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八二話
しおりを挟むようやっとブルックから解放され、自由騎士組合を後にした俺は、特にやることもないので一人街中をぶらぶらと散歩をしていた。
今、宿屋に戻ったところで、ソアラはイオスと一緒にエルフ関連で何処かに行ってしまっているので、一人でいても寝る以外にやることがないのだ。
とは言っても、昨日一日まるっと寝ていたので、流石にこれ以上は寝られそうにない。
ならば、セリカ達の所に顔を出そうかとも思ったが、俺に出来そうなこともないし、下手に行って邪魔をしても悪いので止めることにした。
そもそも、俺は部外者だしな。
セリカの話しじゃ、騎士団の仕事プラス明日の王都出立の準備中で、結構忙しそうにしているらしい。
ここで俺が余計なことをして、手間を掛けさせるべきではないだろう。
だったら、今こそブルックの言っていた、綺麗なお姉ちゃん達がいる“ステキなお宿”に行こうとしたのだが、日が高いうちは開いていないということで、断念無念。
というわけで、仕方なく俺は一人寂しくアグリスタ観光と洒落込んでいた。
道中、そういえば、ソアラを村に送り届ける準備を、何もしていないことを思い出した。
まぁ別に、何の準備もしていなくても、手持ちのアイテムだけで何とでもなるだろうが、物資は補充出来る時にしておくに越したことはない。
亜空間倉庫内には様々なアイテムが、腐る程保管されているとはいえ、それとて無尽蔵ということではない。
いざという時のために、ある程度は温存しておいた方がいいだろう。となれば、今からの予定は旅の物資の調達だ。
取り敢えず、生鮮食料品や出来合えの総菜などを中心に、街を巡りながらいろいろと買い込んでいく。
日持ちしない物でも、インベントリや亜空間倉庫の中にブチ込んでしまえば、傷みも腐りもしないので何時でも新鮮、出来立てを食べることが出来る。
保存性を考える必要が無いのがマジで便利だ。
「安いよ~安いよ~! それに今年はマルモッツァの当たり年っ! 今期、食うのを逃したら、こんな美味いマルモッツァ、次何時食えるか分からないよぉ~」
と、何とはなしに、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロしながら街中を歩いていたら、何処からか客引きをする威勢の良い掛け声が聞こえて来た。
声自体も多少気にはなったが、それ以上に“マルモッツァ”なるものが一体なんなのか、そっちの方に興味が湧いたのだ。
美味い、と言っているのでおそらく食べ物だとは思うが、ぶっちゃけこの国の、というか、この世界の食べ物の名前は独特過ぎて、それがどういったものかまるで想像出来ないんだよなぁ。
声の主の方へと足を勧めると、そこには店先で気の良さそうな四十になろうかっていうおっちゃんが、威勢の良い声で客の呼び込みを行っていた。
声の主はこの人だな。
売っている商品を見てみると、見たこともない野菜? 果物? らしきものが軒先にずらりと並んでいた。
この世界の八百屋だろうか?
「おっ、そこ行く美人のお姉さん! お一つどーだい? えっ? いらない? そいつは残念だ。こんなに美味いってのに。
おっ、そこな若奥さんはどーだい? いらいな? そうかい。じゃ、またの機会に」
しかし、さっきから“美人のお姉さん”だの“若奥さん”だの言っちゃいるが、そのどれもがいい歳したオバちゃんじゃねぇか……
客引きの為に盛大なお世辞を言うのは、何処の世界でも同じなようだ。
「おっ、そこな異国風なおにいさんっ! 興味があるなら一つどうだい?」
そんな光景を眺めていたら、おっちゃんと目が合い声を掛けられた。
元々、興味もあったので俺は八百屋のおっちゃんに近づき商品を見せてもらうことにした。
「悪いが、そのマルモッツァってのをそもそも知らないんだが、どういう物なんだ?」
「おや? マルモッツァを知らないのかい? 珍しいねぇ」
「見ての通り、遠い異国の生まれでね。この土地の物に疎いんだ」
「なるほど。マルモッツァはこの辺りの特産品の一つでな。是非とも一度食べてみることをお勧めするよ。うまくてびっくりするぜ!
