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一八七話
しおりを挟むSIDE 子ワーウルフ
正午に近づいた頃、子ワーウルフは寝床からむくりと起き上がり大きく欠伸を一つ。
そろそろ食事の時間であると察し、子ワーウルフは目を覚ます。
寝ているだけでも、腹は減るものだ。
耳の後ろを後ろ足でカリカリしたり、寝床として用意された毛布の端をカミカミしながら暇をつぶしつつ待つこと少し。
扉の向こうから、コツコツと足音が近づいて来る音が聞こえて来た。
セリカと違い、特にノックなどもされることなく扉が開く。
「おチビさんご飯ですよぉ~」
「あおっ!」
子ワーウルフは寝床を飛び出し、侍女への足元へと駆け寄って行く。侍女はそんな子ワーウルフを抱えて食堂へ。
自分で歩かなくてもいいことの、なんと楽なことか……
朝とは違い、食堂には二人の先客の姿があった。
正妻であるセコイア・フューズと側妻のシルビア・フューズだ。
「あら、来たわねおチビさん」
食堂に入って来た侍女の姿を目にして、セコイアが侍女に向かって両腕を差し出したので、侍女は抱いていた子ワーウルフをセコイアへと渡す。
「早くお母さんのところへ帰れるといいわね……」
そう言って、セコイアは子ワーウルフの背を優しく撫でる。
子ワーウルフの方も、満更ではないようで、セコイアに背を預ける様にして膝の上で丸くなる。
「まだ手掛かりらしいものは、何も見つかってないんだっけ?」
「調査が始まってまだ数日。そうすぐに成果がでるわけないでしょ?
とにかく、今は調査をしてくれている彼らを信じて待つしかないわね」
セコイアの何気ない言葉に、シルビアが簡潔にそう答えた。
「ラルグスも大きな問題が起きる前に解決したい、と言っていたから、そう時間はかからないと思うわよ」
そして、そう更に続ける。
「お待たせしました。お食事をお持ちしました」
と、そんな話をしている間に昼食が運ばれて来た。
食べ物が出て来たことを認識したのか、セコイアの膝の上で丸まっていた子ワーウルフが勢い良く飛び降りると、早く渡せっ! と言わんばかりに床をたしたしと前足で叩く。
そんな子ワーウルフに苦笑しながら、侍女が床の上に皿を置くと、またしても猛烈な勢いで、子ワーウルフは食事へと食らいつくのだった。
「ヤバイヤバイ……マジデヤバイ、ウマイニャー……」
「ねぇ? 今の聞いた? ヤバイくらい美味しいって。それに、この子、狼なのに“にゃー”って鳴いたわよ?」
食事に夢中でがっつく子ワーウルフを指さし、可笑しそうにセコイアが笑う。
「今のは、おそらく喃語の類じゃないかしら?
アンジェリカの話しだと、この子が人語を話せるようになるのはまだ先のことらしいわ。
意図を持って口にした言葉ではないでしょうから、ただの偶然、空耳でしょ?」
「そんなことは言われなくたって分かっているわよ。でも、ほら、かわいいじゃない?」
シルビアの至極真っ当な指摘に、セコイアが唇を尖らさせつつそう反論する。
そんなセコイアに対し、四〇を超えている女がする仕草ではないだろ、とシルビアは思うのだが、妙に様になっているのが悔しくて口に出すことはなかった。
余談だが、喃語とは乳児が発する意味のない発声のことだ。ばぶぅ、だぁ、などはその典型的な例である。
食事が終わればまた眠る。
子ワーウルフは、日中のほぼ三分の二を寝て過ごしていた。
そして、日がやや傾き始めた頃、また突然目を覚ます。
寝床から起き上がり、大きく体を伸ばし、ブルブルと体を振る。
目も覚めたところで、子ワーウルフは何処に向かってということもなく、あおーあおーっ、と大きな声で吠え、暫し待つ。
と、扉の向こうから誰かが近づいて来る足音が聞こえて来た。
「はいはい~、お呼びですかぁ~、来ましたよぉ~」
何の遠慮も配慮もないまま扉が開かれ、姿を現した侍女が子ワーウルフを抱き上げる。
「キミは本当に時間に正確だねぇ~」
侍女はそう言うと、子ワーウルフを抱えて何処かへと向かって歩き出した。付いた場所は玄関だった。
そこで子ワーウルフの体にハーネスとリードを付ける。
そう、今からは子ワーウルフが楽しみにしている散歩と遊びの時間だった。
見かけは犬そのものだが、これでも人族の子どもだ。
最初こそ、ペットの様に紐を付けて連れ回すのはどうなのか? という声もあったが、子ども故にその行動は予測できず、最悪、何かの事故にでも巻き込まれる方が危険だという話しでまとまり、結局、安全には変えられないとリードで繋いでの散歩となった。
当人も、最初は窮屈で嫌だったハーネスだが、今となっては慣れたもので大人しく付けられるようになっていた。
リードの装着が終わったところで、散歩に出発。
コースは決まっていない。いつも、子ワーウルフの気分次第で貴族区をあっちにうろうろ、こっちにうろうろしていた。
