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一〇四話
しおりを挟む「スグミお兄さんっ! お兄さんが乗って来た馬車で、湯浴みが出来るって本当ですかっ!!」
ようやっと、ノマドさんの説得が終わった頃。
荷物を分ける作業が終わったのか、アイラちゃんがトテトテと俺へと近づいて来ると、俺の正面でちょこんと座り、そんなことを聞いて来た。
多分、ソアラから話を聞いたんだろう。
「ああ、出来るよ。でも何でそんなことを?」
話を聞くと、どうやらエルフの村では風呂に入るという文化が無いらしい。
今の様な、比較的暖かいうちなら日中に川で水浴びをし、寒くなって来たらお湯で濡らした布で体を拭くのが一般的なんだとか。
比較的、人間とも交流のあるため、アイラちゃん自身、サウナや大量のお湯に体を浸す入浴という文化があることを知識としては知ってはいても、実際に入ったことはないとのことだった。
ちなみに、ソアラも街で入った風呂が、生まれて初めての風呂だったようだ。
「へぇ~、そうなんだ。だったらアイラちゃんも入ってみるかい?」
「はいっ! 入ってみたいですっ!」
と、満面の笑みで元気いっぱいに答えるアイラちゃん。うむ。素直なのはいいことだ。
しかし、その後ろで小さくガッツポーズを取ったソアラを、俺は決して見逃しはしなかった。
さてはコイツ、自分が風呂に入りたいからってアイラちゃんをダシに使いやがったな?
「それじゃ、使い方は私が教えますね」
で、さらっと話に加わるソアラ。
俺がそんなソアラを何も言わずにじぃーっと見ていると、ソアラの奴、ついっと視線を背けやがった。
まぁ、ここは嬉しそうにしているアイラちゃんに免じて許してやろう。
とはいっても、ソアラに“風呂に入りたいから馬車を出してくれ”と言われたら、何だかかんだ言って結局出していたんだろうけどな。
それに、誰から頼まれなくとも、エルフの里には風呂が無いと分かれば、おそらく自発的に出していたと思うし。
別に減る物でもないし、出し惜しみするような物でもない。
ああ、水は使えば減るが、それは何処で補給すればいいだけだ。
「となると場所だな。馬車を出せるような適当に広い感じの場所って何処かあるか?」
「庭が良いと思います。こっちなので着いて来てください」
そう言って、立ち上がるソアラとアイラちゃんに倣って俺も立つ。
「あの馬車の中で、湯浴み……ですか?」
そんな俺達を見て、ノマドさんが不思議そうな顔をしていた。
「よかったら、ノマドさんもどうですか?
こればっかりは口で説明するより、実際に見てもらった方が早いと思いますので」
ならば、とノマドさんも立ち上がり四人連れ立て庭へと向かった。
「何これ!? 中広~い!」
「外観と内部の体積が異なっている、だと? 魔術的に空間が歪められているのか?
理論的には可能だが……でも、どうやってこれを常時維持しているというのだ?
魔力の供給源は? 術者もなく、どうやって術式を安定化させている?
こんなのあり得ない……しかし、実際目の前に……」
で、庭にキャリッジホームを展開して二人に中に入ってもらったら、アイラちゃんは素直に驚いて、ノマドさんに至っては、何やら小難しいことをブツブツと呟いていた。
「それじゃ、スグミさん。お風呂お借りますね」
「おう、好きに使ってくれ」
「はい、ありがとうございます。アイラ、こっちよ。着いて来きなさい」
「はーい」
そう言うと、ソアラはアイラちゃんと連れ立ってバスルームに向かって行った。
そして、そのまま二人で仲良く風呂に入るらししいことが聞こえて来た。
あの広さで二人は流石にキツかろうと思うのだが……
ちなみに、風呂のお湯は俺謹製の特殊システムにより、二四時間何時入ってもポカポカを維持している。
しかも、浴槽内部のお湯は、常時浄水を施しながら循環しているため、清潔を維持しているという拘りよう。
どうだ? すごかろう。
ゲームではまったく以て何の役にも立たないシステムなのだが、どうでも良い所にトコトン拘ってしまうのが、悲しいかな凝り性の業なのである。
で、二人が風呂から出て来る間、俺とノマドさんはリビングエリアでまったりと待つことにした。
ただ待っているのもつまらないので、先ほどのお返しにと、今度はこちらがキャリッジホームに保管されていた『アンリミ』産の酒をノマドさんへと振る舞うことにした。
『アンリミ』では、無駄にリアルを追及していたので、ゲーム内でありながらアルコールを摂取すると“酔う”という感覚を体験することが出来た。
とはいえ、本当に酔うわけではない。あくまでなんちゃって、だ。だから、大量に摂取したからと気分が悪くなったり、テンションが無駄に上がったりとうことはない。
ただ、視覚的に酩酊状態を再現する程度である。
