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二二二話
しおりを挟むグラビティボムの効果が切れ、俺がそれに合わせ、【固着】の効果を解除しようとした時。
突如、ベルへモス(仮)がその長い四肢を巧みに使い、力任せにその巨体をグルリと半回転させたのだった。
腹を中心にくるりと回るその様は、宛ら巨大なコマだ。
「なっ!? ちょっ、おまっ!」
おまけに、向き合うことになったベルへモス(仮)の口からは、あの謎の雷光が今にも発射されんとばかりに、バリバリと迸っていた。
しかも、今までに見たことがないほど力強く、だ。
一瞬、目が合ったベルへモス(仮)の目が、ニヤリと笑った……ような、そんな幻視を見た。
「「スグミっ!」」
その事実に、背後の女性陣二人が騒いでいたが、構っている余裕はない。
こいつっ! あの超重力の中、ずっとゲロビをチャージしてやがったのかっ!
こちらはずっと奴の背後に居たため、そのことにまったく気が付けなかった……
そこにきて、グラビティボムの効果が切れた瞬間を狙ってのカウンターだ。
これは、苦し紛れの反撃がたまたま上手く行った、なんてものじゃない。
あの状態のままでは、こちらだって手が出せないだろうと、虎視眈々と反撃の機会を狙っていたのだ。
でもなければ、こうも的確な対応が取れるずがない。
所詮はデカいカメだと思っていたが、こいつ、思ってた以上に知能が高いらしい。
それが分かったところで、もうこの段階に至っては進路は変えられない。
なら、【固着】を解除して回避するか?
いや、無理だ。今のまま【固着】を解除したらベルへモス(仮)に向かってすっ飛んで行くだけだ。
まずは、ブースターの出力を下げてそれから……いや、それじゃ間に合わない。
数瞬の逡巡ののち、俺はこのまま“激龍衝・絶・一閃”を敢行することにした。
強固な盾にして鋭い鉾でもある“極光壁”なら、必ず耐えられるとそう判断したのだ。
しかも今は五重で展開している。そう簡単に全部を抜かれるとは思えない。
「爬虫類のクセして、変な知恵回してんじゃねぇーよっ!」
出力は十分。
気合で何が変わる物でもないが、俺はそう叫ぶと【固着】を解除した。
刹那。
信じられない程の超加速をする機体の中で、体がシートに深く沈み込む。
それは宛ら、まるで見えない巨大な腕で体全体を強く押さえつけられているような感じだった。
例えるなら、逆バンジーの更に加速度が強くなったような感じだ。
「うぐっ!」
「くっ!」
「んっ……」
緩和しきれなかった加速度に、三者三様の呻き声が上がる。しかし、ドラグバハムートの加速はこれだけでは終わらない。
ドラグバハムートが【アクセル・フィールド】を潜ったことで、更に初速が五倍に加速され、体への負担がドンっと増す。
更なる加速に、最早、誰も梅子声すら上げられない。
そして、風景は形ではなく色となった。
速度が速すぎて、知覚出来なくなったのだ。
それに合わせ、俺は感覚強化スキルである【全能領域】を起動する。
この速度だ。今の状態では、的であるベルへモス(仮)すら碌に認識出来てはいなかった。
ちょっと制御をミスっただけで何処に飛んで行くとも分からないので、知覚を強化し制御に専念する。
ちなみに、ギリギリまで【全能領域】を使わなかったのは、MPの節約のためだ。
今はMPがカツカツだからな。節約出来るところは少しでも削りたいのだ。
そうして、俺が放った“激龍衝・絶・一閃”からほんの一瞬遅れて、ベルへモス(仮)のゲロビが放たれた。
俺のドラグバハムート。ベルへモス(仮)のゲロビ。
両者がとんでもない速度で前進しているのだ。二つが接触するまでに瞬き程の時間もかからなかった。
刹那。
眩いばかりの閃光が迸った。
龍尾槍に展開された“極光壁”と、ベルへモス(仮)のゲロビが激しくぶつかったのだ。
初めに感じたのは、とにかく重い、という手応えだ。
まるで、濁流の中を、流れに逆らって泳いでいるような絶対的な力の奔流。
少しで気を緩めれば、瞬く間にその流れに飲み込まれてしまうだろう。
真正面から受け止めたゲロビの力はそれだけ、重く、厚く、激しいものであった。
おそらく、これは『アンリミ』のワールドボスにも匹敵する程の火力だと思う。
