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一一〇話
しおりを挟むSIDE ノマド
「ってーと何かい? あの人間は腕の良い魔工技師でありながら、高位の錬金術師でもあるってことかい?」
昨日一日、というか昨晩起きた出来事について、ノマドは母であり村の族長でもあるオーラに話しをしていた。
実家に来た本来の目的は、現在は閉山している銀の採掘場に、スグミが立ち入ることを報告するためであった。
既に銀が尽きて久しい場所だ。別に立ち入りに許可が必要な場所ではなかったが、一応の報告のつもりでノマドはここを訪れていた。
少なくとも、村では危険だから、という理由で子ども達だけでの立ち入りは禁止されているような場所だ。何かあった時のために、情報は共有しておくに越したことはない。
その相手が、村のトップともなれば尚更だ。
ちなみに、坑道の入り口は随分昔に潰されており、今では何人も入れないようになっている。
それで、何故、採掘場に行くのか? という話しになり、魔道具を作る材料に銀が必要らしいという話しに繋がり、スグミは魔工技師なのか? という問いが生まれ、その答えとしてノマドがキャリッジホームの話しをした。
その流れで、雷水を作ることが出来るという重曹の話しへと派生していたのだった。
「はぁ……何ぞよく分からんでっかい黒い騎士が畑仕事を手伝っていた、とか、その騎士が子ども達と遊んでいた、とか……
よー分からん話しばっかり聞こえて来たが、ここに来てまさか湯浴みが出来て寝台もある馬車に、雷水を作れる薬だって?
一体、あの男は何者だっていうんだい……」
オーラはまるで理解出来ないと言わんばかりに、頭を軽く左右に振った。
その気持ちを、ノマドも痛いほどよく理解出来た。何せ、自分も同じことを思っているのだから。
「さぁ? 彼自身。自分のことを多くは語らないものでね。
そんなこと、俺だって知りたいさ。しかし、根掘り葉掘り聞くのは礼に失する。何せ、彼はソアラの恩人なのだから」
親の前、ということもあるのか、普段よりずっと砕けた口調でノマドは話しをしていた。
というより、これがノマド本来の性格なのだ。
普段は良き父、良き夫、そして信頼できる薬師として恥じない振舞を心掛けているだけである。
「それにしても錬金術師ねぇ……
腕の良い術師なら、国が挙って召し抱えようとするって話だが……
何せ、噂じゃ石ころを金に換えるって言うじゃないかい。それにしても、ありゃ本当なのかねぇ? もし、本当なら枯れたウチの銀鉱脈を蘇らせて欲しいもんだがねぇ……」
「流石にそれは迷信だろ? 仮にそんなことが出来るなら、今頃世界中に金が溢れかえっているはずだ」
「……だろうねぇ」
と、詮無い話しにオーラは終止符を打つ。
自ら話を振っておいて、オーラ自身、巷に流れている錬金術に関する噂など、何一つ信じてはいなかった。
というのも、この世界おいて“錬金術”という言葉が指し示す対象は“よく分からない何か”であることが大概であったからだ。
しかし、真実は大きく異なる。
例えば、先に上げられている“石ころを金に換える”という話しだが、これとて金を含んでいる鉱石から、金を精製する冶金術という歴とした技術である。
だが、それを知らない者から見れば、確かに何の変哲もない石ころを金に換えているように見えなくもないのだ。
その反面、不老不死の薬を作り出す、とか、死人を蘇らせる、といったオカルト、迷信など何の根拠もない話しでも、すべて“錬金術”という言葉の中に押し込まれてしまっていた。
結果、一つの言葉の中に真実虚構、そんな玉石が混合して、真相が埋没してしまっているのが現状であった。
のだが……
こと、スグミに関しては、ある意味その“よく分からない何か”を示す“錬金術”そのものを体現しているともいえた。
何せ、スグミの錬金術スキルに掛かれば、流石に石ころから金は作り出せないが、石炭からダイヤモンドを作ることは可能であり、不老不死は不可能だが、限定的にではあるが、死者を蘇られるアイテムも持っていた。
もっといえば、材料さえあればスグミ自身で作り出すことも出来るのだ。
とはいえ、そんなことをこの二人が知るはずもないのだが……
なんて話をしていると、ドンドンっ ドンドンっと玄関の扉を叩く音が響いて来た。
「すいませ~ん! お父さんここにいますかぁ~!」
「おや? この声は……」
「アイラだな。何かあったか?」
オーラの言葉を引き継ぎ、どうも自分を呼んでいるようなので、ノマドはすぐさま立ち上がると玄関へと向かった。
こうやってアイラが自分を探している時は、大体が急患があった時だ。
もしかしたら、自分が留守の間に何かあったのではないか、とノマドは気持ちを焦らせる。
玄関に着くと、既にヴォーラがアイラの対応をしている最中であった。
「あっ、お父さん!」
「どうした、アイラ? 急患かい?」
「うん。あのね、イゾッタお姉さんのところの、ルサ君が熱出したって。それでね……」
大分前にイゾッタが診療所を尋ねて来たのだと、アイラはノマドに話した。
カテラに詳しく話すように言われていたので、アイラはその時自分が見たことを出来るだけ詳細にノマドへと伝える。
イゾッタの子であるルサが、診療所に来た時は随分具合を悪そうにしていたこと。
しかし、スグミが渡した応急薬なる物を飲むと、途端に容体が落ち着いたこと。
そして、一旦帰宅してもらい、ノマドの往診を待ってもらっていること。
(病状も見ずに薬を飲ませたというのかっ! それも、急激に容体が変かするような劇薬をっ!)