それにどんな意味があるのかとは思ったが、味の再現度は非常に高いので、酒好きな奴らはパカパカ飲みまくっていたな。
ノマドさんに出したのは、『アンリミ』産果実のアップリアから作ったブランデーだ。
ちなみに、製作者は俺の知人である。ソアラにあげたタルトとか、生姜焼きのタレなんかを作った人と同一人物だ。
ブランデーと聞くと、ブドウから作ったワインを蒸留して作るもの、といいうイメージがあるが、広義では果実酒を蒸留して作った蒸留酒の総称である。
なので、ブランデー=ブドウというのは、どちらかというと狭義に分類される。
一応、混同を防ぐため、ブドウ以外で作った蒸留酒を、例えばアップル・ブランデーとかチェリー・ブランデーなどと呼び分けてはいる。
それに倣えば、俺が出したブランデーはアップリア・ブランデーといったところか。
同じ蒸留酒でウイスキーがあるが、こっちは穀物から出来た酒を蒸留した物を指す。
「こほっ、これは……また随分と酒精が強いですな……」
アップリア・ブランデーのロックを口にしたノマドさんが、少し咽ながらそんなことを言う。
「蒸留酒ですからね。度数は結構ありますよ」
確か、フレバーテキストによれば三〇度くらいあったはずだ。飲み慣れていないと、この度数は結構キツイかもしれないな。
そう言いながら、俺は同じくアップリア・ブランデーのロックをチビチビと舐める様に飲む。
しかし……この、酒が喉を焼きながら落ちて行くような感覚や、胸の奥からカッカッと熱が込み上げてくるような感覚……
以前、『アンリミ』内で飲んだ時は、いくら再現度が高いゲームだらといって、ここまでアルコールを強く感じることはなかったはずだ。
やはり、アイテムの効果がフレバーテキストに引き寄せられている、ということだろうか?
「これが話しく聞く蒸留酒というものですか……初めて口にしましたよ」
「飲みに難いようなら、何かで割りましょうか?」
「すいませんがお願いします。私にこれは少し辛いですな」
ということで、キッチンのチェストボックスから炭酸水を一つ取り出す。で、氷を追加し三倍程に希釈した物を勧めてみる。これでかなり飲み易くなったはずだ。
これは所謂、ハイボールというやつだな。まぁ、ハイボールはウイスキーで作るのが一般的らしいが、そんな違いはないだろう。
「っ!? 随分と水が発砲しているようですが……もしやこれは雷水ではないですか? では、失礼して」
そう言って、ノマドさんがグラスを口に運び、僅かばかり口に含むと「間違いない」と小さく呟いた。
雷水というのが何か分からなかったので詳しく聞くと、飲むと口の中がパチパチ弾ける感覚のする水のことのことだった。
うん、炭酸水のことだな。たぶん。
ノマドさんによれば、極一部の限られた地域でのみ採取すことが出来る貴重な水で、主に胃薬として利用されているらしい。
そういえば、日本でも江戸時代くらいに、天然の炭酸泉が胃腸かなんかの薬として飲まれていた、なんて話を聞いたことがあるな。
実際、炭酸水に薬としての効果があるのかどうかは知らんけど。
ちなみに、この炭酸水は俺が錬金スキルで調合した物だ。
海水から重曹、つまり炭酸水素ナトリウムを精製し、クエン酸と水を加えて合成したのがコレだ。
まぁ、実際に海水から重曹を精製しようとすると、精製過程において、あれやこれやと色々と手間が掛かるのだが、そこは所詮ゲーム。
錬金窯という設備アイテムに、海水をぶっこんで、抽出リストから重曹をポチっと選んで、はい完了である。
本来なら、水に重曹とクエン酸を溶いただけなので、炭酸強度は微弱になるのだが、そこもゲーム。
合成する素材の量を変えれば、弱炭酸から強炭酸まで自由自在だ。
今出しているのは、市販の炭酸飲料レベルに調整した物である。
余談だが、一般的な炭酸水の製造法は、炭酸ガスに高い圧力を掛けて水に無理やり溶かし込む方法で作られている。
また、炭酸の強度を表す単位をGVという。
これは、1Lの水にどれだけの炭酸ガスが溶けているかを示す値で、1Lの水に1Lの炭酸ガスが溶けていれば、GVは1になる。
「えっと……この炭酸水、雷水……でしたっけ? は、俺が作った人工物なので、多分天然物のような薬効はないと思いますよ」
フレバーテキストにも、薬になる、みたいなことは書かれていないしな。
しかし、だ。
「なんですとっ!! 雷水を人の手で作り出したというのですかっ!? どうやって!!」
「ぬおっ!?」
そう答えた俺に、ノマドさんが突然目の色を変えて、というか最早血走った目で、それこそ今にも噛みつかんばかりの勢いで俺へと詰め寄って来た。
近い近いっ! 鼻の頭が触れるどころか、ちょっと動いただけでキスしそう距離だ。
いくらイケメンとはいえ、俺にその気はないから早く離れろコノヤロー!
