前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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92話 放す手と掴む手と

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 ダンッ!

 村長の言葉が途切れたその刹那、そんな音が部屋中に響いた。
 音のした方へと視線を向ければ、白鬚しろひげのじーさん……リオット村の村長さんの隣に座っていた男性が、テーブルに手を突いた状態で立っていたのだ。
 村長さん以外の人のことは特に気にしていなかったので、見た目結構若い感じの人だということに今更ながらに気づかされた。
 うちのとーちゃんより年上で、でも三〇には達していない、そんなくらいだろうか……
 今の音の発信源は、この人がテーブルを叩いた音なのだろう。

「あんたらは、まだ食いもんに余裕があるんだろっ!
 少しだけ村の中を見せて貰ったが、全然食うのに困っている様子がなかった!
 だったら、少しくらい分けてくれたっていいだろ!」

 立ち上がっていた人物がすごい剣幕で、まくし立てるようにそんな言葉を吐き出した。
 まぁ、気持ちは……分からなくはないけどな……

「これ、止めないか見っともない」
「しかし……っ!」
「…………」

 が、男性はリオット村の村長さんに、静かなだが芯のある声でたしなめられると、それ以上は何も言わず、すごすごと椅子へと腰を戻した。
 最後に、村長さんが男性を一睨みしていたが、歳の割には眼光鋭く結構怖かった。

「申し訳ない。儂らは頼んでいる側だというのに、このバカが無礼を働いた。
 儂らとて、虫のいい頼みだということは重々承知しとる。
 だが……
 儂らには、もう後がない。
 此奴こやつも村の連中を助けようと必死なのだ……それ故の無礼だと、笑って許してくれると助かる」

 そう村長さんは口にすると、再び深々と頭を下げた。

「許すも何も、初めから怒っちゃいなんだから許しようがないだろ?
 あんたらの境遇は、それなりに分かってるつもりだからな。
 だが、俺はあんたらよりもこの村の奴等の方が大切なんだよ。
 天秤に掛けるなら、大事なもんの方を優先するのは当然だろ?
 それも分かって欲しいもんだがな」
「ああ、重々分かっとるよ……邪魔をしてすまんかったな……」

 リオット村の村長さんは、そう言うとゆっくりと顔を上げて付き添いの人たちへと目配せをした。
 帰る、という意思表示だろう。
 彼らは……先ほど立ち上がって抗議をしていた彼も含めて、特に何も言いはしなかったが、皆が苦虫を嚙み潰したような苦し気な表情を浮かべていた。
 酷なような気もするが、村長の言い分は正しいと思う。
 俺だって、考え方自体は村長と同じだからな。
 救える命に限りがあるとするなら、大切なものを優先するのは当たり前なのだ。

「おじい様のいじわる! そんなの酷いですわっ!」

 誰もが口をつぐみ、重苦しい沈黙が支配する中、そんな言葉が響いのは、村長さんたちが椅子から腰を浮かせた、その時だった。

「シルヴィア、静かにしていると、そういう約束だったはずだが……?」

 突然、そんなことを言い出したシルヴィに、村長はゆっくりとした動きで視線を向けた。
 その口調も、そして視線も、普段の村長が一度も見せたこともないような、そんな厳しいものだった。
 いつも飄々としている爺さんだけに、こんな表情をする村長を見ると違和感がすごいな。
 裏を返せば、それだけ真剣、ということなのだろう。

「っ……!!
 い、いえ! 言わせて頂きますわっ!」

 そんな厳しい視線を、村長に……おじいちゃんから向けられたのが初めてなのか、シルヴィは一瞬体を震わせて言葉を詰まらせた。
 が、すぐさま気を取り直して言葉を紡ぎ直す。

「おじい様は先日も仰っていたではありませんかっ!
 “今年の冬は随分と余裕が出来た”って!
 “これも全部ロディフィスのお陰だ”って!
 だったら、少しくらい食料を分けてあげたっていいではありませんかっ!」

 そう口にしたシルヴィの言葉もまた、間違いではないのだろう。
 助けを求められたのなら、それに応える。
 助け合いの精神というやつだな。
 だが、それは理想だ。斯くあるべきだという理想でしかないなのだ。

