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二二話
しおりを挟むドーカイテーオーは、森の中の街道をひた走る。
道は舗装道とは程遠い、ただ木を切り倒しただけの悪路だが、ドーカイテーオーの脚部と胴体部分には、特殊なサスペンション機構が内蔵されているので、馬の様な走りでありながら、背中に乗っている俺達にそれほど大きな揺れは感じられなかった。
しかし……
「きょわ~~~~~~~~っ!! とめ、と、と、とめ、と、止めてぇ~~~~~! 死ぬぅ~~~~~~!!」
事故りでもしない限りは死なないって……
と、そんな感じで爆走するドーカイテーオーの上で、ソアラはひたすら悲鳴を上げながら、支持バーにしがみ付いていた。
その様子を見て、宛ら初めてジェットコースターに乗った人の様だなと、他人事の様に思う。
まぁ、実際、他人事ですしお寿司。
ソアラが怖がっているのは、おそらく速度に対してだ。
昔、ドーカイテーオーの最高速度を計測したことがあるのだが、その時マークしたのが、MAX時速が140キロメートルだった。
バイクや車の様に、時速計が付いているわけでもないので、今、どれくらいの速度が出ているのか、正確には分からない。
ただ、体感では軽く時速100キロメートルくらいは出ているように感じる。
多分だが、この世界にこれほどの高速で移動する乗り物は存在しないのだろう。
ソアラから聞いた話しでは、移動は専ら馬車らしいからな。
馬車は馬が牽引する乗り物だけに、一概にどれくらいの速度が出るとは言い難い乗り物だが、それでも一般的な駅馬車で大体時速10キロメートル前後、早いものでも時速20キロメートル前後だと言われている。
それを考えると、このドーカイテーオーは五倍から十倍の速度が出ていることになる。
競走馬のサラブレッドでも、最高速度は時速70キロメートルだというのだから、それでも二倍近い速度だ。
ソアラにとって、ドーカイテーオーの速さは正に未知の領域なのだろう。
まぁ、それが分かっていても、早く目的地に着きたいから速度を落とすなんてことはしないけどなっ!
あの洞窟のように、野宿に適した場所が都合よく何度も見つかるとは限らない以上、早く目的地に着くに越したことはないのだ。
俺はソアラの悲鳴を無視して、更にドーカイテーオーを加速させた。
「おろ、お、おろ、おろ、お、降ろしてぇ~~~~~~~!!」
余談だが、バイクの様な体を外気に剥き出しにした乗り物で、時速100キロメートルなんて速度を出そうものなら、まず向かい風で目が開けられなくなる。
それは風圧も然ることながら、風で目が乾く所為で涙が止まらなくなるからだ。
これを防止するために、普通はゴーグルやバイザーで目を保護する必要があるのだが、俺の場合、ドーカイテーオーを操作している間は、自分の目は閉じておけばいい。
なにせ、今、ドーカイテーオーの頭の上にはエテナイトがしがみ付いているのだ。
俺の眼より遥かに頼りになるエテナイトの目があるので、わざわざ自分の目で見る必要がないのである。
まぁ、エテナイトがないくとも、多少性能は劣るがドーカイテーオー自身の目もあるしな。
ソアラ? ソアラはゴン太なドーカイテーオーの首が、良い感じに防風になっているので問題ない。
ヘルメットくらいは被っておいた方が良いかも? とは思ったが、道交法もないだろうから別にいいやと開き直っている。
それに、こんな速度じゃ事故ればヘルメットがあろうがなかろうが、多分死ぬ。
要は、事故らなければいいのだ。事故らなければ。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
「ぎ、ぎも゛ぢわ゛る゛い゛でず……うっぷっ」
「はいはい。取り敢えずこれ飲もうな」
「あ゛い゛……」
ドーカイテーオーから降り、茂みに向かってゲーゲーしているソアラの背中を摩りながら、俺はインベントリの中から、状態回復ポーションを一つ取り出すと、それを彼女に手渡した。
先ほど【身体解析】で状態を確認したら、【乗り物酔い・Lv1】状態になっていたからな。
【乗り物酔い・Lv1】なんて状態異常は『アンリミ』には存在しなかったが、状態異常である以上、状態回復ポーションがまったく効かないってことはないだろう。
症状もLv1と軽そうだしな。
ソアラは俺から状態回復ポーションをひったくる様に奪うと、最早、何の疑いも遠慮も躊躇いもなく、それ飲み干した。
「ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ……ぷはぁっ! 生き返りますぅ~」
地獄に仏と言わんばかりの、満面の笑みだった。さっきゲロっていた奴の顔とは思えんな。
「ゲロも出したし、状態回復ポーションも飲んだし、これでスッキリしただろ?」
「うぅぅ……またしても醜態を……もうお嫁に行けませんよ……ううぅ……」
さっきまでゲロゲロしていた自分を思い出したのか、ソアラがその場で頭を抱えて蹲ってしまった。
「今更だろ?」
「酷いっ! 元はと言えば、スグミさんの所為じゃないですかっ!