で、こいつがそのマルモッツァさ」
そう言うと、おっちゃんは商品の棚から一つの商品を手に取り、俺へと差し出した。
それは、濃い緑をした何かデカイ丸い物体だった。
俺が知る中で一番近いのは、完熟して黄色になる前の大きめの夏ミカンとか、グレープフルーツといった感じか。
「こいつは、どう食べるのが美味しいんだ?」
「どうも何も、そのまま皮を剥いて齧るだけさ」
「そのままってことは……こいつは果物なのか?」
「あ? ああ、そこからか。
そう、こいつは果実だよ。別名・水の実、なんて呼ばれるくらい実に多くの水分を多く含んでいるんだ。
けどな? その甘さから、食べると逆に喉が渇いて水が欲しくなる実、なんて意味も込められてるだぜ」
「へぇ~、それじゃ試しに一つ貰おうか。いくらだ?」
「一つ500ディルグだ」
500ディルグ。果物一つで宿屋で食べた定食一食と同じくらいって、思ったより高いな。
これ、意外と高級果実だったらしい。
今の俺としては大した額じゃないが、普通に考えればかなりの高額だ。
日本でいえば、一個七〇〇円前後するミカンみたいなものだろ? 流石にお手軽に買える物かというと無理がある。
そりゃ、オバちゃん達も嫌厭するわけだよ。
俺はそんなことを思いながら、革袋から500ディルグ、小銀貨五枚を取り出しおっちゃんに渡した。そして、おっちゃんが持っていたマルモッツァを代わりに受け取る。
では早速皮を剥いて……って、堅っ!! 何んだコレっ!? 堅っ!!
ミカンに似ていたから、同様に蒂の部分から指を突っ込んで皮を剥こうとしたのだが、その堅さたるや。
とてもではないが、人力でどうこう出来る堅さではない。喩えるなら、ヤシの実に指を突っ込もうとしているようなものだ。
「ガっハっハっハっ! マルモッツァの皮を手で剥こうなんてムリムリ!」
その様子を見ていたおっちゃんが、盛大に吹き出して笑っていた。
こちとら、そんなこと知らなかったんだから仕方ないじゃないか。
「ほれ、貸しな。割ってやっからよ」
と、一頻り笑った後、おっちゃんは俺からマルモッツァを取り上げると、腰に差していたドデカイナイフ……ってか、鉈か?……を、マルモッツァへと打ち込んだ。
「マルモッツァはすげー堅いが、縦に入っている繊維の流れに沿って刃物を打ち込めば、こう簡単に刃が入るんだよ。
で、こう、少しこじってやれば……」
そう言いながら、おっちゃんが刺さったナイフを左右にグイグイしていると、ピシっとマルモッツァに大きな亀裂が走った。
「こうなるってわけだ」
おっちゃんは得意そうに笑うと、同じ要領でもう一ヶ所、十字になるように亀裂を入れてくれた。
ここまで割れれば、後は手でも簡単に千切ることが出来る、とおっちゃんが言うので、言われた通り一片を掴み引っ張てみれば確かに簡単に毟ることが出来た。
皮を毟ると、そこから透明感のある乳白色をした果肉が姿を現した。側は真緑だったのに、果肉は白なんだな。
なんて思いつつ、もう一ヶ所の皮も毟る。
これで、半球状に果肉が露出した状態になった。
全部皮を毟ってしまうと持つところが無くなってしまうので、残りの半分は保持部として残すことにする。
さて、マルモッツァとやらは一体どげな味をいしてるのだろうか。
いざ、実食!
「……っ!! あっまっ!」
乳白色の果肉に齧り付いた瞬間、口いっぱいに強烈な甘みと爽やかな酸味が駆け抜けて行った。
その味を喩えるなら、マンゴスチンを砂糖漬けにして、更に味を濃くしたような感じ、だろうか?
これ糖度何度あるんだ?
しかし、だ。
このマルモッツァ、確かに美味い。
美味いは美味いのだが、おっちゃんが言っていた通り、甘さがすんごいことになっていた。
一口二口、食後にデザートとして一欠けらとかなら全然美味しく頂けるのだが、それがソフトボールサイズともなると、その甘さが逆にクドく感じてしまう。
俺はベタベタに甘い物というのが、実はそんなに得意ではないのだ。
ならば何故買ったし、と言われそうだが、流石にここまで甘いとは思わなかったんだよ。あとは興味本位だな。
皮が厚いため、果肉自体のサイズは見た目より多少小さくなっているとはいえ、それでもデカイ。
頑張って半分くらい食べはしたが、そこが限界だった。
「…………」
さて、この残った半分をどうしたものか。
まぁ、インベントリにでもしまっておけば、腐りも傷みもしないので後で食べればいいか、と結論付けたところで、ふと視線を感じて顔を向ければ、そこに二人の子供がいた。
十歳くらいの男の子と、それより少し下の女の子。兄妹かな? 近所の子どもだろうか?