「で? 少しだけ・・・・分けてどうするよ?」
「……え?」
「うちの村にあいつらを養うだけの蓄えなんて無ぇ。
 慰め程度の食料渡して追い返したところで、こんなご時世だ。
 何処行ったって受け入れられず、同じように追い返されるのが関の山だろうよ。
 その果てにあるのは野垂れ死ぬか、賊に襲われるか……
 それこそ、他の領地へ逃げようとしていることが領主の耳にでも入れば、何をされるか分かったものじゃない……」

 以前、ヴァルターから聞いた話では、他の領地へと逃げようとしているのが、もし領主にバレたら最悪、皆殺しにされてもおかしくはないと、そう言っていた。
 流石にそのまま話す訳にもいかないので、若干オブラートに包んだ表現を使って村長はシルヴィへと話した。 

「そんな、先の見えている奴らに貴重な食料を分けるなんてのは、捨ててるのと大差ねぇんだよ。
 それになシルヴィア?
 今ここでこいつらに食料を分けたとして、仮に……次に誰かが助けを求めて来たらどうする?
 そいつらにも食料を恵んでやんのか?
 その次は? 更にその次は?
 蓄えってのは、いつまでも無尽蔵にある訳じゃねぇ……そんなことを繰り返していたら、あっという間に底を突く。
 で、自分たちも食うもんが無くなって、それでも誰かが助けを求めて来たらどうする?」
「それは……その……」

 矢継ぎ早に放たれる村長の言葉に、シルヴィは言葉を詰まらせる。
 確かに、村長の言う通りだ。
 食糧難である以上、助けを欲しているのはこのリオット村の人たちだけではないはずだ。
 となれば、今後、このラッセ村に助けを求めてくる村がない、なんてとてもいえる状態ではない。
 いや、必ずあると言ってもいいだろう。

「……それでも酷いと思うかいシルヴィア?
 お前が言ってることは、そういうことなんだ。
 いつか誰かの手を払い除けることと、今ここで彼らの手を払うことと何が違う?
 全てを救えないと言うのなら、初めから手など取るべきではなんだよ」
「それは……ですが……グスッ……でも、わたくし……わたくしは……グスッ……」

 喉を詰まらせつつも、それでも尚シルヴィは言葉を続けようとするが、先が出て来ず下を向いてしまった。
 そんなシルヴィの頭に、村長はそっと手を置いた。
 シルヴィは聡い子だ。村長の言っていことの意味を、全てではないにしろ理解しているのだろう。
 自分の中の理想と、村長の突き付けた現実……その二つが自分の中でせめぎ合っているのだと、そう思った。

わたくしは……おじい様に救われました……
 おじい様に、ラッセ村に呼んで頂いて……救われたのです。
 お父様もお母様も、それまでよりずっと笑顔が増えて……沢山ごはんが食べられるようになって……
 お友達も沢山出来て……毎日がとても楽しいです……だから……」

 もしかしてシルヴィは、ここに来る以前の自分と、リオット村の人たちを重ね合わせて見ているのだろうか?
 出会う以前のシルヴィが、どんな暮らしをしていたのかは俺は知る由もないが、移住組の人たちから裕福な暮らしをしていたという話は、一度も聞いたことがない。
 仮に裕福な暮らしをしていたのなら、そもそも戻って来る必要がない訳だしな。
 自分が救われたから、幸せを感じている今があるから、同じような境遇の人たちも助けたい、とそう思っているのかもしれない……
 本当に、この子は優しい子なのだと思う。

「“おじい様に救われた”か……
 そいつは買い被り過ぎってもんだ……
 俺にンな力はねぇよ……もし、お前が救われたって、そう思ってんなら、それは俺の力じゃなくてそいつの……ロディフィスの力だろうよ。
 そいつがいなけれりゃ、お前らを呼び戻そうなんて考えもしなかった。
 それだけじゃねぇ、麦の件だってそうだ。
 こいつがいなれりゃ、今頃どうなっていたことか知れたもんじゃねぇ……
 今回のことだって、俺の力じゃどうすることも出来はしねぇ。
 だが……
 もし、何か出来るとすれば、そいつはそこで突っ立ってるロディフィスくらいなもんだろうよ?」

 村長のその言葉で、リオット村の人たちだけでは飽き足らず、うちの村の人たちの視線までもが一斉に俺へと向けられた。
 その中には、シルヴィ、ミーシャ、そしてタニアもしっかりと含まれていた。

「うぐっ……」

 何? この状況?
 呼ばれたのに、全然話を振られないからおかしいな、とは思っていたのだが、まさかこのタイミングで振って来るとは、思いもしなかった。
 完全に崖っぷちに追い込んだ状態から話振って来るとか、マジで何考えんだよこのジジィはっ!