これ以上ノマドさんが近づかないよう、必死になって両手で押し退けるのだが、その細い体の何処にそんな力があるのが、じわりじわりとノマドさんが俺へと近づいて来る。
あっ、違うわこれ。ノマドさんの力が強いんじゃなくて、俺がモヤシ過ぎるのか……
「分かった! 教える! 教えるから少し落ち着いて! ステイっ! ステイっっ!!」
俺の必死の叫びが通じたのか、それとも単に炭酸水の製造法が知りたいだけか、とにかくそう叫ぶと、ノマドさんはビックリするくらい素直に身を引いてくれた。
ふぅ~、助かった。
とはいえだ……
教える、とは言ったが別に俺は専門家ではない。
海水から重曹を精製するには電気分解すればいいとは知ってはいても、その詳しい方法なんてまったく知らない。
確か、アンモニアうんたら法とかいう方法で重曹を精製出来るみたいだが、それだって詳しい手順や原理なんて知りはしなかった。
俺は理系でも、科学系ではなく工学系の畑の人間なのだ。
俺はあくまで、『アンリミ』のシステムの上で作ることが出来るだけに過ぎない。
だから、俺が話せるのはあくまで俺が出来ることだけだった。
「え~、これはあくまで俺のやり方になりますが、俺は錬金術で海水から重曹という物質を精製して、重曹を水と混ぜることで炭酸水、ノマドさんの言う雷水を作っています」
「スグミ殿は錬金術まで習得なされているのか! 大したものですな。
つまり、スグミ殿は海水さえあれば雷水が無尽蔵に作れる、ということですかな?」
「まぁ、理論上は……」
そこまで話すと、ノマドさんがふむと唸って暫し黙考。
「大変興味のある話しではあるのですが、錬金術となると私は門外漢ですからね。
出来れば自作したいと思いましたが、こればかりは諦めるしかなさそうです……」
と、悔しそうにそう言った。
仮に、『アンリミ』のシステムが100%健在であるとするなら、実はノマドさんに錬金術を教える方法はあった。
しかし、それが上手く行く保証もないため、変な期待をさせない為には黙っておくことにした。
試してダメだった時は、ショックが大きいだろうしな。
そして、ノマドさんは表情を引き締め言葉を続ける。
「不躾なことは承知でお尋ねしたいのですが、もしよろしければ、その……ジュウソウなる物を幾ばくか譲っては頂けないでしょうか?
勿論、相応のお礼はさせて頂きたく思います」
別に、分けて欲しいというのなら俺としては吝かではないが……
「それは別に構いませんが、先に言った通り、薬として薬効があるかどうかは分かりませんよ?」
「分かっています。ですが、試してみる価値は十分にあるかと。
仮に薬として使えれば、多くの人達の病を癒すことが出来ますから」
ならばと、お近づきの印として無償で譲ることにした。のだが……
「いやっ! お気持ちは有難いのですが、しかし流石にそれは……」
「まぁまぁ、別に商売をしたいわけでもないですし、俺に取っては片手間で作れるような物ですからお気になさらず。
もし、気が咎めるような、俺が渡した物でいい薬を作って安く病人に渡してください。
それなら誰も困らないでしょう?」
「ですが……」
と、まだ何か言いたそうにしているノマドさんを置いて、俺は立ち上がるとキッチンエリアに設置されているチェストボックスから、以前多量に作り置きしておいた重曹の詰まった袋を一つ取り出した。
大体、中サイズの米袋くらいの大きさで、これ一つで15キログラムほどある。
それを手に、またリビングエリアへと戻りテーブルの上に袋を置く。
「どうぞ」
「こんなに……本当に、スグミ殿の御恩情に感謝申し上げる」
「いえいえ、そんな畏まらなくても。
それで使い方なのですが……」
コンコン コンコン
さて、これから重曹の使い方について話そうとした時、キャリッジホームの扉を叩く音がしたのだった。
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