私が、止めてって、降ろしてって何度も何度も言ったのにっ!」
「早く街に着きたかったからな。どれくらいの距離にあるのかも分からんから、飛ばせるだけ飛ばしたんだよ。
でも、ほれ。おかげでもう街が見えるところまで来ただろ?」
ふくれっ面のソアラにそう言うと、俺は遠目に見える城壁らきし物体を指さした。
おそらく、あれが件の街だろう。
「そうかもですけど……そうかもですけどっ!」
俺の言っていることは理解は出来ても、納得は出来ないとプンスコするソアラ。
賊との戦闘から大体一時間くらいだろうか? ノンストップでドーカイテーオーを走らせ続けた結果、俺たちは街が見える丘まで来ていた。
ここから先は徒歩だ。
流石に、ドーカイテーオーに乗ったままでは目立ち過ぎるからな。
これは何だ!? と根掘り葉掘り聞かれても、的確に答えられる自信はない。
「まぁ、ソアラの醜態を知っているのなんて俺だけなんだから、俺が死ぬまで黙っていれば、ソアラの将来も安泰なわけだ。安心しな、人の恥を吹いて回る趣味はないから」
「そういう問題ではないんですっ!」
「あ、そうだ。そんなことより、先にアレを渡しておかないとな」
「そんなことって……思ったんですけど、スグミさんって人の話し全然聞きてくれませんよね?」
「そんなことはない。聞くべき言葉には、ちゃんと耳を傾けるよ」
「つまり、私の嘆願は耳を傾けるほとではない、と?」
「まぁ、俺的には、そうだね」
「やっぱり酷いです……」
ぐんにょりと項垂れるソアラを尻目に、俺は事前に用意しておいたアイテムをインベントリから取り出した。
「ほい。これ」
「指輪……ですか?」
俺からアイテムを受け取ったソアラが、指輪を手の平でコロコロ転がしながらそう言った。
一見、なんの変哲もないシルバーのリングなのだが、これにはちょっと変わった効果があった。
「ああ、変身リングってアイテムでね。これを装備すると容姿を変えられるんだよ。
流石にその姿のまま街に入るのは危険だからな」
「へぇ~、そんな物までお持ちなんですね……それで、これをどう使えばいいんですか? また、魔力を流せばいいんですか?」
「いんや、指に嵌めるだけでオーケー。
ただし、変身していられるのは指輪を付けている間だけ。
外すと元の姿に戻ってしまうから、街にいる間は極力付けておいた方が良いだろうな」
「分かりました。えっと、付ける場所とかありますか?」
「いんや、特に指定はないよ」
そうですか、とソアラは頷くと、何の迷いもなくスポっと左手の薬指に指を嵌めた。
一瞬、えっ? と思ったが、俺の知識と彼女の常識が必ずもイコールではないと考え直す。
でも、気にはなるので一応、何故その指なのかを尋ねたら、
「エルフでは、それぞれの指に精霊が宿ると考えられているんですよ。
左の薬指には、ウルマーという運気を司る精霊が宿っていて、装飾品を付けることで邪気を運気に転ずることが出来る、とそう信じられているんです。
まぁ、本気で信じている人は少ないので、おまじないみたいなものですね。
ここのところ嫌なことがいろいろあったので、気休め程度にはなるかなって」
と、そんな答えが返って来た。
理由を聞いて、ホっとしたような、少し寂しいような……
どっちにしても、確認しておいて正解だったな。危うく、変な恥を掻くところだったぜ。
