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二九五話
しおりを挟む本館食堂にて。
「そういえば、セレスはベルヘモスの解体に参加してなかったみたてだけど、よかったのか?
前に自分も参加したい、みたいなこと言ってた気がするが?」
夕食を理由に、ようやくジジイ共から解放された俺は、メイドさんが用意してくれた夕食をパクつきながら、隣に座って同じく夕食をパクバクしているセレスにそう問いかけた。
結局、あのあとはずっとバレーノと一緒に自分の研究室に籠ったままだったみたいからな。
その間、俺はずっとジジイ共の下働きみたいなことをさせられていたわけだが……
事実、セレスは特別参加の許可まで出ていたのに、最初にちょろっと見ただけで終わってしまっていた。
セレス的にはそれでいいのかと思い、聞いてみることにしたのだ。
「ん? ちゃんと参加してるわよ?」
しかし、セレスからは思いもしなかった言葉が返って来た。
参加……してたか?
「いや……結局、ずっと自分の部屋に居ただろ? 解体風景見てたのなんて最初の少しだけだし、自分じゃなにもしてないだろ?」
「? ああ……そういうこと……」
一人何かに納得した様に頷くと、セレスは手にしていたフォークを一旦置くと、近くに置いてあったナプキンで口の周りを軽く拭く。
「最初に断っておくと、別に私は“解体作業”がしたいわけじゃないわよ?
私が見たいのは、そこから得られ諸先生方の知見。彼らが何を感じて、どういう発見があったか。それらをまとめた資料が見たいの。
それも、報告書、という完成した形ではなく、メモ書きや所感という生の情報をね。
大体、私みたいな素人が解体作業に参加したって邪魔にしかならないでしょ? それに、その道で何十年も研究している先生方より優れた発見が出来るとも思えないし。
だったら、そういうのは専門家に任せておけばいいのよ」
とのことだった。
更にいうなら、それらの資料を見て、逆にセレスが感じた疑問などは意見書としてまとめて、各専門の学者先生に提出し意見を求めているのだという。
というか、それらの作業は既に済んでいるとのことだった……
え? なに?
俺がジジイ共にこき使われている間に、セレスはバレーノと何か難しい話しをしながら、調査資料に目を通し意見書を書いていた、と?
ちなみにだが、それらの資料は王城で働く学者達とも即時共有出来るよう、数人のメイドさんが一生懸命副書しているとのことだった。
というか、初めから彼女達はそういう業務も込み込みで集められたらしい。
で、ある程度溜まったら、王城へと配達するのだとか。
セレスが見たのも、その副書された一部だという。
ということは、だ。
別に、セレスがベルヘモスの調査に直接参加しなくても、自然と資料は手に入り、十分目にすることは出来たことになる。
なら、何で参加を許可された時に喜んでいたのか、という疑問が湧いて来た。
というわけで聞いてみたところ……
「だって、直接参加しているとなれば、資料を一早く目に出来るし、自分の意見を聞いてもらいやすくなるじゃない?」
とのことだった。
待っていればいずれ資料が出回るとはいえ、それは資料がある程度溜まってからになる。
それに当たり前だが、こういう代物は最初は上の偉い人達から順次下へと流れてくるものだ。
ぶっちゃけ、下から数えた方が早いセレスにしたら、資料が流れて来るまでにそれなりの時間が必要になる、のだとそう話す。
そうした待ち時間が惜しい、ということなのだろう。
まぁ、その気持ち分からんでもないがな。
最近じゃ、新作ゲームが少し早く遊べるという、アーリーアクセス権が限定版などに特典として付いてくることがままある。
少しでも早く目的のものを入手する、というのは、それを欲している者からすればそれだけの価値がある、ということでもあるのだ。
「いやはや……噂には聞いていましたが、複数の異なる資料を広げて、同時並列的に作業を進めていく行く様を見ているのは、なんというか……気持ちが悪かったですね」
とは、これまた近くで夕食を食べていたバレーノであった。
本来は、研究者は研究者用の食堂……というか食事が出来る場所を用意してあるのだが、バレーノはセレスの研究室にいたということもあって、わざわざ向こうに移動するのも手間だろうと、そのままこっちで食事をすることになったのだ。
まぁ、別に細かい決まりがあるわけでもないので問題はないだろう。それに、出している料理自体はどっちも一緒だし。
ちなみに、座っている場所はセレスの正面である。俺から見たら右斜め前といった感じだ。
最初は俺の正面辺りを勧めたのだが、位が合わないのだと言って辞退されてしまった。
なんでも、食事の席でその人物の正面に座れるのは同格でないとダメ、という決まりがあるのだとかなんとか。
俺自身、そんな位がどうのというほど高い人物だとは思ってはいないが、周りはそう思っていないようで、俺の正面は大体空席となっいた。
「気持ち悪いとは失礼ですね……」
そう評価するバレーノに、セレスがむくれて文句を言う。
「そうですか?