その話を聞いて、ノマドは愕然とした。
「アイラっ! 私のカバンはっ!」
「うん。ちゃんと持って来たよ。はい」
そう言ってアイラから差し出されたカバンを、まるで引っ手繰るようにノマドは受け取った。
このカバンの中には、一通りの道具と薬が詰め込まれており、これさえあれば、大概の状況には対応出来るようになっていた。
勿論、手遅れになっていなければ、ではあるが。
「私は直ぐにイゾッタの所へ行く! アイラ。帰りはいつになるか分からないと、カテラにはそう伝えておいてくれ!」
「うん。分かった」
「では行ってくる」
「いっしらっしゃ~い」
下の娘に見送られ、ノマドは逸る気持ちを隠すことなく、イゾッタの家へと足早に向かった。
アイラの話しでは、ルサがスグミから薬を飲まされたのは四半刻(三〇分)程前の話しらしい。
(手遅れになっていなければいいが……)
スグミは娘の命の恩人だ。しかし、だらといって好き勝手に振る舞われては正直困る。
スグミとしては善意の気持ちからの行動だろうが、それで逆に被害が出たら目も当てられない。
ましてや診療と投薬は薬師の分野だ。
ノマドにとっては聖域とも思える場所を、素人に踏み荒らされたとあれば、その心中は穏やかなものではなかった。
そんな、感謝と苛立ちが混在する複雑な気持ちを抱えながら、ノマドはイゾッタの家へと急いだ。
(心苦しくはあるが、帰ったら余計なことはしないよう釘を刺しておかなくてはな……)
それから数分もしないうちに、ノマドはイゾッタの家へと辿り着いた。少し小走りで来た所為か、僅かに息が上がっている。
これも歳か……と、ノマドは心の中で老いを嘆いた。
このままでは会話もままならない為、ノマドは上がっていた呼吸を落ち着かせようと、玄関前で一、二度大きく呼吸をし息を整える。
呼吸も、そして心臓も幾ばくか落ち着き、さて訪問を知らせるために扉をノックをしようとすると、
「こらっ! 少しはじっとしていなさいっ!」
「やだぁ! おそといくのっ! ペックスとあそぶのっ!」
「何バカなことを言ってるの! さっきまで熱が出ていたんだから、ダメに決まっているでしょ! 今日は大人しくしてなさいっ!」
「なおった!」
「治ってないっ!」
という、酷い喧騒が家の中から聞こえて来た。
声だけでなく、バタバタと走り回る音や、何かが倒れる音も聞こえて来る。
その声の主が、イゾッタとその子であるルサだということをノマドは直ぐに察したが、聞いていた状況と随分異なり、思考が数舜停止する。
(何が起きているんだ? ルサは熱で寝込んでいるのではなかったのか?)
とにかく、このまま玄関先に立っていても始まらないと、ノマドは扉を叩き来訪を告げた。
「すみませんっ! 薬師のノマドですが、話を聞き往診に参りましたっ!」
中から直ぐに「は~いっ!」と返事がありはしたものの、暫し待つが一向に開く気配がない。
代わりに聞こえてくるのは、やはり何かが暴れる様な音だけだ。
そろそろ、こちらから開けるべきか? とノマドが思ったところでようやく扉が開いた。
「おっ、お待たせしました……はぁ……はぁ……」
一体何があったのか……
髪と服装を乱したイゾッタが、息も絶え絶えといった様子で顔を覗かせる。
「一体何が……」
「その……ルサから少しでも目を離すと、直ぐにベッドから逃げ出そうとするもので……
朝までは本当に苦しそうにしていたんです。それが、帰って来たら急に元気になって……それも、熱を出す前より元気な感じでして……ってコラっ!」
と、話している間にも、母親の監視が外れ、しかも玄関が開いたのを絶好のチャンスと捉えたのか、体の小さなルサが僅かな隙間に体を滑り込ませ脱走を試みる。
が、寸でのところをイゾッタに首根っこを鷲掴みにされ、あえなく捕獲されていた。
手足をバタつかせ拘束を振り解こうとするも、いくら元気とはいえ所詮は子供の力。抵抗空しく、ルサはイゾッタの手によって家の中へと引きずり戻されて行った。
その様子を見る限り、ノマドにはつい先ほどまでルサが熱を出しうなされていたとはとても思えなかった。
しかし、イゾッタやアイラが大袈裟に話しをしていたとも思えない。
で、あるとするなら考えられる原因はただ一つ。
スグミが飲ませたという薬の存在だ。しかし……
(こんな短時間で、劇的に症状を改善させる薬などあるのだろうか?
