界じゃ通じないか……

「ラッセ村の長よ……このような場に子どもを連れ出すとは、如何様な了見か?
 それとも……我らの相手など、子どもで十分……と?」

 白鬚しろひげのじーさんは、その小さな目で俺たちに一瞥いちべつをくれると、ひげを手櫛できながら、歳に見合わない鋭い眼光を村長へと飛ばす。
 それに驚いたのか、ミーシャが一瞬ビクッと震えると、ささっと俺の後ろへと身を隠してしまった。
 まぁ、この白鬚しろひげのじーさんの気持ちも分からなくはないけどな……
 誰だって、大事な話の場に子どもを連れて来られたらイラつきもする。
 それが、自分たちにとって切羽詰まった状態なら尚更だ。

「おっと! 早合点してもらっちゃ困る。
 これがさっき話したロディフィスだ。
 俺たちもこれには随分と世話になっている。
 もしこいつがいなければ、うちの村もお宅らの村と似たような状態になっていただろうな。
 まぁ、話したところで信じられんだろうからな。現物を持って来た」

 おいジジィ! “これ”とか“現物”とか人を物みたいに言ってんじゃねぇーよ! 失礼なっ!
 と、いう意味合いを込めて、俺は村長を睨み付けるが、村長の奴、ふふんっと鼻で笑うだけで軽く流されてしまった。

「こんな子供が? そんな……」

 白鬚しろひげのじーさんが、信じられないといった様子で俺の方へと視線を送ると、まるで値踏みでもするように、頭の頂辺てっぺんからつま先まで、まじまじと視線を走らせた。
 どうやら、事前に俺の話題が出ていたらしい。たぶん、今までしてきたあれやこれやを村長が話していたのだろう。
 しかし……なんとなくだが、話の流れが見えてきたのだが、何故に村長がこの場に俺を呼んだのか、そこだけはいまいち判然ととしなかった。
 村長の思惑に乗るようで何だかしゃくだが、状況の把握が出来ていない以上、ナメられるような行いはよろしくない。
 と、いうことで俺は一歩前へと出ると、右手を胸に軽く当て、白鬚しろひげのじーさんに向かって頭を下げた。

「うちの村長からどんな話をお聞きになったのかは存じませんが……
 私が、ロディフィス・マクガレオスです。以後、お見知りおきを」

 こういうのは第一印象が重要だ。
 向こうがこちらのことをただのガキだと思っているうちは、俺の言葉なんてただの戯言ざれごとにしか聞こえないだろうからな。
 一発目から、ガツンとインパクトのあることをしておいた方が、後々話を進めていくうえでは、何かと都合がいいのだ。
 ただ丁寧にあいさつをする、それだけのことでしかないが、俺のような見た目ガキが歳不相応な行いすることで、相手に強い印象を与えることが出来る。
 顔を上げると、隣村の人たちが妙にざわついていたのが見えた。まぁ、概ね想定通り、といったころだろうか。
 ただ、クマのおっさんや先生、それに数名のうちの村人が一斉に俺へと白い目を向けていた。
 目は口程にものを言う、とはこのことだろうな。
 “そんな態度が取れなら、普段からそうしていろっ!”という、みんなの心の声が聞こえそうだ。だが、断るっ!!
 こんなかしこまった態度、普段から取っていられるかっ! 堅苦しいっ!

「ほ、ほぅ……随分と出来た子ですな……」
「まぁ、これでうちの秘蔵っ子ですからな……ロディフィス。
 今がどういう状況かは、分かっているか?」
「っ!? 今、来たばかりの子どもに何を……」

 村長の無茶振りに、白鬚しろひげのじーさんが呆れたような声をあげるが、実をいえば大体の憶測は出来ているのだ。
 俺は、白鬚しろひげのじーさんの言葉を遮るようにして、自分言葉を割り込ませる。

「おそらくですが、食料の融通、もしくはそれに類する支援の要請に来た、といったところではないでしょうか?」
「なっ!?」

 俺の言葉に白鬚しろひげのじーさんが、その小さな目を見開いて驚いていた。
 別に、それほど不思議な話でもないだろう。

「どうして、そう思った?」

 まるで先を促すように、村長がそう問いかけて来た。
 たぶんだが……これは村長のパフォーマンスの一環だ。
 俺に説明させることで、普通の子どもではない、というのをアピールするのが狙いなのだろう。
 村長が何を考えているのかはよく分からないが、ひとまずはその考えに乗っかることにした。 