「それで、もう私の姿って変わってるんですか? 自分ではよく分からないのですけど……」
「ああ。別人になってるよ。確認してみるかい?」
「はい。見てみたいです」
と言うので、俺は手持ちのアイテムの中から鏡を取り出した。
ただ、生憎と鏡はインベントリには入っていないので、亜空間倉庫からチェストボックスを取り出し、その中から家具アイテムの化粧台を取り出すことにした。
「おぉ~! これが私、ですか?」
「そだな」
鏡に映ったのは、元のソアラとは似ても似つかない、まったくの別人だった。
綺麗な銀髪は漆黒のストレートに変わり、宝石の様なエメラルドグリーンの瞳も、色素の薄い黒い瞳に代わっていた。
容姿も、ソアラが元気系美少女だとするなら、変身後の姿はどこか影のある美人さんだ。
エルフ特有のとんがった耳も、今は人間の丸みを帯びた耳へと変わっている。
外見上は、何処からどう見ても人間の女性の姿をしたいた。
そして何より一番違うのは、その胸だ。
普段のエルフソアラはこう、“すとーん”としているのだが、今の変身ソアラは“ばい~ん”という感じになっていた。
『アンリミ』では、一度アバターを設定してしまうと、髪型やメイク以外の顔のパーツや体形といった、所謂基本設定は変更不可能な仕様になっていた。
一応、課金アイテムを使えばベースから変更することは可能だったが、まぁ、そこまでするか、って話だな。
その代わり、というわけではないが、こうした変身アイテムを使うことで、自身の外見を気軽に変化させることは出来た。
ちなみに、これは“人間・女性”に変身するリングだが、この変身リングには他にもエルフやドワーフ、獣人に有翼人に有角人などなど、果ては蜥蜴人と様々な種類が存在している。
『アンリミ』では、プレイヤーが選択出来る種族が人間しか存在せず、また、ゲーム内に人間以外の人系種族は登場しない仕様になっていたので、人間以外を見掛けたら十中八九プレーヤーの変身した姿である。
まぁ、ただ、リザードマンは敵性存在としても登場するので、ややこしいところはあるが……
何故俺が、“人間・女性”に変身出来るリングを持っているかというと、それはこのリングの入手方法が課金ガチャの景品の一つだからに過ぎない。過ぎないっていったら過ぎないのだ。
別の物を狙っていても、出ちゃうんだから仕方ないのだ。そう、仕方がないのであるっ!
って、俺は一体誰に言い訳しているんだ?
ただし、容姿は指輪毎に個別に設定されているため、自分好みの容姿かどうかは完全な運任せであり、お目当ての物を手に入れるまでガチャるなら、沼は覚悟しておかなければならない。
そんな所為か、『アンリミ』ではこの手の変身アイテムはかなりの人気があり、プレイヤー間で高値で取引されていた。
中身次第では、最高レアリティのアイテムより高額だったりするしな。
そんなこともあり、俺も手に入れた変身リングの大半はオークションに出して、傀儡人形の制作費用に充てていたっけな。
変身アイテムは、いい金策になるのだ。
そんなアイテムが、なぜ手元に残っているのか……
それは永遠の謎なのである。謎だと言ったら、謎なのであるっ!
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