……いや、もしかしたら……しかし……)
そこまで思考し、ノマドの脳裏にある薬の存在が過って行った。
魔術薬。
ノマド自身、本物を見たことはないが、噂話程度なら何度も耳にしたことがある代物だ。
曰く、不治の病を癒した、とか。曰く、死の淵に居る重傷者を瞬く間に治療せしめた、とか。
勿論、品質はピンキリのようだが、極めて高い効能を持つ魔術薬であれば、それだけのことが可能だと聞いている。
(だが、魔術薬は非常に高価な物だ。喩え効能の低いものでも、決して安いものではないだろう。
それを、いくら病に苦しんでいるからと、見ず知らずの子どものために惜しげもなく渡すものだろうか……?)
スグミが金銭的に裕福であるということは、昨夜の諸々の出来事である程度は理解しているが、カネがあることと人に施しをすることは全くの別問題である。
「……度々、すいません」
ルサを家へと押し込んだイゾッタが戻って来て、小さく頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。取り敢えず、一度診察してみましょうか」
「それでは、よろしくお願いします」
このまま悩んでいたところで埒が明かないと、一先ずノマドはルサのことを診て見ることにした。
結果からいえば、ルサからは何の異常も見られなかった。本当に何も……
正に、絵に描いたような健康体だ。
正直、これではノマドに出来ることなどなにも無かった。なので……
「特に問題はありませんが、一応、今日一日は様子を見て安静にしていて下さい」
と、言うのが精一杯であった。
「はい。分かりました」
「えぇー!! やだぁっ! おそといくのっ!」
「こらっ! 先生の言うことなんだから、ちゃんと聞きなさいっ!」
今、正にベッドから抜け出そうとするルサと、それを取り押さえようとする母イゾッタとの激しい攻防が、ノマドの目の前で繰り広げられる。
その激しい攻防は暫し続き、最終的に、大人しくしないと明日も明後日も外に出さない、というイゾッタの言葉によって終わりを告げたのだった。
今は、不貞腐れた顔ではあるが、ルサは大人しくベッドの上で横になっていた。
「ところで……申し訳ないのです、よろしければスグミ殿……あの人間の青年から渡されたという薬を見せて頂くことで出来ないでしょうか?」
ある程度両者が落ち着いたところで、ノマドはそう切り出した。
どうにも先ほどから、現状の原因になっていると思しき存在が気になって仕方なかったのだ。
「え? あっ、はい。これです」
そう言うと、イゾッタはベッド脇のサイドテーブルの上に置かれていた瓶を手に取り、ノマドへと差し出した。
ノマドは礼を言いつつ、それを丁寧に受け取った。
透明な瓶に琥珀色の液体。中身が半分程減っているのは、ルサに飲ませたからだろうとノマドは考える。
(それにしてもこの瓶、まさか硝子なのか? なんという透明度の高い硝子なんだ。この瓶一つだけでも、相当な価値があるんじゃないのか?)
と、ノマドは予想するが、残念ながらこの瓶の材質はガラスではない。それ以上に価値のある水晶である。
これはスグミが持つスキルを使い作った、おそらく普通の方法では決して作り出すことが出来ない水晶製の瓶だった。
大きさは高さ15センチメートル、幅5センチメートル程度。
仮に、スグミのスキル抜きでこれを作ろうと思ったら、このサイズ以上の水晶を見つけ出し、削り出す他ない。
しかも、液体を入れられるように中を刳り抜くという神業レベルの加工技術が必要になる。
更に、この水晶瓶には、入っている物の効能を増す【効能増加】という付与術まで施されていた。
そのため、スグミは市販品のポーションであっても、一度自作のこの瓶に詰め替えてから使っているほどだ。
と、瓶一つにこれほど手間を掛けているからこそ、日頃から「瓶は回収するもの」と捨てずに使い回しているわけである。
ちなみに、素材にガラスではなく水晶を使っているのは、その方が強度的にも丈夫であり破損しにくいこと、また付与術を行う上でガラスより水晶の方が優秀であることなどが挙げられる。
なんにしろ、この瓶の素材または能力が知られれば、目玉が飛び出るほどの価格が付くのは間違いないことだった。
そのことに気づいている者がこの場には居ないのが、果たして幸運なのか、それとも不幸なのか……
瓶を一通り観察し終えたノマドは、徐にきゅぽんと瓶の栓を抜き、内容物の匂いを確認する。
(これは……植物性の生薬の匂い? それとこの甘い匂いは……虫蜜か?)