そうして貴族区を歩いていると、ペットを散歩させている使用人とすれ違うことが多々あった。
連れているペットはやはりというのか、貫禄がある大型の犬が目立った。
とはいえ、中には変わり種もおり、大型の鳥類であったり、これまた大型の爬虫類などもいた。
中には魔獣に分類される種族の姿もあったが、勿論、人に危害を与えない比較的おとなしい種族である。
とにかく、大きな何かを飼う、というのが昨今貴族社会での流行りとなっているらしい。
子ワーウルフに関しても、時折目敏い者達から「見慣れない犬だが、犬種は何か?」と聞かれることがあった。
一見、犬に見える子ワーウルフだが、その正体は歴とした人族である。
しかし、その特殊な立場上、無用な混乱や子ワーウルフ自身の安全も考慮し、対外的には狼の子どもであるとそう説明していた。
時に、対面からのっしのっしと歩いて来る、角の生えた大型のトカゲに「やんなか、オラァ!」とでも言うように吠え散らかしたり、時に、使用人の手からリードを振り解き、公園でスライム玉を蹴って遊ぶ子ども達からスライム玉をかっばっらったりしながら、子ワーウルフの散歩は続く。
当然、その後使用人がトカゲの飼い主や、子ども達に平謝りするまでがワンセットである。
十分散歩を堪能したところで屋敷へと帰り、暫し休憩。
日が傾いて来た頃、セリカが帰宅し、庭でまたスライム玉で遊んでもらう。
朝とは違い、子ワーウルフの体くらいの大きさがある大きなものだ。
小さいには小さいなりの、大きいには大きいなりの良さがあるので、子ワーウルフはどちらのスライム玉も同じ位好きだった。
一頻り遊んだ後、夕食を食べ、風呂に入れられ、そして寝る。
起きては遊び、食って、そしてまた寝る。なんとも優雅な生活である。
それが、ここ数日の子ワーウルフの生活サイクルとなっていた。
森を彷徨っていた時や、捕らわれていた時は明日が来るの怖かった。
眠ることが怖かった。目覚めるのも怖かった。
正直、目など覚めなければいいと思ったことも、一度や二度ではなかった。
しかし……
今は、眠ることも、そして目覚めることも、楽しくて仕方がない子ワーウルフなのであった。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
SIDE ANOTHER
草木も眠る深夜の街道沿いの茂みの中に、蠢く二つの影があった。
今夜は天に昇る二つの月の力も弱い上、おまけに頭まですっぽりと覆う大きな暗色系の外套に身を包んでいては、その顔すら碌に分からない。
ただ、その大きな体躯だけは、流石に隠しきることは出来ないでいた。
「……間違いないのか?」
そう、片方の影が、もう一つの影に問う。
「俺の鼻が一族の中で一番利くのはお前も知っているだろ? だからこうして探索を志願したわけだしな。
間違いない。若はあの人族の街の中に続いている」
「若の匂いを辿りここまで来たが……やはり人族に拐かされていたということか。
幼き若を連れ去るとは、人間のなんと愚劣なことかっ!
なんとしてでも、今すぐにお助けせねばっ!」
「落ち着け。気持ちは同じだが、軽率な行動は控えるべきだ。それに、まだそうだと決まったわけでもない。
今分かっているのは、若が群れからはぐれ、暫しお一人で行動していたこと。
そして、おそらく七人の人間に連れて行かれたであろうことだ。
もしかしたら、行き倒れていた若を保護した、という線もなくはない。
幸いにも、ここまで血の匂いや死臭は残ってはいなかったからな。となれば、存命の可能性は大いにある」
「何を呑気なっ! 今、この瞬間にも若の命に危険が迫っているかもしれぬと言うのにっ! 楽観に過ぎのではないかっ!
相手は享楽のみを目的に幾多の同胞を殺めて来たあの人間族なのだぞっ!」
「分かっている。だが、だとしても、だ」
鼻息荒く息巻く一人に対し、もう一人が言葉静かにそう告げた。
「いくら我らが人間より膂力で勝る獣人の民であるとはいえ、今は我ら二人しかいないのだ。
街の規模を考えれば、兵の数が一人二人などということはあるまいよ……
一〇〇、二〇〇を相手に、力任せだけで解決出来るとでも思っているのか?」
「それは……」
相方の正論に、息巻ていた方が言い淀む。
「我らの目的は人間を殺害するものでも、街を滅ぼすことでもない。若の救出だ。
であるなら、今は機を伺うが得策だろう。そして、契機とあらば速やかにお助けし群れへと帰るのみ」
「むむむ……確かにその通りではある、か」
「だが、もし若の身に何かあれば……」
そう言うと、外套の奥に光る金色の瞳が冷たく光った。
「…………」
「…………」
そして、二つの影が無言のままに頷き合う。
ここまでの長旅の疲れもあり、まずは体調を万全に整えるべきだと、二つの影は闇の中に溶けて消えて行ったのだった。
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