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第1章 タルフィン王国への降嫁
『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』
しおりを挟むにぎやかな市場の真ん中にシェランは立ちつくしていた。
身分を隠すために、それほど目立たない旅人の格好をして。
手には一枚の小さな紙切れ。
それを何度もシェランは見返す。
『王妃のつとめ一つ。まずは市場であるものを手に入れよ。それは永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』
「かて......食べ物かなぁ......」
紙切れの裏も穴が空くようにじっとシェランは見つめる。書いてあるのはその一文だけであった。
「なにか美味しいものを買えってことかな?だったら......」
意を決してシェランはあるき出す。
この『つとめ』はタルフィン王国の伝統らしい。とりわけ、外国から后を迎えたときには必ず行われる。いわく
『三枚の紙にかかれた『つとめ』をはたした時に、王妃の地位が都市神ヴェーダの恩寵によって与えられる。それを判定するのは王族の者......つまり今回は私が判定役ということで』
ロシャナクにそのようにシェランは説明される。
なんとも理不尽な『つとめ』である。
そもそも皇帝に命令されて来た異国の地で、さらにこんな仕打ちをされなければならないのか。
「まあ、やるしかないか」
うじうじ考えてもしょうがない。ここで美味しいものを買って、持っていけばいいのである。
よし、シェランは自分に気合をいれる。
市場の食べ物を売っている露店が並ぶ。このあたりは、疲れた旅人たちが腹を満たす空間らしい。いろとりどりのテントが並び、いい匂いがしてくる。
もういちど紙を開く。
「『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』かぁ。まあ美味しいものってことだよね」
あたりをキョロキョロと見回す。
とりわけいい匂いがする店にシェランは惹かれていった。
「......」
じっと指をくわえて見つめるシェラン。その視線の先には大きな肉が直立して焼かれていた。
「さあさあ!新鮮な羊のバーベキューだよ!その旅人のねぇちゃん食べていかないかい?!」
大きくうなずくシェラン。少しの間の後、鉄串に刺された焼けた肉が差し出される。
じろじろそれを見つめる。そして意を決して口の中に――
「......!」
声が出ない。
正直、羊の肉はシェランは苦手であった。独特の匂いとギトつく脂。故郷の大鳳皇国では高級な肉は豚肉であり、羊は下の下の肉とされていた。
「臭くないんだよな。不思議なことに......」
じっと焼けた肉の表面を見つめる。よく見ると肉の上にはなにか粉のようなものがいくつも見えた。
「......?」
行儀は悪いが、その粉を人差し指でこすりなめる。
「辛っ...ってこれ、もしかして」
その味を思い出すシェラン。父親が瓶詰めにしていたものを舐めたことがある。
「これはな、南の島で取れる『香辛料』というものだよ。南の島の土地はこのような作物を取ることに適している。まあ、これも鉱物というべきものなのかな」
おもわずその時はペッと吐き出したシェラン。味のする土なんて......と思ったからだ。
「この......味付けにつかっている、こ、『香辛料』って......」
シェランの問いかけに上半身裸の肉を焼いている店員が振り返る。
「うちは肉を売るだけだから扱ってないな~、ほらあっちのほうが『香辛料』市場だよ」
串でそう方向を示す。
「ありがとう!」
シェランは息を切らして走り出した。
「ふぁ~」
目の前には麻袋がずらりと並ぶ。その中には色とりどりの砂のような『香辛料』が山盛りになっていた。見たことがないものばかり。タルフィン語と皇国語で値札が付けられていた。
「いろいろあるなぁ......こんな土で肉がうまくなるなんて......」
「土じゃぁないよ」
店番をしていた少女が、そう異議を申し立てる。見事な皇国語で。
「旅の人、素人だね。このオアシス都市で『香辛料』のありがたさを知らないなんて」
頭に被った布をずらして顔を見せる。意外に若い。シェランと同じくらいの年頃だろうか。肌の色はやや浅黒かった。
「これをだな、二銀ゴルドで買う。そして」
はるか西の遠くを指差す少女。
「ラクダに積んで、砂漠を越えて山を超えて川を超えて海を......」
長く続く説明。
「......で二年ほど行くと、オウリパという国につく。そこではこの『香辛料』の粉が」
指でひとつまみ。パラパラと地面に落とす。
「同じ重さの金と交換される。そのくらい貴重なものさ」
ふえっ、とシェランは驚く。
こんな
土くれが
そんな
価値を
「どうだい。あんたもひと稼ぎしてみたくないかい?食べたことがなければ、料理方法も教えてやるぜ。この都一番の商人ルドヴィカ=ガレッツィさまが!」
おお!とシェランは両手を合わせてルドヴィカを拝む。
『香辛料』、それが『つとめ』の求める『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』であることを期待して――
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