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三四話
しおりを挟む「へぇ~、結構広いんだな……」
セリカの後を追うと、小さな運動場くらいの広場に出た。いや、室内だということを考えれば、体育館といった方が近いか。
ただし、地面はさっきまでいた受付兼酒場だった場所のような床張りではなく、地肌が剥き出しになっている状態となっていた。
まぁ、ここで剣の訓練やらなんやらをやると考えたら、床張りではすぐに傷んでしまいそうだから、地面のままの方が都合がいいのかもしれないな。
実際、壁には練習用と思しき剣やら槍、斧なのがいくつも掛けられている。
その中に、一際巨大な大剣に目が惹かれた。大体、黒騎士が振っている剣と同じくらいか、やや小さいくらいか。
あんなバケモノサイズの剣なんて、一体誰が使うんだよ?
正直、人が振れるサイズには見えないんだが……となると、飾りだろうか?
なんてことを考えながら、俺は改めて室内をぐるりと見回した。
自由騎士組合の建物の前からでは分からなかったが、随分、奥に大きな建物だったみたいだな。
俺に続いて入って来たソアラも、ほへぇ~といった顔で物珍し気に周囲を見回していた。
「どうだ? これだけの広さがあれば事足りると思うが?」
俺とソアラが上京したての田舎者のように、キョロキョロと辺りを見回していると、セリカがそう声を掛けて来た。
「ああ、十分だ。それじゃ、早速……」
というわけで、俺はここにきた本来の目的を果たすことにした。
「出でよっ! 黒騎士っ!」
別に名前を呼ぶ必要は一切なのだが、無言のまま出しても寂しいので、なんとなくそれっぽいことを言ってみる。
と、亜空間倉庫から取り出された黒騎士が、俺の前で仁王立ちした姿で現れた。
「っ!! これが魔空間術士の力か……
話には聞いていたが、本当に何もないところから姿を現すのだな……」
一瞬、突然姿を現した黒騎士に、ビクッと体を震わせるセリカだったが、すぐに慣れたのか、一転、今度は黒騎士に近づき矯めつ眇めつ黒騎士を観察する。
関節の隙間を突いてみたり、胴の部分を軽く拳で叩いては、反響音に耳を傾ける。
「中に人が入っている気配はなし、か……ただの鎧の置物にしか見えないが、これが本当に動くのか?」
と、セリカが疑うものだから、取り敢えずラジオ体操第一でもさせてみる。
「きゃっ!」
これまた突然動き出した黒騎士に、セリカが甲高い悲鳴を上げた。
気丈な態度で振る舞う彼女にしては、思いがけない少女らしい悲鳴に意外性を感じる。
当人もそれが恥ずかしかったのか、セリカは若干頬を赤く染めると、何事も無かったかのように咳払いを一つ。
「こ、これがスグミの力、というわけか……
しかし、こうも何の気配もなく突然姿を現すとは……
この力を使えば、相手の背後を取るなど容易なものだろうな」
「いや……流石にそこまで便利じゃないからな?
出せる距離にも制限があるし、なにより一定以上の空間がなければ出すことすらままならんわけだから、セリカが思っているほど万能じゃないぞ?」
と、過大評価されないように、デメリットもちゃんと話しておく。
なんでも出来ると思われても困るからな。
「そういうものなのか?」
「そういうもんだ」
「そうか……にしても、黒い騎士……か」
何か含みがある様にセリカはそう言うと、じっと黒騎士を見つめる。
「黒い騎士になにか意味でもあるのか?」
「……まぁ、そうだな。しかし、この国の人間ではないスグミには、関係のない話しだ」
何かあるのは間違いないみたいだが、セリカ自身が話そうとはしていないので、俺も深くは追及しないでおく。
セリカも言っていたことだが、俺には関係ないといえば関係ない話しだからな。
「さて、話しだけしても仕方あるまい。その騎士の実力、見させてもらおうか?」
セリカはそう言うと、羽織っていたローブを脱ぎ棄て、側へと放り投げた。
ローブの下から現れたのは、野暮ったい厚手の上着とスボン、それに革製の軽鎧。そして、左右の腰に一本ずつ下げられた二本の細い剣。形状的にレイピアだろう。