応用魔術理論学の話しをしているのに、目の前には魔獣生態学の資料が並び、書いているのは自然魔術理論学についての意見書。
研究者としてはまだまだ浅学なこの身ですが、こんな風景は今まで一度も見たことがありませんし、私自身、その時、何を話しているのかよく分からなくなりましたよ……」
話しだけを聞いてもよく分からないので、それらの学問がどういうものなのか詳しく聞くと、応用魔術理論学とは魔道具を作る上での基礎理論をまとめた学問であり、魔獣生態学とは、魔獣に分類される生物の生態について、自然魔術理論学は、人種以外が使う魔術……例えば、魔獣が使用している魔術などを研究する学問であるとバレーノが教えてくれた。
ちなみに、魔獣の魔術を研究するなら、魔獣魔術理論学になりそうなものだが、何故、自然魔術理論学なのかと聞いたら、魔術を使うのは人種や魔獣以外に、植物の中にも魔術を使う種がいるから、だとバレーノが話してくれた。
人種以外すべてを含める、という意味で、自然、という枕詞が着いているらしい。
また、そうした魔術を扱う植物を、総じて、魔術植物、と呼んでいるのだとか。
で、魔術植物が使う魔術を、植物魔術、と呼んでいるらしいのだが……分かり難いなっ!
しかし、植物が魔術をね……
話しのタネにと、どんなものがあるのかを聞いたら、迷走花、という植物について説明してくれた。
これ、魔術植物の中でもかなり有名らしく、自身の周囲に生物の方向感覚を狂わせる精神系の魔術を常時展開している植物なのだそうだ。
下手に近づくと五感覚を狂わされ、死ぬまで迷走花の周りをグルグルと歩かされることになるらしい。
そして、死んだ生き物を養分として吸収するのだと……なにそれ、こわっ。
ある種の肉食植物の様なものなのだろうな。
更にセレスが過去の実験について話してくれたのだが、だだっ広い平原に迷走花を植え、何も知らない被験者を歩かせたところ、実験を止めるまでずっと迷走花の周りをグルグルしていたらしい。
この迷走花の精神魔術の怖いところは、自身が魔術にかかっているという認識がまったくないという点と、自身の行動が異常だと気づけない点なのだと、そうセレスが語っていた。
ちなみに、単身でこの魔術にかかった場合の死亡率は100パーセントなのだとか。
ただし、この迷走花の精神魔術は同時に対象に出来るのが一人までらしく、対象が二人以上存在している状態だと、効果が分散し効かなくなるようなのだ。
なので、迷走花が生えていそうな場所では、常に二人以上で行動する、というのが鉄則らしい。
迷走花を運搬している時も、複数人で運ぶことで効果を散らしていたみたいだしな。
にしても、一人でかかったら死亡率100パーセントって、マジで怖いな迷走花……
余談だが、なんでもマンドラゴラによる死亡原因も、少し前までは植物魔術によるものだと考えられていたのだと、そうも教えてくれた。
しかし、今ではその原因が毒だと判明したので、そうした考えは否定されたらしい。
あれ? そういえば、そのマンドラゴラの毒を発見したのってソアラの父ちゃんのノマドさんだったような?
それはまぁいいか。
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