二人は連れ添って、俺のことをじっと見上げていた。
いや、正確には俺をではないな。この子達の視線は、俺が持っているマルモッツァに釘付けになっているのだ。
試しに、持っていたマルモッツァを右に振れば視線は右へ、左に振れば視線も左へ着いて来る。
「食べるか?」
食いかけを差し出し俺がそう聞くと、二人とも今にも首か捥げそうなくらいの勢いで激しく上下に振って来た。
食いかけでもいいんだ……
そんな光景に苦笑しつつ、俺は一応護身用に装備しているナイフで残りのマルモッツァを二等分にすると、それを子供たちへと差し出した。
「「ありがとう、お兄ちゃん!」」
「どういたしまして」
お? ちゃんとお礼が言えるなんて偉いではないか。
子ども達は俺から食いかけのマルモッツァを受け取ると、やいやい言いながらその場で齧りつき始めた。
「ガキんちょなんかにやっちまって、よかったのかい?」
「良いんだよ。俺に丸々一個は多過ぎた。正直、どう処分するか困ってたところで、むしろ丁度よかったくらいだ」
とはいえ、だ。
俺には少々クドく感じる甘さだが、見ての通り甘い物好きな子どもや女の子受けの良さそうな味であることは間違いない。
今夜はセリカとのお別れ会もあることだし、お土産に買って行くのも悪くないな。
それにウチには、食いしん坊エルフも一匹いることだし。
「まぁ、俺にはちょっと甘いが、お土産には良さそうだから、このマルモッツァと後何かおっちゃんのオススメをいくらか見繕って詰めてくれないか?」
「へい、喜んでっ! で? ご予算は如何程で?」
「そうだな……1万ディルグ分くらいで頼めるかな?」
俺はそう言うと、革財布から1万ディルグ、小金貨一枚を取り出しおっちゃんへと手渡した。
「っ!?!? たっ、ただちにご用意いたしますので、暫しお待ちくださいっ!!」
そうして、俺から小金貨を受け取ったおっちゃんが、店の奥へとかっ飛んで行くと、バイト? だろうか、従業員らしき若い男に向かって指示を出していたのだが、
「おいっ! 上客だっ! 仕入れたはいいが、高くて買い手が付かなかった高級品、片っ端から持って来いっ! ほら早くしろっ!」
…………お~い、丸聞こえになってんぞ、おっちゃん。
質の悪いのを押し付けられるよりははるかにいいので、まぁ、いいけどさ。
「ありがとぅござぁましたぁ~」
そんなこんなで、満面の笑みを浮かべるおっちゃんから、両手で抱えるくらいのサイズの籠一杯に入った果物を受け取り、俺は八百屋を後にした。
ちなみに、籠はサービスで付けてくれた物だ。
流石にこのまま籠を持って移動するのは手間なので、果物のいくつかを簡単に取り出せるようにインベントリに個別で収納し、残りは人目の付かないところで籠こど亜空間倉庫に放り投げた。
余談だが、籠が一つのアイテムとしてに認識されるので、中身が詰まっていようとカラであろうと、亜空間倉庫で使用するスロットは一つで済む。
チェストボックスと同じ理屈だな。
それからもしばらく、俺は一人街中をブラブラと歩き回った。
買い物中、小腹が空いたので、買った物を適当に摘まんでみたり、通りがかった広場で、路上ライブを行い美声を披露するお姉ちゃんの歌声に耳を傾けてはおひねりを投げ、樽を横倒しにして、その上でナイフジャグリングをしている若い男に拍手を送ってはおひねりを投げ。
そんな感じでアグリスタ観光を楽しみつつ、物資調達は恙無く終了した。
そして日が傾き、空が茜色に染まる頃、街の人々が岐路に着く中、俺もまた宿へと足を向けた。
さて、そろそろ皆も帰って来てる頃だろうしな。俺も帰りますか。
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