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二〇七話
しおりを挟む二人にトラクタービームとは何ぞや? という説明もそこそこに、俺はハッチ近くにある通路の照明のスイッチをオンにし、ハッチを閉めた上で入り口から続く細い通路を奥へと進んだ。
その後に、二人が続く。
で、2、3メートルもしないうちにまた扉があり、そこを開くと薄っすらと灯りが燈る小さな部屋へと辿り着く。
広さにして、四畳あるかないかくらいの、そんなこじんまりとした空間だ。
ちなみに、部屋の照明は通路の照明と連動している。
「ここが、このマキナバハムートの中枢であるコクピットルームだっ!」
とはいえ、操縦桿があったり、ペカペカと光るコンソールやコントロールパネルがあったり、外の風景を移すデッカいディスプレイがあったり……するわけではない。
あるものといえば、マッサージチェアのような大きな椅子が一脚、部屋の中央にデンっと置いてあるだけだった。
かっこよさげにコクピットルームとかいってみたが、俺が人形を動かすのに、操縦桿もコンソールもコンパネも、なにも要らねぇからな……
ぶっちゃけ、俺が座るためだけの部屋、でしかない。
「なんだか、随分と薄暗くて狭い部屋ね……
それにしても、そのこくぴ……って何かしら?」
で、この部屋を見たセレスの一言目がそれだった。
「コクピットルーム、な。簡単に言えは、このマキナバハムートを動かす為の部屋……という意味なんだが、まぁ、実際はスキルを使って動かしてるだけだから、ぶっちゃけ、ここは俺が座っているだけの部屋だな」
そのため、広さもこの程度で十分だった。あんまり広くしても意味ないしな。
というか、正確にはむしろ逆で、このマキナバハムートには様々なギミックが仕込まれており、そのため内部空間は結構みっちみちになっていた。
これだけの空間を捻出するだけでも、結構大変だったくらいだからな。
「それに、ここには窓も何も無いのね……」
で、今度は部屋全体を見回してから、セレスがそんなことを言う。
「まぁ、必要ないからな。セリカには話したことがあるんだが……」
そう前置きした上で、俺には人形の目を通して視界を共有することが出来るスキルがあることをセレスに説明した。
「そんなことまで出来るのね……
けど、それだと私達はどうやって外の様子を確認すればいいのかしら?
これでは外の様子なんて、まったく分からないんだけど?」
セレス、そしてセリカが同行している目的は、ぶっちゃけ本当にベルへモスが居たかどうかの証人である。
外の様子が見えないのでは、その役目が果たせない、とセレスはそう言いたいのだろう。
その言い分は確かにその通りであった。だから……
「そこは二人にも視覚を共有する方法があるから大丈夫だ。詳しくは追々な」
と、軽く説明しておく。
「っと、その前に、ちっとやることが……」
セレス達への説明もそこそこに、俺はそう言って、備え付けの椅子の後ろへ回り込み、その場でしゃがみ込むと床へと手を伸ばす。
「何をしているんだ?」
そんな俺の姿を見て、セリカがそう尋ねて来た。
「ちょっとした前準備だよ。確か、この辺りに付けたといたはずだけど……ああ、あったあった」
一見、そうとは分からない床に隠されていたパネルを開き、出て来たレバーをぐるりと回す。
すると、レバーを中心に大体50センチメートル四方の床が、ポコっと上へとせり上がって来た。
そうして出来た隙間に指を掛け、「そいやっ!」と一気に引き上げる。
「それは何だ?」
引き上げられた物体を見て、今度は不思議そうな顔をしたセリカがぽつりとそう零す。
「椅子だよ。今は畳まれててそうは見えないかもだけど。
ほら? 見ての通り、この部屋には椅子が一脚しかないだろ?
普段は、俺以外の人がこの部屋に入るなんてことはないからそれでいいんだが、たまにだが俺以外の人が乗る時もある。例えば、今みたいにな」
そう言って、視線をセリカ達へと向けた。
「そんな時、「お前らに座らせる椅子はねぇから、そこら辺で立ってろ!」とも言えんだろ?