しかし、されど俺のドラグバハムートとて負けてはいない。
真正面から受けてはいたが、思った通り“極光壁”はゲロビに耐え、その押し寄せる暴力の本流を切り裂きながら、ベルへモス(仮)に向かって前進を続けた。
“極光壁”は龍尾槍に沿って円錐形に展開されていた。
俺はその切っ先をベルへモス(仮)に向けて突っ込んでいるのだ。
となられば、ベルへモス(仮)のゲロビはまず真っ先にその先端部分に当たることになる。
結果、こちらの予想通りゲロビを切り裂き、その力を分散させることに成功していた、というわけだ。
流石に、まともに受けていたのでは体格差からパワー負けしそうだったからな。
ただ、“極光壁”によって弾かれたゲロビが、幾条もの細い支流となって方々へと散り、着弾した場所で尋常ではない激しい爆発を繰り返すしていたが……
これが、人里の近くで起きていたら、と考えるとちょっとばかり背筋が寒くなる。
しかし初撃こそ、その爆発的な加速でゲロビを切り裂きながら前進を続けることが出来たが、両者が激突したことで、その速度はみるみる減速していってしまった。
そして、ベルへモス(仮)まであと数メートルを手前に、ドラグバハムートとベルへモス(仮)の力が拮抗。それ以上前に進むことが出来なくなってしまった。
あと一押し。あと一押しが、遠い。
勿論、ブースターは全力で吹かしている。だが、それでもピクリとも動かなくなってしまったのだ。
これ以上は無意味だろうと、ここで【全能領域】をカットし、MPの節約を図る。
このまま硬直状態が続けば、いずれはブースター用のMPが尽き、推進力を失うことになる……
その前に、“世界樹の雫”を使うべきか?
そうすれば、ブースターの消費MPも俺から供給することが出来き、少なくとも、一〇分間という制限尽きではあるが、MP切れで何も出来なくなる、という自体だけは避けられる……
だが、それで根本的な問題が解決されるわけではない。
“世界樹の雫”を使たところで、稼働時間は伸ばせても出力そのものが上昇するわけではないのだ。
【アクセル・フィールド】まで使った渾身の“激龍衝・絶・一閃”で奴の防御を突破出来なければ、結局は同じことの繰り返しでジリ貧に追い込まれることになる。
パリンっ
そう考えている内に、まるでガラスでも砕けるような音を立てて、五重に展開していた“極光壁”の一層目が砕け散り、七色の光の幕が粒となり虚空に消えた。
マジかっ! こんな短時間で割られるのかよっ! ここは一旦仕切り直しを……いや、もう無理だな……
“極光壁”自体に効果時間の制限はないが、再使用には一〇分間のクールタイムが必要だった。
カウントは“極光壁”の効果が消失した時点からスタートとなる。
つまり、【潜在開放】の様な、スキル使用と同時にクールタイムが発生するタイプとは違い、一切の誤魔化しなしにきっちり一〇分間待たなければいけない、ということだ。
これがプレーヤースキルならクールタイムを短縮させる方法もあるが、アイテムの効果となると、そうもいかないのだ。
本来なら、五枚ある“極光壁”で、そのクールタイムを上手くやりくりしていくのだが……
このペースで“極光壁”を割られては、とてもじゃないが一枚目が復活するまでの一〇分を稼ぐことなんて出来そうもない。
つまり、今展開している“極光壁”がすべて消える前にベルへモス(仮)を倒せなければ、向こう数分間はこちらからは何も出来なくなる、ということでもあった。
というか、こちらは既に使える手札をすべて使い切ってしまっているのだ。これで押し切れなければ、喩え“世界樹の雫”を使っても倒しきることは出来ないだろう。
となると撤退だが……
生憎と俺のMPの残量も、もう王都までマキナバハムートを飛ばせるほどは残ってはいなかった。
MP回復ポーションを使うにも、まだまだクールタイム中だしな。
最悪の場合は、“世界樹の雫”を逃げのために使うことになる。
“世界樹の雫”はポーション類とはアイテムのカテゴリーが別枠なので、同時使用が可能なのだ。
そうこう考えている内にも、二枚目と三枚目の“極光壁”が光の粒子となって消えた。
……残り二枚。
ブースターのMP容量もあと僅か……いよいよ、本格的に撤退を考えるか?