虫蜜とは、要はハチミツのことである。他にも、虫そのものを集める樹液などを指す場合もあるのだが、今は前者の意味として使われている。
しかし、村で一番である薬師のノマドを以てしても、匂いだけで分かったのはその程度のことしかなかった。
ならばと、ノマドは意を決し、瓶に入った薬液を手の平に少し垂らすと、それをぺろりと舐める。
が、自分の知識にはない味で、やはりどんな生薬が使われているのか、まるで分らなかった。
それに、口にしてはみたが、これといって体調に変化もみられない。
アイラやイゾッタの話しでは、接種して直ぐに劇的な変化があったと聞いていたが、その変化が訪れる気配は一向になかった。
(飲む量が少なかったのだろうか?)
そう思い、もう一度同じことを繰り返すが、やはりこれといった変化を感じることはなかった。
薬とは、総じて体に何らかの変化を与えものだ。
例えば、解熱、咳止め、止血、鎮痛など、これらの効果はそれが病人であろうと怪我人であろうと健康な者であろうと、投与されれば等しく何らかの効果は示す。
故に、重い病の時に有効な薬でも、健康な時に飲めば命を奪う毒物にもなり得る物も少なからず存在するのである。
だからこそ、薬の効能を見極め、患者の症状に合わせて正しく処方するのが、薬師としての腕の見せ所であった。
しかし……
(苦しんでいたルサに劇的な効能を示しているにも関わらず、私には何の変化も感じられない……だと?)
スグミの薬にどんな効能があるのか、意を決し、それを自身の体で調べようとしたノマドだったが、逆に何も感じ取れなかったことに驚愕する。
薬というものを、正しく理解していノマドだからこそ、その異常性に薄ら寒い物を感じた。
(これではまるで、病そのものを取り除いているようではないか……)
ノマドのそんな感想は、正にその通りであった。
スグミの渡した漢方ドリンク|(ハチミツ味)は、Lv3以下の【病気】というデバフを除去するアイテムだ。
文字通り、病を取り除いてしまっているうえ、デバフに侵されていない者にはまったく影響を与えないという、薬師から見たら神薬とでもいうべき代物であった。
「すいませんが、この薬を頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ……うちの子もすっかり良くなったので構いませんが……」
「ありがとうございます。ルサも問題ないようなので、それでは私はこれで失礼させて頂きます」
「あ、はい。ご足労ありがとうございました」
ノマドはイゾッタとそうあいさつを交わすと、早々に岐路に着いた。
(異国からの来訪者。数多の魔道具に、不可思議な力。それに未知の薬……)
ノマドは手にした漢方ドリンク|(ハチミツ味)に目を落とし、そんなことを考える。
悪い人間ではないのだろう。事実、村のあちこちからスグミを快く受け入れている声を、ノマドは多く聞いていた。
それに、人懐っこいアイラはともかく、人前ではネコを被る癖があるソアラがああも砕けた態度を取っている辺り、かなり信頼していのだろうことが見て取れた。
父親としては、少々複雑な気持ちではあったが……
勿論、それを抜きにしてもノマド自身、スグミに対して好意的な感情を抱いている。
しかし、それと同じくらい、得体の知れない何かに対する、恐怖にも似た感情があるのも事実だった。
(彼の力はすべてにおいて常軌を逸している……本当に彼は何者なんだ?)
そんな中、ふと、昔、母オーラに聞かされた昔話がノマドの頭を過っていった。
(渡り人……)
エルフは元々、ここではない何処かに住んでいて、光の柱の導きによってこの地へと移り住んだのだ、という昔話がある。
随分昔、それこそノマドがまだ幼少だった頃、母に聞かされた話だ。
しかし、こうした伝承は、エルフ以外にも多くの種族に似たような話が伝わっているのだと、昔、この地を訪れた偉い学者が語っていた。
そして、その学者は、それらの話しをまとめて“渡り人伝承”と呼んでいた。
所詮は昔話。昔話ではあるが……
(だが、これだけの薬を持っているのなら、もしかして……いや、しかし……)
ノマドはある決意を固めると、家路へ向かう足を速めたのだった。
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