実際、マキナバハムートを動かしている間は当然揺れる」
揺れを抑える機能も内蔵されているとはいえ、そのすべての揺れや振動を打ち消せるわけじゃないからな。
「そんな中、体も固定せずに突っ立てたら危ないで済む話じゃない。
だからこうしてサブシートが用意されている、ってわけさ。
とはいえ、滅多に使わないサブシートを出しっぱなしにしていても、それはそれで邪魔だから、使わない時はこうして床下に収納しているんだよ」
と、引き出した一つ目の椅子を展開し組み立てつつ、セリカへとそう説明する。
「ふむ。なるほどな……色々と考えられているのだな」
組み立てが終わったところで、椅子を確り床にロックして二つ目の引き出しに取り掛かる。
「…………」
「…………」
で、その様子を、何も言わずにじっと見ているセリカとセレス。
正直、そうじっと凝視されるとやり難いんだが……
「なぁ? こんなどうでもいい作業を見ていて面白いか?」
無言が続くのに耐えかねて、俺は二人にそう尋ねる。
「ああ、実に面白いな。何だかよく分からない物体が、次第に椅子へと変わっていく様は見ていて存外と面白い」
「面白い、といのもあるけど、この複雑な構造には興味があるわね。
幾何学的に折り畳むことで、大きな物を小スペースで保管することが出来るようになる。というのは、様々な分野で応用出来そうな気がするわ……これは研究してみる価値はありそうね」
セリカは単純な好奇心から、セレスは学術的な見地からそれぞれの感想が飛んで来た。
どういう理由にしろ二人が、見ていて楽しい、というのなら、まぁ、好きにさせておくとしよう。
そんな作業だが、作業自体は簡単かつ単純であるため、二つ含めても数分で完了した。
「……これでいいのか?」
「ああ、そのままじっとな」
で、椅子の展開も終了し、今度はセリカ達を椅子に座らせ、体を固定するハーネスの取り付けを行うことに。
現代を生きる人なら、形状を見ればなんとなくつけ方が分かるだろうが、二人からしたらまったく未知の物体Xだからな。
こうして、俺が取れ着けてやる必要がある、というわけだ。
ハーネスの形状は、レーシングドライバーが使うような両肩からベルトを引く、所謂、四点式と呼ばれるものだ。
ちなみに、俺専用の座席は胴体部分だけでなく、頭や腕、足などもがっつり固定出来るように造られている。
人形の制御に集中し過ぎると、逆に自分の体の扱いがぞんざいになってしまうことがあるからな。
これも、安全対策の一環だ。
「はい、これで完了。外したい時は、ここの赤い所をグっと押し込めば外れるから。
ただし、動いてる間は絶対に外すなよ? 何が起きても知らんからな?」
「心得た」
「ええ、分かったわ」
セレスのハーネスも取り付けが終わったところで、俺は二人に向かって安全上の注意事項を幾つか説明しておく。
「んじゃ、俺も」
と、俺も椅子へと座る。そして、背もたれに深く背を預けたところで、形状変化を使い胴体全体を包むようにして固定する。
試しに、体が動かないか身じろぎしてみるが、まったく動く気配はない。
よし。問題ないな。
ちなみに、今は非戦闘態勢なのでこの程度の簡易固定に留めているが、戦闘時には今は自由に動かせる頭や腕や足も、ヘッドレストやアームレスト、そしてフットレストにそれぞれ固定することにしていた。
その姿たるや、まるでセルフ拷問みたいな姿で、正直カッコ悪いが、こうしておかないと戦闘中はマジで危ないのだ。
昔、車で使う様な簡単なシートベルトで体を固定していたら、うっかり体がすっぽ抜けて、天井に激突して死んだ、なんてことがあったからな……
それ以来、体の固定に関しては力を入れていた。
と、安全確認が済んだところで、感覚共有でマキナバハムートと各種感覚を同期させていく。
すると、自分の本来の視界に、マキナバハムートから見える視点の高い風景が映し出された。
「よし。それじゃ二人にも視界を同期するからな」
「ああ、分かった」
「何か、事前に気を付けておいた方がいいこととかあるかしら?」
セリカからは了承の言葉が、セレスからは注意点があるかという質問がそれぞれ返って来た。
「特にはない……が、事前に目を閉じておくといいかもしれない。
視覚を共有すると、自分の本来の視界と、共有した視界が二重写しになって、慣れないうちはそれが気持ち悪かったり、何が見えているのか自分でも分からなくなって来たりするからな」
「なるほど……分かったわ」
俺の説明に、セレカが頷くのが気配で何となく伝わって来た。
「それじゃ、共有開始っ!」
俺はそう言うと、事前に開いておいたパーティー設定のARウインドウから、そこに表示されているセリカとセレスを選択し、スキルの共有化を実行した。
てか、ホント、どのタイミングでパーティー認識されるんだろうな、これ。
多分されいてるだろうなぁ、と思いウインドウを開いたら、案の定登録されてるし……マジで謎である。
ちなみに、ARウインドウの操作は、指などを使った“直接操作”と、頭でイメージして操作する“思考操作”の二種類が存在している。
どっちを使うかはその時々ではあるが、俺は基本は直接操作派である。
別に思考操作が使えないわけではないのだが、その気がないとついつい指が先に動いてしまうんだよなぁ……
「おぉっ……何だこれは……確かに視界がダブついて見えるな……なんとも面妖な」
「何と言うか……目を閉じているのに何か見える、というのも確かに奇妙な感覚ね……」
「なるほど、確かに目を閉じても見えるのだな……
それにしても、この視点の高さ。中々に壮観なものがある」