そう思った矢先のことだ。
グイっ
今まで停滞していた龍尾槍が僅かに前進を始めたのだった。
確かに、ゲロビからの圧が少し軽くなったような気もする……
これは……もしかして奴も限界が近いってことか?
セレスも、ベルへモス(仮)とてなにも無から“拒絶の壁”を作り出しているわけではない、とそう言っていた。
要は、俺と同じくMP的なものを消費して維持している、というのがセレスの見解だった。
ならば、同じことがゲロビにも言えるのではないだろうか?
仮に、ゲロビを放つのにMP、ないしは魔力的なもの使っているとして、それが底を突こうとしているというのなら……
それは、ゲロビだけでなく、あの厄介な“拒絶の壁”も効果を失うということではないだろうか?
だったらっ!
ここは攻めの一手である。
こちらにはまだ“世界樹の雫”という奥の手中の奥の手が残っているのだ。まだそれを使って逃げれるという保険があると思えば、強気で攻めれる。
俺は臆することなく、全身全霊を込めてドラグバハムートを前進させた。
じわじわとだが、だが確実に前進するドラグバハムート。
すると、龍尾槍の切っ先に、今までとは違う反応が現れたのだ。
それはバチバチと、まるで放電でもしているかの様な……
これはもしかして……
「“拒絶の壁”の壁に触れたんだわっ!」
それを見て、セレスが声を大にしてそう叫んだ。
そして、それと同時にパリンっ! と音を立て、四枚目の“極光壁”が砕けて消える。
これでラスト一枚……
しかも、ここでブースター用の外部MPも枯渇。
ここで急遽、直に俺からのMP供給に切り替える。当然、余裕があるわけではないがそれでもまだ数分くらないなら持つはずだ。
とはいえ、最早こちらに初撃のような加速力はなく、ただ槍を手に無理やり前進しているだけの状態だった。
そして、ベルへモス(仮)のゲロビからも最初の勢いはとうに失われて、頼みの“拒絶の壁”も、初めて殴った時ほとどの強固さはなくなっていた。
現に、こちらの龍尾槍が徐々にだが、深く刺さり始めていたからな。
こうなってしまえば、もうお互いに意地の勝負である。
ベルへモス(仮)がこちらの攻撃に耐えきれば奴の勝ち。“拒絶の壁”が消えれば俺の勝ち、だ。
そして、お互いの意地がぶつかり合って数十秒……それは起きた。
今まで弱々しくも放たれていたゲロビが、その勢いを失いついに消失。そして、今まで激しくバチバチと何を放っていた謎の放電現象も、ふっと消えて無くなったのだ。
よしっ! ゲロビも“拒絶の壁”も消えたっ! これでっ!
しかし……
パリンっ!
それと同時に、こちらの最後の“極光壁”もまた砕け散ったのだった。
「ベルへモスの魔力が尽きたんだわっ!」
「しかし、スグミの光の槍も砕けてしまったぞっ!」
……二人とも、解説ご苦労さん。
セリカは“極光壁”が消えたことを気にしている様だが、生憎と俺の勝利条件は“極光壁”の維持ではない。
ベルへモス(仮)の“拒絶の壁”が破壊出来ればそれでいいのだ。
何故なら……
「いやっ! これで終いだっ! 冥途の土産にこいつでもたらふく食って行けっ!」
俺はそう高々に勝利宣言をすると、胸部を雄々しく飾っていた竜の首をベルへモス(仮)へと向ける。
そして、閉ざされていた口をバカリと開くと、そこには密かにチャージしていた龍滅咆が、煌々とした光を放っていた。
もしもの為に、ブースターの出力を上げていた頃からずっとチャージだけはしておいたのだ。
まさか本当に使うことになるとは、欠片も思っていなかったがな。
やっぱ保険って大事だよな……と、つくづく思い知らされる。
そして俺は、ベルへモス(仮)があんぐりと開けたままになっているそのドデカい口に向かって、フルチャージの龍滅咆を叩き込んだのだった……
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