一口にレイピアといっても、両刃のものから片刃のもの、また刃を付けずフェンシングで使われるフルーレのように突くことに特化したものと、その種類は豊富だ。
セリカが下げているのは、その幅から刺すだけでなく斬ることも可能な両刃のものだと思う。
細剣の二刀流か……
セリカのステータスが【敏捷性】と【魔力】が高めなところから見て、魔術を織り交ぜた近接スピードアタッカー、といった感じかな。
一撃の重さより手数重視で攻めるタイプで、アンリミではこの手のスタイルを、速魔剣士スタイルと呼ばれていた。
しかし、なるほど。ローブの下はこうなっていたのか。
女性の騎士、ということで勝手にミニスカート姿だとか、ビキニアーマーだとかを想像していたのだが、そりゃそうだわな……
戦うことを念頭に行動しているのなら、流石にミニスカやビキニアーマーはないだろ、と自分にツッコむ。
てか、ビキニアーマーとか、あれ、意味あんのか? ってくらい本気でどこを守るんだよってレベルで防御力ないからな。
防弾蝶ネクタイとどっこいどっこいの性能である。
ただし、考えた奴は間違いなく天才だ。ありがとうっ! いろいろとお世話になっております。
「で、実力を見せる、とはいっても実際俺は何をすればいいんだ?」
「何、簡単なことだ。私と一手、手合わせしてくれればそれでいい」
そう言うと、セリカは腰から下げていた二本の細剣をすらりと引き抜き、一振りを黒騎士へと突き付ける。
手合わせか……これは少し宜しくないな。
「別の方法には出来ないのか? こう……例えば、そこにある打ち込み用の丸太人形をぶった切る、とかさ」
俺は、訓練場の壁際に置いてあった木人っぽい何かを指さしてそう提案する。が、
「備品を破壊するなど言語道断だ。あの“打ち込み君・六号”とてタダではないのだぞ?
まぁ、新調する代金をスグミが出すというのなら、別に構わんだろうが」
へぇ、あれ“打ち込み君・六号”って名前が付いていたのか……ってそれはいいとして。
セリカの言うことは尤もだな。
どこぞの勇者じゃないんだから、他人の家のツボを割って回る、なんてただの器物破損で犯罪だ。
しかしな……
「どうした? 急に怖気づいたか?」
俺がセリカとの手合わせを拒んでいるのをどう受け取ったのか、セリカがやや挑発するようなことを言って来た。
「怖気づいた……と言えば、まぁそうかな。初めに断っておきたいんだが、気を悪くしないで聞いてくれ。
この黒騎士は、セリカの力程度でどうこう出来る代物じゃない。
むしろ、下手にこいつと打ち合えば、それこそセリカに大怪我を負わせかねないくらいの実力がある。しかも、手加減をするのが難しいんだ。
俺が一つミスをすれば、セリカに大怪我を負わせることになる。俺はそんなことは望んでいない。
だから、別の方法で試すことにしないか?」
俺の物言いが気に入らなかったのだろう。セリカの蟀谷がヒクヒクと小さく震えるのが見えた。
俺はお世辞とか社交辞令っていのがどうにも苦手で、特段、そういうことを言わなければならない状況でもない限りは思ったことを口にしている。
まぁ、それで人から嫌な顔もされるが、今更変えられる性格でもないので、もう気にしないことにしていた。
「ほ、ほぉ……大した自身だな……女だからと、見縊られたものだ」
「勘違いしないでくれよ? 俺はセリカが女の子だから無理だと言っているわけじゃない。
純粋に能力が違い過ぎるから危険だと、そう言っているんだ」
事実、黒騎士の能力は『アンリミ』の上位プレーヤー群の下の方に位置している。簡単に言えば、上の下ラインだ。
しかし、セリカのステータスは中の中程度。これでは、逆立ちしても黒騎士に対抗出来るものではない。
それくらい、セリカと黒騎士では力に差があるのだ。
賊共を相手にした時とて、俺は手加減……というか手を抜いて適当にあしらっていた。
それでも、大怪我を負っていた奴は一人二人程度では済まなかったのだ。
あんな目に、セリカを合わせたくはない。
「ならば、どのようにしてその人形の力を計ると?」
「そうだな……
それじゃあ、こちらからは一切手を出さないから、セリカが気が済むまで、黒騎士を好きなだけ攻撃する、っていうのはどうだ?