「村長の家の前にいた方から、隣村の村長さんがお見えになっていると伺いました。
 そして、近年類を見ない旱魃かんばつによる不作、領主からの例年通りの徴税……
 となれば、食糧難に陥り近隣の村々に助けを求めるというのは、自然な流れかと思いますが?
 ただ……」
「ただ?」
「ただ一つ……どうしても腑に落ちない点があります。
 支援を要請するだけなら、使者を遣わせばいいだけの話だ。なのに、わざわざ村長さん自らが直接うちの村……ラッセ村に足を運んでいる」

 隣村の……そういうば、村の名前を聞いていなかったが、そこの村長は見るからにご高齢だ。
 そんな人物が、自身の村の存続のためとはいえ、近隣の村の一つ一つに頭を下げに回っているとは、肉体的な負担を考慮すると、とても考えにくい。
 ましてや、どこも似たような状況であるはずの中、何でうちの村を選んだのかも……
「そこがどうにも分からない。それじゃまるで……」
「うちに蓄えがあることを知ってたみたいだ……ってか?」

 と、俺が思ったが敢えて口に出さなかったことを、村長はさらっと口にした。

「そりゃ当然だろう? なにせ、そのことを知らせたのは俺だからな」
「……はぁ?」

 一瞬、このジジイが何を言っているのか分からなかった。

「何、少し前から近場の村の連中とは、手紙をやり取りしとってな。
 お互い近況なんぞを報告し合っとったんだよ。
 その中でちらっとな……」

 ホント、何いってんだ? このジジイは?
 “うちには余裕があります”なんていえば、こんなご時世だ。そりゃ困っている奴らは助けを求めに、この村へとやって来るだろうよ。
 それに、手紙と言っていたが……
 おそらく、イスュの隊商を経由してやり取りをしていたのだろう。
 となれば、“ラッセ村に蓄えがある”という事実は、他の村の奴等も知っている可能性がある。
 それは、最悪、この白鬚しろひげのじーさんたちのように、この村に助けを求める人たちが大挙して押し寄せて来るかもしれない、ということだ……
 村長はバカじゃない。そんなことを書けば、どうなるか分かっていたはずだ。
 なのに、どうして……?

「おいジジイ、あんた何で……」
「で、ここからが本題だ」

 “そんなことしてんだよ? 村を潰したいのか?”と続けようとした俺の言葉は、村長によってぶつ切りにされてしまった。

「ロディフィス、お前は一つ思い違いをしているようだから訂正しておくが、この村に来ているのは何もそこにいるリオット村の村長殿たちだけじゃない。
 リオット村の村民全員、およそ二〇〇名ほどが今、村の近くで待機して貰っている状態だ。
 彼らの要望はこの村での滞在、それが叶わないようなら、食料の提供だそうだ。
 そして、また別の土地を目指すらしい」
「なっ……おいおい、それって……」

 全村避難ってことか?
 俺たちはリスクが高すぎるからって理由で選ばなかったが……

「儂らは、住んでいた土地を捨てることにしたのだよ。
 そうでもしなれば、待っているのはただ飢えて死ぬだけじゃからな……」

 絞り出したような掠れた声で、白鬚しろひげのじーさん……リオット村とか言ったか? の村長さんはそんな言葉を口にした。
 断腸の思い、というやつなのだろう。
 よくよく彼らの顔を見てみれば、今更ながらにとてもやつれることに気づかされる。
 どれほどの道のりだったのかは、想像するほかないが、あまり食べずにここまで来たのだろう。

「だけど……全員で逃げるったってそんな簡単な……」
「簡単でないことくらい百も承知しとる。勿論、危険であるということもな……
 我らとて阿呆ではない。皆で話合ったうえでの結論じゃ……」

 そこまで言うと、リオット村の村長さんは、テーブルの上で深々と頭を下げた。

「ラッセ村の長よ。今一度、お頼み申す。
 どうか、我が村人を預かってはくれまいか。
 なにも全員とは言わん。せめて、女子ども……いや、子どもたちだけでもいい。
 どうか……どうか……」

 リオット村の村長さんにならい、お付きの人たちも頭を下げる。
 こうなることくらい分かっていたことだろうに……
 もしかしたら、村長のことだから何か秘策的なものでも用意しているのかもしれないな。
 俺たちの知らないところで、こっそり作物を栽培していた、とかな。
 隠し小麦倉庫の一件もあるから、可能性のない話ではないはずだ。
 そして、なんだかんだで、結局全員受け入れたりするんじゃないだろうか?
 なんて思ったのだが、そんな俺の想像とは裏腹に、村長の口を突いて出た言葉に自分の耳を疑った。

「すまんな。あんたらの要望には応えられん。
 悪いが諦めてくれ」

 村長が発した言葉は、そんな無慈悲なものだった。
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