「そうですか? 正直、私は少し怖いです……」
パーティー設定の謎に関しては、もう取り敢えず横に置いておくとして、二人のそんな反応から共有化が問題なく機能したことを確認する。
「さて、それじゃ準備完了、ってことで出発するぞ?」
「了解した」
「分かったわ」
俺は二人に確り捕まっておくように指示した上で、マキナバハムートの首をラルグスさん達が居る方へと向けた。
『では、ラルグスさん。今から出発するので、すみませんが安全確保のためにマキナバハムートから離れてもらえますか?』
と、思いの外近くに来ていたラルグスさん達に、スピーカーを通してそう告げる。
マキナバハムートは飛行するために様々な力が作用しているので、下手に近くにいるとその力場に巻き込まれて大惨事になってしまうからな。
そんな俺からの忠告に、ラルグスさんから了承したとの声が聞こえて来て、素直に遠ざかって行った。
安全に十分な距離を確保したところで、さぁ、出発だ。
「さて……と。んじゃ、マキナバハムートっ! 上昇開始っ!」
掛け声一つ。俺は、マキナバハムートの翼を大きく広げると、本体に仕込まれた各種装置を稼働させた。
すると、最初に感じたのは、マキナバハムートに乗り込む時に使ったトラクタービームの様な浮遊感だった。
そして、視界が見る見るうちにその高度を増して行く。
「こ、これはっ! 本当に私達は飛んでいるのかっ!」
「……興味深いわね。これだけの質量が、本当に飛ぶだなんて……一体、どうやっているのかしら?」
後ろがやや騒がしいが、今は機体制御でちょっと忙しいので無視である。
飛行機と同じで、飛んでいる時は楽なものなのだが、離陸する時と着陸する時の制御は繊細で難しいため、気が抜けないのだ。
ちょっとでも制御をミスると、墜落するか、もしくはあらぬ方へ飛んで行ってしまうからな。
ちなみに、マキナバハムートの視点からでは分からないが、ラルグスさん達には巨大なドラゴンが、翼を羽ばたかせることもなく、すぅーっと上昇していくという奇妙な姿が見て取れたことだろう。
さながら、垂直離着陸機のそれだ。
マキナバハムートの羽は、基本は姿勢制御と減速用のエアブレーキの為のものでで、上昇にも加速にも誓わないのだ。
というか、ぶっちゃけ、これだけの質量を翼の力だけで浮かせるとか、絶対に不可能だからな。
このマキナバハムートは、空力とか航空工学とかそういうのをガン無視した、ファンタジーパワーで飛んでいるのである。
そうこうしている内に、マキナバハムートは地上から数百メートルは上昇しており、十分高度も確保出来たことで一旦ここで停止する。
「お二人さん。今から少し揺れるから覚悟をしておくように」
「あ、ああ、了解した……」
「分かったわ……」
何だか二人の声が震えているが、まぁいいか。
「マキナバハムート! 出るっ!」
そう宣言した瞬間。俺は前進用のブースターに火を入れる。
途端。視界がもの凄い勢いで後方へとぶっ飛んで行った。
そして同時に、背中側へと引っ張られる強烈な加速度を感じる。
「なっ!」
「ひゃっっ!」
俺は慣れたものだが、速い乗り物の代表が馬、程度の世界の二人に取っては、この速さそして、加速度も正に未知の領域だろう。
それこそ、初めてドーカイテーオーに乗った時のソアラの比ではないと思う。
ただ……
これでも、全力の四分の一も出していないのだが、全力で飛んだら二人がどんな反応をするかは少し楽しみだったりする。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
SIDE ラルグス
巨大な物体が音もなく浮き上がり、そしてまるで雷光の様な速さでその物体が空の彼方へと消えて行く……
そんな光景を、ラルグスとヘンリーは茫然とただ見送っていた。
「……時にヘンリーよ」
「……はい、何でございましょうか旦那様」
「仮に……仮に、だ。
あの鋼のドラゴンが王都で暴れたとして、どれだけの騎士を集めれば撃退できると思う?」
「……そうでございますな。あのドラゴンの実力が如何程か分からないのでなんとも言えませんが、……十万」
「十万?」
「はい。喩え十万の騎士を集めたとしても、おそらく適う相手ではないでしょうな」
「……そうか。私も同じ考えで安心したよ」
ヘンリーの言葉に、力無く同意するラルグス。
ヘンリーの口振りに、ラルグスは一瞬、十万用意すれば倒せるとで言うのかと思っていたが、答えはまったくの逆であった。
なんとも嫌らしい言い回しに、ラルグスは心の中でため息を吐く。
ちなみに、ヘンリーが口にした十万という数は、現役、退役、予備役をすべて合わせたノールデン王国が有する騎士の総数の概算であった。
つまり、国中の騎士を集めてたとしても、スグミが暴れたら止められない、とヘンリーだげてなくラルグス自身もそう考えている、ということだった。
(黒の騎士を従え、鋼のドラゴンを意のままに操る男……か。国内が荒れているこの時に現れるとは……これも何かの運命なのか……それとも、ただの偶然か……
どちらにしたところで、あの力はあまりに強大。
陛下の助けとなるならばよし。だが、障害となるのなら……)
ラルグスは一人、巨大なドラゴンが消えた空を見つめ、心の中で独り言ちる。
「では帰るぞ。予定通り、陛下とへのご報告を行う。このまま王宮へと向かってくれ」
「はい、畏まりました」
そう言って踵を返し歩き出すラルグスに、ヘンリーは付き従い馬車へと向かのだった。
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