「こんな子供が……?」
「リオット村の……さっきも言ったが、うちの村が無事なのはこいつのお陰だ。
 あんたらの問題も、どうにか出来るとしたらこいつしかいねぇ。
 まぁ、信じられねぇってんなら、帰って貰っても俺は一向に構わんがな」
「……いや、信じよう」
「で、どうなんだロディフィス?」
「ぐぬぬぬっ……」

 うちの村長の試すような目が、そしてリオット村の人たちのすがるような視線が俺に刺さる。
 ってか、村長その目やめいっ! なんか腹立って来るわっ!
 ここで、出来ないと言って追い返すのは簡単だろう。そうすれば、うちの村だけは確実に助かる。
 しかし、それは俺がここにいるリオット村の人たちを含めた二〇〇余名に、死刑宣告をするのと同義なのだ。
 誰かの決定で見捨てるというのなら、それは仕方がないことだと受け入れよう。
 だが、“救う”か“捨てる”かを、俺に選べというのは荷が重過ぎだ。
 俺の一言で、二〇〇余りの命が助かるか、もしくは限りなく“死”に近づくのかが決まる。
 前世でも、基本は他人の決定に身を委ねていた男だぞ俺は……
 責任なんてクソ喰らえとばかりに、重要な決定からは逃げていた俺が、人命に関わる決定など出せるはずもない。 
 そう考えただけで、胃の辺りがキリキリしてきた。
 と、そんな中……

「そんなのっ! ロディなら簡単ですわっ!
 わたくしたちのときのように、パパッと解決してしまうはずですわっ!」
「うんっ! ロディくん頭良いから、みんな助けてくれるもんっ!」
「何でも出来るからなロディは! 剣はヘッポコだけどなっ!」

 突然、何を思ったかお嬢さん方がそんなことを言い出したのだ。
 何を言ってんだお前らはっ!
 ってか、タニア! 俺はヘッポコじゃないっ! お前が異様に強いんだよっ!
 一体その根拠のない信頼は、何処から湧いてくるというのか……
 こいつら俺のことをなんだと思っているのだろうか?

「て、娘っ子どもに言われているがどうだ?」
「うぬぬぬぬ……」

 本当に何の手立てもないのなら、悩む必要すらなくないと言ってしまえばいいのだが、悲しいかな生憎と……

「手が……ない訳じゃない……」

 俺の絞り出すようなそんな声に、辺りが一瞬ざわっとなった。
 それが、うちの村の奴等からなのか、それともリオット村の人たちなのかは判然としなかったが……

「ただ、このことは村の奴等にも関係のあることだから、俺一人で決める訳にはいかない。
 だから、一度話し合わせて欲しい」
 
 結局、見捨てるという決定が下せなかった俺は、その判断を村のみんなに委ねることにしたのだ。
 ヘタレと呼びたければ呼べっ!
 俺はそういう重たい決定を出すのが、大っ嫌いなのだっ!

「ならば一日だ。
 明日まで決定を待ってはくれまいか、リオット村の村長殿」
「それは……我々としては願ってもないことだが……しかし……」
「何、一食くらいはこちらで用意しよう。
 結論の先延ばしをしているのはこちらだからな。ヨシュア」
「はい。シスターたちに声を掛けて、食事の手配をお願いしておきましょう。
 ついでに、手の空いている女性陣にも声を掛けておきますよ」
「なら俺は食材の用意をしよう」

 と、立ち上がって部屋を出て行ったのはバルディオ副団長だった。

「じゃあ、ボクは村中から食器を借りて来るよ。
 ヨシュアさん、教会で使ってる分全部借りて行っていいですか?」
「ええ。構いませんよ」
「じーちゃん、荷車とヤム借りていくよ」
「おい、人前では村長と呼べと……ちっ、行っちまったか」

 副団長の後を追うように、ディムリオ先生も部屋を出て行ってしまった。
 ……なんというか、全員まるで示し合わせたように、淀みのない行動だったな。
 もしかして、みんな初めから俺が首を縦に振るとそう思っていたのだろうか?
 もしそうだとしたのなら……一体、どんだけ俺のこと買い被ってんだこの人たちは……
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