少なくとも、黒騎士の頑丈さの証明にはなると思うが?」
「ふむ……」
俺からの提案を吟味するように、セリカか暫し考え込み……
「……分かった。その条件でいいだろう。
ただし、挑むからにはちらも全力を出させてもらおう。手加減はせん。もし、その大事なお人形さんが跡形もなく吹き飛んだとしても、文句は言ってくれるなよっ!」
お人形さん……ね。随分と棘のある言い方だな。
「ああ、がんばってみな」
「ならばお言葉に甘えて、好きにさせてもらおうか」
それがゴングとなって、セリカの目が一瞬にして臨戦態勢へと変わる。
すぐにでも斬りかかって来るかと思ったのだが……
「すぅー……はぁ……すぅー……はぁ……」
と、ゆっくりと、そして大きく数度深呼吸をするような動き見せた。
たったそれだけで、確かに何かが変わっていた。
何かが変わったは分からない、ただ、肌がゾワゾワするような感じがしたのだ。
「すごい……セリカの中で、凄い量の魔力が渦巻いているのをここからでも感じます」
そんなセリカを見て、ソアラがそんなことをぽつりと呟く。
何か使用しているのは間違いないみたいだな。
と、
「魔装戦衣っ! 戦乙女の騎装っ!」
突然、目をカっ! と見開いたかと思うと、セリカがそう口にした。
そして、セリカの全身からボワっと赤紫色の靄の様なものが溢れ出し、セリカの体を包み込んだのだ。
これは……!
仮に『アンリミ』と同じ現象だとすれば、これは俗にオーラと呼ばれるエフェクトで、ステータスが向上、もしくは下降した時に現れるものだ。
おそらく、セリカが使ったのはステータスを向上させるバフスキルだと思うんだが……
一応、【身体解析】でセリカのステータスを確認してみると……
うわぁっ? なんぞこれ? 軒並み倍ぐらいに増加してんぞ。
状態項目には【力】を増加させる【パワーアクセラレーターLV10】に、【頑丈さ】を強化する【タフネスボディLV10】、【敏捷性】を増加させる【俊足LV10】、それに【魔力】を向上させる【マジックパワーLV10】、攻撃速度そのものを上昇させる【クイックドライブLV10】。
そして、相手の攻撃からのダメージを軽減する【ディフェンスオーラLv10】。
と、複数のバフが重ね掛けされている状態になっていた。
スキルのLVとは増加値を示している。
例外はあるものの、大体LV1につき10%の上昇効果がある。
つまり10まで上げれば、能力を二倍まで上げることが出来るというわけだ。
【ディフェンスオーラ】がその例外の一つだな。Lv1に付き、9%のダメージカットが可能で、Lv10ともなればその軽減率は90%というとんでもスキルであり、『アンリミ』では一、二を争う厄介スキルとして有名だ。
とはいえ、軽減出来るダメージ総量に達すると消滅してしまうので、過信は禁物である。
それはそうとして……
一つのバフスキルで、これだけステをモリモリに上げたらあかんやろ……しかも、全部上昇効果高いのなんの。
こんなんチートや、チーターや! と、どこかの誰かさんもご立腹するレベルだぞこれ?
このスキルがアンリミで実装されていれば、さぞ人気スキルになったことだろうなと、ふと思う。
まぁ、俺もアンリミのすべてのスキルを網羅していたわけではないので、もしかしたら似たようなスキルがあるのかもしれないが、少なくとも俺は知らん。
アンリミって、意外とスキルを手に入れた本人でも、どうやって手に入れたか理由がよく分からないスキルってのが結構あるからな……って、今はそんなこと考えている場合じゃなかったか。
とはいえ、所詮は二倍。筋力は300程度だし、一番高い魔力も700台だ。
それでもまだ、黒騎士を傷つけられるような能力には達していない。焦ることはなし。
で、ここからセリカの攻撃が始まるのかと思ったら、更に続きがあった。
「燃え盛れっ! 獄炎っ! 吹き荒れろよっ! 烈風っ!」
セリカの言葉に呼応よるように、セリカの右手の剣に燃え盛る炎が纏い、左手の剣には目に見えるほどに密度を増した風が渦を巻く。
それを見て、セリカが何かしらの攻撃技を使おうとしているのはすぐに分った。
しかし……なんかこれ、ヤバいんではなかろうか?
首筋辺りがチリチリするような、嫌な予感をビシビシと感じる……
俺の危機感値スキルが、こいつはマジでヤバイと警鐘をガンガンと鳴らしていた。
黒騎士がどうこうなるとは思わないが、俺と黒騎士とは2メートルも離れてはいない。
もし、セリカが使おうとしているスキルが範囲系のものであれば、俺まで巻き込まれかねない距離だ。しかも、俺の近くにはソアラもいる。
「隠れろソアラっ! なんか嫌な予感がするっ!」
「へっ? そ、そんな急に隠れろって言われても、ど、どこにですかっ!?」
咄嗟にソアラに何かに隠れるよう言うが、確かに、ここには彼女の言うように、体を隠せそうな物は何もなかった。かといって、この訓練場から出ようにも、入り口は少しばかり遠い場所にある。
「ちょっ、スグミさんっ!?」
ならばと、俺はソアラの手を取り力任せに引っ張り……まぁ、大した筋力はしていなんだが……黒騎士から遠ざかる。説明している余裕はない。
特に、黒騎士の背後側は絶対ダメだっ! 出来るだけ黒騎士の側面方向に離れたところで、【形状変化】を使い地面を掘り起こして半球型のドームを形成。その後ろに身を隠す。
取り越し苦労ならそれでいい。しかし、下手にスキルに巻き込まれたら、俺の場合ステータスが低すぎて即死しかねないのだ。
ソアラについては防具がそれなりに確りしているので、命に関わるなんて事はないだろうが、だからと放置していい理由にはならんよな。
で、その直後。
「森羅万象、灰燼と化せっ! 炎嵐衝爆刃っ!」
背後で、とんでもない爆発音が響いた。その音圧といったら、耳元でソアラが悲鳴を上げているようなのだが、殆ど聞こえなかったほどだ。
そして、吹き荒れる爆風が室内を蹂躙する。それこそ、建物が吹き飛んだのでは? と感じたほどだった。
喩えるなら、直近でダイナマイトが爆発したらこんな感じなのではなかろうか?
まぁ、ダイナマイトが爆発するところなんて、リアルじゃ見たことないから知らんけど。
しばらくすると音も風も収まったが、土煙が濛々と立ち込めているので周囲の様子は伺えない。
「けほっ、けほっ……何だったんですか、今の……」
そんな中、巻き上がる土煙に咽ながら、ソアラが顔の前を手でパタパタと仰いでいた。
この土煙の量では、焼け石に水もいいところだが、やらないよりはマシといった感じだろうか。
それも少しすると落ち着き、頃合を見計らって様子見のために簡易シェルターからそっと顔を覗かせると……
「げっ……マジかよ……」
黒騎士が立っている場所に、どデカいクレーターが出来上がっていた。
黒騎士から背後に伸びた楕円状で、最も長い場所で3メートル幅2メートル程、一番深い場所で50センチメートルくらいはありそうだ。
一立方メートル辺りの土の比重を1.8トンと仮定してざっくり計算すると……えっと? 楕円形の体積は4/3πabcで求められるから……あっ、でも体積は半分だから更に二分の一にして……
…………げっ!? 約3トン!!
今の一撃で、3トンの土が吹っ飛んだことになるのかっ!?
あのままあの場所につっ立っていたら、今頃俺は木っ端ミジンコだよっ! 怖っ!
そんな爆心地に、爆発の所為で砂まみれになって汚れているとはいえ、無傷のまま仁王立ちしている黒騎士は流石だな。
俺が心血を注いで作っただけのことはある。一応、状態を確認してみるが、軽度の損傷もなしだった。
しかし、危機感知スキルが良い仕事をしてくれた。
低ステータスで生き残るには、なによりも慎重で臆病であることが必須だ。大丈夫大丈夫と、楽観視していると案外簡単に死に戻りするのが『アンリミ』だからな。
それに、『アンリミ』のデスペナは、全スキルレベル10パーセントダウンという、マジでエグイ仕様になっているからな……
十回連続で死んだら、初心者レベルまで下げられることになる。ゾンビアタック禁止処置にしても、エグイ話しだ。
極力、死なないように死なないようにと、そのために危険感知スキルのレベルはガッツリ上げておいた。
危機感知系のスキルは、どれだけレベルを上げておいても、決して無駄にはならないのである。
お陰で今回も危機感知スキルに助けられて、感謝感謝だ。
で、こんな惨状を作り出した当人はというと……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で荒い息をしながら、黒騎士の前に膝を付いていたのだった。
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